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人間づくり  作者: 広瀬翔之介
第2章
7/27

付き合ってるみたい

 照れることなく、嫌がるわけでもなく、さらりと言った。

 あまりにも平然と言われたので、僕は逆に焦ってしまい、慌てて言い返した。


「確かにそう見えるかもしれないけど、気にしなくていいよ。作戦のために会うだけだから」


 京極さんは僕の目を見て一瞬固まったが、すぐに頬を緩めた。


「別に気にしてはいないよ」


「だよね。ハハハ……」


 僕は俯き、乾いた声で笑った。

 すると、京極さんはいきなり話題を変えた。


「大まかな作戦は決まったし、今日はこの辺にしてテスト勉強でもしない?てか、教えてほしいんだけど」


「え、僕が教えるの?」


「どうせ頭いいんでしょ」


 人に教えを乞う態度とは思えない。けど、彼女の推測通り僕は成績がいい。学年内で十位以内には入る。


「まあ、いいけど」


「やった。じゃあさっそくお願い」


 僕たちは鞄に入れていた教科書や筆記用具をテーブルに並べ、テスト勉強を始めた。僕は京極さんに頼まれ、テスト初日に実施される数学を教えてあげた。といっても、少なくとも数学に関しては、彼女もテスト対策は大体できているようだ。僕は一部の難しい問題を教えてあげるだけで済んだ。

 しばらく一緒に勉強したあと、京極さんが壁に掛かった時計を見て言った。


「もう五時だし、そろそろ帰ろっか」


 確かに短針が五時の方向を指している。窓の向こうの空にも、薄っすらとオレンジ色が混ざり始めていた。


「分かった。じゃあ今日は帰ろうか。でも決めなきゃいけないことはまだ色々ある。凶器のこととか、どこで殺害するかとか」


「そうだね。じゃあ明日もここに来る? ついでにテスト勉強もできるし」


「明日も?」


 明日も会ったら、三日連続で放課後に京極さんと会っていることになる。


「用があるなら明日じゃなくてもいいけど」


 明後日が期末テストなのに用なんてあるわけない。というか、京極さんも僕に勉強を教えてもらうことが主目的なのではなかろうか。

 まあ、僕としては特に問題ないので京極さんに従ってあげることにした。


「いや、僕は大丈夫だよ」


「じゃあ、また放課後に校門ね」


「うん」


 僕たちは席を立ち、本を本棚に戻し、図書館から出た。それから、下校する生徒たちが行き交う道を一緒に歩いた。


 今の僕たちも端から見たら付き合っているように見えるのだろうか。男女二人で下校する人なんてほとんどいない。京極さんはどう思っているんだろう、と隣を歩く彼女の横顔を見てみる。京極さんはさっきから期末テストの話ばかりしている。彼女も僕と同じように部活には入っていないらしい。僕と二人で帰っていることについては、何も気にしていないようだ。


 そんな調子で悶々としながら歩き、公園の近くの十字路に着いたところで僕たちは別れた。



 次の日の昼休み、京極さんに会いには行かなかった。今日は放課後に校門で待ち合わせることが既に決まっているから、今話しておくべきことはない。

 よく絡むグループのところへ行こうと思ったところで、隣の席の相沢という女子が声をかけてきた。


「霧島君」


 相沢は気さくな性格だから僕に話しかけるのも特に珍しいことではない。肩まで伸びた髪の先を指で触りながら、妙に嬉しそうな顔をしている。


「何?」


「霧島君、昨日京極さんと一緒に帰ってた?」


「え? ああ」


 やっぱり知り合いにも見られていたのか。まあそれは仕方ないけど、そんなことより気になることがある。


「相沢、京極さんのこと知ってるの?」


「うん、別に仲良しってわけじゃないんだけど、去年同じクラスだった」


「へぇ」


「でも京極さん、周りに壁作っちゃう人で、私以外はみんな京極さんのこと避けたり嫌ったりしてたから心配してたんだ」


 昨日も京極さんは教室で一人ぼっちだった。一昨日は数人の女子に囲まれ、涙ぐんでいた。一年生のときもあんな感じだったのだろうか。

 同時に、そんな彼女が体育の見学中に僕に話しかけたのも妙だなと思った。ただの気まぐれだったのか、よっぽど僕の顔色が悪かったのか、それとも他に理由があったのか。

 とりあえず京極さんとの関係について詳しい話は伏せることにした。


「僕も特別に仲が良いわけじゃないけど、知り合いなんだ。昨日は帰りに偶然会ったから一緒に帰っただけ」


「霧島君はどうやって知り合ったの?」


「まあ、ちょっと色々あって」


 体育の授業中に話をしたあと、一緒に殺人をすることになったとは言えない。


「ふぅん。ま、京極さんにもちゃんと友達がいて安心した。私が言うのも変だけど、仲良くしてあげてね」


「あ、うん」


 ちょっと戸惑いながら返事をすると、相沢は満足そうな顔をして席を立ち、教室の外へ出ていった。僕はその後ろ姿を不思議な気持ちで眺めていた。僕と京極さんはもう友達と呼べる関係なのか、と。



 放課後、隣の教室を見てみると、僕のクラスより先にホームルームが終わっていた。生徒たちは部活へ行くなり、残ってちょっと雑談するなり、それぞれの行動を始めている。僕はそのまま教室の前を通り過ぎ、下駄箱へ向かった。すると、廊下で高田とすれ違いそうになり声をかけられた。


「あ、霧島」


「おう」


「今日は昼休みに来なかったな」


「ああ、今日は最初から校門で待ち合わせてたから」


「えっ」


 高田は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「あ」


 うっかりありのままを話してしまった。相沢にだって「昨日は帰りに偶然会ったから一緒に帰っただけ」としか言わなかったのに。


「え、なに。お前らってそういう感じだったの?」


「いや、そういうんじゃないんだけど」


 僕は焦った。別に隠さなくちゃいけないってことではないが、不必要に誰かに言うようなことでもないと思ったから。


「ほーん。別に言いふらしたりなんかしないからさ、頑張れよ。あー、俺も彼女欲しいなー」


 そう言って、高田はニヤニヤとしながら去っていった。

 僕は再び下駄箱へ向かい、歩くのと同じ速さで頭を回転させた。完全に誤解されている。作戦に何か支障をきたさないか、と。

 けど、下駄箱で靴を履き替えているときに思った。


 いや待てよ。普通に考えたら、僕と京極さんが付き合っているって誤解されていた方が色々と都合がいいんじゃないのか? これからも作戦までに何度も会わなくちゃいけないんだし、夜に会うこともある。その度にいちいち理由を考えていたら面倒だし、何より不自然だ。付き合っていることにすれば、会う理由も「付き合っているから」の一言で済む。一昨日だってお母さんに怪しまれていたじゃないか。もし()()()京極さんがお父さんを殺したら、当日の行動を家族や警察に説明することになる。学校で聞き込み調査もあるだろう。だから不自然さは少しでもなくさなければならないんだ。こんな当たり前のことにすぐ気付かなかったなんて……。

 でも、もちろん問題はある。言うまでもなく京極さんの許可が要るということだ。今日はその話を最初にしなくちゃならない。僕の彼女ということにされたら、京極さんはどう思うんだろう。


 校門に着くと端の方に京極さんが立っていた。彼女の姿を目にすると、今日はなぜか緊張した。今週何度も会ったというのに。これから告白でもするかのような気分になった。

 京極さんも僕に気付き、「行こ」とだけ言って歩き出した。



 図書館に着き、昨日と同じ場所で隣同士に座ると、京極さんが不思議そうに僕を見た。


「今日はなんかそわそわしてるけど、どうかした?」


 僕の緊張は京極さんにも見抜かれていたようだ。


「実は、今日はちょっと話があって……」


「うん」


「ああ、何て言ったらいいんだろ」


「どうしたの」


「あの、これはあくまで作戦のためだから、それを分かった上で聞いてほしいんだけど……」


「いいから早く言ってよ。男らしくないなぁ」


 僕の煮え切らない態度に京極さんは痺れを切らした。仕方がないので、僕は意を決した。


「僕と京極さん……付き合っていることにしない?」


 言ってしまった。胸がドキドキしている。ただの作戦のための提案なのに。でも、本当は僕が京極さんに気があって彼女に近づいているとか誤解されたらどうしよう。


「うん、いいよ」


「え」


 京極さんは僕の話をあっさりと受け入れ、僕は思わずマヌケな声を出してしまった。


「いいの?」


「うん」


 あまりにも従順なので、僕は却って戸惑った。


「よく考えて、学校でも僕の彼女っていうことになるんだよ?」


「うん、だから作戦のためでしょ」


「そうだけど……」


「それにその話、実は私も昨日言おうと思ってたんだ。その方が色々動きやすいもんね。でも、あなたが気にしなくていいって言ったから」


 驚いた。京極さんは僕のイメージよりずっと賢くて肝が座っている人だった。


「……嫌じゃないの?」


「何が?」


「僕と付き合っているっていうことにされて」


「別に嫌ではないよ」


 それが、作戦として必要だから不快ではないという意味なのか、本当に僕の彼女にされてもいいという意味なのかが分からず、ますます混乱した。

 京極さんはそんな僕を見て、クスクスと笑った。


「じゃあそういうことで、これからよろしくね」

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