7 【4話】町を飛び出して救世主と使者が汚染と腐敗の進む世界を救うのを協力しながらも見届ける話【全8話】
9月から連載予定の和風ファンタジーものの前身となった全8話構成の短編です。
架空の西洋、汚染と腐敗が進む世界で、窮屈に生きていた町から離反して、救世主と使者と関わりながら、世界が救われるのを見届ける話。上記控えてる連載の全身ということで、大幅に中身端折りぎみ。主人公とヒーローの恋愛のターンとか最後に至るまでの旅の途中とか旅人のこととか救世主側の世界のこととか。全編にわたってシリアス、暗い話の中で自分を立たせ奮起し着地するまでを描いてます。
そして現れたのはやはり人。
同じくらいの年齢の男性か…身なりがボロボロすぎて特定がしにくい。
どこかぼんやりとしている目に怠慢な動き、手足の腐敗も起きており、異臭が鼻を掠める。
汚染が最終段階に達してる人の状態だった。
足を引きずりながら鈍足で進む得体のしれない男は襷掛けで紐を通し、そこに見覚えのある種の入った試験管やフラスコが見えた。
研究者を視界の端に入れるが、怯えて腰を抜かしている。
この男性が件のあいつ。
その男と目があっても彼は格段反応を示さず、のそりと前へ進む。
どうしてか…恐らく恐怖で動けなかった。
追手を前にしたときとは全然違う。
根本的な恐怖。
だめだ、動け、動かないと。
動かないと…!
そう思っても立ち尽くすだけで動くことは困難だった。
目はしかと彼から離さずにいるにもかかわらず、微動だにしない。
「あ、貴方、誰…?」
震える声でやっと言った。
なぜ話しかけたのか、ただ純粋にその存在が疑問だったからか。
それとも私はどこか彼に覚えがあるのか…全然わからなかった。
まだ男との距離はある。
話しかけられぼんやりと顔をこちらに向け、そしてまたどこか違う方を見ながらぼそりと喋った。
「あぁ、なんだ、君、か」
どくりと血が逆流した。
胃の中のものが反転する。
震えそうな体を必死に押さえつけた。
彼はぼそぼそとかろうじて聞こえる声で喋り続ける。
「そういえば、こんな、ところまで、逃げてきたと、聞いたな」
目の前の見知らぬ男が自身の事を一方的に知っている。
私はこの男を知らない……記憶を巡らせたけど、思い出せないし、わからない。
もちろん、かつてのあの町の関係者ならありえる話だが、目の前の彼は追手ではない。
断言できる。
追手とは違いすぎる。
汚染で追手が変わってもこうはならない。
形容しがたい絶対的な恐怖をただそこにいるだけで、与える人間なんていないもの。
「貴方私を知っているの」
「…あの町、は、崩壊、しやす、かったな」
問うても男は的を得ない回答をするだけだった。
男との距離はほんの僅か…あと2・3歩だ。
「何を知っているの」
もう私を見てもいなかった。
私の横をすり抜けて汚染された森の中へ入っていく。
奇妙な一言を残して。
「あ、あ、あれも、もうすぐ…壊せるな」
その言葉はするりと私の中に入り込み、頭の中で何度も何度も反芻される。
壊せる、と男は言ったのだ。
壊せるなんて言葉、普通は使わない。
加えて住む村や町を持たなそうな男が、自身の知らぬであろう村の崩壊知り、閉鎖された村から禁を破って逃げ出した私の逃亡の道のりまで知っている様子。
そんな神がかり的な力があるわけがない。
私はある1つの答えにたどり着く。
「!」
固まっていた体が急に動いた。
そして気づく。
あの村が危険だということに…師が、セチアが。
怯えて動けないでいた馬に急いで跨る。
研究者も無理やり起こし乗せて、フルスピードで森を駆け抜ける。
森のざわめきが手遅れだと嘲笑っているようだった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「セチア!」
「…イリス!」
村は見たところ変わりがないように見えた。
彼に会えたことに安心が急に押し寄せて、思わず彼に縋りついた。
「大変なの…!」
「…大丈夫。何があったか、ゆっくり話して」
彼は冷静で勤めて穏やかに私に声をかける。
動揺を飲み込んで、彼にすべてを話した。
汚染の根源と思われる人間と接触したこと、研究者があの男から奪った種が汚染を止める手立てになるかもしれないこと、この村が危険に瀕してること。
「みんなは…」
「今日はミサがあるからって、教会に、」
彼の言葉の途中で私は教会に走った。
あの男が言ったもうすぐ壊せるとは、村の汚染による崩壊を意味しているのではないだろうか。
私を見て思い出すように喋る男の様子からすれば、一番可能性が高い場所はどこか…一番近いのはこの小さな村しかない。
あの男も人だと思われる…そうなると、遠く見知らぬ土地に最終的な処置を施すことは困難だろう。
あくまで範囲は男が視認できる、干渉できる範囲の距離。
研究者が持ちかえったこの種と、男の口ぶりから考えると、恐らく何かしらのアクションを起こさないと汚染の始まりと進行は難しいと捉えることが出来る。
ここが次の標的。
汚染が進み、奇病が流行り動けない人間が増えてきている。
村の中に疑心と不安が蔓延しつつあるこの中…汚染はまだ中度だが、引き金を引けば一気に最終段階に進む。
この村は守る力がない。
それはこの土地が侵食された森の影響を受けているからか、はてはそこに住まう人の性質かそれは分かりかねるけど。
走る私にセチアはすぐに追いついた。
一堂に村人たちが集まる場所は危険だ。
あの男が何かしら動いていたら…まだ何もしない可能性もあるけど、あの男の前に立った今ならわかる。
この村の時間はたりない。すぐそこにきている。
恐らく最終段階へ進むためのきっかけを誰かがあの男から渡されているはずだ。
今まであの男の存在が知られてなかったということと、救世主たちが見つけられなかったことを考えれば、あの男は村や町という単位の空間には侵入しないと思われる。
考えてる間に教会に到着した。
そこには意気揚々と笑う神父。
異様な笑顔は場にそぐわない。
どこかおかしい。
「大丈夫、神からの恵みを授けられました!これです!」
掲げられたのは先ほどまで研究者が持っていたものと同じ、栓のされたフラスコの中に種がいくつか入っている。
「これがあればここを汚染からも防ぎ、永劫の平穏が得られるのです!救世主からの恩恵です!これをあければ全てが解決するのです!」
大事そうに抱えられたフラスコの中が少しずつ変化してきた。
中が濁り始めている。種の様子は変わらないのに。
フラスコを開けようとする神父を止めようと走り出す。
意外にも最初に止めたのは、あの村を追い出された教師だった。
「そんなもの、なにが信用出来るというのですか!」
と神父に飛び掛る。
フラスコを奪い取ろうとする師、それを拒む神父。
嫌な予感がしたと思った矢先、濁った入れ物は空を飛んだ。
魔法が間に合わない。
逃げろ、というセチアの声が響いた。