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「……ほほぉ。これが炉かぁ」
ゴーン族がハートランド王国に移住して早一ヶ月が経った頃、俺はフォージから炉が完成したと報告を受けて現場まで足を伸ばしていた。
「時間はかかりましたがやっと完成しました。適した土をタゴサック殿がみつけてくれたので大変助かりました」
「そうか。もうこの国の土についてならタゴサック達ンダ族に任せるのが一番だな」
俺はフォージに返事をしながら目の前の炉をジロジロ眺めている。
イメージではもっと大きい物を想像していたが、俺の目の前にある炉は高さも俺の身長より少し高い程度しかない。
用途はよく分からないが、上部と下部に大きく入り口が口を開けており、更に上には煙突?のようなものが伸びている。
「……これはもう使えるのか?」
「はい!火を入れればすぐにでも使えます!初めの火は火の神に愛されしジャッジ様に入れてもらおうと待っておりました!」
「………あ、あぁ。そうね。わかったわかった」
まぁいいか。こういうのも国王の仕事のひとつだろう。
俺はちょっと暑苦しいフォージに促され、炉の下部に詰め込まれた薪に着火することになった。
俺の魔法だとうっかり炉を壊してしまう恐れがあるので、ここは他の皆と同じように事前に用意してあった火打ち石で種火を起こし、藁で火を安定させて薪に着火した。
しばらく待つと火の勢いが増し、パチパチと薪が焼ける音がしてきた。そこから更に風を送る道具でフォージは火の勢いを増していく。その途中にも薪や石炭を追加しているので、今頃炉の内部はとんでもない温度になっているはずだ。
「ありがとうこざいます!これでこの炉も火の神に愛されし炉となりました。これからの鍛冶の出来にもいい影響があるはずです!」
「そうか?まぁよろしく頼むよ。フォージ達にはすごく期待してるからさ」
「おぉ…。ジャッジ様からそのようなお言葉を頂けると皆の励みになります!」
よしよし。これで道具が作れるようになればいいな。タゴサック達だけじゃなく、俺を含む他の国民にとってもありがたい話だ。包丁ひとつとっても今まではサニーの行商で買うしかなかったので、現在使っている物を大事に使用していたはずなのだ。
……そういえばサニーはまだ引っ越してこないのかな?あれからもう結構経つが音沙汰はない。
まぁ店ごと引っ越しとなると色々と準備もあるのだろう。あ!それともファイスの店はサンに任せてサニーだけ引っ越してくるのかな?うーん。楽しみだ。
「おい!それは本気で言ってるのか!?」
「……あぁ。すまない…。これも命令なんだ」
ファイスの街にあるサニーの店では、表まで聞こえるほどのサニーの怒鳴り声が響いていた。
引っ越しの為の複数の馬車の手配や荷物の整理などに時間はかかったものの、ジャッジとの約束通りハートランド王国への移住の準備を終えたサニー。
そんなサニーの元に旧友でもあるロック兵長が訪れると、いきなり移住は許可できないと話始めたのだ。
「な、なぜだ!?ちゃんと申請はしたはずだぞ」
この世界、いや少なくともここファイスが属するイーストエンド王国では、国民が国を出るときには申請が必要とされている。ただの旅行では必要ないが、他国への移住や長期間の旅など複数年に渡って留守にする場合には、住む街の領主への届けが必要なのだ。
もちろん届けを出さずに勝手に街を出ていく者も多い。しかし、ファイスの街で長年商売をしてきたサニーは領主とも良い関係を築いており、黙って引っ越すということを選びたくはなかった。そこで前回ハートランド王国への行商から帰ってすぐ申請したはずなのだ。
その言葉を聞いたロック兵長は、険しい表情を更に険しくして苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。
「……確かに申請はされている。…しかし、それが許可されなかったのだ」
「なんだと!?そんな話聞いたことないぞ!俺が犯罪でも犯したとでもいうのか!」
「ち、ちがう!もちろんそんなはずないのは俺が一番分かってる。……しかし、実際許可は降りなかった。理由は俺も分からん」
犯罪を犯して逃亡中の者などに許可が降りないのは当たり前だが、そんな者が律儀に申請などするはずはない。実際ロック兵長にも何故サニーの移住が許可されないのか疑問だった。
今日の午前中に、サニーの申請を却下するという書類を領主から直接見せられたロック兵長は驚いた。領主が話すには、どうやら却下したのは王都にいるこの国の中枢の人物らしい。
さすがに国の権力者には領主といえども逆らえない。何度もこの街を救ってもらったウィルやジャッジ等のハートランド王国勢に良い感情を持っていた領主だが、この決定を呑むしかなかった。
「すまない。俺も兵長という立場上、上からの命令には従わないといけない。俺の方でもなんとかならないか調べてみるから、もう少しだけ待ってくれ」
「………仕方ない。お前が言うなら待とう。しかし!長くは待てんぞ!ジャッジ様達ハートランド王国の方々がうちの商品を待ってるんだ」
「あぁ、わかってる。俺も恩あるジャッジ様達に不便な思いをさせるつもりはない。できるだけ急ぐさ」
そう言うと、ロック兵長はサニーの店を後にした。
「親父ー!どうしたんだ?早く荷物纏めないと頼んだ馬車が来るぜ!」
「うるせぇ!!お前は黙ってろ!」
店の奥にいるサンに向かって怒鳴り返したサニーは、ロック兵長が出ていった扉を見つめながら何故こんな事態になったかを考えていた。
サニーの店を後にしたロック兵長が向かったのはいつも待機している領兵の詰め所ではなく、国軍の兵が詰めている建物だった。
躊躇なくその建物に入ると、勝手知ったる顔でずんずんと奥まで進み一番奥の部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
という声が聞こえるや否や、扉を乱暴に開けるとロック兵長はずかずかと中に入った。
室内には机がひとつありその机で仕事をしていた男がいたが、部屋に入ってきたロック兵長をみると少し驚いた表情を見せた後、そばにいた国軍の兵士に部屋から出るよう指示した。
「……で?お前がくるなんてなんか用事があるんだろ?まぁ、座ったらどうだ?」
男は机の上で両手を組むとロック兵長の方を見ながら質問する。
ロック兵長はやや怒ったような表情を崩さないまま、目の前にある椅子に腰かけるとその問いに答えた。
「いきなり押し掛けてすまん。だが、今回のサニーに対する決定には納得がいかん!なんでこんなことになったんだ?お前ならなんか知ってるんじゃないか?」
「…………」
ロック兵長の叱責するような言葉に、男は両手を組んだましばらく何事か考えるように黙っていたが、ようやくその口を開いたと思ったらやっと聞こえるくらいの小声で話し出した。
「……ここでは話せん。今日の夕方いつもの店に来い」
「……わかった」
たったそれだけで通じ合うものがあったのだろう。ロック兵長は、
「邪魔したな」
とだけ言い残すと国軍の詰め所から出て、自らのいるべき領兵の詰め所に帰っていった。
その日の勤務を終え、詰め所を後にしたロック兵長はファイスの街の繁華街と呼ばれる場所から一本脇にそれた細い路地にある、看板もかかっていない店に入っていった。
この店はロック兵長が若い頃から仲間達と酒を呑む時に集まる店で、看板もない割には客が集う不思議な店だ。
店主も寡黙な老人だったが、いつのまにか代替わりして息子に替わった。しかしその息子も寡黙な男であり、余計なことは喋らない。その為、今でもあまり人に聞かれたくない話をする際にはよく利用するのだ。
ロック兵長がいつもの奥まった席に向かうと、そこには昼間国軍の詰め所で会った男が既にグラスを傾けていた。
傍らにはすでに空になったグラスがひとつ置かれている。どうやらしばらく待っているらしい。
「遅くなった。すまん」
ロック兵長はそう声をかけると、いつもの酒を注文し自らも椅子に腰かけた。