第83話
「…………」
「…………」
さてやって参りましたヴァナヘイム。
かつてこの町は人間界で言う風俗街みたいな場所だった。
人間界で言えば歓楽街……に近いんだろうか。
とは言ってもお金を払ってどうこうとかそういうものではなく……何というのか、出会いに特化した町とでも言おうか。
出会いと欲望の町、という表現がぴったりかもしれない。
一応建前的な呼び方で愛の町、なんて呼ばれていたこともあるが本当にそんなのは建て前で、今でこそそんな風潮はほとんどないらしいが、ラグナロク以前は近親間での恋愛なんかも当たり前だったのだ。
愛情というのは大胆にさせる効果でもあるのか、そこかしこで恋人たちがイチャイチャしていて正直人間には刺激の強い街かもしれない。
いや、同じ様な理由でノルンも行きたがらないんだけど。
あいつもこういうの、得意でないみたいだし。
現に愛美さんなんかは、ほほー、とか言いながら堂々と周りのカップルを見ているが、他のメンバーはどちらかと言えば直視し難い、という感じでチラチラ見ながら顔を赤くしている。
最初は私と大輝だけで来ようと思ったが、大輝を助けに行ったのは全員なんだから、行くならみんなで、ということになってハーレムメンバー全員がついてくることになった。
結果、朋美と桜子は少しずつ慣れてきたのかあまり視界に入れない様にしている様だが、明日香とか和歌さんは来なきゃよかった、みたいな顔をしている。
そもそも何でこんなところに来ているかって言うと、話は昨日に遡る。
ある程度修行をやってきた大輝だったが、ふと思い出したかの様にロキとフレイヤのことを話題に出した。
正直あれだけぶちのめしてしまった私としてはちょっと耳の痛い話ではあったが、大輝が言うことには、恩もあるし復活させてやりたい、とのことだった。
それも割と早急に。
そしてそれが出来る神は私の知る限りロヴンという縁結びの女神のみ。
縁結びの女神が何故?とみんなは不思議そうだったが、ロヴン曰く縁というのは魂同士の結びつきによって成り立っている。
つまり、彼女に頼めばロキもフレイヤも、元通りに出来る。
タダで引き受けてくれるかはわからないが、現状これしか方法はないだろうと思われる。
みんなとしてもあまり気は進まない様ではあったが、私と同じ様に敵意むき出してロキたちと対峙していただけに、今回は逆らわずに行こう、ということになってロヴンの行方をオーディンに相談した。
するとこのヴァナヘイムにいるということが判明したので、私たちは急遽ここに来ることになったのだ。
「なぁ、こんなところにそのロヴンっての、いるのか?」
「うん、まぁこんなところだから、って言うのが大きいかな。何しろこのカップルの大半はロヴンが結んだやつらだし」
愛美さんが周りのカップルから目を逸らすことなく、私に質問してきた。
愛美さんのこういうところは、素直に感心出来る。
「人間界でもこんな場所、そうそうないんじゃないかしら」
「そうですね……というかこんなこと人間界でやってたら、今の世の中かなりうるさいみたいですし」
主に子どもの情操教育上よくないとか、そういう風潮なんだろうと思う。
自分たちだってそういうことして子ども生んでるくせに、なんて思うこともあるが考えは人それぞれなのだろう。
もっとも神界にそう言った概念はないから、こっちでそんなことを口にしようものなら一瞬で頭のおかしい子扱いされるかもしれない。
「む?そこにいるのはスルーズか?あのちゃらんぽらん女の」
「……出たな堅物女」
ロヴンを探そう、と思って街中をある程度注意深く見ながら歩いていたところで、やや低めのいかにも私が堅物です、と言わんばかりの声が聞こえた。
悪意をもって発せられたその言葉に、一瞬で探し人であることがわかる。
白衣に黒縁メガネ、藍色の長い髪を三つ編みにした釣り目というか狐目女。
「随分久しぶりじゃないか、ちゃらんぽらん」
「そうだな、相変わらずみたいで何よりだよ、堅物女」
「…………」
何でいきなり臨戦態勢なんだよこの女……。
こっちは一応平和的にお話しに来ただけだって言うのに。
知り合いに会ったらとりあえず喧嘩売らないと死ぬ病気か何かなの?
「そこのは家来か?何ともお前らしいじゃないか、傍若無人女」
「変なあだ名増やすなよ蜘蛛の巣女。あと家来じゃなくてそこにいる女神の恋人だから」
「ぶっ……蜘蛛の巣って……」
他のメンバーが理解できずぽかんとしてる中、愛美さんはさすがというべきか一瞬で理解して吹き出していた。
堅物と呼んでいたことから連想できたことなのだろうが、ロヴンはきっと理解できていない。
「何だ蜘蛛の巣って……私の脳は毎日きちんと使われているぞ。お前みたいなのと一緒にするな」
「誰も脳みその話なんてしてないから。だから頭固いって言うんだよ。こんなイカれたところで仕事してる割にな」
「何だと……?」
私とロヴンが早速いがみ合ってしまったので、大輝としては切り出すタイミングが掴めない様だ。
見かねた明日香が私の肩を叩いて、現実に戻してくれた。
「ああ、そうだった……ていうかお前、オーディンから用事聞いてんじゃないの?何でいちいち突っかかってくるの?寂しいの?」
「貴様こそ何故わざわざそんな煽る様な言い方をする?突っかかられたからっていちいち反応するから貴様は脳筋だと言うのだ」
「…………」
「…………」
「あのー……」
明日香が戻してくれた現実を瞬く間にバトルフィールドにしてしまった私を、今度は桜子がもう一度戻してくれる。
「あんまり時間かけてもいられないので、もし何か必要なものとかあるなら協力しますけど」
「……ふん、そこのちっこい人間の方がよっぽど貴様よりも器が大きい様だな。見習ったらどうだ、脳筋」
「……あんたは最後まで私と喧嘩がしたいのか?」
「ち、ちっこいって言われた……」
「あー……桜子、どんまい。桜子はちっこいから可愛いんだ、俺が保証する」
とにかく時間が惜しいからということで朋美なんかも加わってロヴンの説得をする。
私は少し離れたところからそれを見ていた。
近くにいたらまた喧嘩になってしまいそうだ。
「仲が悪いって聞いてたけど……こういうことだったのか、想像以上だな」
「……まぁね。昔からあんな感じだよ。別に私だって、突っかかってこなければあんな風に対応したりしないんだけどね」
「わかってるよ、お前は別に脳筋じゃない。俺がわかってるんだから、それでよくないか?」
「大輝……」
大輝はそう言って頭を撫で……ようとしたのに手が届かない様だ。
女神化の影響で体が小さくなったせいか、私との身長差がすごいことになっている。
何だかさっきまで怒り心頭だったのがバカみたいに思えてきて、逆に私は大輝の頭を撫でてあげた。
「お前、本当の姿だとかなり身長高いんだな。羨ましいぜ……」
「別に人間の姿ならお互い丁度いいくらいなんだから、気にしないんだよ」
などとイチャイチャしていると、ロヴンから声がかかった。
「おいそこのピンク羽。ロキとフレイヤを元に戻してほしいそうだな」
「ぴ、ピンク羽……?」
さすがにショックな呼ばれ方だったのか、大輝は唖然としている。
このアマ……言いたいこと言いやがって、よりにもよって大輝に……!
「おい蜘蛛の巣コラ、誰に口利いてんだ。それ以上舐めたこと言ったら、顔の形変わるまで殴るぞ」
「ぬ……お、お前は昔からそうだ。口で勝てなくなると手を出してきて……」
「なぁ睦月、俺ならいいから……ピンク羽もまぁ、事実ではあるからさ」
「…………」
大輝がそう言うのであれば、と私は大輝に任せることに決めた。
今度あんなこと言う様なら、たとえお天道様が許しても私が許さない。
「すみませんね、ロヴンさん。うちのが失礼なことばっかり言って。それでもこいつら全員、俺にとっては大事なやつらなんです。で、あいつらも俺のことを凄く大事にしてくれているので」
「俺、ってお前男なのか?それともそういう趣味か?」
「……話せば長いんですが……元は人間の男なんです。母が太陽の神のソールなんですけどね」
「んな!?そ、ソールだと!?あいつ、子どもがいたのか!!」
何だか雲行きが変わってきた様に見える。
ソールの名を出した直後から、どうもロヴンの様子がおかしい。
「えっと、俺の母に何か?」
「い、いや……」
どうもソールの名が出てからというもの、ロヴンは全身にあり得ない量の汗をかいて目が泳ぎ気味になっている。
何か因縁でもあるのだろうか。
「そ、そうか、ソールの、な……な、なら聞いてやってもいいかもしれない……うん……」
「どうかしたんですか?母と仲良かったとか?」
「え!?あ、ああ、そ、そりゃもう!!何て言うんだ?もう肩組んで往来を一緒に歩く様な、そう!!そんな感じのイメージだぞ!もう本当に仲良し!」
「……お前、もしかしてあれか、ソールの怒りにでも触れたんだろ」
「っ!!」
ロヴンが先ほどまでの泳いだ目から一転、泣きそうな顔に変わる。
よほど怖い思い出でもあるのか、わなわなと震えだした。
「お前……昔一応忠告はしたと思うんだけどな。相手を選んでそういう態度は取れよって。口は禍の元って言うだろうが」
「……だ、だって……何言ってもニコニコしてたから……」
「…………」
そりゃソールに限らず明らかに格下であることがわかる相手に、初っ端からムキになる方がどうかしてる。
……まぁ、私が言うなって話ではあるんだが。
そしてここまで怯えるってことは、泣いても喚いてもあのソールには通じなかったということなんだろうと推測される。
まぁ、あの通りの神だし……泣き落としなんか絶対通用しないだろうな。
下手をしたら、ソールは自分以外の女全員を大輝に集る虫くらいに思ってるかもしれないわけだし。
「た、頼むからソールには言わないでくれ……さっきのことは全部謝るから……」
「えっと、ロヴンさん?」
「な、何でもしますから!!」
そう言ってあのクソプライドの高いロヴンが大輝に土下座をする。
そもそもソールが目の前にいるわけでもなく、大輝の母がソールだって言っただけでこれか。
裏も取らないで……って、裏取ったらこいつショックで倒れるかもしれないな。
そんなロヴンを見て、大輝は慌てて頭を上げる様に言っていて、他のメンバーはいい気味だ、という顔をしていた。
大輝にピンク羽と言ったことを根に持っているのだろう。
私も確かにイラっとはしたが……可愛いとは思う、ピンク羽。
「言わないですよ。そもそもそんなに頻繁に会わないし」
「……でも、一週間に一回会うって言ってなかった?」
朋美がまだロヴンを恨みに思っているのか、口を挟む。
まぁ、気持ちは良くわかる。
「おい、余計なこと言うな!」
「ふ、フレイヤとロキの魂だよな!任せろ!!」
そう言ってロヴンが色々と準備をし始める。
しかし、ふと真顔になってまたも泣きそうな顔で私たちを見た。
今度は一体何なんだ、本当にめんどくさい女だな……。
「……二人の魂は、どこにあるんだ?」
「あー……どうだろ」
さすがに大輝にもわかるわけもなく、当然のことながらあいつらを滅ぼしたのは私なので、大輝は私を見た。
「……多分冥界かな。二人とも私が冥界で吹っ飛ばしたから」
「貴様は……本当に野蛮だな。この器の大きいぴん……ソールのご子息を見習え!」
「あ、名乗りもしないですみません。俺、宇堂大輝です。大輝でいいですよ」
「そ、そうか……」
「…………」
それはそれとして、ロキとフレイヤの魂の在処……考えもしなかったな。
もし冥界なんだとしたら、さすがにまた行かないといけない気がするんだけど。
めんどくさいな、それはそれで。
「ロキの魂はわからないけど、フレイヤのならわかるよ」
そんなことを考えていたところで、不意に男の声がした。
振り返るとそこにいたのは、フレイだった。
「お前、確か……フレイヤの兄貴だっけ?」
「久しぶりだね、スルーズ。あとロヴンも」
「ついでみたいに言うな……それよりフレイヤの魂の在処がわかるって、どういうことだ?」
突然現れた優男……フレイを見て、メンバーは訝し気な顔をする。
「フレイ……?フレイヤの兄貴って言ってたけど」
「じゃあ、敵か?敵なのか?」
もちろんそんなわけがないし、仮にそうだとしてもフレイの戦闘力はそんなに高くはないんだけどね。
双子なだけあって、顔はフレイヤとうり二つなことからメンバーはみんな警戒している様だ。
確かに決していい思い出ではないだろう、というのは想像に容易い。
「二人も知っての通り、僕とフレイヤは双子だから。あの子が何処にいても大体わかるのさ」
「へぇ……そういうものか、なら話は早いな。で、何処にいるんだ?まさか冥界なんて言わないよな?」
「うん、それは大丈夫……ていうか、ずっとスルーズにまとわりついてるし」
「何だと!?」
魂は確かに砕くと粒子状になるから、理屈としてはわからなくはない。
だからって何で、私に……気持ち悪い。
そう思って体をあちこちパンパン払ってみるが、効果はありそうになかった。
「あはは、相変わらず面白いことするね、スルーズ。まぁそんなわけだから、あとはロヴンの仕事じゃないかな。ロキの魂の在処まではわからないけど、同じ状態になったフレイヤだったらもしかしたらわかるかもしれないよね」
そう言ってフレイは立ち去ろうとした。
妹に会って行かなくていいんだろうか。
「ああ、僕はたまたま立ち寄っただけなんだ。別に妹に用事はないしね。よろしく伝えておいてよ」
振り返ることなく、片手を上げてフレイはすぐに姿を消す。
もしかしたら言わないだけで兄妹の仲がよろしくないのかもしれないし、私たちがとやかく言うことでもないのでそのまま見送った。
「……というわけだ。気持ち悪いから早くやってもらっていい?」
「自業自得じゃないか……ちょっと待ってろ」
そう言ってロヴンは泥棒の七つ道具みたいな仕事道具を取り出すと、私の体をじろじろ見始めた。
漸く大輝のお願いの一つを叶えることができる。
そして気持ち悪いから本当、早くしてほしい。




