第三話 初めての人助け
ようやく声の主たちのところへたどり着いたとき、見えた四人組の男女は巨大な熊に襲われているところだった。
「しっかりしろ! レイナ!」
「ゴホッゴホッ」
「ミーシャ! 魔法を!」
「分かってる! けどもう魔力がほとんどないの!」
四人の内、槍を持った女性は熊の爪にやられたのか、胸を保護していたはずの革鎧はなく、大きな傷をつけられ、血を流して倒れていた。
「くそっ! よりにもよってデスベアーか!」
その女性をかばうように剣を構えている男性。
自身もかなりの傷を負って薄手の鉄鎧もところどころひしゃげている
「ジョセフ、無理をするな! レイナを連れて速く逃げろ!」
二人の後ろでは剣と盾を構え厳つい鎧を着た男性が熊のところへ走り出している。
後ろでは黒くヒラヒラとした服を着た女性が木で出来た杖を構えており、どうやら魔法を撃つ体勢のようだ。
「これが最後の魔法よ! ウォーターカッター!」
杖の先から勢いよく水流が飛び出す。
同時に剣と盾の男性が飛び出し、大きく振りかぶって熊へと斬りかかる。
だが、熊は水流をものともせず、逆に男性へと襲いかかりその鋭利な爪で盾を引き裂く。
男性は盾を手放し、とっさに後ろへ引いて助かったものの、状況は以前として悪化の一途をたどっていた。
▽
「まずいな、このままだと間違いなく四人全員やられちまう」
目立つことはしないようにする。
当初決めた目標が一瞬頭をよぎるものの、元とはいえ神である自分がこの状況で見て見ぬふりなんぞ出来るわけがない。
「この世界に来て初めての人助けだ。やってやるぜ」
先ほど覚えた火属性の魔法を思い出す。
「『ファイアーボルト』『ファイアーソード』『ファイアーストーム』、確か中級までだとこの三種類だったから……ここは初級の『ファイアーボルト』を使うとするか」
こういう場合は持てる最大戦力を使うのが定石。
だが、まだこの世界の常識がよく分かってない以上、むやみに強い魔法を使うのはまずいだろう。
「大丈夫かあんたたち!」
四人を守るよう、両腕を高く上げてうなり声を上げる熊の前に素早く進み出た。
「おっおい! あんた! 逃げろ!」
こちらを見た厳つい鎧の男性が、突然の乱入者に驚きながらも必死に声を張り上げる。
だが、その声を素直に聞いてしまってはここに出てきた意味がない。
「さて、俺の魔法がどれほどのものか、試すとするか!」
熊の方はといえば、目の前に出てきた自分を新しいエサだと思い、うなり声を上げて近づいてくる。
「ファイアーボルト」
右手を前に出して魔法を唱える。
するとその瞬間、手の先に自分の身体より巨大な火の塊が出現し、すぐさま一直線にデスベアーの元へと飛んでいく。
そして塊が直撃した途端、激しい爆発とともにデスベアーは、断末魔の声すら上げられずに一瞬で蒸発した。
「ふうっ、大丈夫かい? あんたら」
後ろを振り返って気遣う言葉をかける。
だが、突然の出来事に四人は驚いて固まってしまっているようだ。
「あっあんたは……?」
鎧の男性が絞り出すような声で尋ねてくる。
「俺はクロウ。ここを通りがかった際、あんたら四人があの熊に襲われているのを見かけてな、急いで助けに入った次第だ」
「あっありがとう……」
女性をかばっていた男性は、ポカンとしながらもどうにか頭を下げた。
「なんのなんの、気にすることはねえよ。はっはっは」
「今の魔法は……?」
鎧の男性が再び尋ねてくる。
「とっさだったもんで、初級のファイアーボルトを撃っただけだが」
「あれが初級!?」
四人がざわざわ騒ぎ出す。
「ああ、そうだが」
「そんな!? デスベアーを一瞬で消し飛ばす威力の初級魔法なんて聞いたことがありません! 本来初級くらいではデスベアーに傷すらつけられないはず! 最上級魔法のインフェルノの間違いじゃないですか!?」
黒い服を着ている女性が、口からツバを飛ばしながらまくし立ててくる。
「え……そうなの……? ハハハ」
しまった、魔法の等級ばかりに気を取られて、威力のことをすっかり失念してたぜ。
ちと力を込めすぎたか?
どうにかこの場は誤魔化すとして、次から威力はもっと抑えないとまずいな……。
どうにか苦笑いでここを乗り切ろうと考えていたその時。
「ガハッ!」
「っ! レイナ!」
倒れていた女性が盛大に血を吐いたのを見て、三人は慌てて駆け寄っていく。
「しっかりしろ、レイナ!」
一番近くに居た男性はすぐさま女性を抱き起こす。
「くそっ! あの時落としたポーションがあれば!」
無念そうに地面を睨む鎧の男性。
「死なないで……レイナ……」
黒い服の女性は、目から涙をこぼしながら女性の手を取る。
励ます者、怒りを露わにする者、泣く者。
三者三様の悲しみの表現。
「人が……死ぬ」
そうつぶやいた時、なにか言いようのない感覚が胸を襲う。
「なんなんだ……? この胸の苦しみは」
今まで感じたことの無い、耐えがたい辛さ。
だが、今までの神の仕事で死というものには散々触れてきたはず。
なのになぜこうも胸に来るのか。
「ああ、そうか……死というものを本当には知らなかったんだな、俺」
そうだ、今まで関わってきたのはすでに死を迎えた者たち。
話を聞いていて、その境遇に可哀想という感情は湧いてもどこか他人事のような感覚があった。
だがこうして今まさに、目の前で人が死ぬ姿と、それを悲しむ者たちの姿を見てようやく悟った。
「嫌だなあ……こんなのは二度と味わいたくねえぜ」
決意を胸に秘め、四人の近くに寄ると倒れている女性の傷にそっと手を触れた。
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