男子目線②
短編なので、一気に行きますよ。
創太が花巻からギターケースを奪って、自分の肩に担いで少し待つと、各駅電車が到着する。平日とはいえ、夜の9時過ぎの各駅電車、乗る乗客は少なく、創太達は、ドアの脇の手すり近くに陣取ると、ほどなくして電車のドアが閉まって発車する。予備校のある藤川駅から清水台までは各駅電車で4駅。時間にして20分程度の距離で、そう遠くもない。恐らく会話でもしてれば、あっという間だろうと思い、折角出会った話相手の方を見る。
「花巻の家って、駅から近いのか?」
「ふえっ、い、家?えーと、歩いて15分位?」
創太は何やら動揺している花巻を見て、訝しげな顔になるが、一旦そこはスルーして、話を続ける。
「あー、結構遠いのな。ああ、まあ山側ならそんなもんか。帰りは誰か迎えに来てくれるのか?」
「ううん、うち門限10時だし、お母さんにLINEも入れてあるから、この時間だったら、一人で帰るよ」
花巻はそう言って、不思議そうな顔をする。創太は本人がそう言っているので、問題ないと思うが、一応気を遣って聞いてみる。
「うーん、とは言え、時間も時間だし、荷物も荷物だから、迷惑でなかったら送ろうか?」
「気を遣ってくれてありがとう。でも初めてじゃないし、道も明るいから大丈夫。桂木くん家、反対方向でしょ?それこそ帰りが遅くなっちゃう」
花巻は今度は動揺した素振りも見せずに、優しく微笑んで、やんわりと断りを入れてくる。創太としても本人がそういうのであれば、無理してついていこうとは思わず、そこは素直に引き下がる。
「まあ、それならいいか。でも女子の家にしては、門限とか結構ゆるいのな」
「えー、そうかなー。バンドメンバーも同じ感じだし、こんなものじゃないの?」
「ああ、俺に中三の妹がいるんだけど、門限7時とか言ってたぞ。早すぎるって、散々文句言ってたし」
「んー、中三ならそんなものかな?うちも中三までは門限8時だったし。あ、ちなみに部活で遅くなる時があったから、その時間になったんだけどね」
まあうちの親も父親は娘にうるさいが、母親は寛容だ。父親も母娘連合軍になるとほぼ何も言えない為、妹も8時くらいだとよくなし崩しにしていたりする。なので、そこは話題を広げず、次のキーワードを拾う。
「へー、花巻は部活してたのか。何部?中学で軽音とかは流石にないだろ?」
「フフフッ、流石に軽音はなかった。中学の時は吹奏楽部。これで以外に音楽少女だったわけですよ。でも好きな音楽は、バンド系の奴で、友達と話してたらそっちやってみるって話になって、現在に至るわけです」
「ハハッ、確かに吹奏楽部は似合わないな。バンドの方が向いてるよ」
創太は少しチャカした様な言い回しにしたが、結構本気でそう思っていた。明るい花巻には、元気に演奏している姿がよく似合う。一方の花巻も自分でそう思っているのか、大きなリアクションも見せずに、穏やかに言葉を返してくる。
「えーえー、どうせお淑やかな吹奏楽部には向いてませんよ。桂木君は何か部活やってたの?」
「俺は、バスケ部。中学で辞めちゃったけどな」
「へー、バスケ部、なんか似合うかも。なんで辞めちゃったの?」
「ああ、最初から高校に入ったら、部活はやめようと思ってたんだ。他にやりたい事があったしな」
「えーっ、もしかしてお勉強?」
何やら花巻は、創太の事をガリ勉タイプに仕立て上げたいらしい。創太としては、それは不本意なので、慌てて否定する。
「違う、違う。今、趣味で3on3のチームやってんだ。高校入って部活で汗水たらしてまでやる気にはならなかったけど、バスケは続けたいと思ってさ。それで中学の時の仲間とチーム作って、地域の大会とかに参加してるんだ」
「へー、面白そう。今度応援に行ってもいい?私も友達連れていくから」
創太がそう言うと、花巻が思いのほか興味を示してのってくる。ただ創太はそれに少し渋る顔をする。
「あー、俺のダチ、俺以外彼女持ちだからなー。むしろ友達と一緒だと不味いかも」
「フフフッ、確かにそれだと誤解招いちゃうかもね。なら私だけだったら?」
「うん?来てくれるなら嬉しいけど、見ててそんな楽しいもんじゃないぞ?」
楽しげにそう話す花巻を見て、創太は素直な感想を漏らす。正直、自分の知り合い連中の中に、いきなり参加したら、気疲れするんじゃないかと思っていた。
「いいの、いいの、その代り、私たちのバンドの応援にも来てほしいな。文化祭でやるの。演奏」
「ハハハッ、そんな交換条件でいいんなら、全然かまわないぞ。いや、正直、俺だけ彼女いないから、正直肩身が狭かったんだ。まあ彼女じゃないけど、女子が来てくれるなら、大歓迎だよ」
創太の気遣いをよそに、花巻は明るい調子で話を続ける。どうやらバーター条件があるらしい。そんな可愛らしい打算に創太は思わず笑ってしまう。
「私もバンドの応援に来てくれるなら嬉しい。やっぱ、応援があるとやる気も違ってくるし。ほら、吹奏楽部とかって、応援とかないでしょ?」
「ん?でもコンクールとかって、観客いたりするんじゃないのか?」
「はは、流石にコンクールで、声援はおきないからね。私は声援を浴びて、演奏したいのです」
確かに、コンクールでアイドルコンサートみたいなかけ声はかからないだろう。なので創太はニヤニヤしながら提案する。
「なら文化祭では目一杯、声を出してやるよ。黄色い声援がいいか?それとも野太い奴?」
「普通のにして下さい、普通のに。でも楽しみになっちゃった。よろしくね、桂木君」
花巻はそんな創太のチャカしを冷静にいなして、でもやはり楽しそうに笑顔を見せる。
「ああ、こっちもな。とはいえ、学校ではほとんど、花巻とはしゃべらないからな。いきなり応援なんかしたら、何言われるか」
「あれ、桂木君ってそういうの気にするタイプ?言わせたい奴は言わせておけってタイプかと思ってた」
まあ花巻の言う通り、創太自身はあまり他人に何を言われても気にしないタイプだ。ただどちらかと言うと、変な噂を立てられて迷惑するのは目の前の女子だろうと気遣う。
「ああ、俺はそれでいいんだけど、花巻が困るだろ?花巻モテるし」
「ええっ?私モテないよ?誰?そんな事言ってるの?彼氏いたことないし、告白されたことないし」
なんだか花巻は慌てた表情を見せて、創太の言葉だけ否定する。創太は自分の知っている情報と違うので、不思議そうな顔をする。
「あれ?一年の時、宮原に告白されてなかったか?なんかアイツ、お前に振られた的な事言ってたぞ?」
「はあ?宮原君?あれ?私いつ告白されたの?彼ってなんかいつも冗談しか言わないから、本気なのか、冗談なのか、良くわからないのよね」
「宮原かわいそうに、確実に冗談だと思われて流されたんだな。うんうん、良くわかった。花巻は罪作りな奴なんだな」
花巻は本当に心当たりがないのか、腑に落ちないような顔をする。そんな花巻を創太は、からかい半分で茶化す。
「ちょっ、ちょっと待ってよ。そんなの知らないわよ。大体告白なら、時と場所を選びなさいよ。私だって、女子なんだから、告白に憧れ位あるんだから」
「はははっ、冗談、冗談だ。まあ宮原のキャラ考えたら、多分宮原が悪いんだろう。まあでも花巻がモテるのは事実だぞ。少なくても宮原以外で花巻の事可愛いっていってる奴多いしな」
創太のからかいに、半ばキレ気味に突っ込みを入れてくる花巻を見て、創太は笑いながら宥めにかかる。ただ花巻はそれを聞いても渋い表情を見せる。
「うーん、その情報あまり嬉しくないかも。別に外見だけ褒められても、だから何って感じだし。私の性格も含めて、好きになってくれるなら嬉しいけど。まあそれでも、付き合うとか付き合わないとかは、別だけど」
それを聞いて、創太は腑に落ちる。花巻の魅力は、その明るい性格込みの外見なんだなと思う。正直、今日こうやって長々話すまでは、あまり花巻に興味はなかったのだが、話してみると何だかんだ楽しい時間を過ごしている。女子らしい可愛らしい一面も、ちゃんと自己主張できるその姿もだ。だからだろうか、今少しだけ、寂しそうな、落ち込んでいるような雰囲気に、少しだけ焦った気分になる。
「なら俺は、その性格込みで、花巻の事、良いと思うぞ。うん、普通に可愛いと思う」
「ふぇ、それって、えっと告白?」
創太は、花巻からそう零れでた言葉に、そう取られてもおかしくない言葉を言ったことに気付いて、慌てて否定する。
「い、いや、そういう事ではなくて、なんとなく素直に出た言葉っていうか」
プシューッ
「清水台~、清水台~」
気が付けば、創太達が降りる清水台の駅へ到着し、扉が開く。創太と花巻は気まずい空気を引きずりながらも、慌てて電車を飛び下りた。