歪な関係
「フンフ~ン♪」
とある邸宅の一画。1人の若い女性が、透き通った高い声で、楽しそうに歌を口ずさみながら掃除をしていた。
癖のない美しい黒の長髪に、整った顔。豊かで形の良い胸に、程よく膨らんだ臀部。そして、ボリュームのある太ももでありながら、スラリとした両脚。
おそらく、街を行く人の100人中99人は「美女」と言うであろう。
そんな肢体を包み込むのは、ヘッドドレスと紺色の上下と真っ白なエプロンの組み合わせ、絵に描いた様な古典的なメイド服であった。
長袖と足元まで伸びるスカートにより、露出はほとんどない。しかしながら、そうした服装を身に纏ってなお浮かび上がる体のラインに、男であれば見惚れること請け合いだ。同性ですら、惚れ惚れとさせるかもしれない。
そんな美人メイドさん。廊下を掃除しながら進んでいくうちに、とある場所の前へと至る。
そこにあったのは、壁に掛けられた鏡だ。
邸宅の廊下を少しばかり華やかにするために掛けられた、ちょっとした飾りであるが、メイドさんはその鏡の前に立つと、手にしていた掃除道具を置き、優雅な仕草で体を1回転させる。
しなやかな髪が揺れ、ロングスカートがフワッと舞う。
「フフ!」
そんな自分を見て、彼女は満足そうに笑った。
「まったく、君は本当にナルシストだな」
と彼女の頭に冷や水を掛けるようなセリフが掛けられる。
もちろん、笑みは一瞬で消え、次の瞬間には苛立ちが浮かぶ。
「もう、せっかく人が幸せな気分に浸っていたのに。デリカシーのない男は嫌われますよ、旦那様」
振り向いた先にいたのは、20代後半と思しき青年だ。彼女の雇い主である。
「まあ、男が女になっていくのを見て喜ぶような人に、デリカシーなんか期待しちゃいけませんけどね」
「言ってくれるな。それを言ったら君だって女に、それもメイドにされることを喜んでたじゃないか」
傍から聞くと、一体この2人何を言ってるんだ!?となるような会話だが、2人とも本当のことを言ってるだけだ。
実はこのメイドさん。元は男である。それも、現在の姿とは似ても似つかない、元はムキムキ系のキャラだった。
しかし、そんな外見とは裏腹に、彼が子供のころから見ていた夢。それが「可愛いメイドさんになりたい」と言う、おそらく世間一般から見ればトンデモナイ内容だった。
そして、彼女と話す雇い主の青年も、ある意味トンデモナイ欲望を秘めていた。
大学と大学院を飛び級で卒業し、様々な発明による特許で、20代半ばにして億万長者となった彼が心のうちに秘めていた野望。それは・・・TS娘のメイドを手に入れるであった。
おそらく世間一般から見れば、頭のねじが緩むどころか吹き飛んだと思われても仕方がない野望である。
しかし、この青年の恐ろしいところは、その天才的頭脳を駆使して、ついに人類史上初の実用的な性転換装置(イメージ投影ならびに服装の変化も可)を発明してしまったことである。
そして、メイドさんの素材となる男を拉致・・・なんていうことはせず、馬鹿正直に「メイドさん募集。男性。女性の体にされても良い方。メイド服支給。3食寝床付月給××万」という求人を出したりした。
そんな求人を出す方も出す方だが、受ける方も受ける方だ。
そうして、ムキムキ系青年は、才能無駄遣い青年の性転換装置で体を女にされ、さらにはメイドになったのであった。
それから早1カ月、メイドさんは美しく生まれ変わった自分の姿を鏡で見る度に、飽きもせず見惚れているのであった。
雇い主の青年がナルシストと評したのはこのためだ。
もっとも、メイドさんとしては苦節20年以上も夢にまで見た自分の理想とする可愛いメイドさんになれたのだから、いくら見ても見飽きないというわけだ。
そして青年はと言えば、そんなメイドさんが自分の発明で男から女に変化していくシーンを、興奮しながら観察し、さらには録画して毎晩見返しているのだから、人のことはいえない。
「私はそれが夢だったからいいんです!」
「あ、そう・・・まあいいや。ところで、君が僕のメイドになってちょうど1カ月になる」
「そうですね。メイドになれたのが楽しくて、すっかり忘れてました」
「それでだ。そのお祝いと、君の服の買い出しも兼ねて、夕方は一緒に出掛けるように」
「お祝いは嬉しいですけど、服は別にいいですよ。私にはこのメイド服がありますから」
「バカ言っちゃいけないよ。余所行きまでメイド服てわけにはいかないだろ。そのための服だよ」
「ふ~ん・・・本当は私を着せ替え人形にしたいだけじゃないですか?」
「・・・ナンノコトカナ」
「いや、もうその口ぶりで答え言ってるじゃないですか・・・まあいいですけど」
「いいの?もしかしたら、あ~んな服とかこ~んな服とか着せちゃうかもよ」
「構いませんよ。私はあなたのメイドさんなんですから!」
と、ポーズを取って格好良く決めるメイドさん。
「おおう」
そのあまりの堂々ぶりに、思わず見惚れる青年。
そして、この後街に出て様々な服を着せてみたものの、結局最後は「やっぱりメイド服が君には一番似合うよ」と言ってしまう青年であった。
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