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人間づくり  作者: 広瀬翔之介
第2章
10/27

殺害場所を下見するデート

 七月十日、土曜日だけど授業がない日。

 せっかくの休日だけど、僕はどこにも出掛けずに家でゆっくりと過ごした。リビングで一時間テレビゲームをしたら自室で十五分勉強し、またゲームをするというサイクル。これを繰り返しているだけで、ゲームも勉強も結構な時間を確保することができる。期末テストが終わったからといって、勉強を怠ったりはしない。禁断症状で頭はちょっと痛むけど、今日は比較的マシな方だ。


 僕の部屋には相変わらず血塗れの少女が立ち尽くしていた。死んだ友達の幻覚に見られ続けるというのは未だに慣れない。蟻の幻覚のように、手で触れれば赤い液体をまき散らして消滅する可能性はある。だけど、そんなことをする気にはとてもなれなかった。僕は幻覚のみどりには何もしないと決めている。気を強く持ち、なんとか部屋で勉強ができるようにはなっている。


 夕方、何回目かの勉強ターンのとき、部屋の外からお母さんが僕を呼ぶ声が聞こえた。


「拓斗―!」


「はーい」


 返事をすると、お母さんはドアを軽くノックしてから開け、顔を覗かせた。


「京極さんっていう子から電話が来てるわよ」


「京極さん!?」


 驚いてすっとんきょうな声を上げてしまった。みどりもお母さんのことを見た。


 ニヤニヤしているお母さんの横を通り抜け、急いで一階のリビングに下りる。木製の電話台の上に置きっぱなしになっている受話器を掴み、会話が周りに聞こえないように口元を手で覆った。


「もしもしっ」


「もしもし。テストお疲れさま」


 確かに桐子の声だ。僕は声が上擦ってしまったが、彼女はいつものように落ち着いている。


「どうしたの? 電話してくるなんて」


「うん。アリバイ作るために、週に何回か夜会うって話あったじゃん。あれそろそろ始めたほうがいいかなと思って」


 桐子は声を潜めて言った。確かにそうだ。黒月がやって来るまで、約二週間だ。


「そうだね。じゃあ週明けから始めようか」


「てか、夜に殺害場所を下見するって話もあったでしょ。あれ明日行こうよ」


 それは僕もやった方がいいと思っていたところだ。桐子もちゃんと考えてくれていたんだ。明日は日曜日だから、夜まで出掛けるのも別に怪しくないだろう。


「うん、僕は大丈夫だよ」


「じゃあ、夜の九時に私のアパートの前に来て」


 それが当日、桐子の父親が帰っていく時間か。そして、その時間帯に桐子が通り魔のように殺害する――。

 これから現実に起こることだという実感がまだ湧かないけど、僕はこのまま計画を進めることにした。


「分かった。明日の九時ね」


「ありがとう。じゃあ、よろしく」


 通話が終わりそうな気配を感じる。一つ気になっていることがあったので、最後に訊いてみた。


「ところでさ。なんでうちの電話番号知ってるの?」


「ああ、相沢さんに電話して教えてもらったの。去年同じクラスだったから、去年の連絡網残ってて」


 僕は電話台の上に掛けられているコルクボードを見た。そこにはクラスの連絡網のプリントが画鋲で留めてあり、僕と相沢の電話番号もそこに書かれている。もちろん桐子は別のクラスだから書かれていない。


「ひょっとして、僕と付き合ってるなんて相沢に言ってないよね?」


「まさか。そういうことは聞かれなかったし、私からも言ってないよ」


 ということは、もし聞かれたら言っていたのだろうか。遅かれ早かれ通らなければならない道だけど、まだ心の準備ができていない。


「分かったよ。じゃあ、また明日よろしくね」


「うん、じゃあね」


「じゃあ」


 そう言って、そのまま受話器を置いた。

 後ろを振り向くと、お母さんが少し離れたところでニヤニヤとしていた。予想通りのリアクションだ。僕も腹を括らなければならないときが来たようだ。


「拓斗、今のってもしかして彼女―?」


「……そうだけど」


「えっ」


 作戦通り、恋人のふりをした。お母さんは僕の返答が意外だったらしく、唖然とした。今電話をかけてきたのはせいぜいクラスメイトの女子だと予想し、僕のことをからかうつもりだったのだろう。


「えぇーっ!」


 お母さんはワンテンポ遅れて驚きの声を上げた。


「拓斗、アンタいつの間に!」


「そうそう、明日の夜は彼女と会うから晩御飯いらない」


 お母さんが混乱しているようだったので、どさくさに紛れて夜も外出することを宣言した。桐子と待ち合わせているのは夜の九時なので、家で晩御飯を食べたあとに出発することもできる。でも、わざわざ九時から外出する自然な理由を思いつかなかったから、早めに出て晩御飯は一人で外食することにした。


「えぇ……。アンタのことだから大丈夫だろうけど……。はあ、全然気付かなかった」


「別にいいでしょ」


「そりゃいいけど、今週よく図書館に行ってたのも、彼女に会ってたの?」


「うん、まあ」


「へぇ、あの拓斗がねぇ。ふふっ、今夜はお赤飯にしようかな」


「大袈裟だよ」


 そう言って、浮かれているお母さんに背を向ける。これ以上相手をするのは疲れそうなので、そそくさと二階へ避難した。


 そのあと外出していたお父さんが帰って来て、三人で晩御飯を囲った。さっそくお母さんがお父さんに彼女の話を報告した。お父さんはお母さんほど驚きはしなかった。でも嬉しそうな顔をしていた。根掘り葉掘り詮索はされなかったけど、恥ずかしさでいたたまれなくなった。赤飯が出なかったのが唯一の救いだ。赤飯まで食べさせられたら、僕は桐子に別れようと言ってしまうかもしれない。本当に付き合っているわけではないのに。



 七月十一日、日曜日。

 夕方六時半頃、僕は桐子に会うために家を出発しようとした。お母さんに軽くからかわれたあと、遅くならないようにと言われた。

 僕の家は門限が夜の十時だけど、それさえ守っていればどこへ行こうとあまり文句は言われない。少しは言われるけど。

 僕は頷き、行ってきますと言って玄関を出た。


 まずは図書館の近くにあるラーメン屋まで歩いた。そこで熱々の味噌ラーメンをゆっくり食べたが、ラーメンなんて食べるのに三十分もかからない。


 待ち合わせ時間は九時なので、それまで図書館で本を読んで時間を潰すことにした。この図書館の閉館時間もちょうど夜の九時だ。娯楽がない地域なので遅くまで開けてくれているようだ。


 最近話題になっていたノストラダムスの予言に関する本を選び、ページをパラパラとめくってみた。その予言を日本語に訳すとこんな感じになるらしい。


 一九九九年七か月、

 空から恐怖の大王が来るだろう、

 アンゴルモアの大王を蘇らせ、

 マルスの前後に首尾よく支配するために。


 恐怖の大王がアンゴルモアの大王を蘇らせること以外、何が起こるのかはよく分からない。なんでこんなに大騒ぎしているのかも分からない。本の中では宗教や戦争、環境問題など、色々な分野から人類の滅亡について解説されているが、僕には難しい内容であった。


 ノストラダムスにはすぐに飽きてしまい、次は護身の本でスタンガンの使い方を調べた。この前桐子と一緒に見た本だ。

 本を読んだあとは、約束の時間に桐子の家に着くように図書館を出た。外はすっかり暗くなっていた。


 町中を歩き、うら寂しいアパートの前に到着すると、既に桐子がぽつんと立ちながら待っていた。今日はTシャツと短い丈のオーバーオールを着ている。

 彼女は近づいて来る僕に気付き、こちらを向いた。


「こんばんは」


「お待たせ」


「そんなに待ってないよ。行こ」


 桐子は駅がある方向へ歩き出し、僕も隣に並んで歩いた。最初は住宅街がしばらく続く。通り魔的殺人には適さないので、特に検討する必要もない。

 まっすぐに歩きながら、街灯に照らされている彼女の横顔に向かって尋ねた。


「お母さんには何て言って外出したの?」


「普通に、彼氏と散歩してくるって」


「そっちも言っちゃったんだ。僕も彼女と会うって言ったら、お母さんが大騒ぎしてたよ」


「あははっ、可愛いお母さんだね」


 桐子が夏の花のように明るく笑った。


「それで、桐子のお母さんは何て?」


「別に……『そう』って言ってた」


「そうって……」


「あの人は、()()()ほとんど興味がないから」


 今度は自虐的に薄く微笑んだ。京極家の不穏さを匂わせる暗い笑みだ。

 もし黒月が死んだら桐子の母親は何を思うのだろう。普通に悲しむのだろうか。この一家のことは、僕にはよく分からない。

 どうフォローするべきか迷っていると、今度は桐子の方から話を切り出した。


「ねえ、気になってることがあるんだけど」


「何?」


「私といるときはいつも平気そうだけど、禁断症状ってやつ起きてるの?」


 言われてみればそうだ。どんなに頭が痛くても、桐子に会うといつの間にか治っているし、逆に桐子と別れると再発することもある。つまり今言われた通り、桐子と一緒にいるときは禁断症状が起きていないような気がする。でも、それをそのまま伝えるのは、まるで僕が桐子に癒されていると言っているような感じがして気が引けた。桐子は別に観葉植物ではないし、最近流行りのペットロボットでもない。恋人のふりは始めたが恋人でもない。


「最近は毎日幻覚を見てるよ。おかげで家ではテスト勉強も集中できなかった」


「幻覚ってどんな?」


「前言ったやつと同じ」


「蟻と女の子だっけ?」


「今は蟻は現れないかな。血塗れの女の子だけ」


「ふぅん……」


 桐子は意味ありげな相槌を打ち、少し黙った。

 そして、歩きながら僕の目を見て言った。


「あの、これはただの女の勘なんだけど……」


「え?」


「あなたって、その女の子こと好きだったの?」

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