第87話
「お前に足りないのは女子力だ」
「…………」
「睦月、さすがにそれを言ったら身も蓋もないよ……」
大輝とソールが親子デートをしているであろう頃。
私たちは堅物を少しでも柔らかくするべく、再びヴァナヘイムに来ていた。
それと言うのも、まず大輝がいなくて暇であるということがまず一つ。
確かに大輝がいなければ主食のない食事の様なもので、物足りないと訴えるメンバーは多く、何か解決策でも、なんて思っていたのだがそんな時に桜子が言った一言が引き金になったと言える。
『ねぇ、こないだ会った縁結びの……子分さんだっけ?』
『ロヴンよ、桜子……子分とか何でそんな小者臭い名前なのよ』
本気で間違えたんだろうとは思うが、さすがにその間違え方はロヴンが哀れになる。
あんなのでも一応頑張ってはいるし、この私であってももう少し優しくしてやろう、なんて思ってしまう。
『まぁ小者臭くはあったよな、確かに』
和歌さんもうんうん頷きながら割と辛辣だ。
かく言う私も否定は出来ないのだが。
『うん、それでロヴンがどうかしたの?』
『お礼、しなくていいのかなって。何だか大輝くんのお母さんの名前で顔パスみたいになっちゃったけど、あんまりじゃないかなって』
優しい子だなぁ、と思った。
確かに桜子が言いたいことはわからないでもない。
あのクソとエロ女神にすら礼を言ったという現実があるのに、それを成す為にある程度の力を使ったロヴンに礼をしていないというのは変、という考えが間違っているとは思えなかった。
ソールに会うよりはダメージが少ないだろう、という意見も出て私たちは暇つぶしがてらロヴンに礼をしに行こうということになった。
そして神界へ行ってロヴンを見つけて、冒頭に至るというわけだ。
「お前、いきなり何なんだ?喧嘩でも売りにきたのか?」
「何でそうなる?恩義を感じてるからこそ、お前の欠点を指摘してやったんだ。ありがたいだろ?」
「…………」
何だろう、凄く納得いかない、という顔で見られている。
そしてみんなもさすがにそれは、とロヴンを憐れんでいる様だった。
確かにこの豆腐メンタルに対して、出会い頭の指摘はきつかったかもしれない。
「そういえば今、大輝とソールってデートしてるんだっけ?」
愛美さんの言葉にロヴンがピクリと耳を動かした。
やはりソールの動向は気になるらしい。
まぁ、あれだけビビってた相手なんだし、その相手が私たちと繋がってるとわかればそうなるのも理解は出来る。
「デートって……あの大輝とやらとソールは血の繋がった親子なんだろう?まさか大輝は親相手でもそういう関係を望む様な鬼畜なのか?」
「お前、マジでぶっ飛ばすぞ。大輝は確かにハーレムの主みたいなもんだけど、そこまで倫理観崩壊してないから。次それ言ったらマジでぶん殴る」
「おいおい落ち着け睦月……礼を言いに来たはずの相手を脅迫してビビらせてどうするんだ。こんなに怯えてるじゃないか」
「…………」
しまった、ついカッとなってしまった。
あまりにも失礼なことを言うもんだから、売り言葉に買い言葉というか……三倍返しくらいになっちゃったけど。
とは言っても、大輝にその気がなくてもソールは異常なほど大輝を溺愛している様に見えるから、もしかしたらソールはそうなっても後悔しない、くらいのことを考えていても不思議はない。
だからってそんな、大昔のヴァナヘイムで流行ってた様なことをさせるつもりはないが。
「ロヴンだっけ、人間界行ったことあるか?もしないんだったら、あたしたちが人間界案内してやるよ。今の人間の恋愛事情とか見たら、仕事の参考になるかもしれないだろ?」
そう言った愛美さんはおそらく、大輝とソールの様子を見に行こうぜ、なんて考えているんだろう。
正面切って邪魔したらソールの怒りに触れて、なんてことも考えられるが遠くから見るだけなら、もしかしたらセーフではあるかもしれない。
何よりみんな、大輝がいないという現状が物足りないと感じているのであれば、理にはかなっていると思った。
「人間界は、ソールが以前行ったというのを聞いてから、怖くて行ってない。恐ろしいところだと言っていたからな」
「それ……一体いつ行ったんだよ、ソールは」
「かなり前のことだがな。少なくとも人間であるお前たちは、生まれてすらいない頃だ」
そんなことがあったのか。
まぁ仲良しなわけじゃないし、知らなくても仕方ないよね。
人間界が今夏で暑いとは言え、ロヴンのこのひらひらした薄着で歩いていたら男の視線を集めそうではあるし、それはそれで面白くない。
一応人間の服を貸してやるか、という訳で私は一枚のワンピースを生成した。
髪の色と合わせたつもりだが、ロヴンが気に入るかどうかは別にどうでもいいか。
「これに着替えろ。んで羽隠して、向こうで人間界だの神だのって言葉は使うなよ?」
「え……私が人間界に行くのは、決定事項なのか?」
「当たり前だろ、お礼なんだし色々ご馳走してやるよ。何をビビってるのか知らないけど、みんなが生まれてない頃に比べたら大分変ってるからね。安心してついてこい」
そんなわけで、私たちはロヴンへのお礼という名目の人間界ツアーを敢行することになった。
「な、何だこれは……」
人間界に降り立ったロヴンが、その人の多さに目を丸くする。
神界の人口に比べたら、そりゃ比較にならないほどの人間がここだけでもひしめいているわけだし、ロヴンが驚くのも無理はないだろうと思う。
ここは大輝とソールがおそらくデートをしているであろう駅前。
大輝はともかくソールはかなり目立つであろうという予想から、私はまずそれらしき人物を探す。
「睦月、あそこ」
「ん?」
明日香が何かに気づいた様だ。
そしてその方向には、軽薄そうな男が二人、大輝とソールに絡んでいる。
何となく想像していた展開ではあるが、まさか本当にナンパされているなんて。
「あれは……何だ、お茶に誘っている様だが。四人でお茶とか、別に断る理由などないだろうに」
「アホか。お前は本気でそんなこと考えてるのか?あれはナンパだよ。だけど、ソール機嫌悪そうに見えるな……」
「……あの顔……私でもあんな顔は見たことないぞ……」
絡まれたことが原因なのか、それとも別に原因があるのか。
どちらにしてもソールは機嫌が悪いらしく、何やら物騒なことを口走っていて、その瞬間大輝がソールを抱えて走り出すのが見えた。
「私には会話までは聞こえなかったのに、何でか大輝くんがソールを抱えて走った理由がわかるわね。何でかしら」
「うん、あたしにも聞こえなかったけど、あいつ……巻き込まれ体質だからな」
明日香や愛美さんと言った人間勢には、確かにこの距離じゃ会話までは聞き取れないだろう。
だがちゃんと察している辺り、大輝のことをよくわかってきていると思う。
「あんまり近づくと気付かれるかもしれないから、私たちはゆっくり行こう。ソールの気配も大輝の気配もばっちり掴んでるから、見失ったりはしないでしょ」
二人の動向を見守りながら、緩い追跡をしていると、今更ながらにロヴンが睦月の姿を見て違和感を訴える。
やれ小さくなってるだの、あんまりにもうるさいのでイラっときた私はタコ焼きを買って、焼き立てホカホカのを一個、その口に詰め込んでやった。
「あっふ!!あっふ!!」
ロヴンは涙目になりながら目を白黒させる。
その様子を見たみんなが腹を抱えて笑い、何とか咀嚼して呑み込んだロヴンが超絶恨みのこもった目で私を見てきた。
「お前……礼とか言いながらこの仕打ち……」
「何言ってんだよ、お礼だって。旨かったろ?あ、残りも全部食べていいからな」
そう言ってタコ焼きの乗ったパックを渡すと、ロヴンは一瞬躊躇ってその手を伸ばしてタコ焼きを受け取った。
「……それは否定しないが……うう、口の中がひりひりする」
「そんなの神力で何とかしろよ。それより、有無を言わさず連れてきちゃったけど仕事は良かったのか?」
「今更な質問だな、本当に……まぁ今日は訪れる者も少なかったからな。私だって席を外すことくらいはあるし、一日くらいならいなくても問題ない」
確かに神ばっかりの神界で、急かす様なやつはほとんどいないと言っていいだろう。
私みたいなのはイレギュラーだとか以前誰かが言っていたけど、誰だったかな。
まぁそれは今いいか。
「大輝たちはちょっと路地入ったとこにある喫茶店に入ったみたいだね。さすがに同じ店に入るとバレるから、一瞬だけ様子を見ようか」
ロヴンが桜子にせがまれてタコ焼きを食わせてやったりしているのを見て、餌付けか、なんて思ったがタコ焼きはちょうどよくなくなったみたいだから、私はそのゴミを受け取って処分した。
大輝たちがいる喫茶店の前を通りがかって、中をチラリと見るとソールがスプーンを食べようとしていて、大輝がそれは食べ物じゃない、と注意しているところだった。
パフェか……そういえばお菓子買って行ってたし、どうやらソールはチョコなんかが気に入ったと見える。
それにしても苦労してるな、大輝……世話焼きだから何とかなってるが、大輝がものぐさなやつだったら今頃デートどころじゃないだろうと思う。
「ソールが食べているのは何だ?やけに色味豊かだったが」
「ああ、あれはパフェってやつだね。美味しいよ。食べてみたいか?」
「甘いものが好きなら、ハマるかもしれないわね」
明日香の言葉にロヴンが過剰反応し、しかし食べたい、とは明言しない。
本当にめんどくさいな、こいつ。
「まぁ暑いしな、喉も乾いたし私たちも別のところで休憩しようか」
和歌さんがそう言って、私たちはロヴンを連れて駅ビルの中にある喫茶店に入ることにした。
こうでもしなければロヴンはずっと、食べたい、という顔をしながらそこから動かなくなりそうだから。
「これが、あのソールも食べていた……」
「ああ、そうだな。けどその食器まで食おうとか思うなよ?」
「バカにするな。私だって食器を使った食事くらい普段からしている」
「…………」
「…………」
ソールの食生活の話を聞いていたからなのか、みんなは疑いの眼差しでロヴンを見ていたが、ロヴンはちゃんとスプーンを器用に使って、パフェをあっという間に平らげていった。
「あ、もうない……」
「さすがに食べるの早すぎるだろ……」
空になった容器をスプーンでこつこつ叩く音が聞こえると、これには和歌さんでさえもややぽかんとした顔をしていて、ロヴンも相当パフェが気に入ったということはよくわかった。
しかしさっき神界で人間界が怖い、とか言って怯えていたやつとは思えない食べっぷりだったな……。
「ロヴンさん、気に入ったみたいだね。美味しかったでしょ。食べ過ぎるとさすがに太っちゃうからそんなに毎日とかは食べられないけど、私もパフェは好き」
桜子のはチョコではなく抹茶パフェだが、ロヴンは人の分までも物欲しそうに見ている。
神界にはこんなの確かにないから、珍しいのはわかるけど……親鳥に餌をねだる雛じゃないんだから。
とりあえず垂れてるよだれだけでも拭いて待つくらいしたらいいのに。
「ふふ、ほしがるねぇ……んじゃ、さっきのタコ焼きのお返しぃ」
そんなことを言いながら、今度は桜子がロヴンに餌付けしている。
ロヴンも性別が女なだけあって甘いものは好きらしい。
恥も外聞もなく桜子から餌付けをされていたロヴンは、とても幸せそうに見えた。
 




