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第93話

睦月に言われるまま、俺は母さんの元へと向かっているわけだけど……あんまり大々的に急いで向かうとそれこそ的にされたりするんじゃないか、とか考えて途中から走って向かう方法に切り替えた。

女神化しての戦闘というのは俺自身も未経験だし、力の使い方に関しても覚えたてと言ってもいいくらい、俺が未熟であることは自覚している。

そんな俺が何の用意もなく戦闘に突入して、無駄な消耗をして結果的に睦月の足を引っ張る、なんて言うのだけは避けたかった。


いや、大層な御託を並べてはいるが、結局のところちょっとビビっちゃってるというだけのことでもありそうな気がする。

自分のことなのに、って思うけどそういうことって案外、よくわからないもんだよな。

睦月と別行動を取ってるという珍しいこの状況も更に、俺の緊張を少し助長している気がした。


あいつの考えは俺としても正しいのだろうと思うし、尊重しなければとは思う。

ただ、その一方で目の前で誰かが魔獣……っていうんだよな、あれ……に襲われているとなれば、見過ごすなんて真似も出来ないわけで。

目の前で襲われていたのは、薄紫色の髪を横でまとめた感じの女神で、こっちに来ないでください~!とか言いながら魔獣の群れから逃げ回っている。


心の中で睦月にごめん、と謝りながら俺はその神を助けることにした。


確か、力はこんな感じで使うんだったな……卑怯だなと思いながらも木陰から神力を集中して、狙いを定める。

力がある程度溜まった感覚があると、向こうもそれには気づいた様で魔獣の群れは一斉に俺の方を向いた。


気付かれてしまったが、今なら、ということで一気にその力を魔獣に向けて放出した。


「……ま、マジか」

「す、すごいです!!」


俺の頼りない目算でもおよそ百はいたであろう魔獣の群れだったが、一瞬でその悉くが俺の繰り出した熱に焼き尽くされ、その姿を消した。

自分でやったことなのに、その結果に茫然として俺は目の前の女神に肩を掴まれて、漸く我に返った。


「あなた、確かあれですよね……えっと、ソールの息子とかって」

「あ、はい。宇堂大輝っていいます。何だか危なそうに見えたので、思わず手を出してしまいましたが……」

「いえいえ、助かりました。私、神界の医者をやってます、エイルって言いまして……ちょっと重要な神が一人、やられちゃったみたいだったんで救援に向かうところだったんです」


重要な神……オーディン様じゃないよな。

もしそうなんだとしたらもっとこの人だって慌ててると思うし……とは言っても、急がないといけないことに変わりはないだろう。


「だとしたら、急がないとですね。魔獣はとりあえず片付いたみたいですけど、一人で大丈夫そうですか?」

「向こうもこっちに向かっているって聞いてますので、私もすぐに合流できると思います。この恩はいずれ必ずお返ししますので」

「いや、そんなの……気を付けて」


握手を交わして、俺とエイルさんは別れた。

何となくほわほわして頼りない感じだったけど、大丈夫だろうか。

いや、それこそ余計なお世話だよな。


ぶっちゃけさっきの力を使った時、俺の中の欠点みたいなものが見えた気がした。

力の流れに無駄があるというか……はっきりとわかったってわけじゃないけど、もっと効率的に使う方法がありそうな気がする。

ならやっぱり俺は母に会って、力を高めてもらう方が先決だ。


というわけで、俺は再び母の暮らす丘まで走り出す。

まだまだ俺は強くなれる可能性がある、そう思うとワクワクする気持ちが止められなかった。



「……うわぁ」

「あら、大輝。この母を助けにきてくれたのですか?何と親孝行な……」


俺が母の暮らす小屋の前に到着した時、母は目の前の炭の山を雪かき用の巨大なスコップみたいなもので片づけていた。

正直母の力については睦月からもオーディン様からも、ロキからも聞いていたから苦戦なんかまずしてないだろうと思っていたのだが……万一ってことも、なんて思って急いできてみたが杞憂に過ぎなかったらしい。

母が片づけている炭は、紛れもなく俺がさっき燃やした魔獣ってやつと同種のものだった。


「ま、まぁ……そのつもりでもあったけど、全く必要なかったみたいで安心したよ。さすがだよ、母さん」

「私の力はほとんど無限ですから。それより大輝、先ほどの力を私も見せてもらいました。エイルを助けた時のことですね」

「あ、うん」

「木陰で戦う、というのは私や大輝にとってやや不利であると言えるでしょう。私たちの力の源は太陽ですから。もちろん、予め意識的に太陽の力を集めて充電の様なことも出来ますが。無限の力を、ということになると太陽が見えることが前提条件になってきます」


なるほど、そういうことか。

何となく力に無駄が感じられたのは、おそらく俺の中の神力も追加で使っている様な、そんなイメージだったのか。


「ただし、それらを踏まえてもまだ、あなたは力の伸びしろを持っている様ですね」

「そうなんだ?」


割と限界ギリギリまで修行はしてきたつもりだったし、睦月の言うことも信じてなかったわけじゃないが俺にまだ伸びしろがある、というのは言ってもそこまでのものじゃないだろう、なんてちょっと諦めていた。

だが、母はまだまだと言った。

そしてこう言ってくるということは、それらを伸ばす方法を母は知っているということなのだろう。


「この私であれば、その伸びしろを拡張することができます。もちろん私だけでなく、他の神々を救う為に神界へ来ていただいたのだと思いますので、私としてもあなたには力をつけた状態で救援に向かってもらいたいと思っています」

「ああ、願ったり叶ったりだよ。出来るなら、すぐにでもやってもらいたい。睦月のやつも、俺の到着を待っているだろうから」

「ふふ、あなたは本当にあのスルーズが好きですね、この母と同じくらいに」

「…………」


恋人と母とを同列に、ってそれもうちょっと危ない匂いしかしないんだけど。

そして息子大好きなこの母は、どうしても俺の中で母を頂点に置いといてほしいらしい。


「私としても、未来の娘になるかもしれない者を危機に晒しておくのは、望むところではありません。早急にやってしまいましょう。さぁ大輝、こちらへ」


普段からニコニコしている母だが、更にニコリと微笑んで、俺に手招きをする。

俺の中ではてっきり、はぁっ!とか言って気を俺に注ぎ込んで力がもりもりと、みたいなのを想像していただけに母に手招きされたのは少し意外だった。

とは言ってもやり方なんて人それぞれだよな、などと楽観して、俺はそれをすぐに後悔することになるのだが。


「……むぐっ!?」


母の目の前に立つと、母は何と息子である俺の唇に吸い付いてきた。

それ、送り込むより吸い込んでね?とか色々なことを考えるが、相手が自分の母であることを思い出し、これはまずい!と思い直す。

いやしかし今の俺は女神だし、セーフじゃね?とかちょっと自分でも混乱し始めているのがよくわかった。


大体、未だに朋美とかはグチグチ言ってくるが、母と一緒の風呂だってこの体で入ったのだ。

であれば、俺個人としては絵面的には普通に微笑ましい仲良し親娘という感じではないかと思っている。

だからって、キスまでする親子ってあんまいないと俺個人は思うけどな。


「ぷは……どうですか、大輝」

「…………」


赤い顔しながらどうですか、ってキスの感想を求めるとか何?俺たち付き合いたてのカップルか何かなの?

さすがに手遅れと思われるかもしれないし今更かもしれないが、俺は母に手を出す様な鬼畜になるつもりはない。


「大輝の考えていることは大体わかるつもりですが、そういうことではなく力のことです」

「あ、そっち……」


安心した様ながっかりした様な……しかし言われてみると、何だか体の中を物凄い熱と力が駆け巡っている様な感覚があった。

そしてそれは、意識して押さえ込んでいなければ漏れだしてしまいそうなほどに強大だ。


「大輝、心を静かにしてください。そうすればあなたならすぐにその力を鎮め、操る術を身に着けられるはずです」

「心を、静かに……」


そう言われても俺の中では念とか使っちゃう感じのイメージしかなく、とりあえずそのイメージのまま心を落ち着けるべく努めてみる。

そう、イメージは自然体。

行けそうな感じがする。


「いいですね、その調子です。ちなみに接吻に関してはどうでしたか?」

「ちょっ!!」


母の言葉に動揺して、せっかく押さえ込めそうだったオーラが漏れ出す。

そのことも割と必死で忘れようとしていたのに、いい性格してるな本当!


「ふふ、まだまだ子どもですね。一応補足をしておくと私には経験がありませんでしたので、私の初めてのチュウは大輝ですね」

「…………」


親のそういう話、聞きたくないって人は多いと思うんだけど、何となく俺にもその気持ち、理解できちゃったかもしれない。

とは言ってもそういう人は俺みたいな経験をしてそう思ったわけではないんだろうけどな。

別に嫌だったとかではないけど……これ以上母と接していると、何某かの間違いを犯してしまいそうな気がしてくる。


「まぁ、それはともかくあなたの力はこれで何倍にもなるはずです。そしてあの接吻で私の戦い方の記憶映像も送り込んでありますので、参考にして自分のものにしてください」

「おお……」


軽く力を込めると、確かに母が数々の敵を焼き払う様子や、鬼の様に炎の剣で敵を焼き切っている映像とか、主にグロ映像中心ではあるが、頭にどんどん流れ込んでくる。

改めて恐ろしい母だと思った。

ていうか、思い切り吸い込まれてた感覚しかなかったのに、送り込んでいたとはこれ如何に?


「学習が足りないということなら、もう一度しますか?」

「いえ、結構です」

「そうですか……それは残念です。もっと深いところまで教えておきたかったのですが」


もっと深いところって何?

あれ以上深いことされたら、俺あとであいつらに殺される予感しかしないんだけど。

あと本気で残念そうな顔するの、やめて……。


こっちとしても何だかちょっとだけ申し訳ない気持ちになってくるから。


「そ、それはまた今度ってことで……まずはこの騒動を鎮めないと。ああ、そういえば」

「どうかしましたか?やはり接吻が……」

「違います。母さんの力なら、この程度の騒動一発で鎮められそうな気がするんだけど、何で母さん行かないの?」

「ああ、そういう……」


俺の言葉に母は遠い目をして、ぽつりぽつりと語り出す。


「だって、面倒じゃないですか。働かずに食べる食事は超美味しい、でしたか。そういう人が人間界には相当数いると聞いていますし」

「…………」


誰だ、母にこんなろロクでもないことを教えたやつは。

この人バカだから……じゃなくて純粋だから大体何でも信じるんだぞ、全く!

それに相当数とか……確かにそれなりの人数いるかもしれないけどそんな人ばっかりだったら人間界とっくに潰れてるわ。


聞くんじゃなかった、と思いながら俺は自分の力の高まりに胸を物理的にも心理的にも弾ませ、母に別れを告げる。


「大輝、気を付けてください。今回のあのヘルの様子、何やら尋常ではない様ですから。そしておそらく……スルーズの力では鎮圧は出来てもヘルを救うには至らないでしょう。このことを忘れないでください」

「救う……?」


母のこの言葉に、違和感を覚える。

もしかして母は、睦月でも知らなかったことを、知っているのではないだろうか。


「行けばわかるのではないかと。それから……」

「ん?」


母は一瞬表情を曇らせ、すぐに元の顔に戻って俺に微笑みかける。


「大輝なら大丈夫だと信じていますが、母として一応言わせてください。力に溺れない様に」

「……ああ、大丈夫。俺の力は母さんの力でもあるんだ。溺れたりなんて、そんなことは……」

「そうですね、余計なことでした。しかし万一、という場合には母として息子を討たねばならなくなりますので……」

「…………」


うつ、の字違わね?

気のせいか?戒めの意味を込める場合打つ、だよな……。

まさか本気で討伐しようなんて……兎にも角にも気を付けるよ、と自分でもわかるほどに引きつった顔で告げ、俺は母のいる小屋を出た。


しかし本当に……誰だあんな馬鹿なことを母に教えたやつ。

まぁ犯人捜しはとりあえず、この騒動を収めてからだ。

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