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七日目のセミ

作者: もりもり

よろしくお願いします。

セミ病。

発症すると7年の眠りにつき、目覚めても7日で死ぬ病。セミの生態に似てることから名付けられた。正式名称は「長期睡眠弱体化症候群」






「もし美鈴を笑わせられたら、何でも言う事聞いてくれる?」


色素の薄い柔らかい髪が風に吹かれる。ニコニコとだらしのない顔の幼なじみは、私の目を真っ直ぐに見つめてそう言った。




あれから7年。

私の表情筋はピクリとも動かない。馬鹿な幼なじみは隣でだらしなくねこけている。


「早く起きなさいよ。バカ」


ぷにぷにと頬をつついてみる。スクイーズのような弾力に、ちょっと悔しくなる。

脳天気な幼なじみ。男の癖に真っ白な肌に長いまつ毛の幼なじみ。黙っていればモテるのに、残念な頭は、それを理解できなかったようだった。


つつくのを辞め、少し赤くなった頬を撫でていると、彼のまつ毛がかすかに揺れているのに気づいた。


「陽太?」


声が震える。

やっと、やっと目覚めてくれたのか。



「……みす、ず」


久しぶりに出した声は枯れていた。しかし、彼の澄み切った水のような瞳は昔と何も変わらなかった。



1日目


「7年で色々変わるもんだね」


テレビを見ながら、そんなことを言う。ボリボリとポテチを食べる彼は、あと数日で死ぬとは思えない。


「なんだっけ?静電気?白塗りの顔の芸人いたじゃん。どうなった?」


「消えたね」


「まじか」


陽太は2袋目のポテチを開けた。


「食べすぎよ」


「ええ〜いくら食べてもお腹空くんだよ」


ポテチはあっという間に無くなった。

空になった袋。残りカスがパラパラと散らばる。

何気ない日常はあと6日


2日目


「海へ行こう!」


ふわふわの頭が光を反射する。退院したばかりで元気なものだ。

今は4月、春真っ盛り。海水浴にはまだ寒く、上着を着るには暑すぎる。


「いいけど、何するの?」


「うーん…海岸をぶらぶらしよう!」



海に着いた。

風が強く、髪が顔にかかって鬱陶しい。陽太は子供のようにはしゃぎだした。


「海だよ!海!! 潮風きーもちー!」


「そんなに走らない。転ぶよ」


「平気平気〜」


なんて言ってると、案の定転んだ。しかも波打ち際。


上着を乾かしてる間、浜辺に2人仲良く並んで座る。海はキラキラと青く輝く。


「ヘックション!!…うえぇ」


「バカね。はい上着」


私は車の後ろに入れていたコートを陽太に着せる。

ここまで車で来たのだが、陽太は私が運転出来ることに大層驚いていた。


「ありがとう。美鈴」


へにゃりと笑う彼の顔が見れなくて、そっぽを向く。

それからは特に話をするでもなく、ただ海を見つめていた。

陽太の瞳は、キラキラと青く輝いていた。


3日目


「映画館に行こう!」


バンッと映画のパンフレットを突きつけられた。今話題のギャグ映画だ。

嫌だ。見たくない。


「ごめん。それは見たくない」


「……そっか」


陽太は少し落ち込んで、直ぐに顔を上げた。


「じゃあこっちは?」


渡されたパンフレット。そこにはのんびりとしてる猫が映っていた。

どうやらドキュメンタリー映画のようだ。


「これなら良くない?美鈴、動物好きでしょ?」



私と陽太は映画を見た。

ひたすらに猫が写っているだけの映画。観客は、私たち以外に数人しかいない。


「あーっ!面白かった!」


陽太は大きく伸びをして言った。確かに穏やかな気持ちになれる映画だった。


「美鈴は楽しかった?」


その言葉に相槌を打つ。そしたら良かったと彼はヘラリと笑った。

私は相変わらず無表情で、愛想がなくて可愛くなかったと思う。でも、陽太は全く気にしてなさそうだった。


でも、笑えなくてごめん。


4日目


「学校へ行こう!」


齢21の男が不法侵入を試みようとしている。お巡りさんこっちです。


「違う違う! ちゃんと許可貰うから!えーと、卒業生って言ったら入れてもらえるかも!…俺卒業してないけど」


最後の方はしりすぼみだった。

まぁ、事情を説明すれば入れてもらえるだろうか?


私達が通っていた中学校。

今日は日曜の為か、人一人居ない。貸切状態だった。

陽太は一つ一つの教室を時に興奮しながら、懐かしそうに見ていた。


そして、それは唐突だった。


「美鈴、覚えてる?」


2年C組。陽太と私が最後に共にしたクラス。

陽太は、教室の窓を全開にした。春風と共に降り注ぐ光。

振り返ってそう言う陽太は、あの時と瓜二つだった。彼は何も変わっていない。14年前のまま、何一つ。


「俺、諦めてないから。絶対笑わせてみせるから」



ーもし美鈴を笑わせられたら、何でも言う事聞いてくれる?ー



私と陽太は幼なじみだった。

幼稚園の頃からずっと一緒だった。

私は小さい頃から表情筋が固くて、付いたあだ名が「鉄仮面」だった。それなりにへこんで、何とかしようと色々試したがダメだった。

そんな様子を見ていた陽太は何かと私を励ましてくれた。


「美鈴!大丈夫! 今の世の中顔が全てじゃないから!」


…まぁ、逆に傷つくこともあったが彼はとにかく私の気持ちを明るくさせるのがうまかった。


何時の頃からか、彼は私を笑わそうとするようになった。


「ふとんがふっとんだー!」


「この鶏肉取りにくい」


「あのバッターはよく頑張ったー! 」


しょうもないギャグばかりで、滑りまくりだったが、だんだん聞いてるうちに逆にそれが面白く感じるようになった。


「…ふっ」


「あ!今、美鈴笑わなかった?! 」


ある時、ツボに入り笑いかけたことがあった。目覚しい進歩だった。

それから少しずつ表情筋が蘇生していくのを感じた。

あと少しで何かが掴める。そんな時だった。



陽太が倒れた。



「なんかね、セミ病ってのになったらしい」


久しぶりに学校に登校した陽太は、あっけらかんとそう言った。大して大事でも無さそうに。


「本当に? 」


私の苦し紛れの一言に、陽太は頷いた。

しばらくの沈黙が流れる。

陽太は窓から目線を外し、私を真っ直ぐに見つめる。


「俺、絶対に美鈴を笑わせる」


「泣かせるような事にならない様にする。…それで」


「もし美鈴を笑わせられたら、何でも言う事聞いてくれる?」


最後は茶目っ気たっぷりに、そういった。




陽太はすごく頑張った。

僅かな希望があればなんでも試した。

時には、後遺症で戻す事もあった。髪が抜けたこともあったし、頭痛に苦しむこともあった。

でも、陽太はいつも笑っていた。一度も弱音を吐かなかった。



陽太はすごく頑張った。



私はすべてを思い出して、手を強く握りしめた。

喉が乾ききったようにカラカラする。


「…笑わせないで」


やっと出た言葉がそれだった。陽太は悲しそうに眉を寄せて笑う。こんなことを言いたかったわけじゃないのに。


「そうだね。ごめん」


彼は私に謝ると、窓を閉めて帰ろうと言った。

私は無言で頷いて、彼の後に続く。


帰り道は終始無言だった。


5日目


陽太が倒れた。

病院に担ぎ込まれた彼は、青白かった。

医者には生きてることが不思議だと言われた。


6日目


陽太はまだ目を覚まさない。

このままずっと眠り続けるのだろうか? あと2日しかない人生を、ずっと病室で…。

陽太、起きてよ。私を笑わすんでしょ? またしょうもないギャグを聞かせてよ。私、笑う努力する。そんで何でも言う事聞く。エッチなのは嫌だけど…それ以外ならなんでも聞く。


青白い肌。掠れた呼吸。

神様、どうか居るなら彼を助けてください。

陽太は天然でバカだけど、凄く優しくて思いやりがあって、絶対に泣かないすごい人なんです。


お願いします。私の人生を彼に分け与えてください。



指がぴくりと動いた。

陽太はその長い睫毛を震わせ、ゆっくりと目覚める。


「手が痛いよ。美鈴」


強く、強く握りしめていた陽太の手に、ぬくもりが宿った。


7日目


もう手の施しようがないと病院を追い出された。

私は陽太の両親に、彼を預からせて欲しいと頼み込んだ。彼らは、一も二もなく了承した。


「何年もずっと…陽太のそばにいてくれてありがとう」


白髪の増えた陽太の母は、泣きながらそう言った。



「美鈴、となりの家に垣根ができたんだって」


ベランダでくつろいでいる陽太は、ふと思い出したかのように言った。


「え、ここマンションだけど」


「へえー」


「え、なんなの?」


返事はない。


「ツバメがなんか落としたよ」


「だからなんなの?」


「ふーん」


流れる静寂。

彼が何をしたいか分かった。しかし、寒い…寒すぎる。


「え、全然笑えない」


「布団が吹っ飛んだ」



「魚が驚いた。ギョッ!」


「隣の魚も驚いた。ウオっ!」


「パンツ破れた〜またか〜」


「両親にハム買ったら怒られた。なぜなら……はむかったからー」





「ふふっ……しょうもなっ…あははっ」


笑う。笑ってしまった。


笑い声がだんだんと嗚咽へと変わる。

ぼろぼろと後から後から涙がこぼれ落ちる。


「ごめっ…ごめん…ようたぁ…」


「大丈夫、やっと笑わせられたから…ずっと我慢させてごめんね」


彼はそう言うと、私を抱きしめてくれた。

私は泣き続けた。










「もう…笑ったら泣いちゃうから我慢してたのに」


「なんとなくそんな気がしてた。美鈴めっちゃ顰めっ面だった」


「やだ、そんなに…。普通にしてたつもりなのに…」





「美鈴」


「何?」


「笑った顔も泣いた顔も凄く綺麗だった」


「……」


「これから、美鈴は今より凄く綺麗になって、笑って泣いて怒って…幸せになってほしい。いやなって。なんでも言うこと聞いてくれるんだろ?」


「そんなのできる訳ない」


「大丈夫。出来るよ」


「陽太がいない世界でできる訳ない」


「……大丈夫。俺、多分蝉になる。夏になったら土から這い出て、一目散に会いに来る。毎年、ずっと…だから大丈夫」


「私、虫嫌いなのに…でも、陽太だと思ったら大丈夫かも」


「……」


「陽太、大好き」


「……」


「ひどいな…返事してよ」











蝉は鳴き続ける。愛するものを求め、出会うために。


そして、空高く飛んだ。






ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ええ話や…。私も奇想天外なストーリーをこれから書くので、参考にさせてもらいます!
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