8 【5話】町を飛び出して救世主と使者が汚染と腐敗の進む世界を救うのを協力しながらも見届ける話【全8話】
9月から連載予定の和風ファンタジーものの前身となった全8話構成の短編です。
架空の西洋、汚染と腐敗が進む世界で、窮屈に生きていた町から離反して、救世主と使者と関わりながら、世界が救われるのを見届ける話。上記控えてる連載の全身ということで、大幅に中身端折りぎみ。主人公とヒーローの恋愛のターンとか最後に至るまでの旅の途中とか旅人のこととか救世主側の世界のこととか。全編にわたってシリアス、暗い話の中で自分を立たせ奮起し着地するまでを描いてます。
間に合うことなく、がしゃんと音を立てて地に落ち砕けてしまう。
中に入っていた濁りが煙のようにじわじわ広がり、次に種が根を張り出して一瞬で成長した。
見たことない植物。
植物はさらに濁りを招いた。その濁りの中から、この世界では見られない怪物が現れる。
武器もない、戦う魔法も使えない村人にはなにも出来ない。
「イリス!」
「わかってる!」
村人は教会から出ようと唯一の扉へ走り逃げている。
私達はそこを背にして、魔法と剣技を駆使して時間を稼ぐしかなかった。
幸い、私と彼が使う魔法と剣技は敵に有効だった。
フラスコを中途にあけてしまったためだろうか、敵の数は少ない。
「イリス、あの植物をどうにかしないと」
「うん。けど、剣が効かない」
「攻撃魔法も駄目だね…となると…」
「錬金術?」
「いや、魔術の方」
あの植物は魔術の代物。
様々なものに抵抗を持っている。
錬金術にも近いが、錬金術で作った薬品は効かなかった。
となると魔術しか残っていない。
けど、魔術であれば魔法で対抗できるはずだ。
全く影響見られないというのは不可解。
「そしたら魔法でも対抗出来るものがあるはずよね?」
「たぶん攻撃魔法じゃないものか、もしくは純粋に魔術で対抗しないといけないかも」
戦いながら思考する。
攻撃魔法ではないもので、植物に有効なものとは。
師のおかげで村人は外に避難できた。
少しばかり骨が折れたけど、あとは遠慮なく戦えるステージができあがっただけだ。
「遅くなってごめんなさい」
奇跡の声が聞こえた。
振り返れば、それは半獣半人の姿…私に多くを教えてくれる見慣れた姿。
使者マリーゴールド。
他の使者もいる…使者が全員揃うなんて。
彼彼女達はいとも簡単に残りの怪物を一掃した…魔法にしろ剣技にしろずば抜けた力。
そして植物にかけたのは魔法。
毒の魔法だ。
植物は濁りを吐き出さず、枯れて種に戻った。
「毒を盛って毒を制す、か…」
「でもこれなら私達でも出来る」
すでに侵食している汚染と腐敗も同じ魔法、そして種の回収は魔術だった。
色々なものが重なり、私達は救世主と使者がやっていることを知り得た。
教会では村人たちが、お互いの傷をいたわり、汚染への勝利に酔いしれている。
私は教会の外で、ぼんやり空と浄化された村を眺めていた。
もちろん隣にはセチアがいる。
あの一瞬、彼がいないことが途方もなく長い不安ではあったけど、その分彼が隣にいることの有り難さを感じられる。
「私達が来る必要はなかったかしら」
後ろから声がかった。
私は苦笑した。
彼彼女の存在はどれだけ人々を安心させているか、私と彼が同じことを出来ても救世主と使者にしかできないことがある。
安心を与えることだ。
「いいえ、使者の力は必要だった。あのままでは全てを一掃出来ても崩壊していた可能性があったから」
「そう」
「浄化の方法を知れたわ。ありがとう」
種はどちらにしろ使者に回収してもらい、聖域と呼ばれる別世界に持ち帰る。
元々あちらの世界のもので、澱みや怪物を生み出すものでもない。
やはりあの男か。
「使者全員がここに来たのはなぜですか?」
「汚染と腐敗の根源が近くにいるのがわかったから」
「私、見たんです」
「知ってるわ」
あの男がなにを思って、この世界に汚染と腐敗をもたらしたかわからないけど、あれが元凶なのはよくわかる。
「あら、ナスタチウム。来たの」
「え?」
軽い調子でマリーゴールドが言うものだから、一瞬見間違いかと思った。
振り向いた先にいたのは小さな子供だった。
半獣半人、見覚えのある顔だから間違いなく救世主なのはわかるけど、どうして?
「な、ナスタチウム?」
「あぁ、久しぶりだな」
旅の噂に聞いたことがある、変な話を思い出した。
救世主は見た目を変える。
大人だったり子供だったり。
そして使者たちは若者の姿のまま年を取らないと。
私が彼に会った時は成人した男性だった。
今は3歳ぐらいの子供だ。
「まさか…」
「話してなかったかしら?」
「それよりも先にやることがある」
「そう」
マリーゴールドが話そうとするのを制して、ナスタチウムは私達を連れて教会に入った。
村人たちは歓喜して救世主を迎え入れる。
救世主と使者はさっきまで笑いながらフラスコを抱えていた神父のいた場所に立ち、何かを話していた。
そう、私には聞こえなかった。
ナスタチウムがなにか魔法でもかけてそうしているのだろう。
彼らの言葉は村人たちにしか届いてなかった。
ただなにか妙に苦しくて隣のセチアの腕をとると、彼はこちらに顔を向け、わずかに微笑み私の肩を引き寄せた。
演説が終えるとナスタチウムは光の洪水となって消えた。
歓喜していた村人たちは一様に笑顔で去って行き、先と同じようにセチアを隣に、そしてもう隣にマリーゴールドをつれて教会を出て空を眺めた。
「マリーゴールドは淋しくないの」
ぽつりと呟いた。わかってしまった。
「どうして?」
「だってナスタチウムは永遠に生き続けるけど、何度もああして消えてしまうわ」
生死を繰り返している。
それが別世界にいる救世主の宿命なのかはわからない。
ただ私達の世界で年齢の違う姿で現れるということ、先の聞こえない演説。
感といえば感だけど、ナスタチウムはこの世界を救う代償に、生死を繰り返すことになったのではないかという考えにいきついた。
星のように光の粒になって消えていった救世主。
少し淋しそうな顔をしてマリーゴールドは答えてくれた。
「…そうね。私達はナスタチウムの力で他より長く生きられるけど、彼みたいに不死ではないから、
私達がいつか死んだ時、ナスタチウムが淋しいんじゃないかしら」
「……優しいのね」
愛する人が少しでも離れただけで私は私でなくなりそうだったのに。
彼女はすべて受け入れた上でナスタチウムとともにあるのか。
「ナスタチウムが消えて淋しくないの?」
「淋しいわ…けど、またすぐ生まれるから」
マリーゴールドは空を見上げた。光の洪水は空へ還っただろうか。
「イリス、私達は根源をとらえた。もうすぐ終わらせるわ」
「あの男ね?」
「そうよ」
「私達も行くわ」
「イリス」
「…私達はいったん聖域に帰るから、また会えたらとしか言えないけど」
「かまわない」
追うものが同じなら程なくして会えるだろう。
ふと見るとマリーゴールドを含めた使者はいなくなっていた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
私達はこの夜この村で過ごして、次の日からあの男目指して向かおう。
「哀しいの?」
今夜借りる宿屋へ向かう途中、セチアが私に聞いてくる。
私はしばし逡巡して答えた。
「そうね、哀しいのかもしれない。だってナスタチウムの方が何倍も辛いはずなのに…」
愛している人達は長く生きててもみんな先に死んでしまう、自分は死ねないで早い周期で生きることと死ぬことを繰り返さなきゃいけない。
それでいて見知らぬ人達を助けなきゃいけない。
たとえ彼らとあの男の間に事情があっても…それでも私がナスタチウムの立場なら辛い。
「それでもナスタチウムは救世主であり続けるよ」
「自分の意志で?」
「うん、それを選んだのは彼自身だからね」
「そう…」
「ただ救世主をやめたいと言えば、僕らは止められないし、受け入れるしかないだろうね」
だからこそ、私達は自力で浄化する術を得て、自分たちで立っていないといけないのかもしれない。
いつしか救世主と使者が聖域という名の別世界に還っていく日のために。