プロローグ
季節は春。日本で最も優れたエリート校、聖進館学園。その入学試験に挑むことになった青みがかった髪に前髪が侵略されつつある春人は、初日から行われる実技試験に驚愕せざるを得なかった。
春人を含む受験生たちは前日情報にて試験官の前で一人ずつ実技をすると思っていたのだが、いきなり赤と青に色分けされたリボンを胸につけられた挙げ句、「今からちょっと皆さんに殺し合いのようなものをしてもらいます」と告げられ、個人全員に人数分のペイントホールを渡されサバイバル方式のチーム戦をする羽目になった。
三十対三十。開始時の人数は総勢六十名。
長期戦になると思われたそのサバイバル方式のチーム戦は、わずか四十分で終わりを迎えた。
「…………」
仰向けに倒れた春人は、胸に浴びせられた冷たい感触に、ただただ硬直する他なかった。
開始直後から、天言陣という主に手を媒介して自身の霊力を様々な形へと変換する現代基礎戦闘手段を取らず、木刀を一本持ってサバイバルに臨んだ春人を、同じチームとなった受験生たちは奇異な眼差しで見ていた。
しかし、春人には一本の木刀で充分だった。斬技だけが春人の得意分野だった。
戦闘慣れしてない他の受験生とは違い、剣術に特化した鍛練を、幼い頃から叩き込まれていたから――だから春人には自信があった。
『負けない。キミたちは全員僕が倒す。たとえ霊力が不安定でも殲教騎士になれることを証明してみせるために』
事実、春人は最後の最後まで他の受験生からの襲撃から逃れ続けていた。
『絶対に負けない! 僕は必ず勝利してみせる!』
初めから人並み外れた自信があった。
『なんだ、誰かと思えば静華か……たとえ身内だろうが、僕は一切容赦はしないよ?』
刀一本、それも木刀だろうとこの場にいる誰にも負けないという絶対の自信が。
『……えっ。僕は、負けたのか……?』
目線を上げると、信じられないものを春人は見た。
目を疑うような光景。陽の下でより強く輝き、遠目からでも分かる黒髪。まるで神話から飛び出して来たような、可憐で美しいのに気が強そうな少女が春人を見下ろしていた。
負けたことの悔しさよりも、自分が学園に入学しようと決めた動機も、なにもかも吹き飛んだ。
言葉にならない完璧な美しさと明確な強さが、そこにあったのだから。
少女は手を広げて翳し、真っ直ぐに春人を見下ろし淡々と事実を述べた。
「私の勝ちです、従兄さん。ゆえにこの組での実技試験は終わりました」
この瞬間、『極東最強の殲教騎士になって皆に自分の強さを認めさせる』という春人の第一目標は脆くも崩れ去り、殲教騎士を諦めるきっかけとなった過去の話。
中等部入学時期。
およそ現在から三年前の出来事である。
◆
世界で頻発する霊的災変――通称・霊災を浄化すべく殲教騎士が活躍する時代。
時には、魔導協会といった外部勢力とは仲が悪く幾度と無く数多の血を流してきた。しかし近代に入って相互不可侵協定が結ばれ、表面上は不可侵を保ち、利害一致した場合のみ協力し合う様になる。
主・神の子と主の後継者である教皇聖下の御名の下、魔を許さず、異端を許さず、信仰を独占する。そして人類という種の神秘の全てを管理しようと躍起になった者たち――それが十字教ローマ聖教派であり、聖教派の非公式軍事機関に所属する殲教騎士であった。