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第91話

色々と夏休みのくせに慌ただしい日々が続いていたが、そういった日々が終わりを告げると、私たちは途端に暇になった。

だからと言って、もめ事が起きればいいなんていう物騒な考えを持っているわけではないが、私としては少し物足りなさを禁じ得ない。

そしてそれは私だけではなく、今日はまだ仕事に行っている和歌さんや愛美さんを除いたメンバーも感じている様だった。


この日、大輝はまだまだやれることがある、なんて言いながら修行に励んでいた。

勤勉なことだ、とみんなも半分呆れ顔で見ていたが、修行の成果は如実に表れていると言っていい。

何故なら人間の状態にあっても神力をある程度操る術を身に着けているし、とは言っても女神の時のおよそ一割と言ったところか。

それでも普通の人間にはできない様なことをいとも簡単に出来る様にはなるし、何より大輝自身が一番便利だと言っていたワープは朋美の送り迎えまでが人間の状態で出来る等、その成長は目覚ましいものだ。


「よくやるわね、大輝くん……毎日飽きもせず」


まさしく呆れ顔で言う明日香だが、心底呆れているというよりはちょっとだけ羨望の意志が籠った目をしている。


「まぁ、毎日続けることで神力の絶対量も上がるからね。一応の限度はあると思うけど。それに、人間の状態でもある程度の力が使えるっていうのはやっぱり大きいよ」


私がそう言うと、私の以前までのハチャメチャぶりを思い出したのか、みんな青い顔をした。

まさかとは思うが、みんなには私と大輝とで更にハチャメチャなことをしでかすつもりなのでは、とか思われているのだろうか。

まぁ、大輝がその辺は自制しているところなんだろうし、私としては別にどっちでもいいと思っているんだけど。


「たまには私たちの相手もしなさいよ、大輝。そう毎日修行修行って、新興宗教じゃあるまいし」

「人聞き悪い言い方すんな……まぁ、でも朋美の言う通りではあるか。トランプでもするか?」


朋美の言い方だと、エロいことしようぜ、みたいに聞こえるのはきっと私の心が汚れているからなんだろう。

きっと純粋に大輝と戯れたいだけなんだと思うし……でもソールみたいな例があるからな……。

あいつ、普通に大輝と風呂とか……まだ言ってんのかって話だけど。


「睦月、一緒にやろうぜ」


大輝からそう声をかけられて、そんなこと言っていいのかい?ぐへへ、なんて考えてしまうが普通に考えてトランプを一緒にやろう、ということなんだろう。

少し考えればわかることだし、何よりこんな真昼間から私は何を考えているのか。

欲求不満なんだろうか、などと考えてしまうが日常への物足りなさからくるものなんだろうと気持ちを切り替えて私はトランプに集中することにした。


「睦月、わかってると思うけど神力でズルとかすんなよ?」

「しないよ、さすがに。命がけのゲームとかでもあるまいし」


私がいくら負けず嫌いだとは言っても、遊びに本気になるほど子どもではないつもりだ。

大輝の気を引きたくて色々やることはあるけど、さすがにそこまで大人げないこと、仲間内の遊びで……。

そう思っていた時期が、私にもありました。


「…………」

「…………」

「睦月……本気出してもいいんだぞ?」

「……それって、神力使えってこと?」

「アホか、俺だってそんなんしてねーわ」

「そんなチートみたいなことしてまで勝ちたいってわけじゃないわよね、睦月は」


アホって酷い。

そして、たかがブラックジャックで何で私、ここまで言われてるんだろう。

そもそもほとんど運ゲーなのに、本気もクソもないと思うんだけど……。


「睦月ちゃんはまだ、手札に恵まれなかっただけだって。それに何か賭けてるわけじゃないんだから、気楽にいこ?」

「…………」


桜子にまで慰められるなんて、情けない……。

大体ゲームなんだから、と思っても誰か競う相手がいるのがよくない。

だからって一人でやれるトランプなんて、神経衰弱とかせいぜい占いくらいしか思いつかないけど。


とは言え勝ち負けに拘り過ぎて雰囲気をギスギスさせても、ということで努めて気にしない様にしてみると、案外楽しめることがわかった。

そして楽しくなってきた、と思ったその時。


(スルーズ、聞こえるかな)


頭の中に直接声が……これ、いつもならノルンなんだけど……この胸糞悪い声は。


「ぶっ殺おおおぉぉす!!」

「ひっ!?」


ムカっ腹が立ってつい衝動的に、手持ちのトランプを床に叩きつける。

みんなが怯えて私を見ていた。


「あ、ご、ごめんあはは」

「…………」


ったく何なんだ、せっかく人が楽しくやっていたところで……。


(スルーズ、聞こえないかな?ノルン、聞こえてないみたいだからもう少し音量上げられたりするかな?)


おいやめろ……お前の声なんか大音量で聞こえてきたら発狂するわ。

仕方ないので、居留守は不可能だと諦めて私はその声に応じることにした。


(何だよ汚物野郎。こっちは今楽しくトランプ遊びしてんの。友達のいないお前にはさぞ妬ましいだろうが、邪魔するならぶっ殺す)

(あ、聞こえてたんだね。良かった良かった)

(ちっとも良くないっつの。お前のせいで気分が悪くなったから、損害賠償請求するわ)

(その理不尽さ、相変わらずだねぇ……いや、ちょっと頼みたいことがあったり、なんて)


あったり、なんて。

じゃねぇっつんだよクソ野郎!!

そう叫びそうになるのを、何とか我慢する。


既に相当怯えさせてしまっているみんなを、これ以上怖がらせるわけには行かない。


「どうしたの?何かあったの?」


みんなが心配そうな顔をして私の顔を覗き込んでくる。

大輝だけは心配というよりやっぱり怯えている感じがするのが気になる。

あのクソ野郎……。


「あ、ああちょっと神界から念話が」

「マジか。緊急の用事か?」


ついさっきまで怯えていたはずの大輝が顔色を元に戻して、問いかけてくる。

まだ用事は聞いてないから何とも言えないが、相手がロキなのがマジで腹立たしい。


「その顔、ロキからなんじゃない?」

「さすが明日香、鋭いね……」


私がそう答えると、明日香はやっぱり、という顔をする。

明日香の中では大輝が恩義に感じているから、と割り切っている感じがあるが、私の中ではまだまだまだまだ積年の恨みは晴れてなどいないのだ。


(用件を言ってもいいかな?)

(だが断る。お前の用件とかどうせ、ロクでもないことに決まってる。そんなもん私が聞いてやる道理は何処にもない)

(そう言わずに、頼むよ。もしかしたら神界全体の危機になっちゃうことも考えられる話なんだ)

(はぁ?何言ってんだお前……)


そうは言ったが、どうもロキの周りが騒がしい様な気がする。

ちょっと、ここはもう危ないかも、とかノルンらしい声が聞こえた。


(どういうことだ?何が起こってる?簡潔に話せ。場合によってはお前も後でぶっ飛ばす)

(あはは……まぁぶっ飛ばされるのはほぼ確定かもしれないんだけど……冥界のゲートを閉め忘れちゃいました)

(…………)


何が、閉め忘れちゃいました、だ!!

んなぶりっ子しても気持ち悪いだけなんだよクソ汚物野郎が!!


「睦月、顔!顔!怖いから!!」

「……は!ご、ごめん。えっと……どうするかな」


神界の危機。

ロキが言ったことが本当なんだとしたら、相当なことになっていると想定される。

魔獣なんかが跋扈する神界とか、カオスすぎる。


(ああ……僕らを討伐しに来た時みたいに、人間は今回連れてこない方が賢明かもしれない。今回の首謀者というか……敵のボスは、ヘルなんだ)


しばらく聞いていなかった、懐かしい名前を聞いた気がする。

ラグナロク以降ずっと行方不明になっていた、暗黒の神ヘル。

ロキの話から察するに、冥界にずっといたってことになるのか?


と、その時。

ロキの周りで爆発音が聞こえ、そのまま通信が途絶えた。

何なんだ本当、一体何が起こっているんだ?


「ねぇ、どうしたの……?」


みんなが不安な顔をしている。

しかし状況を説明しようにも、まだ情報が足りな過ぎる。

こんな状態でどうやって……人間は連れてこない方がいい、という敵のボスであるヘル。


確かにあいつの言う通りだろう。

魔獣の討伐程度なら、また神力を付与することで何とか出来るかもしれない。

しかし、運悪くヘルにかち合ったら……。


「とりあえず言えるのは、神界が危ない、ってことみたい」

「えっ!?」

「おい睦月、それってどういうことだ?」

「いや、それが……途中で何か爆発する様な音が聞こえたと思ったら、通信が切れちゃって」

「それって、割と切迫してない?」


朋美が以前大輝を救出しに行った時を思い出しているのか、険しい顔になる。


「私たちも行った方がいいの?」


桜子も協力的ではあるが、今回はそんなわけにもいかないだろう。

相手が相手だけに、さすがに人間の身には荷が重すぎる。

しかも目的やらが未だ不明とあっては、何が起こるかも想像できないのだ。


そんなことを考えていると、てっきり死んだか?と思われた胸糞野郎の声が再び聞こえてきた。


(……と、悪いね。ちょっとこっちにも襲撃がきたもんで、薙ぎ払ってきたところだよ)

(あのな、焦らせんなよ……で、状況は?ヘルの目的はわかってるのか?)


別にロキがどうなろうと知ったことじゃないが、ノルンに何かあっては、という問題がある。

もっともこの念話自体、ノルンの力を使ってやっているんだろうから無事であることはわかるが。


(どうも、芳しくないね。トールとスクルド、バルドルにオーディン様が迎え撃ってるけど……状況としては劣勢だよ)


神界の戦闘要員が出向いても劣勢って、ヘルは一体どれだけの力をつけてきたんだ?

考えられるのは、弱いところを狙われた場合にそれらを庇いながら戦うとなれば……徐々にでも劣勢に追い込まれるということはあり得るかもしれない。


(ヘルの目的については、一瞬本人が出した声明によれば……オーディン様への復讐、らしい)

(何だって!?)


復讐……っていうのはどういうことだろうか。

行方不明になったことと何か関連が?


「行くなら、早く行こう。睦月がそんな顔するって相当なことだろ?」

「あ、うん……だけど、今回人間であるみんなを連れて行くことは出来ない」

「え、何で!?」

「……なるほど、それほどの相手、ということなのね?」


桜子が驚きの顔を見せるが、明日香は冷静に私の話から状況を察した様だ。

以前の経験は無駄にはなっていない、ということかもしれない。

だけどそれだけで神界が追い込まれるほどの相手との戦いに、連れて行くわけには行かない。


私が簡単にロキの話をまとめて説明すると、皆一様に息を呑むのがわかった。

そして消去法で連れて行けるのは、大輝だけであることも説明すると、大輝は緊張の面持ちで私を見る。

状況にもよるが、私が大輝を守るという気持ち自体は変わっていない。


だけど大輝は大輝で、これまで過酷な修行に耐えてここまで来ているのだ。

それなりの力をつけていると見ていいだろう。

今回はもしかしたら、私の方が助けられたりということもあるかもしれない。


(おい、それがどういう意味なのかまで、お前は聞いたのか?)

(いや……だけど、並々ならぬものを感じたし、執念自体が嘘には思えなかった。相当な恨みを持ってると考えていいかもしれない。あと、各地で魔獣による被害も出始めているみたいだ)

(わかった、今回は私と大輝だけで行く。だけどお前……あとで覚えてろよ)

(ははは……恩に着るよ……)


そう言って通信が切れ、私は最後のまとめとしてみんなに改めての状況説明をする。

それを聞いて、さすがに今回ついて行っても仕方ないと考えたのか留守番をする、と申し出てくれた。


「じゃあ……行くか?俺は行っていいんだよな?」

「そうだね、というか今回は大輝の力が必要になると思うから。みんな、愛美さんと和歌さんによろしく言っておいて」

「ねぇ、睦月ちゃん!」


私たちが出発しようと準備を始めると、桜子が不安そうな顔で問いかけてくる。

あの桜子が、珍しいこともあるものだ。


「ちゃんと、帰ってくるよね……?」

「当たり前じゃん。そもそもここ、私の家だし。だからしっかり留守番しててよね」


そう言って私と大輝とで桜子の頭を撫で、私は寝室へ。

大輝には直接神界へ飛んでもらう。

それにしても、退屈だなんて滅多なこと口にするもんじゃないなぁ……。


今度からは気を付けないと……。

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