第七話 街の中を歩くとしよう
「ふう、昨日は楽しかった」
粗末ながらもキレイに整えられたベッドに横になりながら、昨夜の大騒ぎを思い出す。
ここはラージャの外れにある宿。
宴会の終わった後、泊まるところのなかった俺のために四人(うち一人は完全に酔い潰れてダメだった)が紹介してくれたところだ。
「すまねえクロウさん。うちらのとこはすでに満杯なもんでな、ちょっと遠いがここしかなかったんだ」
平謝りしてくるロペスたちに気にしなくてもいいと伝え、四人とはその場で別れた。
「さて、今日はどうしようかな……」
彼らがせっかく自分の装備を整えてくれると言ってくれている。
出来上がるまでにしばらく時間もかかるだろうし、もうしばらくはここに滞在しなきゃならんだろうな。
「となると、まずはこのラージャという街がどんな街なのか見てみるとするか」
目的決まれば善は急げと、急いでベッドから起きる。
昨日の宴会でだろうか、服の汚れなどが目に付いたので、パチンと指先を弾いて神の力であっという間にキレイにしておく。
「これでよしっと」
足取りも軽く宿屋の一階へと降りた。
「あら、おはよう。昨日はよく眠れたかい?」
宿屋の女主人がこちらを見て、にこやかに話しかけてくる。
「ああ、おかげさんで」
「そりゃ良かった。うちは安いけど建物はしっかりしてるからね。ひどいとこだと隙間風で眠れないって宿屋もあるくらいだし」
「あはは」
そうだ、まずはスタート地点ってことで冒険者ギルドから見てみることにするか。
「教えてほしいんだが、ここから冒険者ギルドに行くにはどう進めば良いんだ?」
「なんだい、場所が分からないのかい? ここを出たら目の前が大きな通りだから、その道を真っ直ぐ言って十字路に出たら左に曲がって、まっすぐ北に進めば見えてくるはずだよ!」
「ありがとう。では」
女主人にお礼を言って外へ出た。
太陽も高く上り、仕事を始めるにはよい天気だ。
「まずはこの道を真っ直ぐ進めば良いんだな」
通りにはたくさんの人が行き交い、この街の大きさを物語っている。
その人の中に混じり、一路ギルドを目指して歩き出した。
「こんなにたくさんの人がいる場所なんて初めてだな」
商売で騒がしい大人の声も、甲高い子どもの声も、通りをうろつく野良犬の鳴き声でさえも、
何もかもが新鮮で楽しい気持ちになってくる。
「はあ……神界から飛び出して良かった」
空を見上げて喜びに浸っていると、突然後ろから誰かがぶつかってくる。
「ごめんね、おじさん!」
見れば子どもがこちらに手を振りながら人混みへと入っていくのが見えた。
「元気の良い子どもなことで」
そう思ってぶつかった辺りを払おうとお尻を撫でると、ポケットに収めていたはずの財布が無くなっていることに気づいた。
「……元気が良すぎるのも考え物だな」
一瞬そのまま渡してしまってもいいかとも考えた。
だが、お金は別にいいとしても、昨日ロペスが帰り際、財布もない俺のために革細工屋でわざわざ上質な革財布を買い、分け前の白金貨二枚と一緒に俺のポケットにねじ込んでくれたのだ。
せっかく他人が俺に買ってくれた初めての物。
それもやってしまうのは惜しい。
「しょうがない。追いかけるとするか」
すでに姿の見えないさっきの子どもと、財布のイメージを思い起こしつつ指を鳴らす。
一瞬だけ空間を歪ませ、誰にも気づかれることなく、あっという間に裏路地で財布の中身を確認している子どもの近くへと移動した。
「すげえ……白金貨が二枚も入ってるぜ! これで俺たち生きていける!」
「すげえよ兄ちゃん!」
「やったやった!」
目の前では抱き合って喜んでいる兄妹とおぼしき三人の子どもがいた。
「だめだなあ、人の物を盗っちゃあ。親御さんに習わなかったか?」
ニッコリ笑って近づくと、兄姉たちの顔は途端に恐怖の色に染まる。
「うっうそだろ! さっきまで誰も居なかったじゃんか!」
「なんで!? いつの間に!?」
「にっ逃げろ!」
逃げられないように指を鳴らし、ほんの少しだけ神の力を使って三人を金縛りの状態にする。
「そういう悪いことをする子どもには、少しお説教が必要って相場が決まってる」
どうにか逃げだそうとあがこうとしている三人の中で、一番上だと思われる男の子から財布を取り返すと、の襟をつかんで持ち上げる。
「はい、捕まえた」
「はっ離せ!」
固まったままの身体だが、目と口だけは動かせるようにしてあるので、必死にこちらをにらみ付けてくる。
「おっと、そんな顔しないでくれよ。このお財布は大事なもんで、これだけは返してほしいんだよ」
「そんなのウソだ! 俺たちみんな殺して財布も金も持って行くに決まってるんだ!」
「お兄ちゃんを離せ!」
「離せ!」
自分の身体が動けないにもかかわらず、兄を助けようと必死な二人を見ていると、麗しい兄弟愛で胸が熱くなってくる。
「そうだ、いいこと考えた」
名案を思いついた私は、三人の金縛りを一部だけ解除した。
「うっ動ける!?」
「でも足がまだ……」
「これ、おじさんの魔法?」
「俺はおじさんじゃ……いや、年齢は人間でいえばそれ以上か。まぁそれは置いておいて、一つ提案があるが聞いてみるか?」
「なっなんだよ……?」
「さっき財布の中に白金貨が二枚入っていただろ? その内の一枚をあげるから……」
「ゴクッ」
「兄ちゃん……」
「怖い……」
何を言われるかと、三人の顔から緊張がありありと見える。
「この街を案内してくれないか?」
「……え?」
「何言ってるの? おじさん」
思いもしなかった提案に三人は固まってしまっている。
まぁそれもそうか。
まだ価値はよく分かってないが、おそらくかなりの金額であろうこの白金貨一枚をたかが街の案内でくれるって言われたんだからなあ。
三人のあっけにとられた表情に、思わず笑みがこぼれる。
「俺はこの街に来てまだ日が浅いから、どこに何があるのかを全然知らない。逆に君たちはこのような裏路地を知っているくらい詳しい様子。ならばと案内をお願いしたいと思った次第だ」
説明はしてみたが、まだいまいち事情を飲み込めていないようなので、とりあえず足に掛けている金縛りも解除しておく。
「あっ……」
「足が……」
不思議そうに足を見つめる三人。
「さて、俺には先ほどのようにあなた方をどうこうする力があるのは分かったよな? 提案は断っても何もせずこのまま帰すことは約束する。だがもし、提案をのむとしたら、この白金貨が一枚手に入るかもしれない。さあどうする?」
我ながら神っぽい選択肢を与えてるぜ。
いやまぁ、元はつくが本物の神だったわけだけどな。
三人はお互いに顔をつきあわせ、どうするかの話し合いを始めた。
「どうする? 兄ちゃん」
「どうするもこうするも……あの人を案内するだけで白金貨一枚もらえるんだぜ?」
「そんなの怪しいじゃん! どうせ終わったら私たちを魔法で殺してどこかに捨てるだけでしょ」
「でも……このままスリばっか続けてたって、いつかは俺たちの親みたいにどこかで野垂れ死ぬだけだ。それなら少しの可能性にでも賭けるべきだろ?」
「それはそうだけど……」
「ニックはどうだ?」
「僕は……うーん」
そうそう、しっかり悩んどけ。
考え、悩むことが人の本質。
苦しみ悩み抜いた先で選んだもの、それにこそ価値があるんだからな。
「俺は……僅かでもいい、可能性に賭ける。それで死んだらそれまでってことだ。ニック、ベスリーどうする?」
「僕は……兄ちゃんの意見に賛成だ」
「ベスリー?」
「……分かったわよ。こうなりゃ三人で仲良くあの世に行ってやるわよ!」
どうやら三人の腹は決まったようだ。
「おじさん……街を案内する! だから!」
「よく決心した。受け取れ」
決心した兄に、白金貨を指で弾いて渡す。
「えっ? どうして?」
案内が終わってから渡されると思っていたのか、手のひらに乗った白金貨と、こちらの顔を何度も見返す兄。
「君たちは俺を案内してくれると決めたのだろう? ならばその決意にこの白金貨一枚を先払いするだけのこと」
「いいの?」
「構わないさ。まぁどうせ持ち逃げしたところで、また捕まえるだけのことだし」
一応釘は刺しておくが、もとよりそのつもりはない。
「そうそう、俺の名前はクロウっていうんだ。そこの二人の名前はさっきの話合いで聞いたが、君はまだだったな。名前は?」
自己紹介をしつつ、金髪の男の子に名を尋ねる。
「俺は……俺の名前はジョン!」
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