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ウーランルシア大陸物語  作者: 流浪のツキ
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第五章 狼霊木

                   第5章 狼霊木

 丘に登り、狼霊木と呼ばれたクスの巨木が視界に入った時、アランは愕然とした。

 山脈一面に広がる、20メートルを超え、まるで直立不動な兵士のように天に向かって凛として佇むアカマツや白樺の中で、高さは周りの二倍もあり、幹の太さは周りの木の十倍はある巨木は怪物のように構えていた。そしてなによりもその木の周りは雪のみで、ほかの木は1本も生えていなかった。太陽は暖かく周りを照らしているが、周りと世界が違うように見えるその領域だけは異様だった。

 アラン達は丘に上がる前に他の三つの小隊と合流した。みんなガヤガヤをしながら雑談していたが、狼霊木が見えてくるに連れ、自然と場は静まっていた。

 「この木、本当に何回見ても恐ろしいわ。」アランの前にいるハロルドは隣の騎手に小さい声で言った。

 「巡査隊になって、1回しかこの木を見た事ねーけど、やっぱり気味が悪いな。そもそも暖かい所の木がこんな寒いところで、これぐらい化け物かってぐらい育つこと自体ありえねーのに…。」隣の馬に乗っている中年の騎手はぼそぼそと答えた。

 「この木はそんなに珍しいものなんですか?」アランはその騎手の言ったことが気になった。

 「あぁ、俺は東境のリングイド出身だから、ガキの頃はよくこのクスの木を見てきたけど、これは暖かい地方にしか育たない、葉が年中落ちない木なんだよ。」騎手は後ろを振り向きながら答えた。イタチの皮帽子の下の顔は確かにヤルデン地方に住む西北部の人たちに比べると、肌が白く細かく、そして顔の輪郭も明らかに細長かった。

 「おっと、これは…従騎士閣下、失礼しました。」声をかけてきたのがアランであるのを見て、騎手は少し慌てた。

 「ルアーンおじさん、そんなに気にすんなよ。アラン様はそこら中の気取った閣下達と違って話しやすいんだぜ。」ダリルはすでにアランとは仲良くなり、自慢げにルアーンに話した。

 「ガキは黙ってろ、お前のお母さんにこないだ他のガキどもと娼館に行った事を言うぞ。ナニからション便しか垂れ流したことねーガキどもなくせに、まったく。」ルアーンは一重の瞼を険しくさせながらダリルにこぶしを振った。

 ダリルはお母さんの名前を聞いて、思わず首を引っ込めて、下唇を外側に裏返させながら黙った。

「ダリルの言った通り、そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ。」アランは自分が他の人より身分が高いと自覚したことは今まで一度も無かった。むしろ、自分のように、幼くして両親を亡くした人たちや身分の低いたちとつるんでいた方が、気が楽で良かった。

 「それはありがてぇ、立派なご身分で威張らないのはすばらしいこった。村の金持ちんとこの坊ちゃまたちにも見習ってほしいもんだ。」ルアーンは感慨深そうに頷いた。

 「それで、クスの木がこんなに大きくなるのがおかしいことなんですか。」アランは勝手に一人で納得して頷いているルラーンに質問した。竈で燃やす薪を選ぶために、小さい頃からヤルデンの森を構成している松や白樺、そしてナラやブナなどを熟知していたが、アランはクスの木を見たことはなかった。

「いや、東境でなら、珍しくもねーもんで、なんせ一年の半分が寒い季節のこっちより、あっちは年中暖かくて、黒土も擦れば油がにじみ出るほど栄養分たっぷり…」

「だれもおめぇの故郷の自慢話を聞いてねーよ、俺たちの故郷はひもじくて寒くて悪かったな」横で話しを聞いていたハロルドは我慢出来ずにルアーンの話に割って入った。

「いや,誰もそうは言ってねーだろう。」ルアーンは申し訳なさそうに答えた。ハロルドはルアーンをにらみつけて、また前を向いた。

「俺の故郷では、クスの木は光神がこの世での具現とも言われるほど縁起の良い樹でもあるんだよ。各地の光神殿の前庭には必ずクスの木が植えてあるし、木が大きければ大きいほどその光神殿が建てられた歴史も古く、光神のご加護も多いってみんな思って、その光神殿に参拝する信者も多いんだ。スプリングフィールド公爵の居城に植えているクスの木は樹齢2000年もあって、高さは最も高い城壁よりも頭一つ抜き出るほど高いそうだ。」故郷の話になるとルアーンはどうしても口調がうれしくなり、その薄茶色い瞳は輝いていた。

「じゃ、本来であればすばらしい木であるのに、あの木はなぜこんなにも不気味に感じるんだろ。」アランは丘の先にある狼霊木の姿を見て、つぶやいた。

「あれはクスの木の皮を被ってるけど、どうも俺には故郷の木とは別物に感じる…」ルアーンも前に振り返りながら乾いた声で言った。

「みんな注目してくれ。」カーティスの声が一行の前から聞こえてきた。

「イーゴン様からはここでなにがあったのかを調べて来いとのご指令を預かった。だから俺達の任務はここら一帯をくまなく探すことだ。ここら辺のことが俺よりも詳しい人も居るから、あえて注意するまでも無いが、決して油断はしないように。それじゃ、デール達は左、ルラーン達は右の方を見てくれ、木の周りは俺の隊が調べる。」

「モーリス、お前が一番冷静だからお前の隊はなにが起きても対応出来るように、ここで見張ってくれ。」後ろ側で馬と一体化しているように、目の下を全て黒のスカーフで顔を隠している隊員にカーティスは頼んだ。

この二日間、巡査隊と共に活動して以来、アランはこの無言のモーリスと呼ばれた隊員がだれかと話したのをのを見たこと無かった。無言だが、その淡すぎて曇り空のような灰色の瞳は常にしっかりと周りを警戒している。モーリスが静かに頷くの見て、カーティスはさらに話し続けた。

「なにかに襲われたり、何かがおかしいと思ったら、絶対に自分たちだけで解決しょうとするな。黒犬はみんな持ってるな?」みんな手を上げて、返事をした。

「時間は…1時間にしょう。ほら、モーリス、俺らがみんな行ったら計り初めろ。6回転したら、黒犬で合図を上げてくれ。」そう言って、カーティスは胸ポケットから精巧な彫刻が施された、天地が真鍮製の砂時計を取り出してモーリスにパスした。

 「空に上がる合図を見たら、すぐに戻ってここで集合だ。何があっても、太陽が沈む前に森から出るぞ。遅刻した隊は…今晩のみんなの酒を奢ってもらおう。じゃ、諸君、光神の加護あらんことを。」

 カーティスの言葉とともに、みんなはそれぞれ指示された方向へと散った。

丘の緩やかな坂を降り、狼霊木の姿がはっきりと見えてくるに連れて、アランは落ち着かなくなっていた。馬もなにかを感じるように、その不安が伝わってくる。

「うわっ、これ…急に動き出して、襲ってきたりしねーよな?」ダリルは手に握っている手綱をグッと握りしめて、おそるおそるハロルドに聞いた。アランもちょうど同じ事を強く思っている所だった。

 「おれも昔、初めてここ来た時、同じ事を思ったよ。」ハロルドは気軽そうに答えたが、その強ばった顔は本人が決して今気楽な気分では無いことを物語っていた。

 「そろそろ馬を降りよう。」狼霊木の周りでまだ木が生えている所に来ると、カーティスは指示を出した。大木を中心の二十メートルは木が一本も生えて無く、白い雪がやけに輝いていた。

雪は狼霊木に近づくに連れて薄くなり、木の根は周りの地面を抉り、土から見えてる部分は太い血管のようにうねり広がっている。その幹は百年物の古藤が全体的に巻き付いているようにいびつで、地面から五メートルほどの場所で、主幹はまるで巨人が斧で真上から断ち割ったように二方向に分かれ、両方に向かって枝を広げていた。常緑樹であるはずなのに、木の枝には葉がまるでなかった。触手のような枝は一層不気味さを増した。一見死んだ老木のように見えるが、その力強い幹や根からは強い生気が目に見えんばかりににじみ出ていた。

一行は馬を狼霊木に一番近い木に馬を結ぶと、カーティスを先頭に木に向かった。昼過ぎの太陽は木の陰を後ろ側へとひっぱり、暗い世界が広がっていた。木を境に世界はまるで生と死にはっきりと分かれているようだった。

「木の後ろの方へはあんまり行かない方が良い。」前を歩いていたハロルドは急に振り向いてダリルとアランに小さい声で言った。

二人とも顔を上げて、ハロルドのほうを見た。

「木の後ろ側行くと、恨みを持って死んだダークウルフ族の悪霊に取り憑かれて、狼に変身するって噂があるんだ。」

「今そうやって恐い話しを編み出して俺らを怖がらせるのは卑怯だぞ,ハロルド。」ダリルはため息をつきながら、セーターの襟をもっと首のほうに寄せた。

アランも絶対にハロルドが冗談を言っているかと思った。

「いや、本当なんだ。」なぜかハロルドは真剣だった。

「二十何年か前に、森で大きい事件が起きて、今よりもっと多い捜査隊がこの木を超えて、森の奥を捜査したんだ。そしたら、一人の騎士が戻ったあとに発狂して、自分の妻を噛み殺して姿をくらましたんだ。」ハロルドは小さい声で素早く言った。

「いや、それはいくら何でもありえないですよ。」アランは人の体に狼の頭の化け物を想像すると寒気がしたが、そんなおそろしい話はないと思った。

「俺は絶対に信じないね、その話が本当だったら…木のお椀を噛み砕いて食っても良い。なあ、紫目の旦那」ダリルは笑いをこらえながらアランに言った。

「あぁっ、そうだな、じゃ、そのお椀の半分もらおう。」アランもほほえんだ。笑顔があると幾分か緊張もほぐれてくる。

「では、申し訳ありませんが、今日の夜、ダリルとアラン様の食後のデザートには私の秘蔵のお椀を差し上げましょう。」前で歩いているカーティスは後ろの三人の会話が聞こえていた。

「100年物のケヤキで作ったお椀で、固さだけは私が保証しょう。」カーティスは振り向いて、アランとダリルにウインクをした。

「えっ…。じゃその噂は本当なんですね…。」カーティスは冗談を言うような人には見えなかったから、アランは硬いお椀をどうやって食えば良いかを考えながらカーティスに聞いた。

「まさしく、その悪霊に取り憑かれて乱心した騎士は私の父上で、そして噛み殺されたそのかわいそうな妻が私の母上ですからね。」カーティスは一息を置いて、まるで今朝食べた食事の内容のように淡々と答えた。空気は静まり、ハロルド含め、それを聞いた三人はその場に固まった。

「カーティス…俺は…」ハロルドはなにを言えば良いか分からなかった。

「良いんだ、ハロルド。」カーティスは相変わらずに穏やかなだが力強い声でハロルドを止めた。「俺はアラン様と話さなければならない事があるから、先にダリルと一緒に木の周りを調査してくれ。」

「あぁ…ほら、聞こえたろダリル、先に行くぞ。」ハロルドはダリルの後ろ襟を掴み、早足で前に進んだ。

「すみません…僕もてっきりハロルドが冗談を言ってるのかと思って…。」アランは7歳の時に母親を病気で亡くしてるから、両親が居ない子供の気持ちを良く分かっていた。乱心したとは言え、自分の父親が母親の命を奪ったなんて、なおさらそのつらさや痛みは計り知れないものに違いない。

「謝ること無いですよ、もう二十五年も前の事ですから。アラン様の生い立ちも私は耳にしたことがあって、おそらく私と同じ辛みを味わっているかと思いますが、時間は流水のようにどんなにつらいことの痕跡でも流してくれますから…たとえ決して消えることのない痛みでも、せめてその痛みを軽くしてくれます。」カーティスはほほえみながらアランに語っているが、その深みのある目尻のシワからは悲しみが広がっていた。

「その頃、貴族の中でなぜか狼の毛皮のマントが流行になりまして、貴族達は相争って重金を出して狩人達を雇って狼を狩っていた。そして、自ら狩った狼の毛皮で作ったマフラを求愛の印として意中の女性に贈る事がロマンとされ、若い貴族たちも家来を従って、自ら狩りに出かけていた。」カーティスは珍しく顔に軽蔑な表情を浮かべた。

「そこで、湖畔流域の守護者オータムフロスト公爵家の次男、ヘンリー卿が王家の娘の一人に求愛をするために,普通の狼の毛皮ではありふれすぎて、貴重さが伝わらないから。このヤルデン森の伝説に目をつけたんです。」

「…まさか、ダークウルフの毛皮を目星につけたってことですか?」アランは驚いた。

カーティスは静かに頷き、また話を続けた。

「ヘンリー卿はその時まだ世間知らずの十五歳、ご自身が水の元素師でもあり、狩りの腕にも自信があったそうで、公爵様にも知らせずに4、5人の従者だけを連れて山脈に入ったそうです。そして…消息を絶ちました。当然、事情を知った公爵はすぐに北部の守護者ギルターナ公爵家に捜査の願いをした。山脈の鎮守のポーレット家、ノルメン家や巡査隊はもちろん、今亡きヘルセン・ギルターナ公爵はこの地に動かせる貴族や騎士を全て動員して森を踏みつぶす勢いで捜査をしました。当然、騎士である私の父上も招集され、名高くて人望に厚い父上は一つの捜査隊の隊長を任されました。」アランはこれが悲しい出来事の始まりだとなんとなく理解し始めた。

「何百もの人があっという間に狼霊木より南をくまなく捜査したんですが、何も見つけることは出来なかった。そうすれば、ヘンリー卿一行はより北へと向かったに違いないという判断で、巡査隊とともに、父上の捜査隊も狼霊木より北へゆけとの指令が出されました。父上は森の危険さを熟知しているから、反対の意を示したが、騎士は忠を誓った君主の命令は絶対ですからね…」カーティスの穏やかな声に段々と波紋が広がり、深い青の瞳孔も声と共に開いた。

「父上たちは狼霊木を超え、北を3日間捜査したが、やはり何も見つける事はできなかった。一旦公爵に伝信鳩で状況を報告し、家に戻ってきた夜、父上は変わったんです…」

カーティスの声の起伏とともに、アランも心臓の鼓動が早くなったことを感じた。先まで晴れ渡っていた空は、どこからとなく現れた雲によって遮られて、陰暗になってきた。輝いた白い雪も光の反射を失うと灰色の不気味の色になっていた。

「そのときわたしは十八歳で、兄上は20歳だった。私は従騎士生活を終え、晴れて騎士になって家に帰ってきたばっかりでした。父上から祝いの精鋼製のロングソードをもらった次の日にヘンリー卿の捜査にでるように命じられたんです。最初は父上と一緒に捜査に出たのですが、父上は私と兄上が北へ随行する事を決して許しませんでした。若くて愚かな私はそれは臆病物として見られたと思い、父上と大喧嘩をして、父上の見送りにも行きませんでした。」腰に下げている鞘に埃一つ着いていない、ぴかぴかのロングソードの黒曜石がはめ込まれた柄をゆっくりと撫でながら、カーティスは苦笑いをした。

「父上が帰ってきてから、ずっと書斎に籠もり、そして夜も体調が悪いと言って、出てきませんでした。心配になった母上が書斎に入って、しばらくして中から叫び声が聞こえたんです。私はちょうど自分の非に気付いて、父上に謝ろうとして書斎に向かっていたから、その場面を見たんですが、実に言いますと今でもそれが幻覚か、夢じゃないかと疑うときがあります。」カーティスはズボンのポケットから小さい銀製のボトルを出して、空を仰いでごくごくと大きく二口飲んだ。強烈なウイスキーの香りがあたりに漂った。

アランは何を言って良いか分からず、静かにカーティスの話の続きを待った。

「…血、書斎一面が血の海でした。母上はまるで鋏でバラバラにされた人形のように喉をかっ切られ、床に内臓を巻き散らかしていました。そして、それをやった相手がもし父上の服を着っていなければ,それは父上であることを、私は決して信じることはないであろう。」ここまで話してカーティスはまたウイスキーを飲んで、長い息を吐いた。

「それは…噂のダークウルフなんですか?」

「いや、ダークウルフは噂によると黒い大狼の姿をしているが、書斎にいたのは顔が黒い毛に覆われ、鋭い牙や爪を生やしていました。姿こそあれど、あれは間違いなく、父上でした。そして、父上は私にも襲おうとしたが、駆けつけた兄上やほかの者の足音を聞いて、窓ガラスを破って姿をくらました。」アランは一瞬、カーティスの目の端に透明な液体が溢れてきている見えたが、カーティスは素速く手で目尻を拭いた。

「それでお父様のそれっきり姿を…。」アランはためらいながら聞いた。

「ええ、それっきりです。わたしは本来であれば、その後、王都士官学院へ入学する予定でしたが、この出来事を機に辞退して、この地の巡査隊に入隊しました。この地の民の安全を守りたい思いもありますが、なによりも、私は父を化け物に変え、母を殺した怪物をこの手で仕留めるまで、私は何があっても、この地を離れないことを誓いました。しかし、どんな手を使っても、まったく情報がありませんでした。」

アランはカーティスの目をまっすぐに見つめると、一瞬、このハンサムで年取っているように見えない男の顔が急に年取って、疲れ果てている老人のように見えた。

「長い話を聞いてもらった上で、取り乱した恥ずかしい姿をお見せして申し訳ございません。この話しをただアラン様に聞いてほしいわけではなく、この森で起きていることが紛れなく、噂では無く、赤裸々の真実であることを分かっていただきたいんです。」カーティスは携帯用のウイスキーのボトルをズボンのポケットにしまい、アランの目をまっすぐ見た。

「アラン様はイーゴン様の付き人ですから、きっとお分かりだとは思いますが、彼はこの森で起きていることを信じようとはしておりませんし、向き合うつもりも恐らく無いかと思います。ですので、いつか時が来たら、ここで知った真実をイーゴン様に伝えていただければと思います。」

「いや、見た感じですぐに分かるとは思いますが、僕はこれでもかっていうぐらいに嫌われているんですよ。僕が言った事なんてイーゴン様にとってそこらの犬の吠え声と変わらないんですよ。」アラ

「それでも、イーゴン様の側近に真実を知っている者がいるといないではまた話が違います。そしンはイーゴンの顔を思い浮かべると思わず苦笑いをした。て、我々だけではなく、獣狩官の助けが必要になります。」

「匿名ですが、誰かが獣狩官に要請したんじゃないですか?」

「…だれにも言わないでほしいですが、獣狩官に要請を出したのは…この私です。」カーティスの思わぬ返答を聞いて、アランは目を大きく見開いた。

「すでに聞いているとは思いますが、この一年間、明らかにまたなにかが蠢き出しております。惨殺された罪なき人達は日々増えていく一方です。私は何度もイーゴン様には獣狩官の高層に助けを要請しましたが、一向に聞き入れてもらえませんでした。ダークウルフだろうとなんだろうと、あのような人知を超えた存在は我々一般人では対処出来るわけがないのです。」

「でも、獣狩官でさえ、ダークウルフの相手にならなかったですね。」今回来た三人の獣狩は助かったジミーという名の青年以外、みんな犠牲になった。

「私は獣狩の高層が中級もしくは上級の獣狩を派遣してくれるのかと思いましたが…どうやら、彼らもここでのことを重んじてはいなかったようです。ともかく、あの青年が生き残ったことはきっと光神のなにかのご意志で、ダークウルフの目撃情報を持つ唯一の生き証人ですからね。」

「ただ、イーゴン様は情報を漏らさないように、あの青年を見張るつもりですよ。」

「それは私も聞きました…ですので、アラン様にもいつかこの地を助けるために、なにか難しい判断を迫られたとき、私達が相手にしている物はなにかを思い出してから決断してほしい。」カーティスはアランの目線をしっかり捕らえ続けて強い口調で話した。

「隊長―、ちょっときてくれ。」木の方からダリルの叫び声が急に響いてきた。

アランとカーティスは話を中断し、ダリルがいた狼霊木の左の方を見た。

ダリルはなにか紋章のような物を持ち上げ、興奮しながらこっちに手を振っていた。

それは傷ついている鋼の紋章だった。五角形の3センチほどの厚さの紋章で、羽ばたいているドラゴンを真上からソードで突き刺している絵柄が彫刻されている。

「これは間違いなく獣狩の紋章だ。」カーティスはダリルから紋章を受け取り、一目見て、すぐに答えた。

「あと、ここら辺の雪の下に所々赤くなっている、絶対に血の跡だ。」ダリルの指先を見ると、新雪の下にたしかに所々黒に近い跡があった。

「獣狩官達はここでダークウルフに襲われたのが間違いないな…。」カーティスは雪をどかし、赤い跡を手に取りながらつぶやいた。

「俺はこれを見つけた。」ハロルドの声が後ろからして、振り返ると、ハロルドの手には折れた矢が握られていた。

 「ほかになにか見つかったか?まさか木を超えて行って無いだろうな?」カーティスは二人に聞いた。

 「そんな、まさか。けど木の前のこの空き地はもう全部探した。」ハロルドとダリルはそろって首を振った。

 アランは巨木の真下まで歩き、見上げた。先ほど空を遮っていた雲はどこかに行き、空はまた晴れてきた。太陽の光に照らされても、木肌は醜く、歪んでいた。手を当ててみると、まるで雪のように冷たかった。その冷たさは心地よい物では無く、どこかと不快なものだった。

 アランは幹の後ろを見ると,狼霊木の後ろの雪地になにかが太陽の光に反射して、光っているのが見えた。そして目をこらしてみると、アランはそのものに見覚えがあった。

 あれはアランがカールにあげたナイフだった。去年の収穫祭の時に、カールが肉屋になりたいと言ったから、そしたら、今のうちに肉の捌き方や切り方を習わないとねって、アランは自分の愛用のナイフをカールにあげたんだ。おそらく、カールは森に行くじいちゃんが安全であるために、渡したんだろう。自分がナイフをカールに渡した時の、カールの喜びようを思い出すと、アランの心からなんとも言えない悲しい気持になった。

 「紫目の旦那はなにかみつけたの?」ダリルの声が隣からした。

 「ああ、あれはエド爺さんの遺物だ。」雪地に半分埋もれているナイフを指して、アランは答えながら、ナイフを取りに行こうとした。

 「旦那、木を超えたら呪われるって…。」ダリルは慌ててアランの腕を後ろに引っ張った。

 アランははっとなって、一瞬動きを止めた。確かに先、カーティスのお父様が木の北側に行ったからなにか邪悪なものに取り憑かれたと聞いたばっかりだった。自分も踏み込んだ瞬間化け物になったらって思うとアランは心底から寒気がした。迷っている一瞬、ハロルドとカーティスも駆けつけた。

「そんな危険を犯してまで,そんなただのナイフなんか取る必要ないよ。」ハロルドもアランを止めた。

「ああ、イーゴン様に見せる物は十分そろっていますから。これ以上無理する必要は無い。」カーティスの顔にも緊張が走った。

 アランは一瞬あきらめようとしたが、カールの笑顔を思い出して、そして今回の旅に出る前に自分がエド爺さんの遺物を見つけてカールと一緒に葬ってやる気持ちを思い出すと、あのナイフはどうしても取らないといけなかった。

 「僕はあのナイフをどうしても取らないといけないんです…故人との約束ですから。」アランは意を決めて,ナイフに向かってまっすぐ歩き出した。

 木を超えて、ナイフまで十メートルもないが、アランには果てない地の果てに思えた。一歩、二歩、心臓は胸から飛び出すぐらい緊張したが、特になにも起きなかった。ナイフを拾い上げ、アランはカーティス達の方を振り向くと、丘のほうからヒューっという甲高い音とともに、空に黒い煙がはじけた。

 そして、狼霊木の数え切れない枝の間になにか黒い影が一瞬閃いたが、瞬きをする間に、それが消えていた。アランは目を擦ってもう一回よーく見たが、そこはなにもなかった。


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