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第二話 自己紹介はファースト・インスピレーションが本当に大事

 リノリウムの廊下を歩き、一階にあった教務官室マスターズの扉を開けて春人は足を踏み入れる。

 声は爽やかに、そして、誠実そうに。

 そして表情は固くならぬよう柔らかく、そして誠実な生徒であると印象を抱かれるように。


「失礼します。本日学園長にご挨拶を済ませ、こちらにも挨拶に伺いました。今年度から転入生として通う東河春人といいます。担任となられる教官は現在いらっしゃられますでしょうか?」


 教務官室マスターズは想定より広いが、学園長室と違い小学生のときに見たことある職員室と大差ないようである。

 良くある事務机を並べ、教官一人ずつに決められた席が割り当てられ、書類やらファイルといった授業に必要な物から生活感を匂わせる愛用のマグカップからタバコの空き箱まで多様。殲教騎士エクスキューターという特殊な職種で働いていても泣きも笑いもする、普通の人間であるのだ。

 すると、書類やファイル越しに「ああ、お前が俺の受け持つ一年六組に来た転入生か」と何とも言いがたいテンションで言葉を投げつけたあと、四十代前半と思わしき男がダルそうに、タブレット端末を持って立ち上がり近づいていく。

 一見すると鈍重。しかしその教官が鍛え上げた身体は柔軟性があり、警察の機動隊員レベルと春人は見抜いた。顔立ちは悪そうな印象。だが品を感じられる。しかし上品といった感じはなく、個人の尽力で成功した実業家独特の、だ。高校生の頃は間違いなくモテたであろうワイルド系イケメンである。


「今日からお前の担任になる田崎だ。よろしくな~」

「東河春人です。こちらこそ、ご指導ご鞭撻べんたつのほどよろしくお願いいたします」

「あ~、こっちへ来てもらっていいか?」


 そう言われ、奥の応接スペースへ通された。

 田崎教官が手元のタブレット端末を起動し、テーブルの上に置いた。

 ディスプレイ上にはこちらの詳細情報が表示されているのだろう。

 端末を眺めていた田崎教官の視線が、停止する。


あのバカ(エセ関西人)からの推薦すいせんなんだな」


 転入試験を受けるにあって必要な二人の推薦人のことを言ってるのだろう。

 一人はもちろん養父。

 もう一人は、憑依魔ノムデビアに襲われていたところを救ってくれた命の恩人で、殲教騎士エクスキューターになる道筋を示してくれ、現在でも自分を鍛えるために霊力を用いた基礎武術・剣術を指導をしてくれるあの人のことだ。

 ――しかしまあ、この学園内でもエセ関西人で通じたり、学園長に知られたりと、保さんはあのうさんくさい話し方を無視すれば相当凄い人なのだろう。もしかしたら極東支部の要職にいるのか知れない。自身のことを煙に巻いて、肝心なことがわからないので推測だが。

 そのあと、田崎教官は基本的な学園の規則や注意事項について話した。すでにどれも合格通知と一緒に入っていた冊子で頭に入れていた知識だったが、春人は復習のためにもう一度聞いておいた。

 予鈴が鳴ると、田崎教官は時計を見て話を止めた。


「おっと、もうこんな時間か。んじゃ、お前のクラスへと教室に案内するから来い。ちょうど俺が受け持ってる科目の授業だから」

「わかりました。田崎教官」


 田崎教官に連れられて春人は教務官室マスターズを出た。

 すると、


「そういや、ビビっただろう?」


 廊下に出て五メートルぐらい歩き始めるなり、田崎教官は内緒話ないしょばなしを打ち明けるように春人にささやいた。


「えっと、ビビったとは試験のことですか?」

「馬鹿。学園長のことだよ……って、知らねえのか? あの爺様、どこぞの経営者みたいな姿だけどな、あれで、学園どころか極東支部教育部長つう重鎮じゅうちんなんだぜ? 殲教騎士エクスキューターを目指すなら敵対しちゃダメな人物さ」

「あの学園長がですか?」

「そうだ…………と言うか、お前、あの東河家だろ? というよりあのバカ(エセ関西人)からいてないのか?」


 田崎教官がおかしそうな顔をする。


「気をつけろよ? 学園長の霊力探知は学園内全域に及ぶし、もし特例でも実戦研修じゃない理由なきサボりだったら靴底で執拗しつように頭踏みつけられるからな? まあでも、どうしてものときは俺を頼れ。これでもこの学園を卒業したからな。学園長の目をかいくぐって、授業サボるコツを教えてやるよ」


 初対面からサボるコツについて楽しげに語る教官というのはどうなのだろう。春人は「はあ」と生返事で応えながら、この妙な担任教官の人物像を掴もうとするが止めた。


「とりあえず、お前の事情は、担任の俺は聞いている。悩みごととかあったら、遠慮しないで言えよ」


 と、悩み事とは無縁の様子で、田崎教官はほがらかに言った。さすが聖進館学園というべきか、学園長といい担任教官といい、どうにも強さの底が見えなく癖がある人物ばかりだ。あの日、恐怖するしかなかった憑依魔ノムデビアがマシに見えてくる。

 ――この調子だと、クラスの生徒も変なやつらばっかじゃないのか?

 と、自らのことを棚に上げつつ、春人は顔をしかめた。



 それからさらに進んで階段で二階に上がり、田崎教官の案内で春人は廊下を渡る。

 やがて、


「ここだ」


 と、田崎教官が短くはっきりと言い、一つの扉の前で立ち止まった。

 ――ここに自分と一緒に学び成長していく、同年代の殲教騎士エクスキューター候補たるクラスメイトがここに集まっているのか。

 逆にそれが緊張を刺激した。なぜなら「転入生」としての現実が感じられたからである。色々あったが小中と地元だった春人は、転校した経験がないから。

 深呼吸を軽くし、


「珍しい転入生を連れて来たぞ、お前ら。ほら、さっさと入ってこい」


 田崎教官がそう言いながら扉を開けた瞬間、生徒たちのざわめきが扉からあふれてくるのが感じ取れた。

 言われるがまま春人は自分のクラスとなる一年六組の教室にやや浮き足立ちながらも、田崎教官に続く。

 そして――

 春人と同じ聖進館学園のブレザー制服に身を包んだ同年代の男女が、幾人いくにんも座ってこちらを一斉に見つめていた。

 男子の制服が黒いのに対して、女子の制服は真逆の真っ白。が、特徴的なデザインのせいで受ける印象は似通っている。

 教室中から突き刺さる。視線。視線。視線。終わることがないと思わせるような視線の嵐。

 ただの視線もこれだけ集まると、精神的な圧迫をどうしても感じてしまう。日頃は「普通」の中に溶け込んで埋没してのびのび過ごしている「自分」が、スポーツで皆に注目されコメントを求められてる気分だ。

 ――プロのスポーツ選手は、こういう場面でどう平静を保てるんだよ!?

 心のうちで春人が慌てふためいていると、


「はい、注目。今日からこのクラスに加わる東河春人だ。じゃ早速、自己紹介を兼ねた挨拶を」

「……っ、東河春人です」


 精神を落ち着けていない状態で急に話を降られたので、実に簡素な自己紹介を春人はしてしまう。


「ん――って、おいおい、それだけかよ? 第一印象って大事なんだぞ。もっと自分を教えてやらないとな」


 なんだか愉快そうに笑う田崎教官。だが、春人はもうそんな話を悠長に聞ける余裕はなくなっていた。自分に向けられる視線と、視線を向けるクラスメイトたちのことが、気になって仕方なかった。

 ――そういえばあの時、風紀副委員長の明日菜先輩と待ち合わせ前に自分は何を考えていた?

 こちらを見つめる視線がどんな視線か――敵意の視線なのか好奇の視線なのか、あるいはただの新参者の確認をしているだけなのか、それともそれ以外の思惑なのかは、春人には到底判別できない。しかし、普通から外れているこの学園で、どうしても非好意的な感情が込められている気がしてならなかった。

 しかも、ここには何度も言うが東日本全域から集まった殲教騎士エクスキューターの候補生たちだ。そんな連中を相手に、ほとんど素人に近い自分が、渡り合うことができるのだろうか。

 そのことを考えるたび、自分がいかに平穏な日常を送っていたか実感する。

 不安で膝が震えてくる。

 のどが異様にかわく。

 すると、視界の端で何故か妙に気になる人物をとらえた。

 生徒たちのひそひそと抑えられた私語や、田崎教官のお気楽そうな声が小さくなったのかと思えた。もちろん、そんなわけはない。

 まるで違う異空間に放り込まれたように、春人はその視線に興味をかれてしまう。

 自分をじっと見つめる、真っ直ぐな、熱い視線。

 顔を向ける。

 その先には、外国人の女子生徒がいた。

 窓際の一番後ろの席。椅子に座り、ピンと背筋を伸ばしてこちらを見ている。本人は大人しく座っているだけなのだが、どうして気づかなかったのかといぶかしむほど華やかに際立っていた。

 一部を黒のリボンでくくった金髪と、剣先のように鋭い若葉のようにあわいあお色のひとみ。胸のふくらみは少々慎ましやかだが、身体の曲線は女性らしく腰は折れてしまいそうに細い。そしてどこか周りから避けられいるかのような、どこかかげのある儚げな美貌。

 しかし一方では、裡に秘めた鋭気えいきや負けん気、高潔な気性が見てわかる。クラスにいる生徒たちと比べても、彼女の存在感は明らかに違う。特別な何かを、ただそこにいるだけでも証明しているかのようだ。

 見知らぬ「他人」。なのにどこか懐かしさを感じさせ春人の心と身体から、余計なりきみが嘘のように消えていく。

 ――目鼻立ちからドイツ系? だろうけど会ったこと、ないよな?

 そんなおかしな不安感が溢れ出し、春人はまた別の意味で急にそわそわしてきた。


「ま、とにかく。こいつは()()()()だが約一年以上の遅れ転入なので、最初の授業に合わせられないかもしれない。だから色々教えてやってくれ。皆仲良くな」


 田崎教官が実にやる気なさそうに、能天気に言った。とりあえず、これで最初の顔見せは終了らしい。

 しかし、田崎教官が話を終えた直後だった。

 スッ、と真っ直ぐに白い腕がクラスの一番隅の方で挙手された。



 件のドイツ系外国人の少女だった。


「田崎教官。質問がある」

「なんだ、エイングラム。こんな馬鹿そうなこいつに聞きたいことでもあるのか? スリーサイズは野郎のだからどうでもいいはずだから、恋人の有無とか気になるとかか」


 自分に人差し指を向けながら、田崎教官はそんなことを言う。

 ――この少女はエイングラムという名前らしい。留学生なのだろうか?


「この時期に異例転入するなんて、おかしいと思う。そもそも本来なら二月で転入手続きは締め切りのはずだ」


 春人は顔を顰め、担任の田崎教官はうっすらと冷笑を浮かべていた。

 ――どうしてだろうな。不躾な質問を投げかけるこのエイングラムより田崎教官の方がムカつくのは何故だろう?

 留学生と思しき少女――エイングラムは、鋭くはっきりとこの場を制するかのごとく告げた。

 その声には、明確な敵意が――いや、単純な敵対心というより、複雑な不快感が含まれている。

 それに、ついに来たのか、と思った。春人が事前に予想していた、生徒の反応だ。

 一方、田崎教官は飄々《ひょうひょう》とした態度のまま、困った顔ひとつしない。


「そうだな。だがちょっと難しい事情があってな。こんな異例に近い転入になったんだよ」

「事情とは何だ」

「事情は事情だ」

「言うのも困ることなのか」

「ああ、その通りだ」


 田崎教官は平然と笑う。エイングラムはカッと頬を赤らめた。


「ここにいる生徒は中学受験に、進級試験を、必死の思いで突破して、この聖進館学園に入っている。なのにその男は、他人に言えない事情で、転入を了承したのかっ!」

「一応、コイツも転入試験受けて合格してるぞ?」

「それも、そいつのために用意した簡易な試験だろう? とても公正とは言いきれないはずだ」

「ま、運も実力のうちと――」

「そんなはぐらかしは、クラス担任とて許せん話だっ!」


 エイングラムは流暢りゅうちょうな日本語で忌々《いまいま》しそうに吐き捨てた。が、自分が田崎教官のペースに嵌まっていると判断したのか、一度大きく息を吐き出して、落ち着きを取り戻した。

 田崎教官に向けてた視線を、一瞬、春人に移す。何らかの意図を持って。目が合ったかと思った途端とたん、エイングラムはあからさまに無視するかのように視線をらし、再び田崎教官を睨みつけた。

 そして、静かな、しかしよく通る声で、


「……この男が、極東支部創設四家である東河家だからなのか?」


 その瞬間、あえて触れないようにしていたクラスメイトたちは、この少女の物言いに絶句しているのがわかった。


「名門の東河家の人間は、特別待遇を敷くということか? それは身分差別にあたり問題となるのでは? きちんと説明してもらわなければ納得出来ない」


 ――やっぱり……か。

 確かに、予想していた通りの展開と言える。が、第一印象で好意的に思っていた少女とは思わなかった。ダシにされた春人は、苦虫を噛み潰したような顔をついしてしまう。

 とは言え……。

 彼女、エイングラムの言い分は春人にも理解出来る。真面目に聖進館学園を受験し、真剣に授業を受けている者たちから見れば、自分の特別待遇は、確かに鼻につき目障りなのだろう。

 ただ、それならそれで、せめて自分に面と向かって言って欲しいのである。わざわざ田崎教官を介したような指摘をされても、対応に困る。

 ――さて、どうするべきか。

 東河の名前が出てから、教室のざわめきは転入してきた意図を探るような私語に変わっていく。田崎教官も「うーん、実に面白いな」なんて冷笑を浮かべている。とりあえずは身分差別は即座に否定してくださいよ、と春人は心から思うのだが、たぶん否定しないんだろうな、と諦めの境地に達していた。


「――それは言いがかりじゃないの?」


 凛とした声が教室の声を割った。


「――それは言いがかりじゃないの?」


 凛とした声が教室の声を割った。

 春人の視線がエイングラムからそちらに吸い寄せられ、

 ――あ、可愛い。

 緩やかにウェーブする黒髪を、一見ラフな感じにアップしてから、毛先を顔の片側に沿わせるように流している。ぱっちりとした力強いに、綺麗にカールした長い睫毛まつげ。メイクは唇に塗ったラメ入りのローズピンクのみで、健康的な肌に似合っている。決して派手ではないのだが、いかにもキュートな感じがした。

 顔などもエイングラムにも負けず劣らず小振りで、そのスタイルも良く見える。リーズシャロンが近寄り難い孤高なタイプに対し、こちらは完全に人当たりが良さような「温室育ち」のタイプだ。どこかのアイドルグループのメンバー――それもリーダー格――と言われても納得してしまいそうな美少女である。

 そんな女子生徒が髪をかきあげたあと、椅子から立ち上がる。そんな予想外の行動に春人は驚いたが、それはエイングラムや他のクラスメイトも同じだったらしい。全員――田崎教官までが――仰天した顔で、教室の隅を振り返っている。

 しかしこの少女は、そんな周りの反応など歯牙しがにもかけてないようだが、


「エイングラムさん。あなたは何の根拠があって、東河の名を出してるの? 同じ創設四家の人間として言わせてもらうけど、東河家は聖進館学園に対し、特別な便宜べんぎを図るように依頼したことなんて私の耳には届いていないわ。ただの思いつきで言ってるのなら、それは私や彼に対する、立派な侮辱ぶじょくよ。すぐに取り消して、謝罪しなさい」


 その声は、決して荒々しくないにもかかわらず、鋭利な刃物で斬りつけているかのような響きを有していた。教室中が水を打ったように静まり、クラスメイト全員が息を呑んだ。

 斬りつけられた当人であるエイングラムは、彼女の発言に顔色をなくしていた。

 だが、それだけでは大人しく引っ込みはしない。


「だ、だったら、その事情とやらを説明しろっ!」


 と、逆に彼女を睨み返して言い放った。


「何の説明もなく、納得出来るわけないだろう! 説明が出来ないのなら、裏に東河家の意思が学園に介在していると考えるのが普通だ。それに――」


 と、突然エイングラムも腕を組んで立ち上がり、彼女を見据えたまま教壇に立つ春人を指さした。

 春人が、むっ、と少し怒りを滲ませる前で、


「この男は、南堂本家当主であるお前の父親と、東河本家当主が十年前に次期長官の座を巡って対立していたときに、どういうわけか東河本家当主が長官の椅子を蹴りこの男を引き取ったそうじゃないか? だとすれば南堂に長官職を譲る変わりに転入を、のような創設四家当主同士の密約があり、この男の中途転入を事前に学園側に了承させた。そう考えるのが自然じゃないか? 南堂琴音なんどうことね


 エイングラムの発言に、再びクラスがざわめき立った。春人も目を丸くする。十年前のことが今回の中途転入に関係あるのかと思ったのだ。


「政治的な理由で転入を決めるなんて、時代錯誤(さくご)な話だ。いかにも伝統を重んじ変化を嫌う名家らしいがな」


 エイングラムはそう言うと、これ見よがしに鼻で笑う。そうした仕草が様になるあたり、彼女も琴音と近い

良家のお嬢様かもしれない。

 だとすれば、お嬢様なのに名家を嫌うのは何かあったのだろうか……。

 春人はそんなことを思った。

 しかし、そんな春人をよそに琴音は毅然とエイングラムに言い返す。


「あなたこそ何を言ってるの。彼が東河の人間だろうと、不正に聖進館学園に入ることは出来ない。当然でしょ。たかが一生徒の事情に、どうして聖進館学園が便宜を図るわれがあるのよ。確かに十年前に両家で次期長官を巡って争ってたのは事実。でもあなたの言う通り両家で密約があったとしても、彼がこの時期に転入するという取引で、東河家自体に大きなメリットがあるとは思えない。単なる妄想を、あたかも事実のように口外するのはあなたの名誉が悪くなるわ。だから止めなさい」


 琴音の台詞は落ち着いているようでいて、中々に容赦がない。しかしエイングラムは再び柳眉りゅうびを吊り上げ、噛みつきそうな目つきで琴音を睨みつける。


「たかが一生徒? この男は東河家の人間――」

「では訂正しましょうか? 『たかが東河家の人間』のために、極東支部最高峰の殲教騎士エスクキューター教育機関である聖進館学園が、規定を曲げてまで融通を利かせられると思うの? あなたも知っての通り、東河家現当主は長官職に就いてはいない。それに学園の運営・方針の決定は極東支部の各部長と理事会の総意で決まることを考えればあなたの意見は無理があるのよ。それに疑惑というならあなたも疑惑があるじゃない」


 冷ややかに琴音が言う。その瞬間エイングラムがはっきりと青ざめるのがわかった。


「だ、だったらこの男の不自然な転入は、どういう裏があるのだ!?」

「田崎教官の話しを聞いてないの? 事情があると言ったでしょ」

「だからっ! そんなのでは納得しかねると言ってるだろ!」

「それは、あなたの事情よ。言わせてもらうけど、エイングラムさんが納得するしないかなんて、それこそ私たちにとっても聖進館学園にとっても、どうだっていい話。そもそもこの件に、あなたは一切関係ない。同時に私たちも知る権利を持つべきではない」

「なっ…………!?」

「不快な憶測でこれ以上無駄な時間を作るなら、あなたの方こそすぐにこの教室から出て行って頂戴。この学園は殲教騎士エクスキューターの基礎を学ぶところであり、エイングラムさん個人の私情を満足させる場ではないわ」


 それはもはや第三者的な立場になってしまった春人が聞いても、中々に痛烈なひと言だった。見ず知らずとは言え、創設四家だということで自分のことを庇ってくれるのは嬉しいが、ついつい「理屈になってない、陰謀論なんだから無視していてくれ」と内心思ってしまうほどだ。

 ――というかこの少女、南堂琴音はこの教室のクラス委員なのだろうか……。

 しかしこのやり取り、こちらを庇っているようだが、長い目で見ればまったくの逆効果だろう。転入早々、大量の敵対者を生み出している元凶に等しいからだ。

 春人は、疲れでため息をつい吐きながら隣にいる田崎教官に振り返り、


「……止めてくれないんですか?」

「ん? ……ああ! 悪い、眠気と戦ってたわ」


 頼りにならないどころか、担任教官は雑に謝っただけだった。

 前途多難。そんな言葉が実に適切である。


「じゃあ席は……エイングラムの隣が空いてるから、そこにしろ」

「さ、先ほどの話しを聞いてなかったんですかっ!?」


 田崎教官の言葉にエイングラムが噛みつく。


「聞いた上で無視した。まだ昼休みじゃね―のに、東河がどうたらとか話しが長いんだよ。一応なりとも公式序列第七位がしょうもないことでさわぐんじゃね―よ。南米支部のベルクトゥスじゃね―んだぞ、ここは」

「ぐっ……」


 色々なことが起きても無視を決め込んでいた田崎教官が、今日初めて担任教官らしいことを言って、渋々といった感じで腰を下ろしたエイングラムの席の隣には一つの席が空いていた。

 ちなみにベルクトゥスとは、正式名称ベルクトゥス学園と言い南米支部が運営している学校のことであり、同時に聖進館を含めた六学園指定校の中で、最も好戦的な殲教騎士エクスキューター育成施設のことである。


「隣席になりました東河春人です。改めてよろしくね、エイングラムさん」

「……あまり私に話しかけるな」


 春人が席についてそう声をかけると、机に突っ伏したエイングラムはぷいっと顔を背けてしまう。

 やはり歓迎されてはいないようである。

 そんなこんなで新たな学園での初日が幕を開けるのであった。

ついにストーリーの主軸になる予定のメインヒロインの登場です!

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