11
路地裏に出た俺はラミィとともに家に向かって歩いていた。
「しかし、なんでラミィもついてくるんだ?」
てっきり路地裏で分かれるものと思っていた俺は、当然のように隣を歩きだしたラミィに向かって問いかける。
「そんなの当たり前でしょ。わざわざこんな場所から毎回行き来しなくても、アンタの家から行き来した方が便利に決まってるじゃない」
そう言われればそうだ。転移石という便利なものがある以上、俺の住む家を知っていた方が都合がいいに決まってる。
「それに、アンタと一緒に住んでるっていう従者にも会っておかないとね。どんなやつか知らないけど、アンタと暮らすのはきっと私のほうがふさわ……」
そのとき、少し先の噴水公園に肩を落として歩くウィルがいるのが見えた。元気が無さそうだな、やはり俺を探していたのか。悪いことしたな。
「おぉーい!ウィル。こっちだこっち!」
隣のラミィがビクッと体を跳ねさせた。まったくこいつは魔女のくせに緊張してるのか?そんなことを思っていると、ウィルがすごいスピードでこちらに向かってきた。
「ジャッジ様!ご無事だったのですね。」
「あぁ。遅くなってごめんな。心配させちゃったな」
ウィルは必死に俺を探してくれていたんだろう。近くで見るウィルの服は土埃や泥で汚れていた。
「ジャッジ様がご無事ならそれでいいのです。それで?その少女はどなたですか?」
やや警戒するような目つきでラミィを見たウィルはそう俺に尋ねた。
「あぁ。ラミィって言うんだ。偶然ここで出会ってそのあとこいつの家まで行ってた。そしたらこんな遅くなったって訳だ」
俺はウィルを驚かすためにも、詳しくは家に帰ってからゆっくり話そうと思い、簡単に今日のことを説明した。
「な!?今日初めて会っていきなり家に?こんな時間まで?親御さんはいらっしゃったのですか?」
「いや、ラミィは独り暮らしだからな。お茶もご馳走になったし、すごく興奮するような出来事もあったぞ。後でウィルにも話すよ」
俺が魔法を使えるかもしれないなんて知ったらウィルも喜んでくれるだろう。しかも体調までよくなるなんて。きっとすごく興奮して話を聞いてくれるだろうなぁ。あ、それにラミィが魔女だって話もしないとな。早く家に帰ってウィルにも教えたいなぁ。なんて俺が思っていると、
俺の話を苦虫を噛み潰したような話で聞いていたウィルが、目つきだけでなく表情まで険しくして、ラミィに向かって詰めよった。
「おい!貴様がジャッジ様を誘惑したのか?ジャッジ様がお前のような少女に惹かれるわけがない!薬物かなにか卑怯な手段を使ったのだろう!」
「なんですって!初めて会った人にその物言いはなんなのよ!しかも私は少女じゃなくて立派なレディよ。なんなのよこの従者は!ねぇアンタ!アンタもなんか言いなさいよ!」
なぜかきつくあたるウィルに対して言い返すラミィ。その矛先は俺にも向かってきた。しかし、なんでウィルはこんなラミィにきつく言うんだ?確かに帰りが遅くなったのは悪いが、こんな口の聞き方をするウィルは初めて見た。
「ウィル、ラミィはこれから俺を助けてくれるって言ってくれてるんだ。今日だってなんにも知らない俺に、色々と教えてくれた」
そう話す俺にウィルはビックリしたような顔をしたあと、今度は悲しそうな顔をして諭すように話しかけた。
「あぁ、かわいそうにジャッジ様。この女にそこまで騙されているとは。相当な量の薬を盛られたのですね」
そう言うと今度はラミィに向かい、怒鳴り付けるように言った。
「おい、女狐!ジャッジ様から離れろ!貴様から離れゆっくり休んで薬が抜ければ、きっとジャッジ様も正常な判断ができるはずだ!」
最初は怒鳴り付けるウィルに圧倒されていたが、気の強いラミィも黙ってはいない。
「なによ!黙って聞いていれば好き勝手言ってくれちゃって!薬なんか使わなくてもおたくの主様はもう私にメロメロよ。…今日だって、だ、抱き締めて、く、くれたんだから」
ラミィがいろんな意味で顔を真っ赤にして言い返すと、あたりの気温がスーっと低くなったように感じられ、ウィルが一段と低くなった声音で言った。
「おい、もう一度言うぞ。ジャッジ様から離れろ。貴様、そんな見た目で騙されると思うなよ。実力を隠しているのは分かっている。手加減はできないかも知れんぞ」
そう言うウィルは腰の剣に手を伸ばそうとしている。やはりウィルから見ると、魔女であるラミィの強さが感じられるのだろう。ウィルが剣を抜こうとするなんてよっぽどだ。
「いい覚悟ね!この不世出の天才魔女ラミィちゃんに挑もうなんて。塵も残さず消し炭にしてあげるわ。…そしたらもう私と暮らすしかなくなって…ふふふっ」
ラミィもやる気だ。最後に言ってることの意味は分かんないが、不気味な笑い声はなんか魔女っぽくて怖い。しっかり魔女とラミィも言っているのだが、ウィルもそれどころじゃないのだろう。特に反応はしない。
2人の間に濃密な戦いの気配が満ちていく。さっきまで聞こえていた虫の声も聞こえなくなり、あたりは完全な静寂に包まれる。今にも火蓋が切って落とされそうな雰囲気の中、俺は焦っていた。
まずい!ウィルが強いのは知っているが、魔女であるラミィも相当強そうだ。この2人が戦えば2人とも無事じゃすまないだろう。広場も壊れるかもしれない。というか街自体吹き飛ぶ可能性もある。これは本気でまずい!
「ちょっと待った!ウィル!ラミィ!多分二人ともなんか勘違いをしている!いったん落ち着いて俺の話を聞いてくれ!」
2人の間に割り込み、両手を広げて必死に制止する。2人とも俺ごと相手を傷つける気はないらしく、やや殺気は収まった。だが、まだ一色触発の状態だ。
そこで家でゆっくりウィルに話そうと思っていた、今日の出来事を詳しく話し出す。最初は疑って聞いていたウィルだったが、俺の体調がよくなるであろう話や、ラミィに魔力のコントロールを教わることが重要だという話が出たあとは、どんどん機嫌がよくなっていった。
俺の話が終わり、3人で家まで帰ったあとウィルはしっかりとラミィに謝罪してくれた。ラミィも最初は機嫌を直してくれなかったが、俺が魔力のコントロールの訓練のために、たまにラミィの家に泊まることをウィルが認めると途端に機嫌がよくなった。
話し合いの結果、俺は当分の間この家から毎日ラミィの家まで行き、魔力のコントロールの訓練を行うことになった。送迎はラミィがしてくれるそうだ。そしてたまにラミィの家に泊まって訓練することにもなった。今のところ体調を良くするための、魔力のコントロールを習得することが目標だが、いずれは魔法が使えるかラミィに聞いてみようと思う。
話し合いが終わり、遅くなったが夜ごはんを食べようということになり、ラミィが大きな街まで転移石で飛んでいき、遅くまで開いている店からおいしそうな料理を買ってきてくれた。なんのかは分からないが、お祝いだからと結構な量のお酒も買ってきて3人で乾杯した。俺もウィルも滅多にお酒は飲まない。ラミィは結構な勢いで飲んで酔いつぶれてしまった。仕方ないからと小さいラミィにはちょうどいいサイズのソファーに寝かせた。みんな楽しそうでいいお酒だったと思う。
次の朝起きたらラミィが俺のベッドに潜り込んで寝ていた。
…なんもしていないはずだ。