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第6話

あの私が演出した、大輝にとっては衝撃的であろう出会いを果たしてから、私はとにかく大輝にアプローチをかけまくっていた。

それこそ犬猫のマーキング?ってくらいに。

少なくても週に一回は道場にお邪魔して、ちょっかいかけたり話しかけたり。


一方で私と二度と会うことはない、くらいに思っていたらしい大輝は最初かなり戸惑っていた様に見えた。

しかし相手は子どもということもあって、やはりと言うべきか読みが甘い。

この私が、一度ほしいと思ったものを簡単に諦めたりするはずがないのだ。


そもそもそんな簡単な思考をしていたら、今頃二万回もやり直したりなんかしていない。

もちろん、大輝がそんなこと知ってるはずがないから仕方ないことではあるんだけど。


大輝はあの日、女の子に惨敗したという事実がよほど悔しかったのか、会いに行った当初は果敢に挑んできたものだった。


「私から一本取れたら、一つだけ何でも言うこと聞いてあげる」


あまりにも縮まらない実力差が少し可哀相になって、やる気が出るきっかけになれば、くらいに思って言った一言が彼の闘志に火をつけたりもした。

当然のことではあるが、何度挑んできても彼の攻撃パターンが頭に入っているし、私から一本取るなんてことはできなかったんだけど。


次第に無駄な努力であることを悟ってしまった彼は、無駄な労力を避ける様になって、挑んでくる回数が激減した。

こういう素直なところも可愛いんだけどね。


私たちが二人で会う場所はその内、道場から範囲を広げてちょっとだけ男女交際っぽい感じになったりもした。

もちろん、正式にお付き合いしているわけじゃないし、大輝は気になっているであろう最初のキスの件についてきいてきたりはしない。

まぁ、ここまでも決まった流れだし、急に変わられたらこっちが困惑しちゃうから勘弁して、とは思うんだけどね。


逢瀬を重ねるうちに、私の大輝への呼び方も宇堂くんから宇堂と呼び捨てになる。

大輝が、恥ずかしがってくん付けはやめてくれ、なんて言っていたからこうなるのだが、小学生ならこういうものかもしれない。

交際には至らなくとも、この時点で二人の距離は確実に縮まってきてはいるのだ。


小学校を卒業して四日経つと、大輝は必ず私を呼び出してくる。


「何で、キスしたの?」

「…………」


やっときた。

この一言を待つまでの時間って、毎回のことだが案外長い。

もちろん、ここに至るまで四年という月日を待つ必要があったわけだが、これについてももうマニュアルをこなす様なものだ。


手を出したいという衝動に駆られないわけではなかったが、このやり直しを始めてからというもの、私は随分と我慢強くなった気がする。

そういった雑念は意識的に排除できる様になったし、おかげでここまでだっていとも簡単に辿り着いている。

だからって、またやり直したいなんてもう思えないけどね。


絶対に決めてやる。

そしてあの胸糞悪いノルンの笑いを止めてやるんだ。


「俺たち、初対面だったはずだよな」

「うん……そうだね」


まぁ、私は違うけどね。

当然そんなことはまだ言えないが。


「理由が、あるんだろ?」

「理由……か」


まぁ、大体わかっていそうなものだけど……それでも大輝はちゃんとした答えをほしがっているから……ここでも私はきちんと答えてあげることにする。



『大輝くんは、ちゃんとした答えをほしがっている様です。さて、ここであなたが取る行動を、次の内から選んでください』


A ちゃんと素直に答えてあげる。

B クイズ形式にして大輝に答えさせる。

C ここで、約束の一本を取るまで教えてあげない。



A以外って、割と残酷だし時間かかりすぎるでしょ……。

Bはもしかしたらいけるかもしれないが、Cに至ってはまたしても年単位で時間がかかってしまうし……大輝に愛想尽かされちゃいそうな予感しかしない。


「軽蔑したり、怒ったりしないって約束できる?」

「あー……うん、わかった。怒ったりしないよ。というか、俺が怒ったところでお前にゃ勝てないんだけどさ」


一応の前置き。

答えはAだが、一応こちらも恥じらってますよ、という演出に過ぎない。

勝てないということを理解しているのは立派だが、それをはっきり言っちゃうなんて……まぁ照れ隠しだってわかってるんだけどね。


「茶化さないでよ……理由だよね。実はね……」

「うん」

「…………」

「……おい」


沈黙に耐えられなくなった大輝が、口を開く。

割とこらえ性なくて、こういうところも可愛い。


「うん、ごめん。宇堂がさ、何か可愛らしく見えて」

「は、はああぁぁぁ!?」


割と正直かつ毎回言っている内容を告げると、毎回おなじみのリアクションで応えてくれる大輝。

思えば出会った頃よりも、少しだけだが声も変わってきている。

それでもまだキャンキャンしてていい感じなんだけど。


「か、可愛いって……」

「子どもみたいで……ていうか今も子どもだけどさ、私たち」


唐突に現実を突きつける。

必要な流れだが、これをやっておかないと大輝は、交際したらもう大人、みたいな愉快な勘違いをしだす。

挙句めちゃくちゃな無理をして、デート数回で大輝が財政破綻という悲劇的な結末を迎えてしまうのだ。


「嫌だった……?」


私が聞いているのはキスのことだ。

嫌だったなんてほざく様な愚かな男ではないということはわかっている。

というか、顔がもうキスキスしてて餌をねだる鳥のヒナみたいだ。


そして大輝に限ったことではないかもしれないが、俯き加減の上目遣いは効果が高いということも、ここまでの過程で把握している。

かなりの美少女である私の、俯き加減の上目遣い。

これに大輝が勝てるはずがない。


「あ、いや……嫌じゃなかったよ。それどころか、あの後からそのことばっか考えていたわけだし……」


うん、わかってた。

じゃあ遠慮なく……げへへ……とか言いながら頂いてしまうことも今ならできる。

だが、そうしてしまった場合に、私たちを待つのは狼化した大輝が、早すぎる性への目ざめに抗えずに退廃的かつ爛れた生活を送る日々。


そう、女を知った大輝はそのまま学校で他の女にも手を出して、私にそれがバレる。

結果……私は大輝を本気でぶん殴って首が三回転、という。

なので当然我慢だ。物事には順序が必要である。


「スケベ……」


俯き加減から完全に俯いて、しかし目だけは大輝を見て呟く。

一応言っておくと、これは恥じらいなんかじゃない。

どちらかと言えば、ああ、もう少しで頂けるのに!という我慢を悟られない為だ。


「ば、バッカお前……男なんてのは大体そんなもんなんだぞ」


ただ一言、スケベと言われたことが不名誉でうろたえちゃう大輝、可愛い。

でも、カッコつけたい年頃の男の子がよく頑張って打ち明けたもんだ、と毎回思う。


「ずっと考えてたってことは、さ……もう一回、したい?」


この質問も、実は前に違う言い方をしてしくじったことがある。

よし、じゃあキスをしよう!とか軽く言ってしまって、大輝にドン引きされて、その態度が気に入らなかった私はそのまま無理やりにキスを決行した。

挙句大輝はそのことがトラウマになって、引きこもってしまって私たちの関係が全く進展しなくなったという。


まだまだ耐える時なのだと、運命が私に告げているのだ。

そして、私の質問にあの時の様に顔を真っ赤にしている大輝。

もう少しだ。


「も、もう一回……もう一回って……」


さっきまでひた隠しにしていた大輝の焦りが、顕著に表れる。

それもそうだろう。

こんな美少女と、もう一回キスできますよ、というチャンス。


そして大輝はこの姫沢春海にぞっこんだ。

――そろそろ頃合いか。



『大輝くんは明らかにキスがしたいという顔です。しかし口に出すのは憚られる様で、またあなたから、と考えている様です。さて、あなたが取る行動を次の内から選んでください』


A もうここまで大分我慢したんだから、いいよね?うひょぉ!!いただきまーす!!

B まだだ……まだ終わらんよ……!!

C 何とかして、大輝からキスする様に仕向けたい。



これは罠だ。

一見BやCが正しい様に見えるこの選択肢。

だが、ここでこれ以上大輝を焦らすことが私にとってマイナスにしかならないことを、私はこの長い経験で知っている。


なので、多少荒々しく見えるかもしれない、このAという回答を私は選ぶ。

そっと大輝の顎に手を添えて、少し長めのキスをお見舞いしてやる。

んー……マンダム。


「お、お、おま……」


覚悟はしていただろうけど、あまりにも突然で動揺が完全に出てしまった様だ。

しかし私はもうここまで来て引く様なことはしない。

ここで二回、キスをすることが大輝と私にとっての、今のところの最良の選択になるからだ。


そのまま一度離れて、もう一度。

軽く舌を入れてみると、大輝がびくっとしたのが伝わってくる。

残念ながらレモンの味なんかしないけど、これはこれで満足だ。


「もっと、したい?」

「ま、待って!もう余裕ないから!!本当に!!ちょっと待って!!」


加減が実に難しいが、この辺りが丁度いいところだろう。

慌てて私から距離を取る大輝は、もう完全に追い詰められた小動物だ。

私はその流れならハンターってところかな。


「ごめんごめん」


涙目で哀願する大輝が可愛らしくて、つい笑ってしまう。

余裕ぶってはいるが、実は私自身も今のキスでスイッチが入った様で、余裕がない。

タバコやお酒の禁断症状みたいに手が震えてくるのがわかった。


「ひ、姫沢……お前も緊張してたの?」

「!!」


何という勘違い。

何といういいタイミング。

こんなどす黒い我慢の感情が大輝に伝わったら、大輝はどんな顔をするんだろうか。


まぁ、これを発見できないほどの朴念仁だとこのあとが大変だしね。

大輝には大義名分を与える必要がある。

ややわざとらしいかな、という思いを隠しながらも、両手を後ろに隠す。


「スキあり、っと……」


大輝のまだ小さい手が拳を作り、その拳が私のお腹に触れる。

もう少し下か上に触れてもいいんだよ!?

なんて思うが、もちろん口にはしない。


ともあれこれで、大輝に一本取らせてあげられた。

こうすることで、大輝は何も気にすることなく決定的な一言を言える様になるのだ。


「……ず、ずるいよ!こんなの……」


自分で言っていて、ちょっと気持ち悪いと思う。

こういうのも、ノルンが見たら死ぬほど笑うんだろうな。

なまじ仲が良いだけに腹立たしい。


だが、こんな普段の私なら絶対に出さない様な声音、アクセント……全てはこの大輝の為に。


「へ、へへーん!勝ちは勝ちですー!」


毎回ここだけは謎なんだが、ややわざとらしく勝ち誇っている様に見えるんだよなぁ……。

それとも素なのかな。

気を遣ってるんだとしたら可愛いし、素なんだとしても可愛いんだけど。


「姫沢春海。これから俺はお前に一つの願いを叶えてもらうからな」


さて、とうとうやってまいりました、世紀の瞬間が。

あんな猿芝居までして、大輝に勝ちを譲ったご褒美が……!


「姫沢、俺はお前とこれからもキスがしたい」


私は答えない。

大輝は深呼吸をしているが、このあと続きがあることを知っている。


「だから、俺の彼女になってください!!」


深呼吸の後、頭を下げながら大輝が力いっぱい叫んだ。

そう、これが聞きたかった。

長かったなぁ、四年……。


わかっていることだけど、やっぱり一生懸命な男の子の、全力の告白って胸が高鳴る。


「ずるいなぁ……そんなこと言われたら……」


興奮しちゃうじゃないか……!

ズキュウウゥゥン!!とか効果音が出て股間が光ったらどうしよう。


「顔、上げて?」


言い終えて尚頭を下げたままの大輝に、声をかける。

それはもう聖母の様に、優しく。

だが大輝はまだ顔を上げない。


「いや、返事をだな……」


そう、大輝は欲しがり屋さん。

だから私は頑張ったご褒美をあげないといけない。


「上げてよ。じゃなきゃ、キスできない」

「!!」


大輝がマジか、という顔で私を見ながら、恐る恐る顔を上げる。

ちょっとプルプル震えていて、やっぱり可愛い。

その様子を見届けて、私は大輝の肩を掴む。


引きつった笑顔を見せる大輝と、ニコっと軽く微笑む私。


「せやっ!!」


大輝の体が浮く程度の……いや程度って言うにはかなり威力高いんだけど、膝蹴りを大輝の腹に見舞う。

一瞬大輝の目がカッと見開かれて、呼吸が止まった様だ。

そして、ここでとどめ。


本日三度目の大輝の唇の感触。

そして大輝は苦しそうなのにニヤニヤしていた。

蹴られたのが嬉しいのかと勘違いしそうになるが、もちろんそういうわけではない。


「こっちこそ。よろしくお願いします、大輝」


心の中でしか呼べなかった彼の名を、公に呼ぶことができることになったこの日。

私と大輝の交際が始まった。

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