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「突然訪ねていきなり聞くのも失礼だとは思うんですが。先ほどご主人からこの村がもうすぐ溶岩に沈むと聞きまして…。どういうことなのでしょう?」
「あぁ、そのことですか。それなら………」
俺の質問に対して答えようと、途中まで奥さんが話しかけた時、
「その続きは俺が話そう。待たせて悪かったな」
と言いながら大男が居間に入ってきた。その手には布に包まれた何かが握られている。
大男はどかっと俺達の正面に座ると、机の上に布に包まれた何かを置くと奥さんにお茶を催促した。
そして奥さんが出ていくと話をはじめた。
「自己紹介もまだだったな。俺はゴーン族の族長フォージだ。さっきのが妻のスミティ。一応鍛冶師ってやつだな」
「初めまして。俺はジャッジ。そし一緒にいるのがウィルとラミィです。今日は貴方達ゴーン族の方々に会いにここまで来ました。そしてある提案を聞いてもらいに」
「……提案?まぁいいか。先にこの村の現状を教えとこう」
お互い自己紹介を済ませた後、フォージは現在の状況を説明してくれた。
「さっきも話したがもうすぐこの村はサクラ山の噴火で溶岩に沈む。これはほぼ確実な話だ。前回の噴火でできた火口の向きは真っ直ぐこの村を向いてる。次はでかい噴火がくるはずだから、まぁこんな小さい村なんかイチコロだな」
「なっ!?早く逃げなくて大丈夫なんですか?」
もうすぐ村ごと溶岩に沈むというのに慌てた様子のないフォージ。話を聞いた俺の方が焦ってしまっている。
フォージと自分の分のお茶を運んできたスミティも横に座るなか、フォージは笑いながら話を続ける。
「ハハハ。いつかは分からねぇが今日明日の話じゃねぇよ。噴火のサイクル的に今月末か来月ってとこだろう。それに俺達はもう覚悟を決めてこの村に残ってるからな。逃げるつもりはねぇよ」
「に、逃げない!?どういうことですか?」
今逃げないって言ったか?うそだろ!?もうすぐ溶岩が流れてくるんだろ?それなのに逃げない?
えぇ…なんだこの人達…。
「私達は昔からこの村でサクラ山とともに暮らしてきました。山の恵みのおかげで今まで暮らしてこられたんです。それなら最期も山と共に在りたいと皆が望んでいるのです」
「はぁ……」
フォージの言葉に付け足すように冷静に説明してくれるスミティだが、俺にはさっぱり理解できない話だ。
最期もってことは、おそらく村と運命を共にするということだろう。最初にこの場所を教えてくれた村人もそのつもりなのだろうか?だとしたらなんと潔い人達だろうか…。
困惑しながらも不思議とゴーン族に対し尊敬に似た感情を抱く俺に、ウィルが隣から耳打ちしてきた。
「ジャッジ様。移住の件をお話してみればいかがでしょう」
「そ、そうだな。一応話してみようか」
俺はウィルの意見に従い、無理だとは思ったが一応ハートランド王国への移住について話してみることにした。
「……………というわけなんですが。やっぱり無理ですよね?」
「あぁ、無理だな。わざわざこんな辺鄙な所まで王様自ら俺達を誘いに来てくれてありがたいが、俺達はどこにも移住する気はねぇ。サクラ山と火の神を裏切ることはできねぇよ」
俺の説明を聞いた上でそうはっきりと断るフォージ。やはり意思は固いようだ。
まぁ、フォージの話を聞いた時点でかなり望み薄だとは感じていたから仕方ないな。ここまで覚悟を決めた人達を動かすのは難しいだろう。
「わかりました。いきなり訪れて妙な提案をしてすみませんでした。……ところで、火の神とはどのような神なのですか?」
俺はフォージに詫びた後、発言の中で気になった言葉を尋ねる。
火の神とはあまり聞いたことがない神の名だ。世界中で信じられている神全てを知っているわけではないが、メジャーな方の神ではないのは確かだ。
俺の質問を聞いたフォージは、またも豪快に笑いながら口を開く。
「ハハハ!知らなくても仕方ねぇよ。俺達の他に信じてる奴らがいるのかも分からねぇしな。火の神とは俺達ゴーン族が昔から信奉してる神で、その名の通り火を司る神だ。鍛冶を生業とする俺達には欠かせねぇ神だな」
「……なるほど。確かに鍛冶師が信じるにはピッタリの神ですね」
「ハハハ!だろ?火が無いと鍛冶はできねぇからな。それに溶岩にも火の神は宿ってる。それに焼かれて死ぬなら本望なんだよ俺達は」
笑いながら恐ろしいことを話すフォージ。隣で聞いているスミティも間近に迫る死を恐ろしいと思っている様子はない。
俺は特定の神を信じているわけではないからイマイチ理解できないが、やはり信じる力とはすごいものだな。どこかの国では狂信者達によって国がひっくり返された事もあったと聞く。良い方にも悪い方にも傾くのが宗教というやつなのかもしれない。
「まぁそういうわけだからよ。あんたらの期待には沿えねぇが一晩くらい泊まってけ。王様に御馳走したってのもあの世でいい自慢話になりそうだしな」
フォージがそう言うので俺達は一晩厄介になることになった。
まぁまだ噴火までは時間があるみたいだし、せっかくここまできたのだ。もう会うことはないとは思うが、フォージなら色々と面白い話も聞けそうだ。
その晩、フォージ宅に泊まることになった俺達は、鍛冶についてやサクラ山や火の神について、ゴーン族についてなど遅くまで酒を酌み交わしながら語り合った。
「……それではそろそろ俺達は帰ります。お世話になりました。それと昨夜は楽しかったです」
俺は厚かましくも朝食まで御馳走になった後、フォージ宅の玄関でお礼と挨拶を述べていた。
昨夜も今朝もスミティの作る料理はとても美味しかった。ウィルもラミィも美味しいと何回も言っていたし、ラミィに至ってはおかわりまでしていた。
つくづくこの人達がもうすぐこの世からいなくなってしまうのが惜しく感じるが、ゴーン族にはゴーン族なりの考えと覚悟があるのだ。俺がどうこう言える問題じゃないだろう。
「ハハハ!いいってことよ!俺も最後の客があんたらでよかった。あぁ、そうだ!昨日渡した剣の事は頼んだぜ。あんなのでも俺の最高傑作だ。斬れなくなったら、教えた通りに研げば長いこと使えるはずだ」
「はい!本当にありがとうございます。まさかあんな名剣を頂けるとは…」
「気にすんな!あんたみたいな達人に使ってもらえるなら剣冥利につきるってもんよ」
昨夜どうしてもとフォージが言うのでウィルが簡単に素振りを見せると、もともと俺達にくれる予定だった剣とは別に、もう一本フォージが渡してきた。
フォージ曰く、今までうってきた剣の中でも一番の出来の剣だという。誰に頼まれても売る事なく大事にしまっておいたものだが、ウィルの剣の腕を一目で見抜いたフォージは、是非ウィルに使って欲しいと思ったらしい。
その剣を一目みたウィルも、
「これはすさまじい剣ですよ!私も今までいくつか名剣と呼ばれる物を見る機会がありましたが、それらに勝るとも劣らない名剣です!」
と、珍しく興奮して語っていた。
その後剣を愛する者同士、俺には理解できない話で盛り上がっていた。ウィルにとっても剣について語り合う相手というのは貴重なのだろう。
…あぁ、ちなみに最初にもらう予定だった剣は俺が使うことにした。それでも武器屋で買えば金貨10枚はする名剣らしい。どうやらフォージは俺が思っていたよりもずっと腕の良い有名な鍛冶師だったみたいだ。
「じゃあまたな!……ってもう会うことはねぇか!まぁあんたらも元気にやれよ!国が大きくなればいいな」
と、最後まで明るいフォージに別れを告げ、俺達は村の出口に向かって歩き出した。
……とその時、
ドドーン!!
という響き渡るような大きな音が聞こえたかと思うと、地面が大きく揺れた。
俺は咄嗟にラミィを抱き寄せ、その俺をウィルは太い腕でしっかりと掴まえた。
「な、なんだ!?」
「噴火だ!予定より早いぞ!」
「えっ!?噴火!?」
後ろからフォージが叫ぶ声に反応して、眼前に聳えるサクラ山を見上げると、確かに頂上付近から大きな噴石が飛ぶのが見える。そしてすぐに噴煙がモクモクと上に向かって立ち昇り始めた。