第一話 そうだ、異世界に行こう
「はぁ、もうちょっとで仕事が終わる……」
目の前に積み上げられた本を見る。
最初は見上げるほどだった高さも、どうにか手が届くとこまで下がり、ようやく片付く目途がついたといった感じ。
そして何気なく机の上に目をやると、一年ごとにひっくり返るように設定された砂時計のカウントは六百一を示していた。
「この仕事を続けてかれこれ六百年経ってたのか……長かったような、あっという間だったような」
自分の周りを見渡せば、そこにあるのは隙間なくぎっしりと本が詰められた自分の背よりも高い本棚が所狭しと並ぶ。
「よくもまぁこの仕事を続けていられたもんだ……ははっ」
苦笑いしつつも、手に持っていた本を本棚へと収めていく。
「さーて、仕事仕事」
自分の名前はクロウ。
世界一般でいうところの神といわれる存在である。
転移・転生を司り、あらゆる世界で亡くなった人々の魂の中から、別の世界で影響を及ぼしうると判断された魂と面談を行い、他の世界での新たな人生を提示している。
その他にも、それぞれの世界の神々からもたらされた情報を本に記録し、その管理なども行っている。
「しかし、どうしてこう転移・転生にかかわると人ってのは注文が多くなるのか。相手の力を奪えるスライムに転生させてくれだの、人種問わず女性にモテまくりたいだの、どんな敵でも一発で倒せる最強の力をくれだの……」
ついさっきも、勇者として別の世界に転生予定の魂と話し合いをしていた。
相手の要望は、最強無敵になれるチートスキル十個と、美女百人に囲まれて過ごしたいという無茶苦茶なもの。
もちろんそんな要望を通すわけにもいかないので、説得に説得を重ねてどうにかその世界でレアなスキル三個を好きに選ばせることで納得してもらい、不満を言われながらもやっと転生させたところだ。
「はあ……絶対、向こうの世界の神様から苦情が来るなあ」
先ほどまで続いていた面談を思い出して頭を抱えていると、後ろから女性の声が聞こえてくる。
「ぐちぐち言ってないで、さっさと手を動かしてくださいクロウ様」
振り返ると、大量の本を抱えながらこちらを睨む女性。
スラリとした体形に腰まで届く長い金髪、透き通るような蒼い目をしており、まさに絶世の美女! と言えばいいのだろうが、その顔に似つかわしくない心底呆れているという表情がアリアリと見えている。
「オルトリンデか、そんな目で見ないでくれよ……ちょっと休憩していただけじゃないか」
「だったらもう休憩は終了です。さっさと体を動かしてください」
「もうちょっとだけ休ませてよ……」
「何言ってるんですか、休みたいならとっとと仕事を終わらせればいいでしょう? 私だって早く家に帰りたいんですよ」
「毎日、そんな怒ってて疲れない?」
「そう思うのでしたらクロウ様はもっと仕事に励んでください。でしたら私は何も言いませんので」
「はぁ……こんな仕事をこんな部下と二人で管理しろというのは無茶振りにもほどがあるぜ……」
「何か言いましたか?」
「いえっ! 何も言っていません」
「はぁ……早く仕事に戻ってください」
ここの仕事を始めてから六百年、ついた部下はオルトリンデ一人だけ。
だが、こんな感じに毎日小言を言いつつ嫌そうな表情で仕事をしているので、何度も配属替えをするか尋ねるものの。
「私はここの仕事がやりたいだけです。お構いなく」
と言って断られてしまう。
ならばと追加の部下配属補充の申請も何度か送ったものの梨のつぶて。
やむなく二人での仕事が続いているというわけだ。
「こんなところで働く俺より、もっと良い職場の神様のとこへ行けばいいと思うのになあ」
オルトリンデはかなり優秀で、正直今までの仕事は彼女無しではとても回らなかっただろう。
自分の部下にはもったいないくらいだ。
そんな彼女の真意が分からず、首をかしげながらも片付けに精を出すため、本棚の間を縫うように飛んでいく。
「ここを片付ければ……終わりだな」
ようやく最後の本を収める本棚に到着し、手に持っていた本を収めようとしたが、見れば本棚は整理が全くされておらず、ここはまだ手付かずだったようだ。
「くそっ! こんな宝探し嬉しくねえよ……」
ため息をつきながらも、本の整理を始める。
「ぐぬぬぬぬっ!」
だが、そんな中でなかなか抜けない本が一冊。
どうやら無理やり隙間に本を詰めてあるようで、かなり力を込めても少しずつしか出てこない。
「勘弁してくれよ! 頼むから大人しく出てきてくれ!」
だが、やっと本が抜けたと思った瞬間。
「あっ」
体勢を崩して後ろの本棚にぶつかり、嫌な音を立てながら本棚が倒れていく。
倒れた棚はどんどん隣の棚をなぎ倒し、ドミノ倒しのように連鎖していった。
同時に自分も、視界が真っ暗になってばたりと床に倒れた。
▼
どれくらい時間が経っただろうか。
「はぁぁぁ……」
ただ床に身体を投げ出し、ため息を吐き続ける。
「疲れた……」
何気なく掲げた右手の人差し指に輝く金色の指輪。
六百年前に神に選ばれた際、その証として最高神よりいただいた指輪だ。
「他の同期はすでにいろんな世界で神様としてやってるってのに……こんな仕事、俺がなりたかった神様の仕事じゃねえよ」
なりたかった神は、世界を見守る者として威厳のある姿。
決して、こんな風に本に埋もれてホコリにまみれている姿などではない。
「……あっ」
涙にくれていた時、崩れた本棚から一冊の本がこぼれ、頭の近くに落ちてくる。
何気なく拾った本のタイトルは『ルーアン』
その時、脳内に閃光が走る。
「そうだ……異世界に行こう」
そう決意した自分は勢い良く立ち上がった。
「もういい! こんな神様なんてこっちから願い下げだ!」
目を閉じ、呪文を唱え始める。
「開け、そして現せ新たなる世界」
目の前に空間を切り裂いたような穴が開き、すぐさまその中へと入った。
そこはさっきまでの広い場所から打って変わり、真っ白で狭い部屋。
中心にはいつも使っている転移・転生用の魔方陣がある。
その中に入って魔力を流し込み始めると、徐々に魔方陣が光り始めた。
「行き先は……ここでいいか。時間軸も適当で」
手に持っているのはさっき拾った異世界『ルーアン』の本。
「ルーアン……なんか気になる名前だが……まぁいい。さあ、行こう! 俺の新しい人生の始まりの場所へ!」
本を閉じ、魔方陣の中心に立って更に魔力を込めていく。
「クロウ様! いったい何をしているのです!?」
後ろを振り返ると、オルトリンデが驚いた顔で立っていた。
「オルトリンデか、今までありがとうな。俺は神様を辞める。お前に俺なんかよりもっと良い神様が上司に来ることを祈っているよ」
ニッコリ笑って返したが、なぜかオルトリンデは今にも泣きそうな表情だった。
「まっ待ってください! 私はあなたのことが――……」
オルトリンデは何かを言おうとしていたが、その先の言葉を聞くことはできなかった。
白色から虹色に光り始めた魔方陣がさらに輝きの強さを増し、その眩しさで思わず目を閉じる。
光が収まった瞬間……立っていたのはさっきまでの狭い部屋ではなく、青い空と緑の広がる草原の上だった。
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