第64話
あのクソ野郎が言った通りなんだとすれば、全部で七つある試練の内、大輝は三つを乗り越えた計算になる。
一つ目は和歌さんの時。二つ目は明日香の時。そして三つ目が愛美さんの時。
いずれも普段の大輝らしからぬ言動や行動が目立ち、一部で記憶がなかったりという異常な現象も確認されているからだ。
和歌さんの時はまぁ……間違いなく暴食ということになるのだろう。
他に和歌さんが当てはまりそうなのだと、憤怒くらいしか思いつかない。
あの時大輝に対して怒りを向けていたかと言えば、確かに度合いはゼロではなかっただろうと思う。
何故なら明日香という、和歌さんにとって大事な人間を誑かされたと思っていてもおかしくはないから。
とは言っても、仮に憤怒であるとするなら試練の発動タイミングがおかしいことになる。
なので和歌さんは暴食と断定してもよさそうだ。
明日香の時は……疑わしいのは傲慢、そして嫉妬。
根拠としては、普段の態度。
ただし普段の態度を根拠とする場合、後者はやや不自然な点が目立つ。
明日香に関しては嫉妬の感情はそこまで大きくないだろう、と私は考えている。
何故なら大輝を共有するに至った経緯とそのタイミングが、桜子と同時だったから。
どちらかと言えば、嫉妬は朋美にこそ相応しいと思った。
もちろんその嫉妬の原因も大輝が作っていた、言わば自業自得の状況には違いなかったのだが。
そして愛美さん。
これに関しては正直断定が難しいが……色欲だろう。
難しいと言っておきながら色欲であるとする根拠は他メンバーと違い、愛美さんにどれが当てはまるか、ではなく他のメンバーで色欲が当てはまりそうな人間を考えた時に、それらしいメンバーがいない、というもの。
ぶっちゃけ色気で言ったらうちのメンバーは、誰も愛美さんに勝てる人間がいないのではないかと思う。
なので色気……じゃなくて色欲は愛美さんで決定、異論は認めない。
それらを踏まえて、そろそろみんなにも話しておこうかなと思う。
またあんなことがあった時に、愛美さんの様に当人が役に立ってくれるということも考えられるし、いい加減仲間を蚊帳の外というのも、私としてはやや心苦しい部分があったからだ。
「えっと、今大輝いないからこそ言っておきたいことがあるんだけど」
珍しく大輝が一日中バイトに出ている今日、私はメンバーをマンションに招集して試練について明かすことに決めた。
大輝がここ最近おかしくなることが多い、という現象について、今は私の仕業なんじゃないか、みたいに思われている。
元々ロキのせいなのに、私のせいになっていることについては誠に遺憾ではあるが、現段階まではそう思われている方が都合が良かった。
しかしこれからもそれで誤魔化されてくれるとは思えないし、そろそろ無理があるかな、というのも理由の一つ。
「何だよ、改まって……また何か悪さでもしたのか?」
「まぁ睦月ちゃんの場合、悪さって言ってもただちに危険があるレベルじゃないしね」
「その言い回し、久しぶりに聞いたわ……」
即座に反応してくれたのは愛美さんと桜子と朋美。
まだ何の話かもわかってないのに、早速話を広げてくれる。
だがこれ以上広げられると話が違う方向に行ってしまうので、軌道修正しなくては。
「んとね、最近の大輝についてなんだけど」
私がこう言った瞬間、みんなの視線が一斉に私に集中する。
やっぱり大輝のこととなると、みんな目の色変わるなぁ。
もちろん、そうじゃない人間がここにいる意味とかわからないわけだけど。
「私その場にいなかったことが多いから、イマイチわからないことが多いんだけど……」
そう言ったのは朋美だ。
桜子もうんうんと頷く。
確かにこの二人はまだ試練に直接関与していない。
というか関与すると決まっているわけでもないのだが、こう言ったところから不満が出ることもあるだろう。
だから私は話すことに決めたのだ。
「まぁ、どんな風におかしかったとか、そういうのは和歌さんと明日香と愛美さんが知ってるし、後で聞いてもらった方がいいかな。私の話はその原因というかなんだけどね」
「大輝くんがおかしくなり始めたのって、確かうちに初めて来て望月との勝負をしていた時じゃなかったかしら」
「明日香、ご名答。私もあれで気づいたんだけど……原因について思い当たることがあったから、神界でちょっと聞いてきたんだ」
「神様の世界、だっけ?」
桜子が首を傾げながら尋ねてくる。
正しくは神界だが、別にそんなことはどうでもいい。
だって神様の世界だから神界、ほら何もおかしいことはない。
なので特には訂正せず、私は首肯で答える。
「で、そこのクソみたいな神が一人いて」
「いきなり汚物扱いとか、さすが過ぎて何も言えないわ……」
愛美さんが苦笑いで答えるが、私は先日の件で愛美さんが彰さんを散々クソ扱いしていたことを知っている。
だから愛美さんだって人のことは言えないはずだと思うんだけど。
「で、その汚物みたいな神がどうしたと言うんだ?」
和歌さんは特に驚いた様子もない。
下ネタにはまだ割と免疫なくてオタオタしてるのに、こういう時は堂々としててさすがだと思う。
「うん、その汚物が大輝におかしな力を使ったらしくてね。だからこないだボコってきたんだけど」
「え……」
みたいな神、は完全に省略されてしまったが、これについてはみんなもうどうでもいいみたいだった。
みんなが驚いているポイントはどうやら、そのおかしな力が大輝についてしまったことと、私が問答無用でクソをボコったという、この二点。
「で……それでもその力って解除されないの?」
ボコると言えば朋美の代名詞、と言いたくなるが、言うとまたややこしいことになりそうなので黙って質問にだけ答えることにした。
「うん、されないみたい。ちょっと特殊な力らしくて、対象にとりついて試練を与えるっていうもので……その試練を乗り越えることで大輝自身は能力も向上するし、成長も見込めるみたいなんだけど」
「それ、どうやってついたのかしら」
明日香がもっともな疑問を口にする。
そしてみんなも、明日香の言葉を聞いて気になりだした様だった。
うん……困った。
これを説明すると、私の落ち度も説明しないといけなくなるんだけど……。
というわけで、簡単に神力が人間に付与された場合の弊害なんかを説明して、その上でうっかりしてました、と告白することにした。
「…………」
「…………」
「…………」
「それ、睦月も汚物の仲間入りじゃね?」
「……それは断じてない!!一緒にしないで愛美さん!!」
ロキと同列に扱われたのが腹立たしくて、ついバン!とテーブルを叩きながら立ち上がってしまう。
だが散々クソクソ汚物と言っておきながら、その原因になったのが私である以上強く否定はできない。
まぁ、したも同然なんだけど。
「わ、悪かったよ。よっぽど嫌いなんだな、その汚物っての」
「まぁ、一応生意気にもその汚物にはロキって名前があるんだけど……そいつがその私の力を中和するときに手加減間違えたとか言ってね」
「手加減って……まぁ、更に間違えてたらと思うとぞっとするな」
和歌さんは、大輝が内側から爆発するところでも想像したのか、本当に青い顔をしていた。
結果として助けてもらってしまったという事実がある以上、私としても今は経過を見守るしかない、という説明も追加でする。
「七つって言ってたかしら。それって、大罪になぞらえてるの?」
「どーだろ……何でもお願い叶えてくれる玉になぞらえてたら楽なんだけど」
「そんなわけないじゃん……睦月ちゃん何気にアニメ脳だよね」
「趣味の一つだから……まぁそれはそれとして、明日香の言った内容で多分合ってる。今のところ、暴食と多分傲慢と色欲が出てきてるから」
私がそう言うと、みんなふむ、と唸って和歌さんと明日香と愛美さんを見る。
「な、何だよ……」
「愛美さんは確かに色欲だよね。何て言うか、何しててもエロいし」
「桜子お前……いい度胸してんな」
「まぁ、望月は暴食で間違いないでしょうね」
「え、お嬢それは……酷くないですか?」
「あら?暴飲暴食……ぴったりじゃない」
「…………」
和歌さんは明日香に指摘されて、目に見えて落ち込んでいる様だった。
だが明日香は、自分が傲慢だと言われたことについてはそこまで気にしていない。
「だって、私は生まれも育ちも人と違うもの。傲慢である自覚は持ってるわ」
「なるほど……だとすると、七つだから……あと四つ?残りが強欲、嫉妬、怠惰、憤怒だっけ」
「そうだけど……桜子よくそんなの知ってるな。何気にファンタジー好きなの?」
「こう見えて趣味が勉強みたいなとこあるし。ていうか愛美さんが知ってる方が私からしたら驚きだよ」
「お前、さっきから本当、いい根性してるよな」
「ま、まぁそれはいいとして……残りもこのメンバーが関与するのかな」
今にも桜子に噛みつきそうな愛美さんを見て、朋美が軌道修正してくれる。
何だかんだこの二人は仲良いなぁと思う。
「まぁ、多分っていう憶測の域を出ないんだけどね。仮にそうだとしたら……まぁ朋美は嫉妬だよね」
「嫉妬だな」
「嫉妬だね」
「そうね、嫉妬ね」
「まぁ、嫉妬しかねぇだろ」
「…………」
そんなにショックだったのだろうか、朋美が絶望に満ちた顔をしている。
まぁ、こればっかりは事実があるから仕方ないよね。
「ま、待ってよ。あれは大体、大輝が悪いんじゃない。私だけが悪いわけじゃないし……」
「あと強欲って言ったら誰だろ。愛美さん?」
「おいこら桜子。ていうかあたしはもう一回、出てきてんだけど」
「そうだけど、一回とは限らないじゃん」
「まぁ……それもそうか」
確かにそうだ。
何で一回きりと決めつけていたんだろう。
桜子の言う様に、もしかしたら同じ人間が二つの罪を背負っているという可能性は大いにあり得る。
決めつけは目を曇らせる一つの原因になる。
少し注意しておかないといけないかもしれない。
「聞いてるとは思うけど、今回大輝を元に戻す時に愛美さんがかなり頑張ってくれて……だからもしまたメンバーからそういうのが出る時は……」
「わかってるって」
「ん?」
朋美がそう言って、私を見て微笑む。
みんなも大丈夫、と言う顔で私を見て、私も笑顔を返した。
やっぱり仲間ってやつは、頼りになる。
それから一時間くらい、誰がどの罪に相応しいという話で盛り上がって、後半はただのガールズトークになってしまった。
まぁ、元々そういう側面も持った集まりではあったし、私としては必要なことは伝えたつもりだから構わないと思っている。
明日の大輝とのデートである程度大輝に探りは入れてみようと思うが、くれぐれもバレない様にやらなければ。




