第60話
あれから数日。
あれからっていつからだって?
母から見合いなくなったってよ、って言われてから、それとあのクソったれ元カレ野郎と再会してから。
大輝の様子がまたも目に見えておかしくなった。
またも、とは言うがあたしは全部また聞きの話だから、正直和歌の時とか明日香の時のことはよく知らない。
ただ、以前おかしくなった時の話からやはり変だ、というのが和歌や明日香、睦月の見解だ。
具体的にどう変なのかというと、今回に関してはやたら勘が鋭い。
心を読まれる様な気分になることもあって、正直ちょっとだけ恐怖を感じる。
それ以外は普通……だと思うんだけどどうだろう。
やたら人の機微に敏感になってる感じに見える。
「多分今日辺りあのいけ好かない人が現れそうな予感がしますので、愛美さんは外に出ないでください」
彰と再会した翌週の週末。
大輝から朝一でこんなことを言われた。
全くもって意味がわからなかった。
占いでも始めたの?って言いたくなる様な言動。
だけど最近のこいつの予感はバカにできない。
特にあたしが関わることに関しての予感は今のところ百パーセントで的中させていて、最初は睦月辺りが何かしたのかと疑ったくらいだ。
しかし睦月は特に何もしていないという。
それどころか、私も観察してるところなんだよね、と意味深な発言。
何を観察しているのか気になるが、睦月のことだから大輝と、その一連の事件に関してなのだろうと推測される。
「ちょっと出かけますけど、くれぐれも出かけないでくださいね。守れなかったら嫌なんで」
物凄い身勝手な言葉を残して大輝は出かけていった。
今のあいつがそう言うのであれば、と思ったが睦月は見守るべきだ、と言って私を外に連れ出そうとする。
仕方ないのであたしも出かける準備をすることにした。
「大輝の位置は把握できてるのか?」
出来てるからあんな風に言ってきたのだろうと思うが、念のため聞いてみる。
まぁ、その辺の携帯なんかよりもずっと高性能っていうか、まずあれに捕捉されたら逃げきれないんだろうな、と思う。
大輝なんかはよくやられているらしいし、その度私から逃げられるなんて思わないことだね、とかドヤ顔されてるらしい。
「うん、大丈夫。というかもう、捕捉してあるよ。ついてきて」
仕事が早すぎて、あたしが男だったら惚れてるかもしれない、と思う。
まぁ大輝やあたしたちに関連することなら睦月はこれだけ一生懸命に協力してくれるわけだし、心強いと思う。
「……あ、こりゃいかんかもしれない。大輝、やりすぎ……」
「は?」
と思ったのも束の間、睦月から不穏なワードが飛び出す。
やりすぎって何だ……?
嫌な予感しかしない。
「歩いてたら間に合わないから、一緒にワープするよ。舌噛まないでね」
言うなり睦月が力を使って、あたしは一瞬で大輝と彰がいるであろう場所まで飛ばされた。
目の前の光景が一瞬で切り替わるこの力は、今のところ何回やっても慣れる気がしない。
ここは何だ……体育館みたいな……。
「ここ……私の家の近くの統廃合の関係で廃校になった高校だね。体育館だ」
睦月があたしの思考に答えを出してくれる。
そういえばあったな、そんなの。
と思っていたら、人が倒れる様な音が聞こえてそちらを見る。
「……え?」
思わず驚きの声を上げる。
倒れていたのは何と大輝ではなく彰だった。
そして大輝はその彰を足で踏みつけている。
「う、嘘だろ……?」
「…………」
大輝の、彰を見る目は果てしなく冷たい。
普段大輝が絶対見せない様な目の色をしていると思った。
というか彰は何であんなズタボロにされてんだ?
そして大輝のあの様子は一体……最近のあのおかしいのと関連があるんだろうか。
とにかくこのままじゃ大輝が殺人者になってしまうかもしれない、ということであたしは大輝を止めようと前に出ようとした。
「……ダメ。愛美さん、危ないから下がってて。絶対こっち来たらダメだよ?」
睦月が両手を広げてあたしを止める。
危ないって、どういうことなのか。
まさか大輝が何かするってことか?
わからないことだらけだった。
そう思った瞬間、睦月の姿が視界から消える。
「えっ!?」
気付いたら睦月が大輝の眼前に迫っていて、大輝に蹴りを入れようとしているところだった。
「おっと……」
大輝はその蹴りを難なく避けて見せ、そのまま睦月と対峙した。
大輝ってこんなに強かったのか?
「どうしちゃったの、大輝……」
「睦月か。珍しく力を込めてきたな?」
普段の大輝の声と違う。
何だろう、あの以前少しだけ出番のあった魔導書みたいな……。
あんな感じの声に似てると思った。
大輝が離れて尚、彰は動かない。
まさか死んでたりはしないと思うけど……。
「睦月、邪魔をするな。これは俺と彰さんの戦いだ」
「どう見ても動けない相手にあそこまでやるのは、やりすぎでしょ」
「そうか?無抵抗に等しかった愛美さんを、あそこまで傷つける様なことを言ったんだから、当然の罰だろ。真っ向勝負の結果なんだから、お前は引っ込んでいろ」
やっぱりこいつは大輝じゃない気がする。
そして睦月は大輝の言葉に相当なショックを受けている。
睦月が普段割と辛辣なツッコミをもらうのは見ているが、今日のこの発言はそういうコミカルなものとはかけ離れすぎていた。
邪魔するやつをのべつ幕無しに恨みの対象とする様な、そんな印象を受けた。
「大輝……何でそんなこと言うの……?」
おいおい……何だよ、あの睦月が泣きそうな顔してんぞ……。
こんな調子であの大輝に対応できるのか?
「ねぇ、らしくないよ。大輝、そんなことする子じゃなかったでしょ?」
泣きそうな顔になりながらも、睦月は退かない。
あたしももちろんそうだが、睦月だってあんな大輝を見ているのは辛いのだろう。
「お前に俺の何がわかる?邪魔をするつもりなら、お前も敵だ。容赦はしない」
「っ……!!」
睦月が歯を食いしばる様な顔になって俯いた。
いやいや、気持ちはわかるけど、よそ見してて大丈夫なのかよ……。
「おい睦月!よそ見してんな!!危ないだろ!!」
「だ、大丈夫だもん……」
大輝が仕掛ける攻撃を、睦月は俯きながらも軽くいなしていく。
超人的な力を見せる大輝の攻撃に、これほどまでに容易く対応してしまうというのが、あたしとしては驚きだった。
「ねぇ、元に戻ってよ……こんな形で大輝に暴力なんて、私嫌だよ……」
こんな形じゃなかったらどんな形でやろうって言うのかが、とても気になる。
「黙れ。今の俺にお前の言葉など響きはしない。もう一度言う、引っ込んでいろ」
言いながら大輝は次々と睦月に攻撃を仕掛け、睦月はそれをかわし、いなして受け流す。
いくら大輝が超人的な力を発揮していても、やはり格が違うということなのだろう、一度も睦月は大輝の攻撃をその身に受けてはいない様だ。
さっき大丈夫だと言った睦月だが、顔だけ見ると全然大丈夫そうじゃない。
何て言うか絶望に満ちた顔をしている。
しかし心神喪失状態の人みたいに見えるのに、大輝の攻撃にはきちんと対応していて逆に怖い。
「何故……邪魔をする……!」
「……愛美さんだって、こんなの望んでないよ。大輝は確かに愛美さんの為って思ってるのかもしれないけど……」
誰かを傷つけて決着を、なんて言うのは確かにあたしも望んではいない。
そして大輝にこんなのは似合わない。
だけど今のあたしに大輝を止める術はない。
だから睦月だけが今は頼りなんだ。
「私だって、こんなことしたくないけど……大輝がそういうことするってどうしても言うんだったら、止めないといけない」
「そうか……なら仕方ない。多少の怪我は覚悟しろ、睦月!!」
叫んで大輝が睦月に再度攻撃を展開する。
しかしどの攻撃も空を切るばかりで、睦月にはかすりもしない。
二人は昔出会った頃、よく組手をしてたとは聞いてる。
だけど睦月としては、こんな風に憎しみをぶつけられながらの戦いは望むところではないのだろう。
動きがやや鈍く見えるのは、何処かに大輝を傷つけたくないという思いがあるんだろうと思った。
「ごめんね、怪我とかさせたくないけど……あとで治してあげるから」
そう言って睦月が勢いよく飛び出して、上体を沈める。
咄嗟のことに対応できかねた大輝が動きを止め、飛び下がろうとした。
「逃がさない」
そのまま睦月は両手を床について、両足で大輝の首を挟み、戻る勢いで大輝を頭から床に叩きつけた。
凄まじい音と共に叩きつけられた大輝は、そのまま床に倒れ伏してピクリとも動かなくなった。
「……ちょっと、やりすぎたかな」
「お、おお……」
悲しそうな顔をしながら大輝を足から離し、睦月は彰の様子を見にこちらに戻ってくる。
「死んでないみたいだね。でもあのままやらせてたらどうなってたか……」
そう言いながら彰に手をかざして、ぼんやりとした光が彰を包んでいくのが見えた。
傷を治しているのか。
確かに痛そうに見えた部分は徐々に元の形に戻って行って、彰の顔色も少しずつ良くなっている様に見える。
「まだ目を覚まさないと思うけど……もう少ししたら多分……」
「く……ま、まだだ……」
「!!」
彰から手を離せない睦月の背後から、大輝の声が聞こえた。
一撃だったとは言ってもあれだけやられてまだ立ってくるって、もう人間の域超えてんだろ……。




