レ・ン・カ・レ ~ ずっと恋する季節 ~
「ほう。レンタル彼女とな」
ふじわらしのぶは重量百トンのバーベルを持ち上げる。
隣で総重量一千トンのギプスを装着しながらヒンズースクワットをしている筋肉友達、遠藤絹鞘はレンタル彼女についての知識を披露する。
「つまり男子が見栄を張る為に金銭で用意するのが、というわけではなくデートの対策を立てる為に用意する疑似パートナーがレンタル彼女というモノだ」
「くくく。要するにネプチューンマンにとってのセイウチンとマンモスマンというわけだな」
しのぶは嗤った。
俺には不要な存在だ。俺には筋肉があればいい。
しのぶは百トンのバーベルを小指一本で支える。最強の筋肉男はそれでいい。
「フン。そう馬鹿にした物でもないぞ、しのぶよ。レンタル彼女がいればば…例えばデートの最中にお出かけ先のミスチョイスをする可能性が低くなるのだ。そう藤崎詩織をゲーセンに連れて行く(爆弾案件)ようなミスはせん」
「ぬう…流石は我がマチョ友よ」
二人の筋肉戦士たちは全身か湯気を発した。
「だが絹鞘。仮にデート先のチョイスに成功したとしてもその先はどうなのだ?」
しのぶはバーベルを背中に乗せ、上下運動を始める。
ふっ!ふっ!ふっ!
しのぶが声を上げる度にトレーニングルームの室温が3度くらい上昇した。
「その先とは…モスバーガーでポテトとチキンを食べるとか?」
ぬんっ!
しのぶは膝を深く曲げると一気に立ち上がる。そしてバーベルを元の場所に戻した。
しのぶの立っていた場所には汗で池が出来ている。しのぶはモップで後始末をした。
「馬鹿な。デートといえばその後、このようなトレーニングルームで二人で一緒にウェイトリフティングするに決まっているだろう。お前、プロテインが足りていないんじゃないか⁉」
しのぶは自分で流した汗をバケツに入れて掃除部屋に向かう。
その後、排水口に水を流してから戻ってきた。
「すまぬ。しのぶよ、吾輩もそこまで考えてはいなかった。モスで軽食をすませるまではジャブみたいなもので…」
「そう意中の異性との本番とは朝までウェイトリフティングだ。それ以外あるまい。故に行きずりの女子にそこまで委ねて良いものか、と考えてしまうわけだ」
しのぶは総重量500キロのエキスパンダーを伸ばす。
ギシギシギシ…。スプリングを極限まで伸ばすがしのぶの筋肉が温まる事は無かった。
「しのぶ。どうやら筋肉の炎が燻っているようだな」
入り口から身長3メートルくらいの筋肉男が現れた。
彼の名前は武蔵鉄山、ジムでは名の知れた筋肉男だった。
「鉄山よ。お前ならレンタル彼女とやらをどう扱うのだ?」
鉄山はシャツを脱いで金色のネックレスを外した。
よく鍛えられた筋肉質の上半と褐色の肌が露わになる。
鉄山はモストマスキュラ―のポーズを取って周囲の筋肉男たちを威嚇した。
「俺の恋人はあくまで筋肉。俺にとって女など、性欲を満たす為の道具にすぎない。くくく」
そこでスマフォから着信音が鳴る。
「ハイ。あ、ミカコサン?お醤油ですか?ええっ!?僕のお金で?はい、是非買わせていただきます。あはは…」
その後、鉄山は実際に見られているわけでもないのに携帯電話の前で頭を下げ続ける。
しのぶは鉄山の言葉を全てゴミ箱行きにしてあげた。
「鉄山よ、レンタル彼女をどう扱えばいいんだ?」
鉄山は携帯に醤油の他、石鹼、みりんとメモ帳に打ち込んでいた。
「単純明快な話だ。お前自身がレンタル彼女になればいいんだ!」
「俺がレンタル彼女だと⁉」
(マジかよ…ッ‼)
(俺たちもレンタしちゃおうかな…)
ジムの筋肉男たちの視線が一瞬にしてふじわらしのぶに向けられる。
「面白い話だが、俺の場合はレンタル彼氏じゃないのか?」
しのぶは腹部にこれでもかというくらい力を込めてシックスパックを強調するポーズを取る。
見事に分かれた六つ割りの腹筋の美しさにジムの筋肉男たちはため息をつく。
「大丈夫、許容範囲だ。既にレンタル彼氏のマッチングアプリにお前のプロフを登録してある」
鉄山は携帯の画面をしのぶと絹鞘に見せる。プロフィールの顔写真はふじわらしのぶではな手塚キャプテンになっていた。おそるべし、鉄山‼
「待て、年齢が十八歳になっているぞ。完全に詐欺だろ。通報されるって‼」
絹鞘が鉄山の襟首を掴んだ。二人の最強筋肉男が狭いトレーニングルームでぶつかり合えば筋肉ビッグバンが発生するのは必然なので、しのぶは二人を引き離した。
「その点は大丈夫だ、二人とも。会ってすぐサイドチェストのポーズを決めればどんな女もイチコロだろう」
鉄山は金色に染めた前髪をかきあげる。
「そうか、サイドチェストならどんな女子でもマン汁を垂れ流して喜ぶだろう‼」
こうして三人は結束を強め、しのぶはレンタル彼氏として初仕事に向かう事になった。
当日、しのぶは金色のブリーフに蝶ネクタイという姿で待ち合わせ場所に向った。
その頃、沢渡綾香は迷っていた。彼女はリアル女子高生で、来週に同級生の馬場新之助とデートをする約束だった。
馬場はいわゆる陽キャの代表格のような男で高校に入学した当初から馬場に想いを寄せていた綾香は親友に頼んで作ってもらった機会を逃したくないと考えていた。
(ううう。緊張するよ。もしエッチな人だったらどうしよう…)
綾香はここに来る前にネットで”レンタル彼氏”について色々と見て回っていたが良い出来事ばかりではなくキスを強要されたり、ストーカー事件に発展したりと悪い例も目に入っている。
(もし馬場君よりイケメンで「俺の彼女になってくれ」って頼まれたらどうしよう…)
綾香は妄想を振り払う。
「君、今一人で行動してるの?」
綾香が気がつくと目の前には如何にも遊んでいますという感じの若者が四人くらい立っていた。
「良かったら俺たちと一緒に行動しない」
男は綾香の手を掴もうとする。
「嫌…」
綾香は身を引いて逃げようとするが背後には男の仲間と思われる若者が逃げ道を塞いでいた。
「少しくらいつき合ってくれてもいいじゃない?」
男たちのリーダーと思われる男が綾香の肩に触れようとしたその時だった。
「君はもしかして”アヤさん(沢渡綾香のHN)”?…待たせたね」
しのぶが両腕を頭の上で組んだ状態で現れた。
ぴくっ、ぴくっ。
腹筋を震わせて男たちを威圧する。
「テメエ、どこの筋肉男だ。俺たちを渋谷M・Dと知っての狼藉かよ‼」
男たちはいきなりパーカーやダウンジャケットを脱ぎ捨て貧相なマッスルボディを披露した。
「君たち、今日の彼女の先約は私だ。邪魔をするなら…恥をかくことになるぞ?」
しのぶは全身に力を入れて黄金のマッスルボディを披露する。
貧相なマッスルしか持たないナンパな筋肉男たちはオーディエンスから嘲弄され、おずおずと引き下がった。
「すまないね、綾香さん。遅れたお詫びに…スポーツ用品店に行かないか?」
その時、綾香の視線はしのぶの胸筋に集中していた。
(なんてすごいマッスルなの。男の人のマッスルってみんなこうなの⁉)
しのぶは綾香の熱い視線に気がついて左右の乳首を動かした。
「ぶっ」
綾香は興奮のあまり鼻血を噴き出して気絶してしまう。
しのぶは綾香をお姫様抱っこするとそのままスタバに向った。
「大丈夫かい、綾香さん。もしかして男の人とデートするの初めて?」
「は、はい。その、恥ずかしいお話ですが私今までつき合った事が無くって…」
綾香はしのぶの腹筋に目をやる。しのぶはまた両腕を頭の上で組み、腹筋を動かした。
ひくっ。ひくっ。
綾香はしのぶにからかわれている事に気がつき、顔を赤くする。
「じゃあ俺は綾香さんの初めての男ってわけだ。俺もレンタル彼氏としての仕事は初めてだから初めて同士、頑張ろうよ」
「はいっ!」
その後、しのぶと綾香はスタバを出てからスポーツ用品店、トレーニングジムの見学…最後に東京タワーの前に向った。
「これで終わりなんですよね、私たち」
綾香はしのぶの肋骨を見ている。今日は色々としのぶを視姦したが一番のお気に入りは鎖骨だった。
(もし私がホテルに誘ったらしのぶさん、本当に私の初めての男性になってくれるのかしら)
綾香はしのぶのブリーフに手を添えようとする。
だが、寸前のところでしのぶがそれを止めてしまった。
「それ以上はいけないよ、綾香さん。俺とキミはあくまでレンタルの関係。そこから先は本命の彼氏さんとした方がいい」
「しのぶ…」
しのぶは綾香の頬を優しく撫でた後、十種類くらいのポージングを見せた。
二人はそこで別々の帰途につく。
数日後、綾香は馬場とのデートを断った。色々と騒ぎになったが後悔はしていない。
(今度はレンタルじゃない。本当のしのぶさんの彼女に…)
綾香は愛おしそうにバーベルを握りながらしのぶの姿を思い浮かべる。
その頃、しのぶはジムで絹鞘と一緒にトレーニングをしていた。
「で、レンタル彼氏はどうだった?」
「いや相手の女の子が俺のチンチンばっか見ててさ、恐かったよ」
しのぶはレンタル彼氏アプリを携帯のメモリから抹消した。