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花言葉の花屋  作者: レニィ
1/7

1.種まき

 花言葉は、人が植物に象徴的な意味を持たせるために、作られた言葉だ。

 その言葉は植物の数だけ存在し、一見して華やかに見えないキノコにまで、付けられている。


 花へ言葉という力で意味を持たせ。

 人は人へ、その意味を含ませて、花を贈る。


 ここは、そんな言葉の力を引き出して、花を咲かせる種を売る花屋。

 "花言葉の花屋"である。


❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀


 店の玄関ドアに付けたベルがなる。

 マノンは作業を一時中断して、アトリエから店頭へ出る。


 「"花言葉の花屋"へ、ようこそいらっしゃいました。お客様、本日はどのような花をお求めでしょうか?」


 今日最初の客は、白い頭の老夫婦だった。

 仲睦まじい様子で店へ入ってくる夫婦に、マノンは少し胸を撫で下ろしたが、店のシステムを説明して、わかってもらえるのかだけは、不安になった。

 老夫婦は、そんなマノンの気持ちなど知らずに、柔和な笑みのままマノンへ目的を告げる。


 「こちらでは、想いを込めた花を作っていただけると聞いて来ました」

 「私たち、今年で結婚して50年になるものですから、その記念にと思いまして」


 50年も、お互いを想い合って、離れずに過ごして来たのだ。

 この老夫婦ならば、花を咲かせることも容易だろう。


 「それは、おめでとうございます。ではまず、当店のシステム……仕組みについて説明させていただけますでしょうか?注文は、お客様が納得されてから受けさせてください」


 マノンは、店内の窓際に据えた接客スペースへ老夫婦を案内した。


❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀


 魔術は、この世の神秘を現世に現し、力にする方法の一つだ。

 太古の昔から、神秘に触れることを許された人々が、編み出して来た様式たち。

 

 錬金術は、この世の理を変えようと努力した者たちの生み出した結晶だ。

 神秘の力に頼らず。卑金属を金属へ、不健康な人を健康へ。不老不死、完成された智慧を目指し、日々研究を怠らなかった人々が、たどり着いた道。


 科学は、魔術とも、錬金術とも異なる。

 神秘に触れることもなく、錬金術の道を選ぶこともなく、目の前にあるものの不思議を、とにかく突き詰めた。

 魔術の起こす力の源が山にあると知れば、山に眠る神秘の力の源の場所を突き止め。

 錬金術によって生み出されたものが、未知の物質であれば、その正体を突き詰めようとした。


 まるで異なる3つの力。


 けれど、どれも付かず離れず存在し、バランスを保ったまま存在し続け、やがて互いにその力を合わせて行くようになった。


 それが、マノンが生きる世界の常識だ。


❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀


 「……魔術は、神秘に触れることを許されない人間には使えない。と言われていた時代もありました。確かに、大掛かりな魔術は、今でも魔力を持たないものには使えません。ですが、簡単なものは、構築式さえ分かれば、誰にでも使うことができるのです。錬金術で生み出される物は、何もエリクサーやオリハルコンだけではありません。植物の種だって生み出せるのです。そして、これが要です。科学の力は遺伝子の操作を容易にできるようにしました。これにより、好みの色、形、香りの花を人工的に生み出すことが出来るのです」


 目の前に座る若いカップルは、話半分にしか聞いていないようだった。

 男の方は、途中から飽きて、テーブルの下で電子端末を弄り出しているのが、見なくてもわかる。

 女の方は、さっぱりわからないとばかりに、ぼけっとした顔で、マノンの顔を見たり、手元の資料を見たりしている。


 それでもマノンは話を続ける。

 "花言葉の花屋"のシステムについて。


 「この店では、お客様の考え抜いた"花言葉"を魔術の詠唱式として利用し、お客様の好みの花を、遺伝子操作で設計します。そして、"花言葉"と花の設計図を基に、種を錬成。その種をお客様に育てていただくシステムになっております」


 自分たちで育てなければならないという言葉を聞いた若いカップルは、顔を見合わせる。


 「え〜自分たちで育てるの〜?そこまで、このお店でやってくれないの〜?」

 「申し訳ありませんが、それは不可能です」

 「店長さん、魔法も錬金術も科学?も使えるんだろ。そのくらい、ちゃちゃっとできるんじゃねぇの?」

 

 よくある質問に、マノンは笑顔を崩さずに接客する。


 「私が育てても、種は発芽致しませんし、花も咲きません。何故なら、種に込めた"花言葉"は、お客様のお気持ちに反応する魔術の詠唱式になるためです。お客様が込めた"花言葉"の意味通りのお気持ちを持って、種に接しなければ、種は発芽致しません。仮に、発芽したとしても、お気持ちが逸れれば、思い通りにも育ちません」


 これが、"花言葉の花屋"の特殊なシステムだ。


 客の考え抜いた"花言葉"と、客の要望に合わせた植物の遺伝子を組み合わせることで錬成される、世界に一つだけの花の種。


 "花言葉の花"。


 育てるためには、魔術の力も、錬金術の技も、科学の知識も必要ない。

 ただ、想いを込めて。本当の想いを込めて、鉢植えに植えた種に水を注いで育てる事だけが、必要とされる。

 

 「もし、どうしても育てるのがお嫌でしたら、既製品を買われてはいかがでしょうか?当店は、通常の花屋と同じように花を仕入れております。どうしても珍しい花が良ければ、私が作り、咲かせた花たちもございます。ご要望に合わせた花を用意いたしますが?」


 何も無理に"花言葉の花"を買わずとも、ここは花屋だ。バラやヒナギクなどの普通の花も置いているし、マノンが作った"リラックス"や"小さな幸せ"の花だってある。


 それに、"花言葉の花"は高価な商品だ。

 当然だ。魔術に錬金術、そして遺伝子操作までするのだ。マノンがそれだけの技術を維持するためには、それ相応の対価が必要だ。


 ただの恋愛ごっこついでのカップルには、高い買い物になるだろう。


 「どうされますか?」

 「……俺の天使ちゃん。やめとこうか?」

 「え〜、だって、世界に一つだけの、あたしへの愛を誓った花を贈ってくれるって、言ったじゃない」

 

 男の方は乗り気ではないようだが、女の方はそれでも世界に一つだけの花である"花言葉の花"が欲しいようだ。

 散々ねだって、若いカップルは"花言葉の花"の注文をする事にした。


 「では、契約書と誓約書をご用意いたします」

 「け、契約書に、誓約書だって?!何だってただの花の種にそんな物が?!」

 「お客様。お客様がお買い求めになられる物は、ただの花の種ではありません。魔術に錬金術、そして科学が生み出す、"花言葉の花"の種でございます。等級は3級術具に当たります。そのような商品を買うのに、契約書と誓約書を交わさない事は、お客様にとっても不安ではございませんか?」


 魔術具も錬金術具も、科学の生み出した機械も、全ての人がどんな道具も扱える訳ではない。

 特に魔術具と錬金術具は、扱いが難しい物が多く、人の扱える範囲を指定する等級が定められている。

 "花言葉の花"は、使用上の注意点などを説明した契約書を交わすことで、一般人に売ることのできる3級指定術具だ。

 

 男は仕方なさそうに、契約書と誓約書にサインをする事を承諾する。

 マノンは、店の会計カウンターから契約書と誓約書の一式を持ってくる。

 男は、契約書と誓約書が紙に印刷された物である事を目にしてほっとしたようだ。

 

 紙に印刷された契約書では、魔術による縛りが出来る契約が出来ない。神秘の力を引き出す魔術には、動物の身体から取れる羊皮紙と専用のインクが必要だからだ。

 

 マノンは若いカップルの前に契約書と誓約書を広げると、契約書の内容を説明する。


 ・"花言葉の花"の種は、魔術具、錬金術具であるため、発動条件が揃わなければ発芽しない。

 ・"花言葉の花"の種は、発注者の指定した"花言葉"を詠唱式として組み込むため、自身の手で、"花言葉"に込めた想いを込めながら水をやる必要がある。

 ・"花言葉の花"は、発芽しても、想いの込め方を間違えれば、花が設計図通りに育つことがない。時に異臭を放つ事もある。


 ……。

 ………。


 「最後に、こちらが誓約書になります」

 「で、誓約書はなんて内容なんだ」

 「"花言葉の花"が咲かなくとも、当店の責任ではない事を認める事。"花言葉の花"が設計図通りに育たなくても、当店の責任ではない事を認める事。"花言葉の花"へ支払った金額は、何があっても、返金しないことを納得する事。以上になります」

 「責任は負わねぇけど、金は取るってか」

 「こちらも商売ですので、その点もご理解いただいて、こちらの誓約書にサインしていただきたいのです。もちろん、誓約書にサインしていただけない場合は、契約も不成立。"花言葉の花"を売ることはできません」


 男は最後まで悩んだが、隣にいるガールフレンドに良いところを見せたいのか、誓約書にサインをした。


 「これにて、契約は成立いたしました。それでは、花のデザインを設計いたしましょう」

 

 マノンは男のサインが入った契約書を手元に引き寄せると、商談用の机に置いたタブレット端末の画面ロックを解除して、カップルの前に置いた。

 カップルの要望を元に、このタブレットで花のラフデザインを設計するためだ。


 カップルの要望した花は以下の通りとなった。

 バラをベースにアネモネの要素を取り入れて、重ね合わさる花弁の色は先端がピンクから中央へ向かうにつれて赤くなるグラデーション。花粉と棘を嫌がった女の意見に合わせて、それが現れないように弄る。葉は楕円形の葉にする。


 全体的に丸い鞠の様な花が出来上がる予想図になったが、女の方はそれで満足のようだ。

 男の方は、見積もり金額に少しばかり文句がある様だったが、グラデーションする花弁に、無花粉と棘を取り除く遺伝子操作までするのだ。それなりのオプション料金は取らせてもらう。


 「……では、この設計図で種を錬成いたします。よろしいですね?」

 「は〜い」

 「……わかった」


 マノンはタブレットで作ったラフの設計図を、アトリエにある遺伝子操作を行う端末へ転送する。

 

 「それでは、最後に"花言葉"を綴っていただきます」


 マノンは再び、会計カウンターから、今度はまっさらな和紙と魔術用のインクとペンを手に持って、カップルたちの前に置く。


 「……魔術用のインクを使うのに、紙?に言葉を書くのか?」

 「えぇ。この紙は、植物から出来ており、その中でも、特にこの魔術を発動させるのに適しているものを選んでおります。お客様はただ、この紙に、魔術用のインクでお好きな"花言葉"を綴るだけです」


 男はペンをインクに浸しながら、隣にいるガールフレンドへどんな言葉が良いのかを聞く。


 「もっちろん。"永遠の愛を誓う"が、いいわ!ね、書いてくれるでしょ〜?」

 「……もちろん。俺の可愛いキャベツちゃん。そのくらい書いてみせるさ」


 目の前のやりとりに、マノンは思わず鼻で笑いそうになるのを耐えた。


 なんて愚かな客だろう。

 散々システムと契約書と誓約書の内容を説明してやったのに。

 そんな"花言葉"を選ぶなんて。


 癖のある字で、"花言葉"が綴られていく。

 マノンはそれを受け取ると、契約書などの書類と一緒にしてファイリングする。


 「種の錬成には3日程お時間をいただきます」

 「今すぐ貰えるもんじゃねぇのかよ」

 「えぇ、これから先程、設計した花になるように遺伝子操作を行い、"花言葉"を術式として組み込んでから、種を錬成いたしますので、時間はどうしてもかかってしまいます。他のお客様の注文もございますから」


 遺伝子操作に、魔術式を加えることができる、1級の錬成術具がこの世に何台もある訳がない。

 なんとか3台製造して、手元に置けているこの店の方が珍しい。


 それにこの店はマノンが一人で切り盛りしている。

 設計、術式展開、錬成だけでなく、接客対応、仕入れ、経理処理の全てをやらなければならない。

 3日など、早い方だ。


 「3日後に当店へ種を取りに来ていただくか、もしくは当店よりお客様のご自宅へ発送するか、どちらかを選んでいただければと」

 「送ってもらってもいいんじゃなぁい?」

 「発送料金は別途いただきます。あぁ、ですが、もし種を育てるための鉢植え、土、肥料等がなければ、当店でセットをご購入いただけば、発送料金はサービスとなりますが、いかがいたしましょうか?」


 若いカップルは、結局、よく育つ効果のある鉢植えと、土、肥料のセットも購入して、種は店から送ってもらうことに決めた。


 男の方は随分と懐が涼しくなったのか、少しばかり青い顔をして笑っていた。

 女の方は満足して、ニコニコと笑っている。


 「本日はご来店、そしてご注文、誠にありがとうございました。花が咲くことを願っております」


 若いカップルは、"花言葉の花屋"から出て行った。


❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀・❁・❀


 若いカップルたちが店を去った翌日。

 開店とほぼ同時に、マノンがアトリエへ戻る前に、店の玄関ドアに付けたベルが鳴る。

 マノンが振り向いた目線の先には、人は居らず。キョロキョロと辺りを見渡す。


 いたずらだろうか。


 そう思ったマノンへ、目線の下から遠慮がちに小さな声がかかる。


 「あの、すいません」


 目線を下げるとそこには、気の弱そうな小さな少年が立っていた。


 「これは、これは、Il est mignon.(可愛い坊や)。今日はどんな花をお探しですか?」


 少年は、"可愛い坊や"と言われた事に少しだけムッとしたが、真っ直ぐにマノンの目を見つめて応えた。


 「ここでは、どんな花も作れると、えっと、その、学校の友だちから聞きました。それで……」


 少年が差し出したのは、今時珍しい、焼き物の豚の貯金箱。中身がずっしりと入っているのか、少しばかり重たい音がする。


 「僕の全財産です。お願いします。お母さんを生き返らせる花を作ってください!」

 「無理です」


 少年の願いに、マノンは即答した。

 

 「え、でも、ここはどんな花でも……」

 「正確には、お客様の考えた"花言葉"を魔術式にして咲く、"花言葉"の効果のある花の種が作れる花屋です」

 「だったら、僕が"お母さんを生き返らせてください"って言葉の花を作ってもらえば」

 「だから無理だって」


 マノンは、寝不足気味の目頭を押さえて、答える。


 「あのねぇ、坊や。どんなに高度な魔術や錬金術、医学を持ってしても、死者を生き返らせるなんて方法は存在しやない。仮に存在していたとしても、それは禁忌。わかるか?やっちゃいけねぇ事なんだよ」


 そのくらい、学校で習うだろうに。

 マノンは呆れて溜息を吐く。


 「わかったら、とっとと帰りな。こっちは注文された花の種を作るのに忙しいんだ。まぁ、お供えする花の一輪くらいはサービスしてやってもいいよ」


 仲睦まじい老夫婦の分は今日中に発送しなければ、二人の結婚記念日に花を咲かせるのに間に合わない。

 馬鹿みたいなカップルの方は、ちょっとでも納期が遅れれば、男の方からクレームが入りそうだから、今日中に錬成も終えておかなければならない。

 他にも、常連で不眠症の人の為の"安眠"の花の種。夜泣きが酷い子どもを"寝かしつけたい"花の種。"オーディションに合格したい"新人女優のための種。


 少年の馬鹿げた願いに付き合ってやる暇も余裕もマノンにはない。


 だというのに、少年は店から出て行こうとしない。


 「……お願いします。ここが、最後なんです」

 「だろうな。他所へ行っても同じように断られるのがオチだろう」

 「この貯金箱には、歯の妖精に変えてもらったコインも入っています。魔術的価値のある物なんでしょう?それを使ってもいいから、花を……」

 「歯の妖精のコインは、等級指定もされていない屑星や、クズ魔石程度の価値しかない。そんなもんで、坊やの望む通りの花は絶対に錬成できねぇ。仕事の邪魔だ、そこにあるカーネーション1本持って、さっさと帰りな」


 マノンはその言葉を最後にアトリエへ籠った。

相変わらずPixivが先の小説です。


どうもレニィです。


こちらは、Pivixの執筆応援企画~花言葉~

に投稿していた作品です。


Pixivの時は不定期更新でしたが、

こちらでは、一気に読める短編の様な扱いで

投稿させていただきます。


果たして、少年の切なる願いは叶うのか。

楽しみに読んでいただければ幸いです。


そんな感じです。

どうぞよしなにー!!!

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