序章
序章
ジミーは心から寒気を感じた。初任務でこんな事に遭遇するとは…
恐怖はまるで大軍で迫ってくる蟻のように、ジミーの怯えている心をじわりじわりと蝕んでいく。吐く息は白かったが、硬皮鎧の下の羊毛セーターは既に汗で背中にくっついて、冷たくて湿っぽい感触は常に纏わり付いてくる。ジミーは全身の皮膚が鳥肌たっているのがはっきりと分かった。股の下の馬もどこかと不安げだった。先からずっと両耳をパラパラと動かし続けている。
日が暮れ始めることによって、森から陰暗さが滲み出始め、まだ残雪が掛かっている枝から伸びる影はみな化け物の爪のように見えた。遠くに午前中通った狼霊木と呼ばれた大きいクスの木がうっすら見えてきた。大木のぼやけた姿はまるで待ち構えている巨獣のように不気味に見えたが、一行は少しホッとっした。
ジミーはゴクリと唾を飲み、腰に掛かっている短刀の柄の感触を手で感じた。そんな上手に扱えるわけでもないけど、何か一つで良い、安心させてくれる物がほしかった。まだ十七歳になったばっかりのジミーは獣狩官だった叔父のツテで獣狩りになった。「これでお前も一生飯には困らない。感謝しろよ。」そんな笑顔で言ってくれた叔父の顔が今思い浮かぶとなぜか憎く感じた。しかし死人を恨んでもしょうが無い、先月叔父が任務で命を落としたばっかりだった。
「まあ、そうびびるな、新入り。ありゃ同士討ちさ、それ以外の理由は俺には見当たれねぇ」後ろからかすれた声が聞こえてきた。同じく獣狩官で、古株のガエルがジミーを慰めようとしたが、その声も明らかに自信なさげだった。肉たっぷりの頬に脂汗が浮かべているが、ガエルは気にしていなかった。
「…あれは同士討ちじゃねんだ、あれは…」前の馬に乗っている老人のわなわな震える、乾いた朽木の皮のような唇から絶望な声が漏れていた。道案内のエドは60過ぎて、経験豊富な猟師だった。この森はかつてわが家の後庭に思える程詳しかったが、同じ道なのに、周りの雰囲気はまるで見知らぬ場所のように感じた。
「静かに。」一行の一番前にいる顔色の陰暗な男は後ろを振り向かずにつぶやいた、深い湖のようなダークブルーの目で周りを警戒しながら、その声は凍った石より冷たかった。冷静のように見えるが、ウイルソンの胃も何かにギュッと掴まれているみたいに気持ち悪かった。獣狩官になってもう20年、狼はともかく、いろんな怪異な事件や呪われた生物に遭遇してきたが、このような事は初めてだった。
無理も無い、誰もあんな光景を見たら、肝が冷えるだろう…
4人は昼過ぎ頃、森の奥に差し掛かるところの小池で、あのおぞましい光景を見た。
ヤルデン山脈で森林狼の群れが異常なほどに活動し、森沿いの住民が度々変死体で見つかっているから解決してほしいと匿名な依頼が獣狩りの総部に入った。具体の状況を把握するために、下級獣狩ではあるが、この道20年のベテラン、ウイルソンとその相棒のガエル、そして二人の管轄下になって初めて任務に同行する新人のジミーの三人が調査するために、このヤルデン森の東部領に入り、領主に来意を伝えた。
案の定、領主のポーレット家のイーゴンはまるで腐ったチーズを食べたような顔で三人をあしらった。もうとっくに猟師を引退している本当に「道案内」以外はなにも頼れなさそうな年寄りを森の案内役として命じ、そそくさとどこかに消えていった。
「人をなめ腐りやがって…」邸宅のホールから直ぐに姿を消した領主を見て、ガエルは床にペッと濃痰を吐き、まるで無礼な領主を踏みつぶすように脚をひねりながら痰を床になすりつけた。
「しょうが無い…我々の評判なんてそんなもんさ」ウイルソンは眉一つ動かさずサラッと言った。
「新入り…がっかりしたか?」二人の後ろで先からずっと下を俯いて、自分の靴の模様と格闘しているジミーにガエルは振り向いて問いかけた。
「我々は噂よりもずいぶんと嫌われていますね。」ジミーは頭を上げ、肩をすくめながら素直に答えた。まだ新米なジミーは自分の職業の実情を知らなかった。
そう、獣狩官は地方の領主や官員らからもっとも忌み嫌われる存在だ。
帝国が200年ほど前に炎のサマーレイン家によって統一されたとき、各地はまだ闇王の残部がうようよしていた。獣人、トロール、ダークウルフ、吸血鬼、そしてドラゴンもどきを目撃した場所さえあった。そんな中で帝国が成立した部署が魔狩官と獣狩官だ。選りすぐりの手慣れや元素使いが配属され、各地に赴き、問題を調査して解決する。
両狩と呼ばれたこの二つの部署は一時期,誰もが尊敬する存在ではあった。その組織の中には王族や公爵のオータムフロスト家、スプリングフィールド家の者までが所属していた。
二百年が経った今、もはや魔物などの目撃情報が滅多に出る事は無いが、無駄な人員だけは増えていた。なぜなら、両狩は国から報酬が出る上、地方に赴く際、その費用は全てその地の領主もしくは貴族が賄ければいけないからだ。そして、何よりも地方にとって頭を抱えることは、両狩が直接中央の総部の指令にしか従う義務が無いため、地方の貴族たちは両狩に命令を出すことができないのだ。
しかし、この二つの組織は元から規則が緩くて、上級の者たちも力はあるが、規則に疎いせいで、この命がかかる仕事はいつしか美味しい仕事に代わり、いろんな輩が集るようになった。調査という名目で地方に長く滞在して、困らせるような不届き者もかなり出た。いつしか名声が落ち、脂狩りとも裏で呼ばれるようになっていた。
もちろん、誇りを持ってしっかり仕事をこなす者も多く居る。
「まあ、たかが増えすぎた狼の群れの調査だ、さっさと終わらせて、街に戻って一杯やろう。」ガエルは気楽そうに言った。
しかし、事はそううまくは運んでくれなかった。
山に入ってもう三日目、森林狼の踪跡はあったものの、まるでハンターがくると分かったように、一匹も出やしない。収穫は悪臭を放つ狼糞やどこからと無く聞こえてくる遠吠えだけだった。森は異常なほどに静かで、普段見かける事が出来る鹿や小動物ですら影を見せない。
「普段そこらにいる雪ウサギですらあんまり見かけない、おかしなもんだ。」今日はまだ一匹しか射抜けなかったガエルは不満そうにつぶやいた。馬から下り、獲物の雪ウサギの頭から矢を抜いた。矢は雪ウサギの宝石のような赤い両目の真ん中を射貫き、三個目の宝石を作っていた。ガエルは狩人にしては脂が乗りすぎている体をしているが、見かけによらず弓の名手だ。
「昨日は焼きウサギ食ったから、今日はウサギのシチューを作ろう。愉しみにしとけよ、新入り。」ガエルは雪ウサギの両耳を片手で掴み、馬上のジミーに自慢げに振りながら大声で言った。
まだ一緒に活動する日にちは浅いが、ジミーはこの性格が真逆の二人の師匠のことが大好きだ。ガエルは陽気で、大ざっぱで、口も悪いが、接しやすくて小さい頃から両親がいないジミーにとっては年の離れた兄のように思えた。ウイルソンは寡黙で、口数こそ少ないが、いつもさりげなく気をかけてくれているのは分かる。なによりこの二人はベテランで、下級獣狩の中でも高い評価を得ている。
今回の調査は初任務のジミーにとっては期待のものだった。配られたばっかりの深紺色の羊毛セーターとズボン。獣狩官のシンボルー「羽ばたくドラゴンを真上から突き刺さるソード」の鋼紋章がはめ込まれた新しい硬皮鎧、そして同じく紋章が入っているピカピカの短剣とソードのセット。両親が死んだ後に独り身で自分を育ててくれた叔父にこの姿を見せたかった。きっと叔父は喜んでくれただろう。そう考えると寂しい気持にもなるが、うれしい気持にもなった。しかし、この高揚な気持をエドはいつもぶちこわしてくれていた。
この皺だらけの老人は性格が気難しく、ジミーたちがする全ての事に対してぶつぶつ言い続けていた。森には太古の主がいて、機嫌を損なうようなことはしてはならんだの、川で獲物を捌いてはならんだの、森で狩った生物の残骸は土に戻さなければいかんだの、、、、ガエルはうんざりしていたが、ウイルソンは老人の言っていることを尊重して守っていた。
そして狼の踪跡を追って、一行は森の中腰のある小さい丘に登ったとき、遠くに周りより二回り大きくてまるで雪をかぶった怪物のようなクスの老木を見た。痕跡は木の奥に向かって続いた。しかしそれを境に、エドはこれ以上森の奥には進めないと言い出した。
「閣下、あの狼霊木より奥に進めては行けねぇんだ。なんでも200年前の壺口合戦で闇の王側のダークウルフの王がその木の下で死んだとの話しでぇ、王の骸を守るおっそろしい手下が辺りをうろついているらしい。その奥に立ち入る人は呪われて、人を食らう狼になるという古い言い伝えがあるんだ」
「ダークウルフなんてもう滅んでるのさ、今頃骨も土の肥料になってら。」
か細い肩を揺らしながら、燻製された鶏肉のような頬をもごもご動かしながら戯言を並べる年寄りの猟師を見て、ガエルはその頬にこぶしをぶち込みたい欲を抑えた。
「ダークウルフは狼よりおそろしいもんですか?」ジミーはダークウルフのことを物語でしか知らなかった。
「この森で恐るべき物は狼の大群か子を守ろうとする灰色熊ぐらいだ。」ウイルソンは代わりに答えた。
「傷を負った灰色熊はさらに凶暴でおっかねぇけど、根も糞もねぇ古い子供だましの伝説よりかはマシだ。」ガエルは軽蔑な目でエドを見ながら付け加えた。
エドはそんな三人を見て、唇を動かしてずっとぶつぶつ言い続けているが、さらに先に進むことは断固して断った。
「そんなら,俺たちだけで行くから、老いぼれは帰んな。」ガエルは顔を赤くしてエドに近づきながらきつい口調で言った。
「ガエル、無礼はよせ。」ウイルソンは怒るガエルを睨み、後ろに押し返した。
そしてエドを呼び、近くの木の陰で話しをした。
ジミーは頭を横に振っているエドの手にウイルソンがなにか小さい包みを押し込んだのがチラッと見えた。エドは小さい包みを握りしめて固まっていたが、しばらくして二人は戻ってきた。
「正午まで奥に進んで、踪跡があろうと無かろうと戻ろう。」なおためらっている顔のエドを後にして、ウイルソンは馬に乗りながら言った。
狼霊木と呼ばれた大木の下を通るとき、ジミーは思わず鳥肌がたった。こんなに大きくて醜い木は初めて見た。まるで恐ろしい怪獣が石化したようにも思えた。
「ただの木だ、恐れることはない。」隣からウイルソンの声が聞こえた。
「はい、ただ自然はすごいものをつくるもんだと感心していました。」ジミーは怖さを押し殺しながら、ウイルソンの方を見た。「先じいさんに渡したのは賄賂ですか?」
「エドの孫は重い風邪で薬代が必要だ。この季節の風邪は運が悪ければ命に関わる。そして我々は狼群の調査報告が必要だ。ただお互いにとって必要なことが重なり合ったまでだ。」ウイルソンは深青い目でジミーを見つめ、静かに答えた。
「目標を達成するために、あらゆる情報は仕入れるとのちのち役に立つことがある。覚えておくと良い。さあ、この木が化ける前にもう行くぞ。」ジミーがその話を吟味している間に、ウイルソンは珍しく冗談を言った。
しかし、森の奥に進むに連れて、本当に化けそうなほど歪んだ形をした木がどんどん増えていった。ジミーはどこかと無く見えない目に監視されているような感じがしてたまらなかった。
そして、先に進むと樹の枝に積もっている雪もどんどん増え、馬の足取りも重くなっていた。周りの空気も重く感じ始め、一行は無言で前に進んだ。
狼群の痕跡はあるものの、どこまでも続くように思えてきた。
「前の小池で馬に水を飲ませたら、引き返そう」日がまっ上から西のほうに傾き始めた頃、ウイルソンは前方の木の間にぼやけて見える水影を指して決断した。
小池が近くになってきた頃、ウイルソンは急に後ろの三人に止まるように手を上げ、そして腰に差している短刀を抜いた。
三人は警戒しているウイルソンを見て、直ぐに武器を取った。ジミーは肩に背負ってるソードを、エドとガエルは弓を構えた。
短刀を片手にしっかり握りしめ、ウイルソンは小心翼々に池のほうに進んだ。前方をしばらく凝視して、馬の綱手を近くの木のしっかりした太い枝に結んで,徒歩で池の方に歩いた。三人はウイルソンの行動がよく分からなく,その場で待機したが、しばらくしてウイルソンの声がした。
「ちょっと来てくれ。」ウイルソンの声はいつも落ち着いているが,なぜか今は少し取り乱していた。
三人は急いで馬を近くの木に結びつけ、ウイルソンのほうに行った。
池のほうの雪は薄かったが、色は白では無かった。雪地に暗赤色の塗料のような跡が所々に咲き、そして固まっているウイルソンの目の前に「塗料の持ち主」がいた。
恐らく400kgもある巨大な灰色熊の死体が薄く凍っている水辺に横たわっている。首は不自然な方向に曲がり、腹を一直線に裂かれ、緑色のはらわたがまるで鋏できれいに開いたように毛皮から飛び出している。何よりも恐ろしいのは、争った跡はまるで無い、抵抗もせずに、このヤルデンの森の絶対なる王者が子鹿のようにやられている。それにこの個体は灰色熊の中でも間違いなく群を抜くサイズだ。それはつまり、この近くで、さらに恐ろしい化け物が潜んでいるということだ。
固まっているのが一人から瞬時に四人に変わった。
時折に吹く冷たい北風の音とともに、川の水が小池に流れる音は依然としているが、四人の回りの空気はまるで固まった。
「光神の加護を、これはダークウルフの仕業にちげーね…。」エドはハッと息を飲み、首に掛かっている廉価の光神像を握りしめた。
「ガエル…お前はどう思う?」ウイルソンは柄に無く沈黙しているガエルに尋ねた。
ガエルは死骸の前でしゃがみ、灰色熊の開かれた腹の毛皮を手で感触を確かめ、そして腹の中に手を突っ込んだ。しばらくして血まみれた手を出し、随意にズボンの横で拭きながら立ち上がった。
「死んだのは今朝ぐらい。傷口は鋭いものでやられているな。…同士討ちだなこりゃ。さらに大きい熊がいるに違いない」軽い口調で答えたが、ガエルの手は軽く震えていた。
ウイルソンはじーっとガエルを見て、なにも答えずにまた少し考え込んだ。しかしその表情はあからさまにガエルの同士討ちという結果には同意してない、そもそもガエル自身本当にそう考えているのかですら怪しい。
ジミーは目の前の光景を見た瞬間,後頭部を鈍器に殴られたようにクラッとなり、無意識に周りを見渡した。灰色熊を殺した化け物はまだ近くにいると思った。
「ジミー、剣をしまえ。狼狽えるな。」ウイルソンはまだ剣を固く握りしめているジミーに大きい声でぴしゃりと言った。
ジミーはその一喝で我にかえり、膝や腰から急に力が入らないことに気づいた。
「みんな直ぐに馬に乗れ、暗くなる前に少なくとも狼霊木の所までは戻れる。」ウイルソンの表情はいつになく厳しかった。「武器はすぐに出せるように用意しとけ。ジミー、森の中でソードよりダガーのほうがずっと役に立つぞ。」そう言ってウイルソンは倒れている大物の死骸を最後に一目見て、一行は馬に乗り、このおぞましい場所を後にした。
帰りの道、誰も話さなかった。太陽が西に傾きに連れ、みなの心は不安によって満たされていた。
ジミーは常に何かに見張られている不安な感覚が徐々に強まっていた。しかし周りを見渡す限り灰白や深緑に染められた木からはなにも見えなかった。
そして、周りが暗くなり始めた頃、あの醜い大木がやっと姿を現し始めた。もう二度と見たくないとジミーは行きの道で強く思ったが、またこの木を見られる事をこんなにうれしい気持ちになるとは夢にも思わなかった。
この木がまるで生者と死者の境界線にも思えた。光神のご加護を、この木さえ通り過ぎたらもう大丈夫だ。
しかし、まるで地獄が寄越した使者のように、狼霊木の陰から「それ」は優雅に出てきた。
ジミーは二十メートル先の木の横から出てきた物を見て、なぜそれはダークウルフと呼ばれるかすぐに理由がわかった。薄暗い周りの灰色の中で、黒炭のようなその黒い毛皮はむしろ美しかった。しかし大きさはもはや狼の概念を超え、ジミーが昔牧場で見たもっとも大きい牛よりも一回り大きかったが、その身こなしはまるで重量を感じないほど軽やかだった。
不思議と怖さを感じなかった。ジミーはただその生き物を呆然として見続けていたが、隣のエドの目は張り裂けるほど見開き、あんぐり開いている口からは声にならない雑音が出ていた。まるで篩いにかけられているほど震えるその体はいつ馬から落ちてもおかしくは無かった。
「距離は十分にある。ガエル、俺が突っ込むから弓で援護しろ、エドは…だめだ。ジミー、お前がここにいると脚纏になる。俺が化け物突っ込んだら、まっすぐ進むんだ、そしてもし生きて森から出られたら、総部に報告しろ。」
ウイルソンは服をビリッと破き、不安で足踏みしている馬の目に一周回して結んで、そして背中に掛かっている重厚なソードを引き抜いた。華やかな装飾は一切無く、素朴だが力を感じる剣だ。
ガエルは馬から降りて、弓を構えた。もちろん馬の上からでも正確に射貫きたいところを射抜けるが、相棒の命が懸かっている矢に狂いは許されない。そして馬から下りた瞬間、ガエルはもう逃げるという選択肢を捨てた。
剣を握りしめ、ウイルソンは目をつぶり、小さくつぶやいた
「我が身は帝国を守る盾に、我が血は民の安らぎとともに、光神の元へ、いざ帰らん。」
そして、目を開き、ウイルソンの目から鋭利の光が放ち、両足で馬の脇を蹴り、まだ優雅にこっち眺めているダークウルフのほうへ駆け抜けた。
ウイルソンと同じセリフをほぼ同じタイミングでつぶやいたガエルも大弓を目一杯張り、そしてダークウルフめがけて放った。
空気を切り裂く音とともに、矢は絶対に当たるとジミーは思った。
しかし、ガエルは矢を放った次の瞬間、ジミーの馬の尻を力一杯たたき、怒鳴りつけた。
「早くいけ、馬鹿者。」
ジミーの馬は驚き、前に向かって全速力で駆け出した。
ジミーは馬から落とされそうになったが、直ぐに体制を立て直した。そして、上半身を起こした瞬間、なにか暖かい雨のような物が顔にかかった。空に棒のような物が舞い、ちぎれた腕だった。
ダークウルフはガエルの矢を軽々しく避け、そしてウイルソンの剣を持っていない方に飛び、空中でウイルソンの左腕をまるで豆腐のように噛み切った。
ジミーが最後に振り返ったとき、ウイルソンはバランスを崩し、馬から転げ落ちた。遠くからガエルの怒鳴り声とまた矢が空気を切り裂く音が聞こえてきた。
頭が真っ白のまま、ジミーは馬に乗って道なりに走り続けた。周りがすっかり暗闇になり、星が出てきた。新月の光は森の雪に照らし、地面は明るかった。
どのぐらい走り続けたか、ジミーはやっと状況がわかってきた。
大好きだった二人の師匠は恐らくもう生きていない。本来であれば、今頃、みんなで火を囲い、ガエルの熱々のウサギシチューを食べている頃だ…そう考えると目頭が熱くなり、頬に熱いものが伝っていくのを感じた。
なぜ自分は戦わなかったのか、師匠たちのように男らしく戦って死ぬべきだ、ジミーも
知らずの内に獣狩官の宣誓をつぶやいた。
「我が身は帝国を守る盾に、我が血は民の安らぎとともに、光神の元へ、いざ帰らん。」
涙は凍り、さらに涙が溢れ出し、凍った涙を溶かしながらまた凍っていく。
二人の死を無駄にしない。必ず本部に報告する。上層の獣狩に手慣れの元素師がいるんだ。
必ず二人の敵を討つ。ジミーはそう決め、腕で顔に固まった涙の氷をぬぐった。
腕が顔から離れた瞬間、大きい黒い影が幽霊のように前方を通過していき、そして馬は急に前のめりに膝を着き、倒れた。
ジミーは投げ出され、雪地にたたきつけられた。
馬は悲鳴を上げながら抗って起き上がろうとしたが、首の下の部分が明らかに欠けていた。
黒い液体はまるでシミのように広がり、馬は完全に倒れ込み、弱々しい鳴き声を上げながら脚を痙攣させていた。
新雪が降ったばっかりの雪地はそう堅くはない。ジミーは直ぐに立ち上がったが、また直ぐに尻餅着いた。
暖かくて、まるで腐った魚のような風が顔に当たった。ジミーの胃から酸っぱい液がわき上がってきた。
もう脚の指で考えても、目の前になにがいるのかが分かった。
せめて、ちゃんと顔を上げて死のう、そう決心したジミーは頭を上げた。
短刀のようで、新雪より白い牙、その上の奥には燃える炎のような真っ赤な感情を持たない目がまるで死体を見る目でこっちを見ている。ジミーは目をつぶった。
しかし、生臭くて暖かい息はずっと顔にかかるが、致命の一噛みはすぐに来なかった。
五感がすでに極限まで研ぎ澄まされたジミーの耳には変な音が聞こえた…直ぐに体の後ろからだ。この時絶対に振り向いてはいけないが、まるで糸に操られているように、ジミーの首は機械的に後ろに振り向いた…目の前の物事にジミーは口の端が裂けるほどあんぐりと開いた…
強く吹き始めた北風の音共に、ジミーの悲鳴が森の隙間に流されていた…