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第31話

入院してから、早くも二週間が経過している。

私の体調は予想通り日に日に悪くなっていて、食べられる量も以前に比べると大分減ってしまったことから、自分でも目に見えてやつれてしまっているのがわかる。

私が入院して数日後、ママが学校に連絡を入れたのを皮切りに、クラスのみんなも学年のみんなも私の事情を知ることになったと大輝から聞いた。


私の病状の悪化と体力の低下に伴って面会にも制限が入る様になって、入院した当初午後八時まで大丈夫だった面会はどんどんと時間が早まって行った。


「春海、苦しくないか?」


二回目のお見舞い以降、大輝は甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれる。

バイトがある日は来るなと言ったのは私だし、それに伴って毎日大輝と会えるということはなくなってしまったが、それでも時間があれば必ず来てくれることは嬉しかった。

以前みたいに恋人らしいことは一つもしてあげられないというもどかしさはあるが、私個人は満足している。


しかしふとしたときに考えてしまう。

大輝はどうなんだろうかと。

あの性格だから必死で自分を押し殺してしまっているんじゃないだろうかと。


仮にそんな窮屈な思いを大輝にさせるくらいなら、いっそこの命の火が今すぐ消えればいい、なんてことを考えることもあった。

もし朋美がいたらまた違ったのかもしれないが、既にこっちにはいないし、ないものねだりにしかならない。


大輝はいつも笑顔を見せてくれているが、かなり無理をしているんだろうということがその顔から窺える。

おそらく食事だってそこまでとれていないだろうし、もしかしたら夜だって満足に眠れていないであろうことが想像できた。

それなのに学校に行って、バイトの日はバイトに行く。


バイトがなければ私に会いに来るという、半ばルーチンの様な生活をこなしているのだ。

このままじゃ大輝は壊れてしまう気がする。

そんな私の心配をよそに大輝は一緒にいてくれるし、最大限私を尊重してくれようとする。


パパは週に二、三日程度ではあるが、それでも来てくれる。

忙しいことには変わりなく、なかなか面会時間ギリギリまでいてくれることはないんだけど、それでも来てくれようとする気持ちは嬉しい。

パパの会社にもある程度私の事情は知れている様だが、それでもパパには立場もあるし責任を果たさないといけない。


だから自分から休みたいということも言わずに、昼夜を問わず頑張ってくれているのだ。

一方ママはほとんど毎日来てくれている。

最初のうちはお弁当を作って持ってきてくれていたが、病状が悪化し始めてほとんど固形物を口に入れられなくなってからは、胃に入れやすいものをと選んで買ってきてくれる様になった。


「私なら大丈夫だから」


個人的には割と頑張って声を出したつもりだったのだが、掠れた様に細くなってしまっていた。

ちょっと前ならこんな風に弱ってしまった自分に少なからずショックを受けていたものだが、今ではもう慣れてしまって、これも私の声なんだと開き直っている。

というかそうでも思わなければやっていられないだろう。


以前から比べて大分痩せたと思うし、痩せたというよりもはややつれ切っている。

割とナイスバディだった自信があったので、実はこうしてやつれてしまったことの方が私としてはショックが大きかった。


「腹減ってないか?リンゴ擦ってやるけど、食べれそうか?」

「ありがとう、でも大丈夫」


流動食的なもの……擦ったリンゴとか液状のものであれば、私はお腹に入れられる。

それを大輝も理解してくれているので、よくリンゴを擦って食べさせてくれていたのだ。

しかし最近ではこれも一日に数回程度でお腹いっぱいになってしまって、それ以上何か食べようとすると気分が悪くなったりもした。


おそらく、その時はもうすぐそこまで迫っているのだ。

そう、私に……春海の体に残された時間はもうそんなにないのだろう。


今日は大輝が野口さんと宮本さんを連れてやってきた。

傍から見たら女子二人も侍らせて、となる光景なんだが……。

当の大輝はおそらくそんな風には微塵も思っていないのだろう。


今までと違って今日からは面接時間が短縮されてしまっている。

昨日までは夜七時まで大丈夫だったのにな……。

こういう時間の三十分は、ちょっと大きい気がする。


「春海、聞いてくれよ。野口がさ……」


どうやら以前野口さんが口を滑らせたらしく、朋美のことが宮本さんに知れてしまった、ということらしい。

大輝が必死で説明するも、宮本さんからは二股だと罵られて冷ややかな視線を浴びせられたと言っていた。

その様子は私としても想像するのが簡単で、思わず笑ってしまう。


「あれは確か私の提案が発端だったね。後悔してる?」

「してるわけないだろ。春海も朋美も、今でも大事に思ってる」


大輝はきっぱりと言い切るが、野口さんと宮本さんはやや複雑そうな顔をしている。


「宇堂くんの言ってたこと、本当だったのね」


宮本さんが、おそらくは女の敵でも見るかの様な冷ややかな視線で大輝を見ていた。

やや後退気味で大輝は宮本さんの視線を受け止め、キリっとして言い返す。


「だからそうだって言ったと思うんだけどな。二股って言われるのはちょっと心外だけど……」

「世間的に違いが見いだせないのであれば、それは間違いなく二股よ」


まぁ、確かにそうだよね。

だけどこの関係はきっと、本人たちの自覚次第なんだとも思うから、本人たちが納得してるんだったらそれでいいじゃないか、と私は思っているのだが。

そうなるとやはり朋美とはちゃんと連絡を取っていてほしい。


そしてそうしなければ大輝が死んでしまうことだってありえるのだから。

大輝は忘れないで連絡を取っているだろうか。

いや、とってないんだろうな……こんな時だから、とか思ってるに違いない。


「そういえば大輝、朋美とは連絡とってる?」


朋美を差し置いてまで私を思ってくれる大輝の気持ちが、嬉しくないということは決してない。

だけど、元々大輝は朋美を迎えに行くという前提のもとで頑張っていたはずなのだ。

なかったことにしてはいけないし、理由を見失ってしまったら大輝が大輝じゃなくなってしまう気がした。


「……いや、最近はメールもしてない」

「ダメだよ。朋美だってちゃんと大輝と約束した相手なんだから」


私はつい強く大輝を見つめてしまう。

大輝がその視線に耐えきれなくなって目を逸らしても、それでも見つめ続ける。

やっぱり大輝の中で私が一番になってしまって、それがハーレム崩壊の原因になっていることは間違いない。


春海の体を死なせる以外、方法はないのだろう。

それ以外の方法では大輝を生かすことは出来ない様だ。


「わかった、帰ってからでも連絡してみるからさ」


きっとこの話題を逸らそうとして大輝は言ったんだと思う。

私がかせになって連絡できないのかもしれないが、それは違うんだってことはわかってほしかった。


「うん、そうしてあげてね。きっと待ってると思うから」


だけど、ここでこれ以上追い詰めてもきっと大輝は意固地になっちゃって余計に連絡しなくなってしまうかもしれない。

それだけは避けなければ。

変なところで難しさを発揮してくれるんだから……。


「そういえば朋美さん?っていうのはどんな人だったの?きっと変わり者だったんだろうとは思うけど」


宮本さんは朋美のことが気になる様だ。

私が宮本さんの立場なら確かに気になるだろうし、別におかしい質問ではないと思う。

そしてその見解は間違ってはいないだろう。


「お前失礼だな……まぁ、親父がめちゃめちゃおっかなかったよ。危うく俺、殺されるところだったし」

「え?ご両親に会いに行ったの?普通に考えたらあり得ないと思うのだけど……その勇気だけは称賛に値するわね……」

「何か引っかかる言い方だけど、ありがとうよ。とりあえず最終的には認めてもらえたんだけどな」


そう、大輝が必死で導き出した、だけど不完全だった答え。

そして私がこれからその穴を埋めるから。

だから絶対に、朋美を忘れたりしないでね。


「あなたの周りは変わり者だらけなのね……類は友を呼ぶってやつなのかしら」

「否定はしないけど、お前もその一人に数えられてるって事には気づいてるか?」

「私は自分が普通だなんて考えたことがないもの。そのせいでクラスでも浮き気味だったし。だからこそ姫沢さんには感謝しているのよ」


宮本さんとの出会いは確か……いつかの朝、登校した時にクラスメートから何か言われてたんだっけ、宮本さんが。


「そう、わかったから私には構わないでくれるかしら」


そんな受け答えをしていたのを見たのが最初だ。

面白い子だな、と思ったし、何となく周りに友達らしき人物も見当たらなくて、私は興味を持った。


「ごきげんよう、気分はいかがかしら?」


などとわざと宮本さんの口真似をして昼休みに話しかけたのがきっかけだったと思う。


「何よそれ……私の真似?」

「えっと、似てなかった?」

「本当に私の真似だったなんて……でも、そういうの普通は本人に言わないものじゃない?」

「うん、まぁ普通はそうだね。でも私も宮本さんも普通じゃないからいいんじゃないかな」


あの時の宮本さんの顔は忘れられない。

ショックだったのかもしれないけど、同時に自覚してしまう様なことがいくつもあったという顔だった。

それからどちらからともなく話す様になったんだったはずだ。


「私も変わり者だけどね。だから宮本さんみたいに話せる人がいるのは嬉しかったよ。宮本さんの存在は私にとっても大きかったから」


私がそう言うと、宮本さんが少し嬉しそうな顔をした。

そういえばこういうの、素直に言ってあげたことはなかったかもしれない。


「野口は……まぁ俺たちがいるし、それにちゃんと友達作ってたもんな」


どうでもいっか、とでも言いたげな大輝だったが、野口さんは特に気にしていない様だ。


「私は仮に一人でいるときでもちゃんと妄想って言う友達がいるから」


そんな寂しい友達よりも、現実の友達を是非大事にしてやってください。


「ああ……その先は言わなくていいです」

「ひどい!!言わせてよ!!」


きっと大輝は私を元気づけようとして、こんな話でも付き合ってくれているんだと思う。

それでも私にはかけがえのない、安らぎの時間であったことに違いない。

そして、こういう時に限って流れるのが早くて困ってしまう。


「ああ……もうこんな時間なのか……」


携帯の時計を見ながら大輝が名残惜しそうな表情を浮かべる。

二人も同じ思いの様で、この短くなった面会時間がまた伸びれば、なんて考えてしまう。


「春海ちゃん、ごめんね。もっと早く来られたらいいのに……」

「ううん、学校は大事だよ。私の為なんかに貴重な学校の時間を削るなんて、ダメだからね」

「……俺は、正直学校休んで見舞いに来るのもありかもって、ちょっと思ってる」


大輝が俯いたまま、自信なさげに言う。

私が言うことも大体わかってはいるんだろうと思う。


「ダメだよ。来てくれるのは嬉しいけど、それならちゃんと学校が終わってから。そうじゃなかったら、看護師さんに言って面会断ってもらうからね」


ちょっと厳しいこと言ったかも、って思わなくもない。

だけどこれくらい言わなければきっと、大輝はどれだけ時間を無駄にすることになっても来てしまうだろう。


「……そうだよな。春海ならそう言うだろうってわかってたよ」

「また会えるから、必ず。大丈夫だよ、大輝」


今までに何度もこう言って、大輝には私とまた会える可能性を示唆してきた。

というか絶対に会ってみせるし、私であることを気づかせてみせるんだが。

そして大輝は私の頭を撫でて軽く笑った。


三人が帰って、病室が再び静けさを取り戻す。

何となくぼーっとしているうちに、夕飯が運ばれてきた。

昨日まではこの時間でもまだ人がいることもあったし、そういう人に食べてもらったりということができたのだが、今日からはそうはいかない。


看護師さんが忙しい中少しずつゆっくりと食べさせてくれたのだが、それでも私は半分も食べることができなかった。

まだカーテンの閉まっていない窓を見ると、雨雲が見え始めている。

どうやらこれは降ってくるかもしれない。


雨は昔から何となく好きになれなかった。

もう外に出ることだってないんだろうから、濡れたりということを心配する必要はないのだが、大輝たちは濡れずに帰れるだろうか。

風邪なんか引いたら大変だし、早めに帰ってくれていればいいなと思う。


――ん……少し寝てしまっていたのか。

目を開けると病室の電気が消えていて、外も暗くなっている様でカーテンが閉められていた。

看護師さんが巡回の時に閉めてくれたのかな。


時計を見ると夜の九時。

大輝はもう帰っているかな、と思って連絡でもと思ってそのままメールを送ろうとしたところで、急に目の前が真っ暗になった。

外から漏れて入ってきていた街灯の明かりさえも見えなくなって、一瞬は停電かと思ったが、どうやら違う。


そして呼吸も上手くできない。

今までこんなことなかったのに、と思って苦しみの中姿勢を変えれば、と思い立って体の向きを変えようとしたところで、腕がナースコールに引っかかった様だった。

落下したナースコールのボタンが床に当たったのか、看護師さんが何やら叫んでいるのが聞こえた気がする。


良く聞こえない。

そして声も出せない。

体が上手く動かない。


とうとうその瞬間が?なんて一瞬考えたところで視界が元に戻る。

私はいつの間にか血を吐いていたらしい。

口元から胸の辺りにべっとりと濡れるものを確認できた。


廊下から遠くバタバタと聞こえる足音を、私はどこか他人事の様に聞きながらそのまま力尽きる。

外の雨がもたらす湿っぽい匂いと私の血の匂いとが混ざり合って、意識が抗い様もなく再び暗闇に捕らわれていくのを感じた。

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