第63話
「……何してんだ、お前?」
「…………」
何だか物凄く恥ずかしい。
しょーもないところを見られてしまった。
愛美さんだったからよかったけど、これが彰さんとかだったら枕に顔を埋めてバタバタしていたところだ。
「そ、それより何か?」
「いや……あんなことになったから、悪いなって思って」
愛美さんがこんな風に素直に自分の気持ちを言ってくるって、そうそうないことだと思う。
普段は年長者の威厳を見せようとしてるのか、余裕綽々と言った感じだから何だか新鮮に感じてしまった。
こういう愛美さんも、いいかもしれない。
「お前を止める時……あたしが言ったことを一個だけ教えてやるよ」
「え、何ですか?聞きたいです」
「…………」
「愛美さん?」
突如黙り込んだので、何があったのかと愛美さんを見ると、愛美さんは赤くなって俯いていた。
そんなに恥じる様なことを言ったのだろうか。
それとも俺が少しがっついた様な態度を見せたことに怒っているとか?
「あ、あたしは……お前とずっと一緒にいるんだ。……いや、これは言ってなかったんだけど……」
「…………」
「あ、あたしはお前と一緒にいるから、彰のところになんか戻ったりしない。仮にあたしがそうしたいって言ったって、あいつにはもう婚約者がちゃんといるからな。だからお前は、安心してあたしを離さない様にしててくれたら、それでいいから……」
「愛美さん……」
え、何この人。
元々綺麗な人ではあったけど、こんな可愛らしい一面持ってたの?
割とありふれた言葉なのに、愛美さんが言うと破壊力抜群じゃね?
「い、一緒にいてくれるんだよな?」
「は?当たり前でしょ。お母さんともそういう話したじゃないですか。俺は、基本的に嘘はつかない人間なんですよ」
俺がそう言うと、愛美さんがほっとした様な顔になって、俺の頭を撫でた。
俺だって、誰が欠けても嫌だって思う。
今回は愛美さんがこういうことになってたわけだけど、他のメンバーだったとしても同じ様に動いていたんじゃないかな。
「あたし、母に連絡入れてくるわ。無事解決したことだし」
「ああ、お母さんも知ってるんですか?」
「まぁな、一応母が帰ってからすぐ、めんどくさいことになった、とは言ってあったんだ」
「なるほど」
愛美さんが部屋を出ようとして、ふと立ち止まって俺を見た。
「どうしたんです?」
「……報告した時さ、母が何て言ったと思う?」
「え?お母さんが、ですか……」
正直想像もつかない。
まぁ、んなやつぶっ殺してやれよ!くらいのことは言いそうな気がしたが。
いや、あの人のことだから自ら乗り出してきて、彰さんを葬っていてもおかしくないかもしれない。
どっちにしてもロクなこと言ってないんだろうな、というのだけは想像ができるんだが。
「あいつは彰なんかに負ける様なやつじゃない。万一あいつが負ける様なことがあって、お前が失望したならその時はお前から捨ててやれ、ってさ」
随分と信用されてる様で申し訳ないが、初見ではかなり無様にやられたんだけどね。
俺もよくあんなのに立ち向かおうなんて思ったもんだと今でも思う。
「……はぁ、言いそうではありますね」
「そしたら私がもらってやる、だって。だから、あたしも……」
「ん?」
あの人は本当、相変わらずだな。
しかし言いかけてやめるのは、どうしたことだろうか。
「……あたしも、あんたに渡すくらいならあたしが大輝を殺す、って言っといたから」
「…………」
無事解決できてよかった。
出来なかったら俺は愛美さんに殺されるなんていう、一番あり得ないエンディングを迎えていたのだから。
うん、生きてるってすばらしい。
愛美さんが電話をかけにリビングに行って、少しすると俺は退屈になってまたも眠気が襲ってくる。
しかし少しすると愛美さんが携帯を片手に再び部屋に入ってきた。
お母さんとの会話、長引いているのかな。
「大輝、起きれるか?母がお前と話したいって」
「え?」
「今回の件、ちゃんと報告したよ。改めて認めてくれるって」
愛美さんの顔が笑っていながらも心配そうに見えるのは、俺の体について思うところがあるのだろう。
俺はゆっくりと体を起こして携帯を受け取った。
「えっと、お電話代わりました。大輝です」
『おお、聞いたよ。あのクソとやり合ったんだって?』
クソって……。
せめて人間にしてあげませんか……。
俺だって排泄物とやり合う様な奇特な趣味持ち合わせてないですし……。
『昔あのクソに捨てられたって聞いた時は、本当ションベン娘がって思ったんだけどさ』
液体……固体ですらないなんて。
クソ以下って言いたいんだろうけど、傷心の娘に浴びせたりしてないですよね、その言葉。
いや、言ったんだろうな……うん、絶対言ってる。
『でもよかったよ。ちゃんと解決できたみたいで。お前らのことは、私もちゃんと認める。改めて、末永く頼むよ』
「いえ、こちらこそ……お母さん」
『おお、いいねそのお母さんって。お姉ちゃんでもいいけどな』
「そんな呼び方したら愛美さんにぶっ殺されそうなんですけど、俺」
そう言ったところで、愛美さんが何やらこちらを睨んでいるのが見えた。
睨まれてるの、俺じゃないよね?
お母さんにだよね?
『ああ見えてあいつ、嫉妬深いからな。……十も年上だけど、マジで頼むぞ。万一捨てたら……わかってるよな?』
「も、もちろんですよ。こないだ約束したばっかりですし」
『まぁお前が飽きて捨てたくなったら、私が箸休めさせてやっから。こう見えて私は上手いぞ?』
「…………」
「大輝、電話貸せ」
多分音声漏れてたんだろうな。
愛美さんが鬼の形相で俺から電話を奪い取る。
奪い取られた振動で軽く体が痛んだけど、そこは何とか耐えた。
「何が箸休めだクソババァ!!そっちで男探せよ全く!!近場で済まそうとしてんじゃねぇぞ!!」
そう言って愛美さんが電話を乱暴に切る。
本当、面白い親子だ。
「ったく……あんなこと言う為に電話代わらせたのかよあのババァ……」
「まぁまぁ……可愛い人じゃないですか」
「ああ!?お前もあんなのがいいとか言い出すんじゃ……」
元々釣り目気味の人の目が、更に吊り上がっておっかないことになっている。
もちろん本人にはそんなこと言えないが。
そして愛美さんのお母さん、実は結構好みではある。
「安心してください。俺は愛美さんを捨てたりなんか絶対しませんから」
「……っ!そ、そういうのはその……何だ、ベッドの中で盛り上がってるときにでも優しく囁けばいいんだよ。こ、こんな平常時にい、言われても?も、盛り上がらねぇだろうが……」
ガラにもなく照れている愛美さんを見て、俺も過程はどうあれ愛美さんを守ることができたのだと実感した。
しかしそんな彼女を見て和む一方で、気にかかるのは睦月が言っていた、俺の記憶のない間のこと。
目の前の幸せを、ふとしたことで失う懸念があるのではないか、という不安だった。
正直俺の無意識下であんなことになっていたのだとしたら、俺には為す術もないということになる。
そう考えると手放しには喜べないが、今日くらいはそんなこと忘れて愛美さんを大事にしてもいいかもしれない。
「愛美さん、これからも一緒にいてくださいね」
そう言って、俺は驚く愛美さんを抱き寄せる。
今回の事件で、俺は今まで知らなかった愛美さんの一面を沢山発見できた。
これだけでも、無駄ではなかったと言えるだろう。




