第二話 異世界に来たら、まずやることは?
「来ちまったなあ……異世界へ」
真っ白な部屋の中から、色彩あふれ開放感のある外の世界へと移り変わり、大きく息を吸って新しい空気を味わう。
「おお……空気が美味い!」
甘さすら感じるような美味しさ。
飽きずに何度も何度も深呼吸を繰り返す。
「はぁ……なんだか重い荷物をやっと下ろせた気分だ」
人生の目標であった神としての地位を捨て、今こうして異世界にいる。
だが、もっと絶望にさいなまれるかと思っていた心と身体はまるで空を飛んでいるように軽く感じ、高揚感に満ちあふれていた。
「本当は、ずっとこうしたいって思ってたのかな……俺。あーもういい、変なこと考えるのやめやめ」
頭を振り払い、服が汚れるのも気にせず草の上に勢いよく寝転がった。
「草の上で眠るなんて久しぶりだ……子どもの頃を思い出すなあ」
風のそよぎと草のすれる音を子守歌にして、静かに目を閉じる。
▽
しばらく時間がたち。
深い眠りから気持ちよく目を覚まして身体を起こし、グッと背伸び。
「うーん、いい目覚めだ」
とりあえず今後のことを考えてみる。
「勢い任せだったもんでつい本も持ってきちまったが……まぁいいや。どうせ俺を探しに来る奴なんていないだろう」
あの時拾った『ルーアン』の本を掲げる。
「それに、万が一来ようとしてもこれがないとダメだしな」
本には異世界の情報だけでなく、そこへ行くための鍵としての役割もある。
あの膨大な本の中から、この『ルーアン』の本が無くなっていることに気づくには相当数の時間がかかるだろう。
「気をつけなきゃいけないのは、この世界の神様に見つかることだな」
神界からは本がなければこちらに来ることはできない。
だが、逆にこの世界を管理する神には、神界との扉を開くことが可能なため、見つかった時点で逃避行は終わりとなってしまう。
「まずは見た目を変えるとしようか」
今着ているのは白い貫頭衣に黒のヒモを巻き付けたもの。
正直自分はあまり好きではなかったが、神界ではこれが正装であり、何者にも染まらない、公正、公平な存在という意味があったそうだ。
「その割には、神様連中で私情を挟みすぎるやつが多かったがな、ははは」
誰にも聞かれない皮肉を言いつつ、本を開いてこの世界の服を調べてみる。
「ふむ、よくある獣の皮や綿花でできたシャツとズボンか。あまりかっこよくはないが、今の服よりは確実にマシだろうな」
指を鳴らし、描かれている衣服を頭の中でイメージした。
着ていた服がひとりでに動き出し、光を出しながら徐々に形を変えていく。
「これでよしっと」
光が収まると、貫頭衣は本の中の衣服と全く同じシャツとズボンに早変わりしていた。
「次はこれをどうするかだよなあ」
見た目を変えたら、次はこの世界になじむための下準備だ。
まずは右手人差し指にはめた金の指輪を見る。
「この指輪……さすがにつけたままはまずいよなあ」
神としての地位は捨てたが、もともと自分たちは神となるべく生み出された、人とは次元が違う存在。
姿形は人種と同じでもその力は星と砂粒ほども離れている。
さらに、神としての証であるこの指輪がある限り、その力はさらに増幅される。
本気を出せば拳一つで大地を激しく揺らすことも、足で踏んで海を真っ二つに割ることも、それこそ気分一つでこの世界を滅ぼす事すら可能である。
「まぁ、正体がバレないためにも力は隠しておくに限る」
無論、そんな暴挙を行うつもりは毛頭ない。
面倒がないよう、指輪は外しておくことにした。
「さて、あとは……」
この世界に住むためにはこの世界のことをある程度理解しておかなくてはならない。
本に書かれた言語や魔法やスキルを一通り確認しておく。
「よし、まずはこれからだな、ステータスオープン!」
覚えたての魔法を唱える。
すると目の前に半透明の枠が現れ、中にいろいろと文字や数字が表示された。
この世界では一般的な自分の能力を表す通称「ステータス」というものを表示させる魔法である。
「どれどれ……」
▼職業:――
▼名前:クロウ
▼レベル:――
▼魔力:――
▼所持スキル・魔法:――
「あちゃあ……これは表示エラーを起こしてるぜ」
ステータスはどれも横線が入り、出ているのは名前だけ。
他のページでは、この世界にある魔法やスキルが書かれているが、表記が点滅したり文字がおかしくなったりしている。
「力が強すぎるのかもしれんな」
本を見るに、ステータス確認の魔法は自分だけでなく他の相手からも見ることができるらしく、これでは間違いなく怪しまれてしまうだろう。
「しょうがない……ここはどうにかごまかすとするか」
自分の力を少々使い、指でステータス画面を強引に弄って適当に表示を変えていく。
「これでよしっと」
▼職業:魔法使い
▼名前:クロウ
▼魔力:百二十一
▼レベル:十二
▼所持スキル・魔法:火属性(中級)回復魔法(中級)
空間魔法
「本だとこれくらいのステータスが人種の大人が平均らしいし、こんな感じでいいだろう」
服も変え、ステータスも変えた。
これでこの世界で生きていく準備は出来たと思う。
「では、もうしばらく草のベッドの感触を楽しむとするか」
そう言ってもう一度草の上に身体を投げ出し、腕を枕にして仰向けに寝転った。
「ふあぁ……」
心地よさが身体を包み込み、少しずつ眠りに落ちていく。
「――ろ! は――――――んだ!」
「―――だ! お――を置――か!」
だが突然、奥に見える森の方で、何やら激しい物音と声が聞こえてきた。
「むっ……穏やかな声じゃねえな」
途切れ途切れの複数の声から察するに、かなり危機的な状況のように感じる。
どうしたものかとおもったが、頭を振ってすぐに立ち上がった。
「神であることを捨てたとしても、助けを求める人がいるのなら救いの手は差し伸べる。当然だな」
飛んでいこうかとも思ったが、空を飛ぶ魔法が本に書いていなかったのでこの世界には無いのかもしれない。
やむなく自分の足での移動を選択した。
今までの硬いタイルではなく、沈み込む柔らかい土の感触にとまどい、ちょっと不安定な足取り
になってしまう。
「ちょっと慣れるまで時間はかかるだろうが、これも今後の異世界生活のためだ」
そして急ぎ、声の聞こえてきた森の奥へと足を進めるのであった。
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