116
何か怒る気もなくなった俺は三人の前にドカッと腰を下ろし、三人にも正座を解いて座るよう促す。
すると、後ろからちょこちょこっとエミリーが走ってきて、いつものように俺の膝に座った。
「お!エミリー元気だったか?久しぶりだな」
「うん!王様も元気だった?広場の王様の像かっこいいね!キラキラしてたよ!」
「そ、そうか?かっこいいか…」
子供は素直に思ったことを言うから、きっと本当にかっこいいと思ったんだろう。……まぁ、エミリーがこう言うから今回のことは水に流してやるか。
そう思った俺は、未だ何故正座させられたのか理解していないイーサンとフォージ、そして罪を自覚しそれを償う意志のあるウィルに向かって声をかけた。
「俺の像を作ってくれてありがとう。エミリーの言うようにとてもいい出来だった。……だけど、次からは事前に俺に話してくれ。分かったな?」
「はい!」「はい!」「申し訳ありませんでした!」
三人がそう返事したところでこの話は終わりにすることにした。
だっていつまでもちくちく言い続けるのは格好悪いだろ?そんな男はモテないって聞いたことがある。
居間に移動した俺は、エミリーに土産のワンピースを渡して、エミリーのファッションショーを皆で見物したり、イーサンのうったソバをご馳走になったりした。
そして、今は食後のお茶を楽しんでいる。
「……それにしても、よくあんな精巧に作ったわね。削るのも大変なんでしょ?」
どこから取り出したのか、秘蔵のクッキーをエミリーとオリビアと食べながら、ラミィがフォージに尋ねる。
「ハハハ!ラミィ様の砥石があればなんだって削れますよ。もちろんある程度の腕も必要ですが、我らゴーン族は大昔から鍛冶を生業にしてきました。この体にはその血が流れていますからね」
そう言って、胸をドンと叩くフォージ。
簡単そうに言うが、デーヤモンドの硬さは尋常じゃない。あれを削るとなると相当の力も必要なはずだ。
「そう?必要ならまた言ってね。砥石くらいならいつでも作るわよ」
「ありがとうございます!……ならば、細かい作業用にもう10程度砥石を作ってくださると助かります」
「10個ね。分かったわ」
フォージはまだ何か作るようだ。今はまだいいが、サニーがこの国に引っ越してきたら、宝石としてのデーヤモンドの加工もしてもらわないといけないな。
「王様!私もちっちゃい王様の像が欲しい!」
俺たちがそんな会話をしていると、クッキーを手にしたエミリーが俺の膝の上に戻ってくるなりそう言った。
「こら、エミリー!わがまま言うんじゃないの!ジャッジ様もお困りになってるわよ」
「えー。だってかっこいいもん!」
オリビアに叱られても、口を尖らせて不満げなエミリー。
そんなエミリーに向かってフォージはニヤリと笑うと、傍らの鞄から何かを取り出した。
「お嬢ちゃん。これでよければあげようか?まだ試作品だから少し大きいけど、いいよな?」
そう言うフォージが手に持つのは小さいジャッジ像だ。広場に建っているものの何分の1だろうか?エミリーがなんとか両手で持てるくらいだから大分小さい物だ。
「わぁーい!ありがとフォージおじちゃん!」
「お、おい!待てフォージ!なんだそれは!?」
喜ぶエミリーと慌てる俺。広場の像の事は渋々許可したが、そんな小さい像まで作ってるとは知らなかったぞ。
「…はい?これですか?これは、家庭用ジャッジ像です!広場に設置してある物はこの国を守るご本尊として、そしてこの家庭用ジャッジ像は各家庭を守る物と考えています。最終的には国民一人一人に更に小さいジャッジ像を配る予定です。常に身に付ける事ができれば、皆もジャッジ様の存在を身近に感じる事ができて安心でしょう」
「ハッハッハ!驚かれましたか?これぞ正にジャッジ教の誕生ですね!ハッハッハ!」
フォージとイーサンはそう言うと、それは楽しそうに笑い合っている。
どうやらこのジャッジ像とやらに関しては、この二人が黒幕らしい。きっと密かに準備していたのだろう。そうじゃなければ短期間でこんな精巧な像を作れるはずはない。
俺の胸の中は怒りを通り越して、呆れに近い感情で溢れんばかりだ。
「………ウィル。お前も知ってたのか?」
信じられない者を見るような目で、俺がウィルの方を向きつつそう尋ねると、
「わ、私はこの件には関与していません!本当です!信じてください!」
と、必死で自らの無罪を主張している。
その目は大きく見開かれ、正に必死の形相といった感じだ。
実際この時のウィルは、これ以上ジャッジの心証を悪くしない為に必死だった。さっきのジャッジの脅し文句は本心ではないと信じてはいたが、やはり怖かったのだろう。
俺はため息をひとつつくと、目の前のお茶を一口飲んだ。
「はぁ…。もういいよ。それでみんなが安心できるなら好きにすればいい」
「ありがとうございます!早速明日より小型ジャッジ像の量産の準備を始めます!さぁ、忙しくなるぞ!」
フォージは腕まくりしながら大喜びだ。
傍らのエミリーは、早速もらったばかりの俺の像とにらめっこしてる。そして、俺の方をちらちら見ながら見比べているようだ。
……うーん。俺としては複雑だが、エミリーが喜んでくれたならよかった。……のかな?
結局ジャッジ像の件はフォージとイーサンの思惑通りに運ぶこととなり、俺はハートランド王国の守り神役をすることになった。
まぁ、実際何かあったときにこの国や国民を守るのはウィルや兵達になるとは思うが、俺の像に祈ったり身に付けたりして皆が安心できるならそれでいい。と、考えることにした。
ちなみに、初の小型ジャッジ像は、イーサン宅に急遽作られた神棚のような場所に安置させられることになった。毎日その像に向かって祈るそうだ。
エミリーは人形替わりに遊びたかった風だったが、それは更に小型のジャッジ像が完成するまでのおあずけとなった。
きっと国外の人が見たら驚くだろう。なにせ、超貴重なデーヤモンドが惜しげもなく使われた像が街の中央に建ち、国民一人一人がそれの小型版を持ち歩いているのだから。
翌日、遂に待ちに待ったサニーが再び訪れたのと報告を聞き、俺はウィルとラミィ、エマを連れて昨日も訪れた中央広場へと向かっていた。
「前回から結構空いたな。やっぱり引っ越しとなると大変だったんだろうな」
「そうですね。おそらく荷物も大量だったでしょうし、馬車での旅もゆっくりだったのでしょう」
ウィルと会話しながらゆっくりと中央広場へ続く道を歩く。すると、少し前でエマと並んで歩いていたラミィが声を上げた。
「あ!いたわよ!ちょうどジャッジ像の正面で店を開いてるわ!」
「私にも見えました。ジャッジ様。先にジャッジ像広場に行ってますね」
エマまでそう言うと、ラミィと二人して先に行ってしまった。やはり二人とも女の子だから買い物となると心弾むのだろう。
「……ていうか、ジャッジ像広場って…」
「………ぷっ、くくっ」
俺がエマの言葉に呆然と呟くと、隣で歩いているウィルは唇を噛み締めて必死に笑いを堪えている。
「………おい。ウィル」
「じ、ジャッジ様!私たちも急ぎましょう!さぁ!」
ウィルは笑いを誤魔化すように少し早足になって俺の前を歩きだした。しかし、後ろから見えるその肩は今もプルプルと震えている。きっと笑いを堪えているに違いない。
ウィル。お前だけは味方だと信じてたのに…。