第95話
あれから私は、各地で魔獣を鎮圧して回っていた。
襲われてる神がいる場所ばかりではなく、ただ群れて周りを警戒しているだけのもいたが、もれなく潰してやった。
ある程度騒動が沈静化してきたかな?
これなら予定より早く大輝と合流できるかもしれない、と思ったら、またも目の前で襲われている男女一組の神を発見した。
そして、出会ってしまった。
「いやぁ、スルーズが来てくれて本当に助かったよ」
「…………」
このクソみたいに呑気なバカ野郎に。
おまけでノルンがついてきていたけど、どうやらロキはノルンを連れて逃げてくれていた様だった。
運命の女神をこんなところで潰させるわけにはいかない、と。
あのロキにしては見上げた心構えだ、と思わないこともない。
寧ろロキには感謝しないが、行動そのものにだけは感謝をしてやってもいい。
「だけど本当におまけなのはお前だからな!!私はノルンが心配だったからこうして駆けずり回ってたんだ!!」
「え、何?何のこと、おまけって」
幸いノルンには傷一つなく、とりあえず無駄に力を使って戦う必要もなかった様なんだが……どういうわけかロキには細々とした傷が見受けられる。
まさかとは思うがこの神界のクズ代表みたいなやつが、ノルンを庇って戦ってたとでも言うのだろうか。
「うん、まぁ……そのまさかなんだよね」
ノルンもロキに庇われるのは予想外だったのか、苦い顔をしている。
到底信じられない話だが、このロキが軽いものとは言え魔獣相手にここまでの怪我をしながらノルンを庇っていたというのは事実の様だし、そこは信じてやることにした。
これで、ノルンはともかくとしてロキという戦闘要員が一人増えて、私としては負担が軽くなる。
「とりあえず、もうすぐ魔獣は全滅させることができるはずだ。ヘルのやつが追加で召喚したりしなきゃな。だから今のうちに潰して回るぞ」
「それって、もう追加でしてくることはない、ってこと?」
「多分な。というかそんな余裕ないだろ、オーディンが相手してるって聞いてるから」
「その話が本当なら、まずいかもしれないね」
「……どういうことだ?」
ノルンがまたも苦い顔をしているが、今回は理由が違いそうだ。
まずいとは一体、どういうことなのか。
「スルーズは知らないんだっけ。多分ロキもあの時いなかったから、知らないんだろうと思うけど」
「うん?よくわからないけど、まずいって言うのは?」
そういえば確かに、ラグナロク終結後に何人かの神が呼ばれて、って話は聞いたことがある。
その時ノルンは呼ばれていたが、私やロキは当然呼ばれていない。
あと、ソールもその中にいたんじゃなかったか。
あれ、ってことはその集まりでヘルのことを何か、オーディンが話したってことか。
ヘルが冥界にいた経緯なんかを?
ソールもいたってことは、大輝はその辺のことを聞かされているかもしれないな。
私もノルンに何度か聞いたけど全く教えてくれなかったし、途中からどうでも良くなってきちゃってそのうちに忘れちゃったんだよな、確か。
「詳しいことは言えないけど、ヘルはオーディン様に恨みを持ってる。簡単に言っちゃうと、ヘルが冥界にいた理由はオーディン様にあるから。少なくとも、オーディンはそう言ってた」
「ふむ」
「言えないってことは、箝口令が敷かれたってことだよね?だとしたら、オーディン様にとっても話しにくいことなんだろうし、詳しいことはヘルに直接聞いちゃうのが早そうではあるけど、スルーズはどう思う?」
乱れた髪をかき上げながら、ロキは私に問いかける。
相変わらずイラつくな、こいつ。
「……まぁ、私も別に何が何でも知りたいとは思わないからな。どの道このままいけば、ヘルとはかち合うだろうしその時に聞けばいいよ。ひとまずは魔獣の鎮圧、これだろ」
私の言葉に二人が頷き、私たちは動き出した。
そして少し進んだところ……ヴァナヘイムの近くで、ごく最近聞いた様な声を聴くことになった。
「やめろ、こっちに来るな!!私は犬が苦手なんだ!!あ、スルーズ!ノルン!ロキ!わ、私を助けろ!!」
「…………」
この高圧的な物言い、なのに何処か情けなさを感じる小者感……。
そしてあのメガネ、見間違えることはないだろう。
そいつは近くの小屋の屋根に上って、逃げ腰で魔獣をけん制していた。
「……ロヴンだね。助けてあげないの?」
「んー……何だか危機が迫ってるって感じよりも、苦手なものから逃げてる感の方が強くて、助けようって気持ちよりもけしかけてやりたいって気持ちの方が……」
「本当、性格悪いよねスルーズって」
「あはは、スルーズらしいね。だけど僕としては彼女に恩もあるし、助けてやろうと思う。いいかな?」
またも髪をふぁさっとやって私の反応を窺う。
人に意見を尋ねるんであれば、まずは相手をイラつかせないことだぞ、クソ野郎。
しかしまぁ、恩返しという名目のものは私たちは果たしているとは言ってもまたいつ世話になるかわからない上に、ロヴンの様な能力はとても貴重とされている。
だから私としても助けることそのものに異論はなかった。
「おら、ぶっ飛べヘルの家畜どもが!!」
「物騒だなぁ……」
次々に魔獣を蹴散らしながら進んでいく私を見て、ノルンがため息をつく。
ロキはロキで、黒い神力で作り出した槍を振り回して、手際よく次々に魔獣を葬っていく。
そう、ちゃんと戦えばこいつも結構強いんだよな。
普段はあんなマゾ臭くて気持ち悪いやつなのに。
「ああ、た、助かった……ふぅ……」
「……おー、そりゃよかったな。ていうかお前だって、ある程度戦えるはずじゃなかったか?何であんな無様に逃げ回ってたわけ?」
「犬は、苦手なんだ……」
さすがに二人がかりで作業に当たると、早い早い。
ロキでもたまには役に立つことがあるんだな、と思った。
そして何を遠い目して情けないことカッコつけて言ってんの、このバカ女。
「それはさっき聞いた。大体、厳密にはあれ犬じゃないけどな」
「狼だって言いたいんだろ!?知らないのか、狼はイヌ科の生き物で……」
「はぁ……」
正直助けないで見てる方が面白かったかもしれない、とは思うがここまで無様に屁理屈こねてられるんだったら、心配はないだろう。
見たところ怪我もない様だし。
「で、これから私たちはお前の苦手な犬を討伐して、最後にヴァルハラに行く予定なんだがどうする?ここに残ってたら、まーたお前の苦手な犬がワンワン吠えながら喜んで襲ってくるかもなぁ?」
ニヤリと顔を歪めて言う私を、ロキまでもが少し引いた顔で見つめる。
わかってる、性格悪いって言いたいんだろ?
はっきり言っていいから。
もちろんその後ぶん殴るけどな。
「わ、私もこう見えて?神界の神だからな!オーディン様の危機とあっては、立ち上がらないわけにはいくまい?」
そう言いながら足、震えてるけど大丈夫なのか?
多分ノルンとロキも気づいているのだとは思うが、誰もそのことには突っ込まない。
「はー、まぁついてくるのはいいけど、魔獣が出たらお前はノルンと一緒に下がってろよ。足手まといになられたら迷惑だから」
「め、迷惑とは何だ!私だって、戦うことくらい……」
「あー、わかったから。時間ないから行くぞ」
ギャンギャン喚く鬱陶しい女神を加え、私のパーティはヴァナヘイムを離れた。
首尾よく行っている様であれば、大輝はもうソールから何らかの策なりをもらっているだろうし、そうなるとヘルの元へと向かっている確率は極めて高い。
元々人間だと思い込んで生きてきて、ここ最近で力に目覚めた大輝はもしかしたら油断して力に溺れたりなんてこともあり得る。
基本的に調子に乗る様なタイプではないが、大きな力というのは人間に思わぬ変化をもたらすものだ。
大輝だけが例外、ということならどれだけ楽なことか、と思うが残念なことに大輝が意外と思い込みの激しいタイプであることを、私は知っている。
だから余計に心配にもなるのだ。
「オーディン様、大丈夫かな」
走りながらノルンが不安そうな顔をする。
ちなみに飛んでいけばあっという間なのだが、それだと的にされる心配がある。
そうなっても私やロキは対応できるかもしれないが、この二人は微妙、ということで陸路を行っているというわけだ。
「……どうだろうな。お前の言った通りなんだとしたら、もしかしたら今頃やられてるってこともありえるんじゃないか?」
「まぁ、そう簡単には負けないでしょ。あそこにはヘイムダルやバルドルもいるんだから」
確かに、あの二人がオーディンの敗北を黙って見守るとは考えにくい。
寧ろ何が何でも止めようとするだろう。
だが何らかの因縁のある相手だから、絶対に手を出すな、とかオーディンがらしくもなくカッコつけちゃってる場合。
あの二人はバカみたいに言うこと聞いて、敗北するまで歯茎から血が出るほど歯を食いしばって黙って見ているということは十分にあり得る。
そうなると、残った二人で戦うわけだが……。
そして私の考えていることが何となく三人にも伝わったのか、やっぱり急ごう、とスピードを上げた。
戦いの気はあとヴァルハラ前を含めると三か所。
魔獣の気配もヴァルハラ以外の二か所以上に感じない。
ノルンに聞いてみても私と同じ意見の様だったので、ちゃちゃっと回ってしまおう、と私たちは足を速めた。
「さて、これで魔獣は粗方片付いたな。最初にトールのとこ助けに行ったのは正解だったみたいだ」
「彼も大喜びで飛び回ってたみたいだからね」
戦闘タイプの代名詞みたいなやつが私同様に各地を回ることで、私たちの負担も大分軽くなっていた。
ある程度消耗が抑えられる結果にもなったし、私としてはいい作戦だったと思う。
「じゃ、あとはヘルにいん……いんのう?を渡しに行くんだよね」
ノルン、お前……。
確かにこっちじゃ馴染みない言葉だし響きが似てるからって、とんでもない間違い方してるぞ、それは……。
「引導、な。何でキンタマ渡すんだよ。ロキのを渡したいなら引っこ抜いてやるけど」
「え、キン……?」
「スルーズ、それは本当かい?」
私の言葉にロキが目を輝かせて超反応した。
ちょっと待って、何でそんな嬉しそうなの?
ノルンもロヴンもドン引きでロキを見ている。
「……うっわ、キモ。喜んでんじゃねーよ汚物が。やっぱその役目はノルンに任せるわ」
「はぁ!?私だって嫌に決まってるじゃん!」
「そんな、二人とも……僕の為に……」
「恍惚としてるとこ悪いが、あれはお前を押し付け合ってるんだからな。そして私からしても気持ち悪いからその辺にしてくれ」
ロヴンの苦情もあって、さすがにそんなことをしている場合ではない、と気を取り直して私たちはヴァルハラ近くの森までやってきた。
それにしても、やけに静かな気がする。
もしかして、もう片付いちゃったとか?
「ちょ、ちょっと、スルーズ、あれ……」
「え……んな!?」
思わず大きな声が出てしまった。
そこには倒れ伏した五人の人影。
そしてそのうちの一人は……。
その横に立っているのは……何だ、あれはヘルだと思うが、様子がおかしくないか?
……いや、そんなことより大輝が!
「大輝!!」
「ダメだ、スルーズ!今はまだ!」
ロキが飛び出そうとした私を必死で羽交い絞めにして、ノルンとロヴンもそこに加わる。
「離せ!!あの野郎、ぶっ殺してやる!!」
「落ち着け!そんな熱くなった頭でかかって行ったら二の舞を演じるだけだ!大輝はまだ大丈夫なはず……」
ロヴンの述べた正論は、全くもって正しい。
だけど、大輝をあんなにした罪は重い。
その罰はその身を以て贖ってもらう。
怪我の具合も、決して軽いとは言い難いものに見える。
「そうだね、だけど宇堂大輝はあのままじゃ危なそうだ。僕が囮になるから、三人で分担して宇堂大輝を助け出すんだ。で、スルーズはそのままヘルを叩いてくれ」
私たちの意志は確認されないまま、ロキが槍を手に飛び出していく。
このままモタモタしていたら、ロキもやられて全滅、なんてこともありえる。
「離せ……こうなったらやるしかない、行くぞ。二人は大輝を助け出して、少しでも治療してやってくれ。私はロキに続いて攻撃に回るから」
二人の拘束を解いて、私は力を開放する。
ギアは、戦いの中で上げるしかない。
大輝を助けてもらったら、あとはノルンにサポートを頼むか。
いずれにしてもヘル、お前だけは絶対に許さない。




