第65話
「でさぁ、昔変な名前のやつがいて……」
「へぇ」
迎えた大輝との二人きりのデート当日。
今のところ、大輝に変わった様子は見られない。
朝からデートをしていて、現在お昼の十二時過ぎ。
前半戦はまず肩慣らし的にバッティングセンターからのボウリングという、筋肉的に攻めたメニュー。
バッティングセンターの時は普通に、やってみたかったんだよ、なんて言っていた大輝だったが次にボウリングに行こう、と言うと物凄く嫌そうな顔をしていた。
多分、力使う様なの連発かよ、っていうのと昔の苦い思い出が蘇る、みたいな意味とでダブルで嫌だなぁ、と思ったに違いない。
とは言ってもちゃんとついてくるし、始まったら始まったで楽しそうにしていたし、ああいうところは大輝のいいところでもあるのだろう。
そして今は小休止的にファーストフード店で昼ご飯を食べている。
いつも大輝が食べるものは変わらない。
「五反田進っていうんだけど」
「それ、もうあだ名はキムチで決まりだよね。ていうか大輝、その子のことキムチとか呼んでたんじゃない?」
「な、何でわかった!?最初に名前聞いて、こりゃキムチだなんて思ったんだけど、気づいたらそう呼んでたわ」
「で、それが周りに拡散して定着しちゃった、と」
「そ、その通りだけど何でそこまでわかんの……マジでおっかないぞお前……」
大輝が本気で顔を青くし始めたが、私は大輝のことなら何でも知っている……というわけではない。
これに関しては、以前のやり直しの時に一回だけ見に行ったことがあって、たまたまおいキムチー、とか呼んでるところを目撃したという経緯があった、というだけのもの。
そしてそれを簡単に説明すると大輝はほっとした様な顔になって、徐々に顔色も戻って行った。
実は何気ないことから大罪の何かが目覚めたりしないかな、と密かに思っていたりする私は、先ほどから一言一句、一挙手一投足に至るまで注意深く観察を続けている。
……だって、私だけ除け者みたいで何となく寂しいし。
厳密には桜子も朋美も現段階ではまだ除け者なのだが、ハーレム発案者でもある私としては最終的に私だけ何もありませんでした、なんていう面白くもなんともないオチだけは勘弁してほしかった。
だから来るなら早く来い、という何とも不謹慎なことを考えてしまうわけで。
「ところで大輝、私って大輝から見てどんな女?欲張り?ヤキモチ妬き?怠け者?怒りっぽい?」
「は?何だ突然……少なくとも最後のだけは違わないか?俺、お前が本気で怒ってるの見たことないんだけど。まぁ、見たくもないんだけどな」
「え、何で?私別に怒ってもそんなに怖くないよ、多分」
「いや絶対嘘だ。というか、普段怒らないやつが怒る時って、基本的に何が起こるかわからないから怖いっていう要素もあるからな。そう言う意味でもお前は想像がつかないから、できれば怒ってるところは見たくない」
大輝の言いたいことは何となく理解できるが、私が神界でどんななのか大輝は知らないんだろう。
というかメンバーの誰も知らないだろうし、昨日ロキを問答無用でボコった、という話をした時のみんなの反応からもそれは窺える。
普段飄々としている様に見えるだろうし、何考えてるかわからないやつ、みたいに思われてるのは重々承知しているし、自分でも意識的にそうしているところはある。
だって、普段から何考えてるのか丸わかりじゃ面白くないでしょ。
「で、午後どうするんだ?行きたいところあるなら付き合うぞ?」
「そうだねぇ……午前はたっぷり運動したから午後は少し落ち着いていこうか」
というわけで私たちはゲーセンにやってきた。
大輝は落ち着いたところがゲーセン?という顔をしていたが、別に運動をしなければいいだけのことだし。
ダンス系のゲームとかやらなきゃ、至って静かなものだと思うのは私だけだろうか。
「UFOキャッチャー……あんまいいのないなぁ」
「お前、今でも可愛いもの好きなの?」
「ダメ?昔から可愛いものは何でも好きだよ。ちなみに大輝と朋美の共作のぬいぐるみは、こないだ実家から回収してきました」
「うおお……あれか……今考えるとちょっと恥ずかしいな」
「そう?可愛いじゃん。割と気に入ってるんだよね、あれ」
そう言いながら店内を物色して、やはり目につくのはプリクラ。
クラスのバカな女が、新しいのが出てどうこう言っていたのを聞いたのを思い出した。
「あれ、行こう。やっぱりデートはこういうの、大事でしょ」
「いや、必須ではないけど……まぁいっか、和歌さんとも撮ったしな」
「ああ、撮ってたよね。でもあれ、普通のプリクラだったから今回は……」
私が選んだのはキラキラ目になる、とびきりキモいやつ。
これ考えた人は天才だと思う。
「え、マジで?俺のキラキラ目とかお前、見たいの?」
「見たい。まぁ大輝は普段からキラキラしてるけどね」
「…………」
「普段目から表情読みにくい私の目も、この写真の中だけはキラキラだよ?見たくない?」
「……それはちょっと、見たい」
「じゃあ決まり。行こう」
大輝の手を引いて、機械の中へ。
彼がお金を出そうとしていたので、その手をやんわりと止める。
「ここの払いは、任せて」
「お、おう……まさかマジックテープの財布なんか出さないだろうな」
「ないから。ていうかあれ、今でも売ってるの?」
「いや、売ってるんじゃないか?一定の需要はあるかもしれないじゃないか。見たことはないけど」
などなど他愛もない会話をしながらフレームを選んでいく。
『オプションを、選んでね☆』
オプション……あ、これでキラキラ目にしたりするのか。
ということで私は迷わずキラキラ目をタッチする。
大輝は序盤引きつった笑顔で写っていたが、途中から楽しくなってきたのか割とはっちゃけた感じで写る様になっていった。
「大輝、最後の方ノリノリだったね」
「いや、どういう感じで写るのか想像したら、何か楽しくなってしまった」
出てきた写真を見て、二人で吹き出す。
これはひどい。
想像していたよりもキラキラしていて、正直私に関してだけはキモいとさえ言えるかもしれない。
「俺は、可愛いと思うけど」
「えっ……?」
ドキっ!と少女漫画とかなら擬音が入りそうな感じで、大輝の言葉に私の心臓が少し跳ねる。
無意識に言ったのだろうが、普段大輝は誰かを可愛い、とかあんまり言わない。
好きとか愛してる、とかも言わない。
褒めるところは褒めるが、軽く見られるのが嫌なのかそういうフレーズを口にしているのをほとんど聞いたことがなかった。
「そ、それって私が可愛いってこと?」
「他にいるか?俺が自分で自分を可愛いとか言ってたら、それはちょっと怖いだろ」
いや、可愛いから。
十分可愛いから。
何ならキラキラ増量した大輝とか、可愛い以外の言葉が見つからない。
「……お前の考えてることが、今だけ何となくわかるよ。まぁ、昔からそういう部分は一貫してるよな、お前」
「難しいこと考えてそうに見える?案外くだらないことばっかり考えてるんだけどね。はいこれ。ちゃんと携帯とかに貼ってね?和歌さんのと並べてもいいよ」
「和歌さんはそれやろうかなって言ったら真っ赤になって怒ってたからな……照れ隠しなんだろうけど。だから手帳に入れてある」
今時プリクラを携帯に、なんてやってる人いるのかはわからないが、貼ってもらえなければそれはそれで構わない。
私も半分持ってるから、そのうち隙をついて大輝の教科書の表紙にでも貼っておくし。
その後リズムゲーで私がパーフェクトを出しまくったりして、大輝曰く足の残像が見えた、という様なことを言われたり、「タイ子は達人」という何となく意味深なタイトルのゲームをやったりして、学生デートを満喫した。
「少し早いけど、うちくる?」
「あー……二時か。結構遊び倒したな。日差し厳しいし、どっかでコーヒーでもいいけど」
どうせコーヒー飲むなら家でゆっくり飲もう、と私が提案して、少し早いけど家に帰ることになった。
今日は誰も家にいないはずだし、ゆっくりまったりと二人の時間を共有できるはずだ。
せっかくのデートだし、ゆっくり電車で帰ろうなんて思って駅までの道を、大輝の手を引いて歩き出す。
もう何度も握ったこの大輝の手の温もり。
今日も相変わらずのこの温もりが、ふっと手から途切れる。
何かあって手を離したのかと思って振り返ったその時だった。
「え……?」
大輝が黒い何かに飲み込まれて消えていくのが見えた。
何かの冗談か幻かと思って、咄嗟のことに体が動かない。
しかも周りの人間もいるはずなのに、誰もそのことには気づいていない様だ。
「え、ちょっと……え?」
茫然としている私を道行く人が振り返ったりしているが、私は目の前で大輝が消えたという現実に頭がついていかなかった。
一体何がどうなった?
さっきの黒いのは何なんだ?
大輝は何処へ行った?
焦る心を必死で抑えつけ、私は大輝の気配を探るが、大輝の気配は微塵も感じられない。
急遽トイレにでも行きたくなったんだったらまだいい。
それなら何時間でも待とうと思える。
だが、さっきのはどう見てもそういうのではなかった。
瞬間的すぎて察知できなかった。
もしかしたら先に家に……?
いやそんなはずがない。
人間があんなに瞬間的に消えたり、テレポートできるなんて話は聞いたことがない。
そう、試練がついているとは言っても、大輝は普通の人間のはずだ。
あり得ないとは思いつつも、私はそのまま家にワープした。
「……やっぱりいない。本当、何処行ったんだろう……」
誰もいない部屋で一人、絶望感に苛まれて呟いてしまう。
(スルーズ、聞こえる!?ねぇ!)
部屋で茫然としていたところにノルンからの連絡。
その瞬間、大輝は神界に関連した何かで連れ去られたのかもしれない、と私の頭の中でつながった。
そして私は、昨日呼び出したばかりのメンバーを全員、この家に再び招集することにした。




