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「お、おぉっ!浮いてる!」
「そりゃ浮くわよ。そういう乗り物なんだから」
「いや、しかしだな…」
俺は初めて乗ったヒコウキーに大興奮だった。
ゴーン族勧誘大作戦への出発の朝、俺達3人は新たに屋根の取り付けられたヒコウキーに乗り込み、ちょうど今留守組の見送りを受けながら出発するところだ。
なぜ3人なのかと言うと、あれだけ一緒に行くと話していたエマだったのだが、ヒコウキーに乗って行くと分かった途端行かないと言い出したのだ。
どうやら高いところが苦手らしい。小さい頃に屋根から落ちて怪我をしたことがあると言っていた。
まぁそういうことなら仕方ないだろう。残念だけど今回は留守番してもらうことにしよう。
俺達を乗せたヒコウキーは、ラミィが運転手となりゆっくりと上空高くまで上昇すると、目指すサクラ山のある北に向かい出発した。
「おぉっ!速い!速いなウィル!」
「確かに速いですね。私の全力疾走より少し遅い位でしょうか」
「…………アンタと比べないでよ」
初めてのヒコウキーの飛行に大興奮の俺は、ヒコウキーから身を乗り出すようにして景色を眺めている。いつもは冷静なウィルも俺の隣で物珍しそうにキョロキョロしている。
「ラミィ。どれくらいかかるか分かるか?」
大分ヒコウキーからの景色にもなれた頃、俺はラミィに移動時間について尋ねた。
ラミィはハンドルを握りながら少し考える素振りを見せた後、
「そうねぇ…。夕方には着くんじゃないかしら?」
と、驚くような答えを返してきた。
「えぇっ!?今日着くのか!?」
「……アンタ何驚いてるの?私も行ったことない場所だからはっきりは分からないけどね。すぐに目印のサクラ山が見つかればまだ早いかもしれないわね」
てっきりいつものように数日から数週間の旅だと思っていた俺は驚いた。
そうなると荷物もそんなにいらなかったのか…。道理で俺のマジックバックに入れてあるウィルの荷物が少ないわけだ。遠慮しているのかと思ってた…。
そんな俺に向かい、ウィルが笑いながら声をかけてきた。
「ジャッジ様が驚くのも無理はないですよ。確かに今までの旅からすると早すぎる様に感じますが、このヒコウキーの速さで直線的に目的地まで向かえばどこに行くのも大して時間はかからないでしょう」
「そうね。コレなら道なんか関係ないし、山も川も飛び越えればいいだけよ」
……確かに。空を飛べるってことは道沿いに進む必要もないってことか。ラミィの言うように馬車や馬での移動に付き物の、難所と呼ばれる場所もヒコウキーなら関係ないしな…。
更に言えば魔石に魔力さえ充填しておけば、途中で休憩も補給も必要ない。きっと他の国に知られたらみんなが目の色を変えて欲しがるだろうな。
改めてヒコウキーの異常な便利さに気付かされた俺。もちろんヒコウキーもすごいが、それを発明したラミィはもっとすごいはずだ。
「…ラミィ。お前すごいやつだったんだな…」
と、思わず俺が褒めるようなことを口走ってしまうと、それを聞いたラミィはバッと俺の方を振り返りラミィポーズをとった。
「そうでしょう!そうでしょう!もっと私を褒め称えなさい!この不世出の天才美人魔女王妃をね!」
「…………。」
「…………。」
やはりコイツは調子に乗らせると厄介だな。褒めるときはもっと慎重にいくようにしよう。そしてどうやら二つ名には王妃を足すことに決めたようだな。まぁどっちでもいいんだが…。
目的地まで後少しとなった頃、俺達はたまたま目についた村に休憩がてら寄ることにした。
人目に付かないように、少し離れた場所にヒコウキーで着陸し歩いて村を目指す。
入り口の門番に旅の者だと話しあっさり入れて貰う。
村といっても規模はそれなりで、街と村のちょうど中間程の規模だろうか。
「せっかくだから何か食べようか。ついでにゴーン族やサクラ山についても聞いてみよう。もう近所だろうから知ってるかもしれない」
「それはいい考えですね」
「そうね。そうしましょう」
話の決まった俺達は取り合えず食事の出来そうな店を探してウロウロした後、一軒の酒場らしき店を見つけそこに入ることにした。
「……おぉ。まだ明るいのに結構人がいるな」
「アンタバカね。明るい時間だから美味しいのよ」
店に入ると、まだ夕方前だというのにテーブルは半分ほど埋まっている。ガヤガヤと酒場特有の賑やかさで客達の話し声が四方八方から聞こえてくる。
「いらっしゃいませ!3名様ですか?」
「うん。3人だ」
「こちらのテーブルへどうぞ」
入り口で突っ立っていた俺達だが、元気の良い店員に案内され席につくことができた。
メニューはない様なので、お腹が空いていることを伝えおすすめをいくつか注文した。どうやらこの店の名物は鹿のシチューらしい。鹿はハートランド王国でもたまに食べるが、シチューは初めてだ。煮込むと生臭さが気になるがどうなんだろう?美味しかったら料理法を聞いてみるのもいいかもしれない。
「…さて。じゃあ料理がくるまでに情報収集といきましょうか。ウィル!行ってきなさい!」
「………?私ですか?」
自信満々でウィルに指図するラミィ。いきなり指名されたウィルは困惑している。そりゃそうだ。
そんなウィルに対してラミィは理由を説明しはじめた。
「アンタしかいないしゃない。ジャッジは王様よ?まさか王様を下っ端みたいに使うわけ?それに私は将来の王妃様よ!つまりアンタの上司みたいなもんよ。ほら!さっさと行く!」
「は、はぁ…。ジャッジ様、行って参ります」
「……うん。なんかごめんな、ウィル」
ラミィのパワハラとも言える理論で面倒事を押し付けられたウィルはカ話を聞くためにウンターに向かったようだ。
……しかし、結婚の約束をしたことを内緒にしとこうって言い出したのはラミィじゃなかったか?堂々と将来の王妃って自分で言ってるけど…。はぁ…。
俺がラミィを見ながら溜め息をついていると、それに気付いたラミィが口を尖らせて文句を言ってくる。
「なによ!なんか文句でもあるの!?」
「…いや。文句というわけじゃないんだが…。お前俺と結婚することは秘密にするんじゃなかったのか?」
俺がラミィに呆れながらそう指摘すると、
「…はっ!!しまった!!」
と、やっと自らの失言に気付いた様子で口を押さえている。
「……いやいや、今更口を押さえてももう遅いけどな。まぁウィルが他の人に話すとは思えないから、口止めしとけばいいんじゃないか?」
「そ、そうね!あとできつく言っておかないといけないわね!」
「……きつくは言うな。むしろ謝れ」
客が多いせいか、なかなか来ない料理を待つ間そんな風にラミィとじゃれあっていたが、一品目の料理が運ばれてくるのと同じタイミングでウィルも帰ってきた。
「お待たせしました。ゴーン族についての話を聞くことができました」
「ありがとうウィル。食事が来たから食べながら聞こうか。……ほら、ラミィ。何か言うことがあるんじゃないか?」
俺が話を聞きに行ってくれたウィルにそう答えると、ラミィもさっきとは違いしおらしい態度でウィルに向けて口を開く。
「………ウィル?さ、さっきはごめん。もう偉そうな事言わないから、さっきの話は皆には内緒にしててください!」
「……話?」
ラミィの言葉に首を傾げるウィル。
「私が王妃になるって話…」
「あぁ。そのことですか。それならもう周知の事実ではないですか?」
「えぇっ!そうなの!?」
「うそっ!?」
なんでもないことのように言うウィルに、ラミィではなく俺が驚いて反応してしまった。
滝壺でのプロポーズの事はまだ誰も知らないはずだ。ラミィのことだからポロっと誰かに漏らした可能性はあるが…。どうなんだ?
ウィルは驚いている俺達に驚いたようで、更に口を開いた。
「家出したラミィ殿があのように上機嫌で帰ってくれば、ジャッジ様と何かあったということくらい皆分かります。それに我が国の人々は最初から、ラミィ殿をジャッジ様が娶って王妃とされると思っていますから」
「………あー」
どうやら俺の考えなど周りにはとっくの昔からお見通しだったようだ。
確かに皆がラミィに対して妙にへりくだった態度で接する時があるとは感じていたが…。そういうことだったかぁ。