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「デーヤモンドは基本的に熱で変形することはごさいません。その為このような砥石で少しずつ削っていくしかないのです」
フォージはそう言いながら大きな砥石を見せてくれた。見るからに硬そうで水に濡れてテカテカしている。
「それではいきます」
フォージはその言葉をきっかけに、ウィルの剣を地面に置かれた台に載せ、その上を砥石を滑らせ始めた。
シュッシュッシュッ
馴れた手つきからはリズミカルに砥石がたてる音が聞こえる。
おそらくこれも俺には分からないが熟練の技が使われているのだろう。一見力を入れてないように見えるが、フォージの額にはみるみる汗が吹き出してくる。
フォージはしばらくその作業に没頭していたが、
「……ふぅ」
と、一息つくと前傾姿勢で剣を研いでいた体を起こし、俺たちの方に砥石を差し出した。
「ご覧になってください。たったこれだけ研いだだけでこんな有り様です」
ウィルがフォージから砥石を受けとり俺にも見せてくれた。
その砥石にははっきりと溝ができており、先程までの姿とは大きく形を変えている。剣の方は…。と見るも、研いでいた刃先の部分には一見変わった感じはない。
「少しは研げたはずです。ウィル殿、試してみてください」
フォージがそう言うので、ウィルは剣を受けとり外で試してきますと、一人工房を出ていった。
俺はウィルから渡された砥石をまじまじと観察しながらフォージに声をかけた。
「……しかし、デーヤモンドはこんなに硬いんだな。これじゃ剣の形に整えるだけでも一苦労だろう」
「一苦労どころじゃごさいません。そもそも剣に出来る大きさのデーヤモンド鉱石を見つけるだけでも奇跡ですから。ウィル殿の剣ほどのサイズだと値段をつけるのも恐ろしい位ですよ」
フォージは肩をすくめながらそう話すが、あの黒剣はウィルだけではなく我がハートランド軍の標準装備だ。それに、ひとつひとつはそこまで大きくない鉱石をラミィが魔法で剣の形に成形しているので、実際あのサイズのデーヤモンド鉱石かと言われると怪しいものだ。
……今度はラミィに頼んで剣じゃなくて宝石の形にしてもらおうかな?
俺がそんな邪な気持ちを持ちながらフォージと会話していると、試し切りの為に外に出ていたウィルが戻ってきた。
「ジャッジ様!明らかに斬れ味が増しています。これなら我が軍の兵なら、どんな兜や鎧を纏った敵でも真っ二つに出来るでしょう」
などと話していたから、よほど斬れ味が良くなっていたのだろう。
……ていうか、ウィルはその斬れ味の悪い丈夫なだけの剣で一万人近くを叩き斬ったと聞いているけどな。剣聖を凌ぐと言われるほどのウィルにかかれば、あまり道具の良し悪しは関係無いのかもしれないな。
「ハハハ!そうでしょうそうでしょう!こう見えても剣の鍛冶に関しては自信があります」
自慢げにそう話すフォージを見て、俺はふと思い付いたことがあり口を開いた。
「なぁ、フォージ。デーヤモンド鉱石自体を砥石にするってのはダメなのか?」
「……?デーヤモンドを砥石に?…………そんなこと考えた人はジャッジ様が初めてだと思いますよ…。貴重なデーヤモンドを…。いや…、それなら…」
フォージはその事についてぶつぶつと呟きながらしばらく考えていたようだったが、何かを決意したかのように俺に向かって言葉を返す。
「………ジャッジ様。もしよろしければわしにデーヤモンドの鉱脈を見せてくれませんか?その中で密度の濃い物があれば砥石として使えるかもしれません」
「あぁ、もちろんだ。早速今日見に行くか?俺も話を聞いただけだけど、それこそ山のようにあるらしいぞ」
「……は、はは。この国に越してきてから驚くことばかりです。まさかあのデーヤモンドをわしが加工する日がくるとは…。しかも砥石にするなんて…」
フォージは半ば呆れたような口調でそう語っている。デーヤモンドとは相当珍しいのだろう。そんな鉱石が取れる山があるなんてなんとラッキーだろうか。
もしかしたらこれは火の神のおかげ?……なわけないか。
その日の午後、タゴサックにデーヤモンドの鉱脈まで案内してもらった俺達は、山肌から黒いデーヤモンド鉱石が剥き出しになった場所に立っていた。
「……ここかぁ。確かにこのあたりの山にはあまり入ったことはないなぁ」
「すぐ隣の山の腐葉土がとても良いのでおら達はよく取りに来ています。その時に偶然見つけました」
「へぇ。こんな遠くまで土を取りに来るのか。だからタゴサック達の作ったソバはあんなに旨いんだな!」
「…………あ、ありがとうございます」
この場所の説明をしてくれたタゴサックにそう言葉をかけると、タゴサックはなんかうれしそうだ。下を向いてもじもじしている。
…とまぁ、今日はそれが本題じゃない。デーヤモンドだ。
と思い出した俺は、隣で口をあんぐり開けて固まっているフォージに声をかける。
「どうだ?これだけあれば見つかりそうかな?」
フォージは俺の声にハッとしたように振り向いた。
「は、はい!十分すぎるほどです!必ず砥石として使える部分があるでしょう。……しかし、ここまで立派な鉱脈は恐らくこの場所以外は発見されていないのではないでしょうか。…これは絶対に国外に漏らしてはいけない情報ですね」
「………あぁ、そうか。これを狙われる可能性もあるってことか」
フォージの言葉でラッキーとしか思っていなかった俺も、デーヤモンド鉱脈のもたらすデメリットに気付かされた。
貴重と言われるデーヤモンドが大量に眠っていると知られたら、こぞって他国から狙われるだろう。そんな事態になれば今までのように安穏と皆で暮らす事も出来なくなる。
やはり全ての物事は良い面と悪い面が表裏一体となっているのかもしれない。わざと他国にこの事を流す者などいないとは思うが、一応この国の最重要機密として扱うことにしよう。ひいてはそれが国民の生活を守ることに繋がるはずだ。
俺はそう考え、次回の国民代表者会議で議題として出そうと決意した。
「…そういえば、俺が生まれるずっと前だかこのあたりの山も調査が入ったはずなんだ。なんでその時には見つからなかったのかな?」
鉱脈回りの邪魔な木を斬り倒すウィルを見ながら、俺は疑問に思ったことをフォージに尋ねる。
「あぁ。それはきっと石炭と間違えたのでしょう。このデーヤモンド鉱石は、何故か石炭の鉱脈のすぐそばにあることが多いらしいのです。きっとその調査団にはあまりデーヤモンドに詳しい者がいなかったのでしょう。…それに、まさかこんな大きなデーヤモンドの鉱脈があるなんて夢にも思いませんしね」
「……なるほどな。じゃあこの国はたまたま命を長らえたってわけか。その時デーヤモンドが発見されていたら、今ごろはどこかの大国の領地になっていたかもな」
今なら笑い話にできるが、結構危ない所だったな。ほんとにたまたま生き長らえたようなものだ。俺といい、この国といい、やはり運がいいのだろう。
これからの国作りでは、あまり運に頼らず実力でなんとかしたいものだが…。まぁなるようになるか!大丈夫!大丈夫!俺には頼もしい仲間がいっぱいいるからな!
その日は鉱脈の全体を確認するだけで終わり、フォージが当たりをつけた鉱石を一抱え持って帰ることにした。
本格的にこの鉱脈に手を付けるのは今後の課題として、とりあえずは加工方法を確立する方が先だと判断したのだ。
これからしばらくはフォージに色々と試行錯誤してもらうことになるが、場合によってはラミィにも手伝ってもらうことになるかもしれない。ラミィなら魔法で加工もできるしな。
また何か対価を要求されるかもしれないが、仕方ない。このデーヤモンド事業が上手くいけば甘いものなど食べ放題になるはずだ。……よし!そんな感じで誤魔化す作戦でいこう。




