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人間づくり  作者: 広瀬翔之介
第2章
6/27

ミステリーに登場する謎は、解かれるために存在している

 陽が傾き始める頃、僕は京極さんの家をあとにした。

 十字路をまっすぐに進み、そこから更にくねくねと道を曲がりながら十分ほど歩く。

 すると、築十年の二階建ての一軒家が見えてきた。


「ただいま」


「おかえり、今日も友達と遊んでたの?」


 リビングに入ると、台所にいるお母さんが僕を一瞥して言った。


「ええと、今日は図書館で勉強してたんだよ」


「ホントにー? 今までそんなことしてなかったじゃない」


「今週は期末テストあるから」


「なんか、怪しいなぁ」


 怪しいといっても、せいぜい僕が友達と遊び呆けているとでも思っているんだろう。同じ学校の女子と殺人の計画を始めているだなんて夢にも思うまい。


「大丈夫だって」


 適当にやり過ごし、二階へ上がる。

 自分の部屋のドアを開けて照明を点けると、みどりの幻覚が現れた。


 土曜の朝に現れて以来、一度も消えることなくずっとここにいる。朝起きたときも、僕が部屋から出るときも、帰って来るときも、部屋の中心から動くことなく、虚ろな目で僕のことを見続けている。


 頭が痛くなってきた。でもめげずに机に向かい、テスト勉強を始めた。


 自慢じゃないけど僕は頭がいいし、頭がいい理由は勉強をしているからだ。僕だけじゃなく世の中の賢い人はみんなそうしているし、勉強をしなければ賢くはなれない。僕はそう信じている。


 一旦晩御飯を食べたあとも、頭痛に耐えながら必死にシャーペンを走らせ、今日目標としていた部分のテスト対策をなんとか終えることができた。

 そのあとは京極さんの父親を殺す方法について少し考えてみた。けど勉強で脳が疲れたせいもあってか、これといって策は思いつかなかった。


 明日、図書館にでも行ってみようかな。


 僕は考えごとに行き詰ったときは図書館へ足を運ぶようにしている。あの場所にいるだけでもリラックスできて頭が冴えるし、参考になる本が見つかることもある。京極さんも誘えば一緒に来てくれるかもしれない。



 翌日、給食を食べ終わったあと自分の机を元の位置に戻し、隣の教室へ向かった。京極さんに図書館へ行く提案をするためだ。


 昨日と同じように、教室の後ろ側の引き戸から中を覗き込む。今日の京極さんは誰とも話さずに、机に肘をつきながら窓の向こうの空をぼんやりと眺めていた。やっぱり昨日はいつもとは違う状況だったのだろう。


 例のごとく、出入口の近くにいる高田に声をかけた。


「おーい」


「なんだ、今日も霧島か」


 高田は僕の顔を見て、軽く微笑んだ。


「ごめん、また京極さんを頼む」


「また? 何か委員会とか?」


「まあ、そんなとこ」


「はいよっと」


 それだけ言って、高田は京極さんの席へ向かった。あいつはさっぱりとした性格で、妙な深入りはしない男だ。それを見込んで高田に頼んだというのもある。


 高田に声をかけられた京極さんが、僕のいる出入口まで来た。


「どうしたの?」


 今日の京極さんはやはり普通だ。涙ぐんでなんかいない。


「例の話なんだけど……」


「ああ」


 彼女は僕の横を通って一旦廊下に出た。

 僕たちは通行の邪魔にならないところに立った。


「それで?」


「今日の放課後、図書館に行かない? そこならきっと()()()()()を調べることができると思うんだ」


「ああ、そういうこと」


 京極さんは僕の顔から目を逸らし、数秒間黙って考えた。


「いいよ」


 彼女は朗らかな表情で簡潔に答えた。


「本当に? ありがとう」


「別にお礼を言われるようなことじゃないけど」


「じゃあ、また校門で」


「うん、分かった」


 京極さんは教室に戻ろうとしたが、「あ、そうだ」と言ってこちらを振り返った。


「今度から高田君に声かけなくても、直接私の席まで来ていいよ」


「ああ。僕他のクラスに入るの抵抗があってさ。でも今度からそうするよ」


 そう言って、人差し指で頬を掻いた。


「ん」


 京極さんは口元に笑みを浮かべ、教室に戻っていった。



 放課後、約束通り校門で京極さんと落ち合い、町中にある図書館へ行った。図書館は、公園のある方角の反対の道を十分ほど歩いたところにある。大通り沿いにあって、広さはスーパーマーケット三つ分くらいだろうか。開設されてから二年しか経っておらず、室内は明るくて綺麗だ。


 僕たちは中に入ると、さっそく必要な資料を探すことにした。

 京極さんが無数に並ぶ本棚を眺めながら言った。


「殺人の方法なら、やっぱりミステリーがいいかな?」


「いや、ミステリーはダメでしょ」


「なんで?」


「ミステリーの物語に登場する謎は、解かれるために存在しているから。でも僕たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」


「確かにそうだね」


 京極さんは腕を組んで唸った。


「……じゃあ、文字通り未解決事件について書かれた本でも見てみる? ノンフィクションっていうのかな」


「そうだね。京極さんはそれを探してみて。僕は過去の新聞記事で色々な事件とかを調べてみる」


「じゃあ見つけたらあの辺の席で読んでるから、あなたも来て」


 そう言って、白いテーブルが並ぶエリアの一角を指差した。平日だから他の利用者はそれほど多くない。


「了解」


 僕たちは頷き合い、調査を始めた。


 僕は昔の新聞記事をパラパラと見てみたが、参考になりそうなものは特になかった。まあ、未解決事件なんてそうそうあるもんじゃない。唯一見つけた未解決事件の記事は、奇しくもみどりが轢き逃げされた事件であった。千葉の郊外で起こった静かな悲劇。書かれている内容は僕の知っていることだけだったけど、ふと思った。


 轢き逃げ事件とかではよく犯人の情報提供を呼びかけることがあるが、みどりの親がそういうことをしているのを見たことがない。早々に諦めてしまったのだろうか。だとしたら悲しいな。当時小学一年生だった僕が役に立てなかったのはとても申し訳ないけれど。


 収穫がないので京極さんに言われていたテーブルへ向かうと、彼女は既に席に着き本を読んでいた。室内の端っこで、周りには誰もいない。秘密の作戦会議をするにはうってつけだ。


「何かいい本あった?」


 僕は京極さんの正面ではなく隣の席に座った。声を潜めて話したり、本を見せ合ったりするならその方が楽だからだ。


 彼女は横目でちらりと僕のことを見た。


「うん、未解決の事件の本あったよ」


「参考になりそう?」


「未解決の殺人事件だと、屋外で死体が見つかったり、通り魔に殺されることが結構多いみたい」


 その方向性について少し考えてみた。


「確かに実行するなら外の方がいいかもね。自宅で殺したら、京極さんが捕まる可能性がずっと高くなる気がする」


「あとは放火殺人犯もちらほら」


「家を燃やすわけにはいかないでしょ」


「周りの家にも迷惑だしね」


 そういう問題じゃないと思う。


「他には何かある?」


「他には強盗殺人とか、普通に室内での殺人」


「うーん」


 僕は両手を頭の後ろで組み、のけぞった。


「やっぱり下手に策を弄するより、通り魔的に外でプスッと刺してさっさと逃げるのが一番、僕らが犯人だとバレにくいと思う。京極さん、できそう?」


「黒月がうちに向かう途中か、帰るときなら。待ち伏せか尾行しなくちゃいけないけど」


「お父さんは何時頃に来るの?」


「夜の七時とかに来て、その日のうちに帰るよ」


「その間、京極さんは家にいなきゃいけない?」


「家にいなくても大丈夫。あいつは私に会いに来るわけじゃないから」


 一瞬、京極さんの目が恐ろしいほど空虚に見えた。その瞳には、ここには存在しない何か別のものが映っているような気がした。


 彼女の表情にたじろぎつつも、作戦決行日の状況が大体イメージできてきた。


「じゃあその日、京極さんは出掛けていたことにしよう。そして、お父さんは帰り道にたまたま通り魔に刺されて死んだ、と」


「いいね、それでいこう」


「でも、これだとまだ京極さんが怪しく見えるな。お父さんが殺された日にたまたま出掛けてたっていうのも、なんか都合良すぎるし」


「アリバイがないってやつでしょ。あなたと会っていた、でいいじゃん」


「それで僕も口裏を合わせればいいのか……」


「黒月は偶然通り魔に刺された。その時間、私はあなたと会っていたからアリバイがある」


「うぅん。やっぱりたまたま同じ時間に僕と会っていたっていうのが、怪しいんだよなぁ」


「そんなの仕方なくない? 家にいたら黒月を殺せないんだし」


「ちょっと待って、考えてみる」


 このプランだと僕も結構怪しまれる。ある程度はしょうがないとしても、もう少しどうにかならないものか。


 思考に意識を集中させて考えてみた。


 要は、たまたま同じ時間だったというのが怪しく見える原因なんだ。偶然の一致なんて滅多にあるもんじゃない。


「じゃあ、偶然じゃなかったとしたら……?」


 僕が小さな声でそう呟くと、京極さんはキョトンとした。


「え?」


「お父さんが刺された時間、京極さんが僕と会っていたのが偶然じゃなければいいんだ」


「どういうこと?」


「例えば……京極さんは週に二、三回くらい、夜に僕と会う習慣があったとする。それならお父さんが刺された時間にいなくても、いつもの習慣と被ったっていうだけの話だ。たまたまじゃない」


「ああ、なるほど」


 京極さんは両手をポンと合わせた。


「アリバイが完全に証明されるわけじゃないけど、これでも大分マシになると思う……」


 けれども、毎週夜に二人で会うなんて。そんなのまるで、まるで……。


 僕は今思ったことを言葉に出せずに呑み込んだ。

 しかし、京極さんはそれをあっさりと口にしてしまった。


「でもそれって、私たちが付き合ってるみたいだね」

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