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閑話:とある老人の視点


 その日の晩、ワシは家で剣の手入れをしていた。

 何の変哲もない鋼の剣だ。


 一線を退き、魔剣を里の蔵に戻したとは言え、剣士としての心持ちは失っていないつもりである。

 いざと言う時に戦えるように、剣の手入れを欠かす事は出来ない。

 これを怠れば里の人間失格だとワシは思う。


 刃を細かい砥石で研ぎ終わり、水で流すとキラリと金属の光沢がロウソクの火を反射した。


 研ぎ残しは無いかと、すっかり近視になってしまった目を凝らして刃を見ていると、戸がノックされた。

 剣を置き、重い腰を上げる。

 

「誰だこんな夜更けに!」


 そう文句を言いながら戸を乱暴に開けると、そこに居たのはアルギュロスの奴だった。

 剣老が隠居した独り身のジジイにいったい何の用なのやら。

 

「なんだぁ? お前さんがワシのところに来るとは珍しいじゃねぇかよ」


 取り敢えず無愛想にそう言って、家へ招き入れる。

 コイツはワシが外で狩りをしていた頃、特に目を掛けていた愛弟子のようなものだ。

 剣老を選ぶ際にもワシはコイツを推薦した。


 どんな用かは知らないが、この老いぼれの所へ訪ねて来てくれた事は嬉しかった。

 

 家へ上がったアルギュロスは床へ座ると、こう言った。


「お久しぶりですな、先代殿。今日は頼み事があって来たのです」


 ちなみに先代と言うのはワシの事だ。

 こう見えても、ワシは先代の剣老だった。


 性に合わなくてストレス貯まりまくりでしょうがなかったんで、ヨボヨボのジジイになってからコイツへ譲ったと言うことだ。


「先代なんて畏まった呼び方は辞めろ! ワシにはクリューソスと言う名前がある!」


 現職だったときは剣老。引退したあとは先代。


 そう言われてるせいで、ここ30年はめっきり呼ばれなくなった名前だ。

 そう言うところもストレスだった。


「……クリューソス殿。実は稽古を付けて貰いたい者が居るのです。ヤマザト リューマと言う少年なのですが…」


 呼び方を変えたアルギュロスはさっそく本題へ入った。


 その内容は如何にも面倒臭そうな内容である。

 だからワシはこう言ってやった。


「嫌だよ面倒くせぇ! 見どころのある奴だったらお前のせがれでも指南役に付けておけば良いだろ!」


「カルコスの奴はもう片方の少女の方へ付けてしまったのです。里で手が空いていて、尚かつ指南役に相応しい者はクリューソス殿しか他におりません」


「暗にワシが暇だって言いてぇのか!? ワシだって畑仕事とかあるんだぞ! そもそも何処の所の子供なんだソイツらは!」


「外の者です。今日、カルコスの奴が連れてきました」


 外の者。つまりは里の外の人間と言うことだろう。


 里の外部の人間へ剣を教えてはならないと言う規則は形骸化して久しいが、それでもワシは気に入らなかった。


「外界の者だぁ!? ワシは絶対に教えんぞ!」


 怒鳴るワシを無視して、アルギュロスが立ち上がる。


「頼み事と銘打ったものの、これは決定したことなのです。申し訳ありませんが、頼みましたぞ。畑の方は他の者達に管理させます」


「なんだとぉ!? 貴様に何の権利があると言うんだ!」


「俺は剣老です。それと少年にはそこにあるパンを渡して置いて下さい」


 「それでは」そう言ってアルギュロスの奴は戸を閉めて立ち去って行った。


 そうか。それだったらそのリューマとか言う若造を適当に指南してやるさ。

 何を考えて外の人間へ剣を教えるのかは分からんが、お前がそれで満足ならやってやる。




 ★ ☆ ★ ☆


 次の日、ワシは言われた通り若造に剣を指南してやっていた。


「ほれ! 若造もやってみろ! ワシがお前くらいの時は挑戦して2、3回目くらいで出来た! なにせワシは天才だったからな! ガハハハハくっ…ゲホっゲホッ……うぐっ噎せたわ」


 くっ……最近は気道が閉まらなくてすぐ噎せやがる。


 ちなみに、もちろんワシが言った事は嘘だ。


 【剛】は里の奥義の3つあるうちの1つで、素人のコイツにそう簡単に出来るものではない。

 型を覚えて素振りをし、基礎が身についてから組み手。さらに先輩に付いて行き、森で危険な獣を狩れるようになってから挑戦し始めるものだ。

 ワシが若い頃は習得に2年掛かった。これでも天才と呼べる方で、里には3つの奥義のうち1つも習得出来ない者も中には居る。

 外界の人間からすれば才能に溢れる剣の里の人間が、それこそ一生かけてもだ。


 ではワシは何故、素人の若造にこんな適当なことを言って、素振りではなく【剛】からやらせようとしているのか。


 簡単な理由だ。

 答えはコイツの心を折るため。


 出来るはずの無いことを簡単に出来るはずだと言い聞かせ、それでも出来ない自分に才能がないと思わせる。

 心が圧し折れるまでひたすら【剛】をやらせようとするのだ。


 そうすれば、いずれこの若造は里を自発的に出て行き、ワシは剣の指南役として働かなくて良いと言う完璧な計画だ。


 さぁ、やってみろ若造! まぁ、無理だろうがな!


 ワシは意地の悪い笑みを浮かべた。 


 悠々自適の隠居ライフを貴様に台無しにされる事は阻止させて貰う!

 畑ではワシの大事な作物達が待っておるんだ!


 さっそく若造が木刀を岩へ振り下ろした。


 もちろん岩はビクとも言わず、木刀が折れて飛んでいく。


 ん? 折れて飛んでいく? 


 どんな馬鹿力なんだコイツ。それはヘラの木で作られた特別な木刀だぞ。


 まぁ、良い。里の外にはそう言う奴もるんだろ。


 ワシはそう思いながら、適当に思い付いたことをアドバイスする。


「それは力いっぱい殴ってるだけだろうがバカタレ! 力なんていらん! もっと衝撃を岩へ浸透させる感じでやれ!」


 そう言いながらワシは自分の持ってる木刀を手渡す。


「おす!」


 威勢よく返事をした若造は岩へ向き直る。


 出来るとも知らずに間抜けな面をしてやがる。まったく馬鹿な奴だ。


 こっちがそんな事を思っているとも露知らず、先程よりも幾分か神妙な顔で剣を振り下ろす少年。


 奥義が使えるようになるのは早くても20歳半ば。


 お前みたいに素振りも出来ない小便臭い若造に……。


 ボコンッ!


 若造が殴った岩が6つに割れた。

 まるで、陶器を殴ったかのように簡単に割れやがった。


 力尽くで殴ったんじゃない。そうすればさっきみたいに木刀の方が圧し折れる。


 それは紛れもない【剛】だった。

 

「出来ましたよ!」


 驚きで腰を抜かしそうになるワシへ若造は爽やかな笑みを浮かべて報告してくる。


 いや、出来ましたよ!、じゃねんだよ。


 出来ちゃったらワシ困るんだけど。


「う、うむ……。さすがだ。ま、まぁ…ワシが教えたんだから当然の結果だろうがな。ガハハ…ガハ…」


 取り敢えず出来て当然みたいな態度を取っておく。

 

 コイツの心を折る事をワシは、この後に及んで諦めていないのだろうか。


 【剛】は偶然なんかで出来るやわな技ではない。

 この若造は恐らく、この里始まって以来の天才である。


 それが何故、里の外部の人間なのかは納得しかねるが、ワシはその事を完全に理解してしまった。


 ワシがあんまりな展開に肝を冷やしていると、「この後は【気】の修行ですかね?」なんて聞いてきやがる。


 まさか今日1日で【剛】に続き、【気】と【流】も習得しようと言うのか。


 ワシは1日で奥義を全て習得する若造を想像し、ゾッとする。


 そんな事になったらワシは絶対にこう思う。

 思ってしまう。


 ワシの今までの人生、なんだったんだろう……。と


 衝撃に酔いながら、ワシは町へと向かっていった。


 目指すところはアルギュロスのところだ。




 ☆ ★ ☆ ★


「やはり、そうでしたか……」


 天才すぎるアイツは成長すると里では手に負えないだろうと報告すると、アルギュロスは確信を得たようにそう呟いた。


「なんとなく、彼の身体から漏れ出る気からは、力強い才能を感じたのです」


 アルギュロスには、人の気の流れを見てその人間の気質や才能を見抜くと言う特技があるのだ。


 それを聞いてあんまりだとワシは思った。

 あんな常人離れしすぎた奴をワシに押し付けるな!


「なんとなく知っててワシに指南させたってのか!?」


「はい。彼の指南役に適任な者は先代殿しか里に居ないと思ったのです。しかしまさか、半日で【剛】を習得してしまうとは想定以上すぎましたが」


 しかし、そうなってくると疑問が1つ出てきた。


「なんだってそんな奴へ里の秘術を教える気になったんだ!? アイツは里の人間じゃねぇんだ! あそこまでの才能があるとなると、里へ危険を呼び込むことになる!」

 

 これは隠居生活を送りたいがためではなく、ワシの純粋な考えだった。

 あの若造はこの里にとって悪いものになるかも知れない。


 外へ出て里の秘術を勝手に広めたり悪用したりするかも知れないし、この里に保管してある神剣や魔剣、宝剣などを力尽くで奪われてしまうかも知れない。

 力を付けた若造を止める術は里には無いだろう。


 先代剣老としても、里の1老人としても、アルギュロスに真意を問わなくてはならない。


 アルギュロスがゆっくりと口を開いた。


「2人の外界の人間を里へ受け入れる。これは、せがれの考えなのです」


「なにぃ!? カルコスのか!?」


「一族が外との関わりを絶って400年。偶発的な来訪者などもあり、小さな交流もありましたが、それでも里は400年間もの間、長きに渡り停滞していました。しかし、そのような事は終わりにして我らは外へ出るべきなのだと、倅は言いました。停滞し続けることに意味はないと」


「……?」


 ワシにはアルギュロスが言わんとしている事を理解できなかった。


「それを聞いて俺は、確かにこのままでは一族と里は人知れずに、いつかは滅んでしまうと思ったのです。停滞とは即ち衰退に違いありません」


 そこまで聞いてようやくワシはアルギュロスが言わんとしている事を理解した。

 コイツは一族ごと森の外へ出るつもりなのだ。


「それは剣老として、正しいと思う選択なんだろうな?」


「はい。いずれ俺は里をこの森の外へ移します。そして彼等は外の人間がどう言う者なのかを見極めるためのモデルケースなのです」


 コイツは……俺達の400年間を変えようと言うのか…。


 ワシには、その結末は歴然としているように思えた。


「……もう一人の奴はどんな奴なんだ?」


「もう一人の外の人間……シュメラと言う少女の気からは、強い悪意を感じました。恐らく邪悪で危険な人間なのでしょう」


 そう言う奴も、一族が外へ出るかどうか判断するために里へ入れたと言うことなのだろう。


 ワシは静かにアルギュロスへ警告した。


「これだけは言っておく……たぶんロクな事にはならんぞ」


 そして続けた。


「だが、それが剣老としての決定なら従ってやる。明日からは真面目にあの若造の事も指南してやろう」


「感謝します。先代殿…」


 ペコリと一礼するアルギュロス。

 ワシはそれを横目で見ながら、扉を開ける。


「言っておくがワシの名前はクリューソスだ! 先代とは呼ぶな!!」


 そしてワシはそう言って扉を乱暴に閉めた。

 


修行編を終わらせて主人公に外で無双して貰いたいんで、本編のテンポは速めに進めたいと思います。

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