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第一話 平穏の日常

 愛知県地方都市――立木市たちぎし――とある二級河川流域に発達した中規模の都市である。最近は都市開発が活発になり、それなりの規模にまで拡大したものの、取り立てて誇れるような特徴のない街でもある。

 その立木市の南部に位置するのは、市が建てた立木南中学校。これまた特徴のない中学校だ。偏差値がさほど高いわけではないが、不良と呼ばれるほどの素行の悪い生徒も少ないという、実に平均的な中学校。

 そしてその中学校に通う二年生の中に、彼・東河春人あずまかわはるとはいた。

 東河春人という少年を見た場合、多くの生徒は驚きはすれど警戒する者はいない。

 顔立ちは取り立てて悪くないが、万人ばんにんを魅了する美形でもない。髪はやや青みがかっているが特に手入れもしていない黒髪。身長も体格も平均を上回るが威圧するほどではない。

 だが、運が悪いらしく稀にではあるが他校の不良集団に喧嘩を売られたことがあるくらい。

 いくつかの点を除けば、平凡に埋没する春人は普段通りに屋敷から出て、まだわずかに夏の暑さが残る空気を胸に吸い込む。

 空は雲一つない快晴だ。

 午前七時三十三分。

 普通の中学生にしては早い通学時間かもしれない、と春人は思う。

 去年までは、男子バスケ部に所属しレギュラーとして活躍していたのだが……とある事情があって、今はこうして帰宅部に甘んじている。

 帰宅部とはいえ、独自の朝練としてランニング二〇キロと木刀の素振り五◯◯回と基礎的な天言陣ザイフォンを毎日の日課にしているためあんまりのんびりしていると、待たしている友人と一緒に登校が出来ないことになるのだ。

 待ち合わせ場所に向けて歩いていると、


「ん?」


 電器店に備え付けられたテレビ画面に、滅茶苦茶に破壊された街の様子が映し出されていた。

 建造物や道路が焼き尽くされ、炭化した状態と化している。

 まるで隕石の衝突か空襲でもあったかと疑いたくなるような惨状だった。

 春人は眉をひそめると息とともに言葉を吐いた。


「ああ……十年前の大火災か」


 うんざりと首を振り、大火災。その単語に、ちくりと胸が騒いだ。

 発生原因不明。被害規模が三十キロに及び、死傷者が四千人を超えた災害。

 長野県中部から愛知県北部にかけての一帯が一夜にして、焦土と化したのである。


 ――燃え続ける炎。

 音を立てて崩れ落ちていく家。絶叫し、焼け焦げていく人々。

 どこまで逃げても、赤からは逃げられない。炎の紅。血の朱。

 これは悪い夢に違いないと。そう信じたいほどの光景が、目の前に広がる。

 人が死ぬ。死んでいく。ボロ雑巾のように打ち捨てられた躯が、至るところにある。

 四方八方、三百六十度、どこを向いても広がっているのは■■の山。

 助けてくれ、と叫ぶ男の声が聞こえた。

 子供だけでも、とすがる女の声が聞こえた。

 それら全てに背を向けて、ひたすら逃げ続ける。

 生きなくちゃ、と。

 死んでいった人たちの分まで生きなくちゃ、と。

 それだけを胸に抱いて、走り続ける。どこまで行っても、■■だらけの中。涙さえも枯れ果てて、人々は彷徨さまよい続けた。

 気が付くと、炎は消えていた。

 曇った空が、火照った顔にはまぶしく映る。

 視界に広がるのは、一面の白。雲の合間からきらめく陽光を目にして、そこで初めて、人間が空虚なことに気付いた。それを悲しいと感じる心すら、もう残ってはいないのだ。

 考えてみれば、当然のことである。ただの人間がこれ以上ないほど傷ついていて──身体を生かす代償に、心の方が入れ替わるのは。

 ああ、だからきっと──このときの多くの人間は、一度ここで死んだのだ。

 そんな空虚な心に映り感情を揺さぶるのは、たぶんあの表情だけ。

 ボロボロになった人間を見て、生きていてくれてよかった、と。心から嬉しそうに涙を流す、その温かみのある表情だけが──


 そう――ちょうど今、自分が住んでいる地域だ。


「……っと、いけないな」


 過去のまわしき出来事を思い出したのを、忘れるように春人は頭を振る。

 恐怖心が原因による身体の震えを若干したあと、首元の制服を触って気持ちを落ち着かせれた通学路を急いで歩いていく。

 すると、


「あっ、春人くん! おはよう、いい朝だね!」

「おはよう美弥。確かにいい朝だと思うよ」


 待ち合わせ場所に立ってたセーラー服を着た友人の女子生徒は笑みを浮かべ挨拶を言う。それに春人は手を上げ応えた。

 この一目をはばからずに笑顔を向けるこの人物の名前は彩月美弥さつきみや。春人の数少ない異性の友人である。

 春人と美弥は並んで歩き出す。

 彩月美弥という人物を言葉で表現するなら細くて綺麗な黒髪で左側のサイドの髪が長いアシンメトリーな髪型が特徴的な、十人中九人は振り返る色白の整った美人。というのが適しているだろう。

 外見だけでなく勉学でも模範的な優等生として評価され、クラス委員に任命されたり、吹奏楽部の副部長を務めているのだから恐れ入る。

 本来なら不良寄りの自分と関わりがないはずだが、こんな美少女と知り合いになったのには理由がある。

 と、言ってもたいしたことはないのだが……。

 ある日、三人のチャラ男風大学生のナンパに絡まれた美弥を助けたとき気持ちをやわらげる目的で雑談していたら、互いに気が合ってこうやって一緒に登校するようになったという普通の理由だ

 しまいには養父が仕事の都合で家に帰ってこない日は、自分の屋敷に来て料理を手伝ってもらうほどに親しくさせてもらっている。

 美弥の顔を見つめながら春人は思う。

 自分には勿体もったいない同級生だ。献身的、と言っても良いかもしれない。だが、それに甘えているようではダメ人間になる一方である。人間、自分のことは自分でげないといけないのだ、と。

 自分が見られていることに気づいたのか、美弥は少し顔を上げて、春人を見た。


「どうかしたの?」


 春人は小さく首を横に振ると、微笑ほほえんだ。


「いや、もうすぐ体育祭と文化祭が近づいているんだなぁと思ってさ」


 立秋の空をあおぎながら言うと、美弥も顔をほころばせる。


「そうだね。去年の今ごろは何するかって焦ってたのに、今じゃあと何日で来るか心待ちしてるもんね」

「そうそう。でも去年の美弥が両方の行事で実行委員に選ばれて、周り以上に慌ててるのを楽しく眺めてたのは今でも鮮明に思い出せるよ」


 春人が肩をすくめると、美弥はむくれたように口をとがらせた。


「見て楽しんだだけで助けようと思わなかったんだ! 春人くん、いじわる過ぎない?」

「いや、全然。というか僕だけじゃなくて学年の男子全員、美弥に対して同じことを思ってたって」


 断言する春人に、美弥がき返す。


「学年の男子全員って、それ本当?」

「そうだよ。去年、美弥の周りには同学年の男子を見てないだろう? ほとんどが真面目な女子が守ってたじゃないか」

「確かに。忙し過ぎて忘れかけてたけど、思い出すと男の子は先輩たちしか見てないかも」

「ほら、ね!」


 嬉しそうな春人の笑顔が朝陽あさひに照らされ、キラキラと輝く。


 だが、少年はまだ知らない。

 これが最後の「日常」と呼べる時間だと言うことを。

 そして、だまし合い。殺し合い。戦争へと拡大していき、新たな世界を創り変えれるほどの重要な鍵になることを。

 そしてここから、物語は動き出す。

 均衡する裏世界のパワーバランス。一進一退を続ける互いの戦力。それは長きに渡ったが、この少年の言動によって徐々に変化していく……。

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