第50話
俺の選んだワンピースに着替えた望月さんは、連れて歩いて物凄い優越感を覚えるものだった。
すれ違う男はもちろん、女の人までもが振り返って望月さんを見ている気がする。
ぶっちゃけ気分がいい。
あの壊滅的にダサい服はとりあえず、攻撃的なカバンと一緒にコインロッカーに押し込んでおいた。
あの服を持って歩くのも大変だろうしな。
そして俺たちは放課後少ししてからずっとデートをしている。
つまり時間的に夕飯を考える頃になっているということで、望月さんにリクエストがないかを確認してみることにした。
「望月さんは、何か好きな食べ物あるんですか?」
「んー……肉」
「……漠然としてますね。肉なら何でもいいんですか?食べられないものとかは?」
俺の問いかけに望月さんが首を九十度くらい傾けて考えている様だ。
何かのアニメでこんな女を見た覚えがある気がする。
「嫌いなものは特にない。昔の私は贅沢を言っていられる身分ではなかったからな」
理由までは言っていなかったが、何だか重たそうな話だ。
これは地雷を踏んでしまったか。
「ま、まぁ俺も境遇的にはそんな感じです。好き嫌いは結構ありますけどね」
「意外だな。何でも食べそうに見えるのに」
「何でも、ってそれ女の話とか混ざってませんか?つまりそれは偏見という……」
「…………」
何故わかった、という顔で望月さんが俺を見る。
俺はきっと、この人から女たらしだとか思われてるんだろうな。
あながち間違いではないから否定もできないんだけど。
「今どんな気分ですか?これ食べたい、みたいなのあるんでしたらそれにしましょうよ」
「うーむ……」
所々男らしい返しがくるのも、何となく俺からするとポイント高い様に思えてきた。
僕っ娘とか俺っ娘に萌えるのに通じるものがあるのかもしれない。
「じゃあ寿司……とか」
「あ……それはやめときましょ。俺のトラウマがまだ癒えてないので……」
「私の食べたいものでいいと言ったのに……」
「ご、ごめんなさい……でもそれはまだ俺にはちょっと早かった様です」
「む……」
「その代わり、この後の展開は望月さんの望む様にしますんで……」
「ほ、本当に……?」
だからそんな可愛らしい顔されると、色々覚醒しそうだからもう少し我慢してほしい。
そして今日結構お金使ったし、後で少し下ろさないと……。
「何処かから見られている気がする」
二人で入ったイタ飯屋……いや古いか。
イタリア料理店。
ピザを頬張りながら望月さんが呟くのを、俺はパスタをフォークに巻きながら聞いていた。
ちなみに望月さんのピザは四枚目。
それもピースではなくて、丸で。
明日香が見ていて気持ち悪くなった、と言った理由がわかる気がする。
「見られてるって、何処からです?俺、ちっともわからないんですけど」
「んー……何処……巧妙に隠してるみたいなんだが、この気配はお嬢……?」
「え、明日香ですか?こんな時間に出歩くんですか、あいつ。いくら望月さんが気になるからってそこまでしますかね……」
普段からは想像できない部分ではあるが、確かに望月さん絡みであれば納得は出来る。
いや、出来ればそんなことしないでもらった方がこちらとしても、心おきなくデートを堪能できるというものなのだが。
この二人は何だかんだお互いのことが気になって仕方ないみたいだから、言ってもどうせ聞き入れてはくれないんだろうと思う。
「そういえば今日は明日香のお世話、大丈夫なんですか?」
「お嬢を要介護者みたいに言うのはやめろ……。本当なら私なんか、必要ないレベルなんだぞ」
「いや、そんなことは言ってませんけど……大体、世の中の高校生は普通お世話なんてされてませんからね」
「だから、私が心配だからお嬢の傍についている、というだけのことだ。言わば護衛の様なものだな」
護衛か……まぁ、組長の娘ともなれば狙う人間がいてもおかしくはないということか。
ただ今は睦月がいるから、そういうの全くって言ってもいいくらいには心配なさそうではあるけど。
「……今お前、他の女のことを考えていなかったか?」
鋭いな。
まぁ、色気のある妄想をしていたわけじゃないけど、そんなことを言ってもこの人はきっと納得しないのだろう。
「まぁ、睦月のことですけどね。ただ、望月さんが想像している様なことを考えてたわけじゃないとは言っておきますよ」
「な、何だ私が想像する様なことって……」
せっかくの夕飯を、またパニクってとんでもない爆弾で台無しにされるのはちょっと困るので、適当なことを言って誤魔化す。
「そういえば望月さんはさっき、贅沢言っていられる身分じゃなかった、とか言ってましたけど」
「ん?まぁそうだな」
「それって、どういう?」
望月さんは俺のあらゆることを調べまくって、俺のことは大体知っている。
そしてそれを昨日大胆にも暴露してきた。
こうなってしまった以上、俺だけ望月さんのことを知らないというのも何か違う気がして、食事中の話題の一環として切り出してみることにしたのだ。
「ふむ……お前は施設で育ってるんだったな。簡単に言えば、私もそうだ。ただし十二歳までだったけどな」
「十二歳?何でまたそんな半端な時期に?」
「退屈で抜け出したんだ、施設を。脱走とも言えるな」
「脱走……」
考えたこともなかった。
施設の暮らしそのものに不満を感じたことのない俺だからこそなのか?
逃げようとか抜け出そうとか、そういう思考に至ったことは一度もない。
何か嫌がらせとか……もしかして虐待なんてことも……。
だとしたら、これ以上聞くのは良くない気がする。
「あ、その……望月さん。すみませんでした、この話やめましょう。聞いちゃいけない様な気がする」
「ん?何か勘違いしてるみたいだが、私は特に虐待を受けていたとか、そういう事情はないぞ?」
「へ?」
「そういうのを連想したんだろう?だから私は逃げたんだ、って」
「え、ええ、まぁ……」
望月さんが呆れた様に微笑んで、その表情にドキリとさせられる。
こんな顔も出来るのか、この人。
真っ赤になってばっかりだから、てっきり必殺トマト一辺倒な人なのかと思ってた。
「退屈だった、って言っただろう?つまらなかったんだ、生活そのものが。下の子たちの面倒が嫌だったとかじゃないんだが……何て言うのか。刺激がほしかったのかもしれないな」
人生に刺激を求めるのは、わからないでもない。
そしてないものねだりをしていても仕方ないから、自分で手に入れるべく施設を抜け出す……うん、刺激物なら俺のベッドの下にあるから。
昨日望月さんが言ってたみたいに。
……というかハーレムメンバー全員俺にとっては刺激物みたいなもんだから、やっぱ抜け出そうなんて思わないな。
この人は特殊なんだと思う。
「で、抜け出して……野宿してた。サバイバルな生活だったな。学校にも行かないで、食料寝床も自分で調達してたよ」
「…………」
調達って、一体何食ってたんだろう。
というかこのアスファルトジャングルでサバイバルとか、ホームレスくらいしか想像できないのは、俺の想像力が乏しいからか?
さっき肉が好き、とか言ってたけどまさか野良犬とか……。
「何を想像してるのかわからないが、主に魚を取ったりしてた。あとその辺の雑草も食べたことがあるぞ。魚は案外簡単に取れたんだが、火がなくてな。仕方なくそのまま食べたりして、何度も腹を壊したっけ……おっと、食事中にする話じゃなかったな」
「い、いえ……」
野人かよ……。
この現代の小学生とは思えない野生児っぷりでびっくりだよ。
「まぁ、そんな日が一週間ちょっと続いてな。捜索願なんかも出てたらしいって後から聞いたんだが。そんな折、橋の下で寝泊まりしてたところを、今のおやっさんに拾われたんだ」
おやっさん、というのは明日香の父親、つまり組長ということか。
どう想像してみても、ヤクザが人さらいしてる構図しか思い浮かばない。
「おやっさんが施設に掛け合ってくれて、私は組に迎えられることになったんだが、その時まだお嬢は三歳でな……それはもう可愛くて……」
「は、はぁ……」
「お嬢のトイレトレーニングは、私もやったんだぞ」
「…………」
ノリノリで話す望月さんだったが、そんな話を聞かされて俺はどんな反応をしたらいいんだ?
「なかなかオムツが取れなくてな……あ、お嬢には言うなよ?物凄く怒るから」
しかし明日香の話をしてる時の望月さんは、何だか生き生きとして見える。
大事にしてるんだろうな、というのが嫌でもわかる気がした。
「写真あるんだが、見るか?」
「え?」
そう言って望月さんが携帯を取り出す。
……折り畳みだと……?
スマホが台頭しているこの現代で……もうその携帯だと見られないページとか出始めてるだろうに……。
「ほら、これだ。可愛いだろう?」
「……うおお。確かに可愛いですね」
元々明日香は可愛い女の子だ。
だから何となく可愛いということは想像できていたが、予想を遥かに超えている。
これなら望月さんがこんな親バカみたいになるのも頷ける気がした。
ある程度腹も膨れて、時刻は八時を少し回ったところ。
デートも終盤と言えるだろう。
しかし、デートらしいことをもう一つくらいはやっておきたい、という望月さんの願いもあって、俺は望月さんを連れてゲーセンに来ていた。
「こういうところに来るのは、初めてだな」
「そうでしょうね。明日香もこういうところには好んでこないでしょうし」
明日香が実は格ゲーとかにハマってて、こういうところで熱を上げている、なんていう絵面は全然想像できなかった。
まぁ、ありえないだろうと思う。
「ここで、何をするんだ?」
「あー……デートって言ったらやっぱりこれかなって」
俺が指さしたのはプリクラだ。
正直なことを言えば、俺はプリクラとか写真があまり好きではない。
自分で思っているよりも映りが悪く見える気がするからだ。
しかし、何か記念になるものを、となるとプリクラかUFOキャッチャー程度しか思いつかないのが俺という男。
そして俺はUFOキャッチャーの腕前が極めて低い。
無駄な出費は控えるべきだろう。
「プリクラ……」
「そう、プリクラ。知ってます?」
「ば、バカにするな!!お嬢が一人で撮ってきたのを、見せてもらったことがある!!」
さりげに悲しいことを聞かされた気がするが、ここは聞き流しておくのが賢明だろう。
今度明日香とも撮ってやらないとなぁ……。
「じゃ、撮りますけど……何かリクエストとかあります?カップル向けなんて言うのもあるみたいですけど」
「か、カップル!?」
「ええ、カップル。何かあるんですか?」
「あ、アベックというのではないのか……今はアベックではなく、カップルなのか」
「…………」
気にするとこ、そこなの?
この人に任せてると明日の朝になっちゃいそうだ、ということで俺は勝手に決めてずんずん画面をタッチして行く。
「あ、お、おいカップル向けって……」
「俺も詳しくは知りませんけど、いきなり本番しろ、とか言われることもないでしょ。記念ですよ、記念」
「ほ、本番!?」
「いや、だからそれはないって……」
まぁ、どこまでさせられるかわからんけど、今は法規制も厳しい世の中だからな。
そこまで過激な内容になったりはするまい。
……などと思って油断していたのだが……。
「お、おい……抱き着けって言われてるんだが」
「……ですね。しかもちゃんとやらないと先に進まないとか、どんだけ進んだプログラムなんだよこれ……」
「…………」
「恥ずかしいですか?ならこのまま放置して出ちゃうって手もありますけど」
さすがに望月さんにはハードル高いかな、と思って提案すると、望月さんが目の色を変えた。
「バカを言うな……私に撤退の二文字はない」
「え?」
「覚悟を決めろ……私は決めた」
そう言って、望月さんは全力で俺を抱きしめる。
万力か何かで締め付けられている様な息苦しさに、軋むあちこちの骨。
声にならない俺の代わりに、体中が悲鳴を上げているのがわかる。
「あ、ぐ……も……ちづき……ざん……」
「さぁ撮るなら撮れ!!私は逃げも隠れもしないぞ!!」
望月さんが叫び、「ぞ」のところでシャッターの音が聞こえた。
これはちょっとカッコ悪い写真になっていそうだ。
「ふぅ……なかなか厳しいお題が出るんだな。これで終わりか?」
「し、死ぬかと思った……でもまだあと一枚あるみたいですけど」
「何だと……」
そう言って二人で画面を見ていると……。
『さぁ、最後はやっぱりチューだよね!!ガツンと言っちゃおう!!』
「…………」
「…………」
俺は別にキスくらいなら、とは思っていたが、望月さんは案の定真っ赤になっていた。
ここで経験値の差が顕著に出てきてしまう。
「す、するのか?」
「いや、だから抵抗あるならしないで出ちゃうって手も……」
「わ、私に逃げろと言うのか!?」
「逃げるって……大げさじゃないですかね」
「私はどんなことからも逃げない……そう決めたんだ……!」
「…………」
どんだけの覚悟だよ。
プリクラ撮られたら死ぬとか、何処の先住民族ですか。
「やれ、一思いに……。ガバっと!!昨日みたいに!!」
「いや、それ俺記憶ないんで……」
何で俺が望月さん殺すみたいな展開になってんの。
ていうか本当は昨日のが癖になっちゃった、とかだったらそれはそれで萌える展開ではあるんだが。
とは言っても俺にはその時の記憶がない。
なら上書きすればいいじゃない、ということでご要望にお応えすることにした。
「じゃあ、行きますよ。目、瞑っててもらえますか」
「こ、こうか」
何の気なしに言ってしまって、目の前で展開されたキス顔。
何だこの人……こんな切ない顔するのか……。
いや、この人が美人であることなんか、わかっていたことじゃないか……。
だけど、思いもよらないこの展開。
やはりこの人のポテンシャルは計り知れない。
「行きます」
一応一言声をかけるのを忘れない。
昨日はいきなりだったと聞いているし、トラウマにでもなられたらこの先が大変だ。
出来上がってきた写真を見て、二人で絶句する。
想像していたよりもずっと過激な感じの写真が、そこにはあった。
「……こ、これはさすがに人に見せられなくないか?」
「十八禁でもおかしくないですね、特に最後の」
昨日の様に、と言われた俺は手加減無しでベロチューを繰り出した。
写真の中では、二人の間で糸が光っている。
思い切り蕩けた顔で映っている望月さんの顔は、とてもじゃないが子どもとかに見せられるものじゃないと思った。
「ま、まぁこれも思い出ってことで……」
「そ、そう……か……」
ハサミで半分に切って、片方を渡すと望月さんはそのプリクラを慌ててバッグにしまった。
まぁ、誰かに見られたら、って思うわな、あんなの。
ちなみに抱き着かれてる時の写真は、どう見ても望月さんがタコみたいな顔で俺に鯖折りを仕掛けている様にしか見えなかった。
「ちょっと俺、トイレ行ってきますんで。待っててもらえますか」
そう言って俺はゲーセンのトイレに入り、用を足す。
トイレから出たところで何やら物音が聞こえて何だ?と思ってそちらへ行くと、明らかに俺から逃げる人影が見えた。
「……?」
望月さんのところへ戻るふりをして、急遽方向転換し、その人影のところまで全力ダッシュ。
人影は三人。
どれも女だった。
それも、全員が見覚えのある女っていうね。
「……お前ら、何やってんの」
「あちゃ、見つかっちゃった……」
「だからこんなとこまではまずいって言ったんだよ」
「だ、だけど……」
桜子に愛美さんに明日香。
どうやら俺たちはつけられていた様だ。
望月さんが感じた視線は、間違いではなかったらしい。
三人を連れて望月さんのところへ戻ると、望月さんが驚いた様な顔をして俺を見た。
「お、お嬢……?それに、そちらの方は……」
「ああ、初対面でしたっけ。柏木愛美さんですよ。俺のこと嗅ぎまわってる時に見たことはあるでしょ?」
「なるほど、すっげぇ美人だな……大輝お前、やっぱろくでなしだわ。いきなりベロチューしたんだって?」
「…………」
何もそんなことまで喋らなくてもいいじゃない。
望月さんとか明らかに恥ずかしがってるし……さっき再現もしてきたしな。
上手くできたかはわからんけど。
「で、でも上手くやってるみたいで安心したわ。心配だったのよ、私……」
「お嬢……」
「まぁ、こんな時間だし大詰めなんだろうな。ってことは、これからホテルにシケ込むってわけか」
「愛美さん、もう少しオブラートに包んでもらっていいですか……相手はまだ未経験なので」
「いやぁ、大輝くん大変そうだったねぇ、ふくそ……むぐっ」
「桜子、それ以上はいけない。触れてはならない禁忌の部分なんだ。わかるな?」
望月さんの元の服装のことに触れようとした桜子の口を手でふさぐと、桜子は目を白黒させて頷いた。
というかそんな時間から尾行してたってのかよ。
「さ、さぁこれからが文字通り本番みたいだから邪魔したら悪いわ。私たちは退散しましょ」
明日香がそう言って、俺に両端にギザギザのついた薄いものを俺の手に握らせてくる。
下世話なやつだな……でも使うと思うけど。
というか望月さんのことだからって一生懸命すぎないか、明日香よ。
お前が率先してこんなもん用意してくるなんて、驚天動地だよ。
「しっかりやるのよ、大輝くん。望月にも大輝くんのよ、良さを是非……」
「ああ、もうわかった。ちゃんと伝わった。だから別に無理して言わなくていいぞ」
「何そんな程度で口ごもってんだよ、これだからお嬢さまは……こう、ずっぽし」
「あ、愛美さんも別にいいです。ここが公共の場だってことを忘れないでください」
三人に見送られて、俺は更に赤くなった望月さんをゲーセンから連れ出した。
ここまできて何もしないで帰すというのも気が引ける。
「じゃあ……行きましょうか」
「あ、ああ……」
まだ少し躊躇いがちな年上のお姉さんを、明日香の希望通りにする為に。
俺はもう戻れない道を行くことにした。
……替えのパンツ、コンビニで買ってくか。




