第56話
「なぁ大輝、ちょっと相談があるんだけど」
珍しくメンバーが全員揃っている睦月の家で、愛美さんが改まって切り出す。
事の発端は愛美さんのこの一言だった。
夏休みに入って、俺たちは睦月の家を拠点にして会う機会が増えた。
それはそれで喜ばしいことではある。
しかしながら、会う機会が増えるということは俺の体力消費も学校があるときの何倍にもなる、ということでもあって、バイト、ハーレム、バイト……みたいなルーチンが出来上がるというわけだ。
もちろん愛美さんや和歌さんは平日には仕事をしているし、愛美さんは来月になったら盆休みがあるとは言っても、俺たちほど長い休みにはならない様だが。
そして、この愛美さんの相談という名の起爆剤が、俺の中に眠る思いを引きずり出すのだということを後々知ることになるわけだが……まずはこの辺について詳細な話をしていこうか。
「大輝はあたしが何歳か、知ってるよな」
それはあれですか、公式には二十六だけど、実は……とかどっかのアイドルみたいな感じの設定があったりするんですかね。
それはそれで面白いんだけど……まぁそういう話ではないのだろう。
「二十六ですよね?それがどうかしたんですか?」
「一方お前はまだこれから十六になるところだ。合ってるよな?」
「え、ええ……何なんです?」
何だか煮え切らない。
この質問が今回のその相談に何の関係があるのか。
そして他のメンバーも聞かされていないのか、不思議そうな顔で愛美さんと俺を見ている。
「世間的に二十六って言ったら、結婚とか意識しててもおかしくないとあたしは思うんだけど、大輝はどう思う?」
いつになく真面目な顔だ。
どう思う、と聞かれても……どう答えるのが正解なのか。
正直なことを言えば、確かに結婚を意識、というか結婚して出産してる人だって相当数いるんじゃないかと思うし、別におかしいことだとも思わない。
もちろんそれが、愛美さんが未婚であるという現状がおかしいとかそういうことではない。
そういえば愛美さんは、結婚の話とか物凄い嫌がってた記憶があるんだけど……今日に限って何でそんな話をしてきたのか。
まさか俺と結婚したいとか……それはそれでドキドキだが、他のメンバーが黙っていなそうな気もする。
「俺個人の意見でいいんであれば、そうですね……今のご時世、結婚って何歳でしててもおかしくないと思うんですよ。晩婚とかでも別に世間的に珍しいものではなくなっているみたいだし。今愛美さんが独身でいるという事実が異常だとは見なされないんじゃないですかね」
「ふむ……じゃあ、質問を変えよう。大輝は、結婚願望とかあるのか?」
そう言われると、自然とメンバーのウェディングドレス姿などを連想してしまう。
女性の憧れと言うだけあって、やはり大体の女性に似合う様作られているものなんだなぁ、と思う。
「何鼻の下伸ばして……どうしたの?ちょっと怖いよ」
朋美が若干引き気味の表情で俺に訴えてくる。
「大輝、あたしは割と真面目に相談してるつもりなんだが」
「あ、ご、ごめんなさい」
ダブルで怒られてしまった。
正直まだ結婚出来る歳でないというのもあるのだろうが、この中から結婚したい人を選んでください、みたいなことになったらそれはそれで角が立ちそうだな、なんて考えてしまう。
そういう事情もあって、俺の中では誰が一番、とかそういうのも考えない様にしていた。
それに関連して、当然ながら結婚なんて考えたことがないのだが、愛美さんがここまで本気で相談してくるということから、俺には無関係ですから、なんて言うのは少し気が引ける。
「け、結婚ですよね……正直な話、現実味のない話ではありますけど、確かに二十六くらいなら結婚とか……考えるのは不思議じゃないですよね」
「そっか。なら、そのことを踏まえて一つ言わないといけないことがあるんだ」
「……え?」
愛美さんの言葉に、少しリビングがざわつく。
ぶっちゃけ俺の心も少しざわついてきている。
もっともそれは恋愛の予感、とかそういうのではなく、胸騒ぎ的なあまりよろしくないものではあるのだが。
「実は昨日、母から電話があってさ」
嫌な予感がする。
そしてみんなも大体言いたいことがわかってきてしまっているのか、先ほどのざわつきが嘘の様に静まり返っていた。
「見合い、しろって」
「…………」
愛美さんについて、俺はほとんど知らないと言ってもいい。
俺は人の過去に執着がない、と公言しているが、それはたとえば過去の男の話なんかが出てきたりするのが嫌で、俺以外の男の話なんか聞きたくない、という嫉妬にも似た感情が誤魔化しという結果を生んでいるに過ぎない。
つまり、何が言いたいのかと言うと……聞きたくなかった。
正直俺に内緒でお見合いだけしてきてもらって、結果あーでしたこーでした、みたいに言われる方がいくらか気が楽ではあるかもしれない。
……まぁ、そうだったとしてもきっと、俺は嫉妬むき出しの顔になってしまうんだろうと思うが。
「どう思う?大輝は、どうしてほしい?」
「お、俺は……」
何でこんな大事な話を俺なんかに……そう思う一方で、少し考えてみると俺にだから言ってくるのは当然なのかも、という思いも生まれてくる。
いつまでも子どもみたいに甘ったれて、嫌だ嫌だで済まされる話ではないのだということを理解してしまう。
「えっと……ごめんね、少しだけ口挟んでもいいかな?」
睦月が手を上げながら愛美さんに問いかけている。
多分俺ではなくて愛美さんに言ったのだろうと推測されるが。
実際、愛美さんの首肯を見届けてから、睦月は口を開いている。
「大輝、逃げちゃダメだよ。生きてればそういう話が出てくるのもおかしいことじゃないんだから。愛美さんが大輝にそういう話をした理由とか、考えてみたらわかることっていっぱいあると思うし。これから先も、誰かにそういう話があった時……きっと大輝に相談するんじゃないかと思うから」
「…………」
逃げよう、とか誤魔化そうなんて気持ちはないが、俺なんかが軽々しく意見を述べていいのか、と思ってしまう。
こうして俺と付き合っているという現実がある以上は、俺の発言がそのまま愛美さんの人生を決定してしまうことになるのではないか、という考えが浮かんでくる。
あまりにも、俺には重たい話だ。
「まぁ、睦月の言う通りだな。人間は歳をとるんだから。そして女なら別に結婚に憧れの様なものを持っていたとしてもおかしいことじゃない。あたしだって、昔は憧れたことがあるから」
ちょっと意外だった。
俺の中の愛美さんのイメージは……そうだな、元ヤンで男遊びがなかなか激しい感じ。
目が合ったやつは片っ端から病院送り、みたいな……いやもうそれ彼女に持つイメージじゃないな。
だが、そういうイメージを持っていたからこそ、結婚というワードと愛美さんが結びつかなかったのかもしれないと思った。
「あたしが聞きたいのは、大輝の気持ちだ。こう言ったらこうなっちゃうんじゃないか、とかそういう難しい計算は求めてないから。率直な大輝の意見が聞きたい」
ここまで言ってもらって、俺は何も答えを出さないでいいのか?
相変わらずの情けなさで、反吐が出そうだ。
「俺は……」
やっとの思いで口を開くも、上手く言葉が紡ぎだせない。
「大輝、ゆっくりでいいから素直な意見を言ってくれよ。軽蔑したりなんかしないから」
お膳立てまでしてもらって、本当に情けない。
要介護者か、俺は……。
「俺は、愛美さんが結婚するとか……それどころか、見合いをするって話だけでも嫌です。我儘だってこともわかっています。だけど、嫌なんです。だって、一緒にいられなくなっちゃうんですよね……?」
もう情けなくてもいいや、と思いながらの諦め半分で口から出た言葉がこれだ。
こんなことしか言えないから、子どもだって言うんだよなぁ。
「まぁ、見合いとか結婚する、ってことになるなら、そうなるだろうな。だけど、大輝がそう思ってるんだったらあたしも言いたいことはある」
「え?」
「あたしも、見合いとかしたくない。結婚も別に今は興味ないんだ。だから、今週末母に会ってほしい。彼氏として、紹介したいんだ」
「え……え?」
愛美さんの視線が先ほどまでよりも真剣なものに変わる。
この人、怒ってる時以外でもこんな顔出来るのか、とちょっと感心してしまった。
「あたしは不器用な人間だから、こういうやり方しかできないんだが……もし大輝がうちの母に会いたくないってことなら、あたしは見合いを受けることになるな」
「っ!!」
搦め手というやつか。
とは言え、愛美さんだってみんなと同じ思いで一緒にいてくれているはずだし、俺が断るなんて微塵も思ってはいないのだろうと思う。
逆に言えば、愛美さんは俺がきちんとお母さんに会ってくれると信じている、ということになる。
わかっていても一瞬見合いの様子なんかを想像してしまって、頭が熱くなりそうだったのは何とか堪えた。
「正直、俺みたいな子どもが大人の女性の親御さんに会うって言うのは……ちょっとおっかないと思ってます。普通に考えて認めてくれるなんて思えませんし……だけど、それでひとまずでも愛美さんの見合いを止めることができるんであれば……。またそういう話が出てくるまでの間に対策を立てることも出来るでしょう。だから、俺で良ければ会わせていただきますよ、お母さんに」
正直な話、他のメンバーだったらまだ良かったと思う。
だって、他のメンバーの男経歴なんて、俺が初めてで終わるものばかりだから。
今回のこの愛美さんに関してだけは、ちょっと訳が違う。
知りたくないことも沢山知ってしまうことになるかもしれない。
そうなった時、俺がどう対応するのかで今後の愛美さんとの関係も変わってしまうかもしれないが、いつまでも子どもではいられないのだという試練の一つ、と受け止めることにして俺は愛美さんのお母さんに会うことを決めた。
「あ、母さん?ああ、会ってくれるって。……ああ、そうだな。……わかった。んじゃ、今週末な」
「え?」
何をしているのか、と思ったら愛美さんは電話をかけていた様だった。
一体いつの間に……。
「悪いな、大輝が会うって前提で話進めてたから。だから今週末……具体的には金曜の夜からうちに泊まって対策するぞ」
「…………」
「まぁ、仕方ないわね。事情が事情なのだから。私としても愛美さんがこんなことでいなくなってしまうのは嫌だし。大輝くんにかかってるわ。頼むわよ」
明日香が意地悪い顔で俺を見て、それに同調したかの様に他のメンバーが俺を見る。
今日は水曜日。
ってことはもう明後日の話なのか……。
何でこんなギリギリで言うのかな。
俺の中でちょっとした覚悟はしてたけど、こんなすぐに話が決まるなんて誰も思わないだろ?
愛美さんが、普段の言動からは想像できない様な策士であることを、身をもって思い知らされた。
やっぱ女って怖え……。




