第80話
大輝のあの能力暴走から数日。
ひとまず大輝には能力をある程度ちゃんと使える様にする為の修行をしてもらうことにした。
翌日には収まっていたものではあるが、あの暴走被害は未だに朋美や明日香の中で根強くトラウマを残していることもあるし、これから先また同じ様なことが起こらないとも限らない。
その度にあんな風に冷や冷やしながら生活するのはごめんだ、と女子メンバーからのクレームを受けて、私は大輝に特訓をしてもらうことにしたのだ。
元々ちゃんと女神としての力が機能する様に、ということで特訓しようなんて話はしていたこともあって、大輝は特に不満を唱えることもなくすんなりと応じてくれた。
正直なことを言えば、女神化した時の大輝はいつもの大輝とはまた違った可愛さを持っていて、私としては出来れば毎日でも見たい、というものでもある。
また他のメンバーからも女神化した大輝は好評だったということもあり、賛成多数で大輝の特訓は無事可決されたというわけだ。
「でも、具体的に何するんだ?」
「そうだね……まずは力の流れを掴むところからかな。時間かかるかもしれないけど、こればっかりはやってもらわないとどうにもならないから」
今の大輝は、女神の力そのものを内包してこそいるが、それを外に出すということが出来ない状態だ。
何処かのサイヤ人みたいに怒りをきっかけに、とかだとある意味では楽だが、大輝みたいなのんびり屋さんにはちょっときつい。
だって、普段本気で怒ることなんかまずないんだから。
自身の体や私たちへの危機が迫ることによって覚醒する、とかそういう類のものでもないし、何より覚醒自体は既に済んでいる。
となれば、あとは自分で力の使い方を掴んでもらうしかないのだ。
「と、その前に……んー、五十パーセント強ってところか」
「ん?何がだ?」
私が大輝の下腹部……人間の間では丹田と呼ばれる部分を触り、大輝の神力の容量を調べる。
もしかしたら初の女神化が解けて限りなくゼロになったことから、先日の様な暴走が起こったのではないか、という考え方も出来る。
携帯電話なんかもそうだが、充電が完全にゼロになった場合にはもちろん起動しなくなる。
電池のなくなった本体を充電をすることによって、電源が入る様になって正常な動作をする様になるのだが、ごく稀にこの時に誤作動を起こす、ということがある。
これは空っぽになってしまったところに、急速に充電によるエネルギーが注がれてしまうことによるものなのだが、大輝の体もおそらくは似た様な原理だったんじゃないかと思っている。
私を含めた一般的な神は、通常何もしなくても少しずつ大気中から必要な成分だけを吸い込んで神力に変換することで、神力を補充する。
たまにこれが出来ない神が現れることがあって、そう言った神にはまず充電の仕方から教えるというのが、私たちの中では通例になっていた。
では充電とは具体的にどうするのか。
意識と無意識の違い、と言えば簡単かもしれないが、多分大輝にそれを言っても理解できないと思われる。
私たちは、無意識でも大気中からの充電が可能だ。
だけど大輝はそれが出来ないから、何度もやらせて体に染み込ませる。
そうすれば寝ている時であっても、神力を体が勝手に補充してくれるという仕組みそのものが出来上がるというわけだ。
「ごめんごめん。流れを掴んでも、力を補給できなきゃどうにもならないからね。先にそっちからだわ」
「補給なぁ……食事とかじゃダメなのか?」
「それで補給されるんだったら、とっくに大輝の神力は百パーセントになってるから。今五十パーセントあるのは、多分体内の神力が無意識に充電したからなんじゃないかなって思うよ」
ともあれやり方等教える必要はあるし、簡単に説明してみせる。
集中力はある方だと思うし、きっかけさえ掴めばあとはどんどん覚えていくんじゃないかと思うんだけど。
「なるほど、イメージはわかった。じゃあちょっとやってみるかな」
「あ、ちょっと待って」
私が止めると、やる気になってたのに、という顔で大輝が私を見る。
そんな顔しなくても、と思うが必要というか、時間短縮の手段があるのだからそれを使わない手はないだろう。
ちなみに他のみんなは、今日は和歌さんも愛美さんも仕事で、朋美はバイトに行っている。
今いるのは私と大輝と明日香に桜子だけというわけだ。
そして明日香と桜子は、本を読んだりテレビを見たりしてくつろぎながら、私たちをチラ見していた。
「効率的に出来る方法が一個あるんだ。それで行こう」
「それって一体……」
「こうする」
指をパチン、と鳴らすと大輝の体が四つに分かれて……とは言っても切断された状態ではなくて、ちゃんとまんまの大輝が四人、ということだ。
もちろん能力自体も四等分されてしまうのだが、第一段階としてはこれでやるのがちょうどいいだろう。
「うわ……何してんの、さすがにキモい」
「大輝くんが四人って……これ幻とかじゃないの?」
「ああ、これ全部実体を持った大輝だよ。私が四人に分けたの」
「…………」
桜子は割と辛辣だが、明日香はまず目の前の現象が信じられていない様だ。
そして四人の大輝が顔を見合わせて、不思議そうにしている。
全部が本物の大輝だから、あとでやばい、本物がわからなくなった!ということもない。
「じゃ、全員そのままさっき教えた通りにやってみて。体の中の神力が少しでも補給されていく様な感覚があったら、手を挙げてね」
四人の大輝に伝えて私は休憩でも、と冷蔵庫からペットボトルのお茶を持ってくる。
大輝を含め、みんなこのやり方の意味が理解していない様だったが、私の狙いは割とシンプルだ。
まず、分散して作業をさせることになるが四人の大輝はそれぞれ感じることが違う。
見るものも聞くものも、それぞれの大輝の中で大きく異なるということだ。
そしてそれらを感じた中で、感覚を掴んだ大輝が一人でも現れたら、そこで一人に戻す。
そうすることで四人が持っていた記憶や経験を全て集約することができて、経験値としては事実上一人で四倍得られるというもの。
現状四人以上に分けるのは生命力までも分けるという性質を持つ以上危険だし、人間の脳みそはそこまで沢山の情報を一気に処理できるほど丈夫に出来てはいない。
なので四人程度がベストだと私は判断したのだ。
「なるほど……考えたわね」
「じゃあ、テスト勉強なんかもそういうズルが出来ちゃうんだね。たとえば四人でそれぞれ違う教科を勉強したりとか」
簡単に説明すると、さすがに二人は察しが良くすぐにこのやり方の応用を思いついたりしている。
確かにそういう方法もあるし、やろうと思えば学生メンバーの学力は飛躍的に向上することも出来るだろう。
ただしそういうのを望みそうなメンバーはいないし、時間のないときに限ってやる方が人間は追い詰められている状態でもあるので、効果は大きいかもしれない。
そんなことを考えていた時、大輝の一人が手を挙げたので、私はすかさず大輝を一人に戻した。
かかった時間としては一時間弱。
想像していたよりも大分早い気がする。
「すごいなこれ……いや、何て言うか俺がとんでもないやつになった気分だよ」
「まぁ、実際とんでもないやつになったんだけどね。そしたら次の段階だけど、これはもう何度も女神化してギリギリまで消耗して、充電して、っていうのを繰り返すんだけど……四人にするのは最初だけだね。回復が追い付かなくなるから」
先日の漫画肉の時の様なテンションになった大輝だったが、私が次の特訓メニューを説明すると、大輝は顔を真っ青にした。
しかしこんなところで止まってもらっては困るし、何かあった時に自分で何とか出来る方が、大輝の性格上すっきりすることも多いだろう。
そんなわけで私は心を鬼にして、大輝に地獄のメニューを課す。
「…………」
「そろそろきつそうだね」
休憩を挟んだりしながら特訓を続けること四時間。
時刻は午後二時になっていた。
冷房をある程度利かせてあるこの部屋にあっても、大輝は全身汗だくで仰向けに倒れていた。
「ね、ねぇ……大丈夫なの、これ……」
「明日香は心配性だね。大丈夫じゃなかったらやらないよ。それに、大輝自身も神力を操る感覚を覚え始めてるみたいだから」
「おお……大輝くん、とうとう本格的に神様の仲間入りだ……」
桜子が感心した様に呟くが、オーディンが神界に登録している以上、先ほどまでの大輝だって既に神であることには違いない。
ただし力を持たないのであればそれは、ただの名前負けになるだけだしこの先何があるかわからない。
そしてそんなのは大輝も望まないだろう。
「いや……大分、コツは掴んできた気がする。まだ慣れてないだけで、多分続けていけば確かに出来る様になりそうだって思えるよ」
「そうだろうね。神力の流れも大分安定してきてるもん。さすがはソールの息子ってところだと思う」
「じゃあ俺も、母さんみたいに太陽の力とか使える様になるのかな」
「……どうだろ。正直、魂の色が似てるって言うのは多分性質が似ているってことでもあるはずだから、そうなる可能性は高いかもしれない」
正直この辺に関しては私よりもオーディンとかノルンに見てもらう方がいいかもしれない。
私は戦いに関しては専門だけど、他の神の性質なんかを見るのには向いてないって自分では思ってるから。
ただ、このまま大輝が力をつけていけば私と肩を並べて戦えるくらいの神になれるかもしれない、という予感はしている。
「いつか俺も、睦月を助けたりできる様になりたいんだよなぁ……」
「大輝……」
男の子だなぁと思うのと同時に、その気持ちが嬉しくて思わず抱きしめたい衝動に駆られる。
そんな時、大輝の携帯がテーブルの上で振動した。
数秒で鳴りやむ様子もなく、どうやらメッセージの類ではなく電話着信の様だ。
「大輝、電話鳴ってる。起きれる?」
「……ああ、何とか……」
桜子と明日香が手を貸して、大輝はよろけながら立ち上がった。
携帯の画面には、田所良平とあった。
「……何だろ。いつもならそんなに長く鳴らすことなんかないのに」
肩で息をしながら、大輝は電話を取る。
そして少し話したところで大輝の顔が険しくなり、一気に緊迫した雰囲気が伝わってきて私たちも思わず息を呑んだ。




