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第26話

春海の念願でもあった、俺と同じ高校での学生生活。

もちろん俺の念願でもあったことは間違いない。

正直心の中はもうお花畑みたいで、毎日がエブリデイだ。


そしてそんな風に楽しく高校生活を始めてから、早くも二か月が経過している。

春海と俺、野口はそれぞれ別のクラスになっていて、用事があればそれぞれの教室へ行ったりというのがもはや慣例みたいになっている。

昼を一緒に食べたりと、割と充実した生活には違いなかったはずなのだが、春海の誕生日を祝った数日後の昼休み、異変は起きた。


ちなみにこの日は野口も同じクラスの女子と昼食をとるとかで、俺たちとは一緒にいない。

あいつはあいつでちゃんと友達見つけられてるんだな、良かったよ。


具体的にどういう異変なのかと言うと、まず普段ならもりもり食べているはずの春海がほとんど弁当を残している。

この弁当は秀美さんが毎日手作りしてくれていて、俺もそのご相伴に与っているわけだがこれが何と言っても旨い。

そしてその旨い弁当を、俺があーんしてあげたり、何なら口移しで……とも思うがちょっと恥ずかしいよな、うん。


話が逸れたが、そんな弁当を春海が残すなんていうことがまず一つ、おかしいと言えるだろう。

あの食欲の権化みたいな春海が、弁当を残す……それは食に対する冒涜だ!とか言ってそれこそ弁当箱の隅々までベロベロ舐めて……なんてのはさすがに見たことないが、今日はいつもと真逆すぎる。


そして春海の顔色が悪い。

野口の下ネタに耐えきれなくなったのか、と一瞬は思ったが今日は野口とほとんど絡んでいなかったはずだ。

たとえ絡んでいる日であっても、春海はあのえげつない下ネタについてくどころか、たまにあの野口でさえドン引きする様な下ネタを披露したりしていたし、あの程度で春海が参るとも考えられない。


そして今日の春海は、俺が食べ終わってもまだおかずを一口か二口程度食べるのみで、箸が全く進んでいなかった。

おいおい、明日雨でも降ったらどうすんだよ……明日は学校の後バイトくらいしか予定ないけどさ。

やっぱり何だ、俺があーんしてやった方がいいのか?


それともこんなとこで口移し、とか言うつもりか?

具合悪そうだし、たまには無茶苦茶なお願いでも聞いてあげちゃおうかな。


「おい、春海……お前顔色おかしくないか?今までそんな顔色した人間見たことねーんだけど。俺のあーん待ち?口移しの方がいいか?」

「顔色?……でも、確かにちょっと怠いんだよね。あーんも口移しも確かに魅力的なんだけど……」


やっぱり変だ……こんな春海は今までに見たことがない。

それどころか具合が悪そうにしているところでさえ、一度も見たことがない気がする。

それに、バカは風邪ひかないとか言うけど、春海はバカじゃない。


そうなれば、春海だって風邪の一つも引いて当然ということになる。

これはもしや……カップル定番の、看病イベント発生の予感!


まずは定番のおでこで検温。

本当ならおでことおでこをくっつけて、ってやりたかったし春海もその方が喜ぶんじゃないかと思ったが、なにしろ人目がありすぎる。

なので悔しい気持ちを押し隠して俺は、手で春海のおでこを触ったのだ。


「ちょっとごめんな……お前、熱あんじゃねーか!しかもこれ……相当高いんじゃないのか?気づかなかったのかよ?」

「はは……どうだろ、確かに朝から何か変だな、くらいには思ってたけどね。まぁ、大丈夫だと思うから……」


朝見た時は普通に見えたのに、昼になったらこんなに熱があるなんて、どう考えても普通じゃない。

春海が熱を出すなんてことが……いや人間なんだからそりゃあるのかもしれないけど……でも確か、俺と知り合うちょっと前くらいに瀕死になるほどの高熱を出して昏睡状態まで行ったって聞いたことがある。

しかし俺と知り合って以降は元気そのもので、熱なんか出してるのを見たことがない。


逆に俺が熱を出して看病してもらったことなら一回あるけど、それくらい春海は丈夫にできているんだろう、なんて思っていたのだ。

あの時の看病イベントは燃えたなぁ……。

いやまぁ、それは別にいいんだけど。


「食欲、ないんだよな?」

「今日はあんまり……大輝、私の分も食べる?」

「残しとけって。もしかしたら後で食べたくなるかもしれないだろ?」


とは言ったがこの調子ですぐに良くなって、ああお腹空いた、とか言いながら弁当の残りを食べている春海とか想像できない。

いや、もしかしたらこの後すぐにすっかり復調して、ちょっと変な匂いするけどまだ大丈夫だよね、なんて言いながら傷んだ弁当を食うってことも考えられなくはないが……いやそれならデート行く予定だし、何か食いたかったら奢ってやるから、傷んだ弁当はやめとけ。

どのみちこのままでいいとも思えず、俺は春海をとりあえず保健室に連れて行こうと考えた。


「春海、保健室行くか?いや、行こう。行った方がいい。見てて何か危ないし、正直ほっとけない」

「いや、大丈夫だよ、大げさだなぁ……」

「シャラーップ!……大げさなわけあるか。どう見ても正常な状態じゃないからな、お前。それに放課後のデートだってその調子じゃきついだろ」


よもや俺が無理やり立たせたりしても抵抗はすまい、と考えて俺は春海のわきの下から頭をくぐらせて肩を貸し、春海を立たせた。

本来であれば、男らしくお姫様抱っこなんかして颯爽と保健室へ、なんてのも考えてはみたのだが……人目がある上に俺の体力はそこまであるわけでもなく、途中で落っことしてしまったら大変だと思って断念した。

世の中上手く行かないことだらけだ……。


普段イチャイチャと抱き着いてきたりするときよりも、遥かに熱が高い様に感じる。

そして何度も嗅いでいるはずの春海の匂いが、熱で際立ってけしからんことを考えてしまう。


こんな時なのに、俺は一体何を考えてるんだ!

心頭滅却!!煩悩消滅!!

昼食の時間ということもあって人の多い教室が、俺たちを見て少しざわついたのがわかるが、そんなことに構っている場合ではない。


「あれ、宇堂くん。どうしたの?春海ちゃん不調?」


廊下に出ると野口がいて、俺たちを発見する。

悪いな野口、今日はお前の下ネタに付き合ってやれるほどの余裕はないんだ。

というかこのまま下ネタ生涯封印してもらっても、俺としては一向に構わないぞ?


「どうも熱あるみたいなんだ。ちょっと保健室まで連れていきたいんだけど……もしよかったら手伝ってもらえるか?」

「もちろんだよ!春海ちゃん、大丈夫?」


野口にも春海の顔色の悪さはすぐにわかったらしく、すぐに俺の反対側から肩を貸そうとする。

いくら野口が小さいと言っても、何十センチも差があるわけではないため、春海が無理な態勢を取る必要がなくて済んだのは幸いだった。

少し暑くなってきてる時期でもあって、微妙な力仕事にやや汗ばんでくるが、何とかして階段を下りきって春海の様子を伺った。


「大丈夫か?苦しくないか?人工呼吸必要か?」

「大輝、過保護だね……大丈夫って言ってるのに……」

「言うだけならそれこそ俺だって言えるんだよ……野口、悪いな。もう少しだから頑張ってくれ」

「何言ってんの、私ならそれこそ大丈夫だから、もっとこき使ってくれていいんだよ!」


こういう時、野口のこの明るさは何だか頼もしい。

きっと俺なんかよりもちゃんと落ち着いて状況を把握しているんだと思うし、野口もあんな風に下ネタばっか言ってるけど俺より大人なんだな、と思った。

そんなことを考えながら少しずつ進むうち、保健室が見えてきた。


保健室のドアをノックすると中から女性の声で返事があって、先生がいるんだということが確認できた。

失礼します、と中に入って、ひとまず春海を椅子に座らせて俺たちも一息つく。


「どうしたの?この子、凄い顔色してない?」

「熱があるみたいで……すみませんがお願いできますか?」

「あら……それは大変ね。ちょっと待ってて」


そう言って保健室の先生が体温計を取りに行って、春海の熱を測るべくブラウスのボタンを……。

もう少しだ……もう少しで今日の春海の下着の色が……。


「ちょっと、何じっと見てるの!外に出てなさい!!」


ついつい興奮して見入ってしまっていたが、ここは学校だった。

野口が軽く笑って俺を見ていたが、俺は怒られて仕方なく保健室の外に出る。

さっきほとんど食べてなかったし、水分だけでもちゃんと取った方がいいよな。


暑くなってきてるし、熱があるってことは汗だってかくだろうし。

そう考えて俺は一階の食堂内にある自販機まで歩いて、スポーツドリンクを購入することにした。

戻る頃には熱も測り終えてるだろう。


しかし、あの春海が熱ね……。

暑くなってきてるからって、腹でも出して寝て風邪ひいたとかそんなんだろうと思うけど。

まぁ、引き始めが肝心とか言うしな、ここは以前看病してもらった仮を返す時がきたのだと思って頑張ってやるか。


そんなことを考えながら歩いていると、保健室が見えてくる。

無断で入ってまた怒鳴られてはたまらない、と思ってとりあえず保健室のドアを再度ノック。

考えてみたらあの先生何となく独身臭するし、嫉妬してんのかもしれないな、気を付けよう。


「どうぞ」


先生の声が聞こえて、俺が中に入るとベッドのカーテンが閉まっているのが見えた。

どうやら春海はあの中に寝かされているのだろう。

くそ、先生いなければ俺は、ここで一生懸命看病できるのに……。


「あら、飲み物買ってきてくれたの?あなた、姫沢さんの彼氏なんですってね。さっきはごめんなさい」

「いえ、普通に考えてああなるのは当たり前じゃないかと思いますから。それより、これ春海に渡しても大丈夫ですか?」

「そうしてあげてくれる?あの子、熱が三十九度もあったのよ」


おいおいおいおい……三十九度とかどう考えたって大丈夫って言えないだろ。

高いな、とは思ってたがまさかそんなに高いなんて……。

俺も昔それくらい出したことあるけど、もうほとんど動けなくて死ぬんじゃないか、なんて思ったくらいだ。


「一応解熱剤飲ませたんだけど……もしかしたらあんまり意味ないかもしれないわね。とりあえずはこのまま休ませて様子見て、危なそうだったら病院に連れて行った方がいいかもしれない。宇堂くん、姫沢さんの親御さんと連絡取れるかしら?」

「あ、はい大丈夫です」


俺が春海にスポーツドリンクを渡そうとカーテンを開けようとしたところで、野口から声がかかった。

まぁ待てよ、俺の体は一つしかないんだから。


「宇堂くん」

「ああ、野口……あ、そうだ。悪いんだけど、俺と春海のクラスの誰でもいいから俺が少し遅れるかもしれないってこと伝えてきてもらっていいか?俺、これから春海のお母さんに電話しないとなんだ」

「うん、わかってるよ。宇堂くん、しっかりね」


普段のあの明るい表情から一変、野口が真面目な顔をしている。

大げさだなぁ、と思わなくもないが、春海がこの調子じゃそうなっても不思議はないか。

卒業式の日は毎日こいつの下ネタなんか……とか思ってたけどいざこういう事態になってみると、野口の存在は頼もしい。


「ああ、ありがとう。頼んだぞ」


さっきのさっきだし、まだ眠りには落ちていないだろうとベッド脇のカーテンを開けて春海の様子を伺う。


「大丈夫か?お前さっき、ほとんど食ってなかっただろ。熱あんなら水分だけでもとっておかないと。これ、ちゃんと飲んどけ」


そう言って春海にペットボトルを渡す。

しおらしい春海って何かこう……そそられるものがあるな。

しかし同時にひどい顔色に申し訳なさそうな表情が、俺の中の不安を煽る気がする。


「ごめんね……」

「おいおい何謝ってんだよ。俺なんかに変な気遣わなくていいから。とりあえず、秀美さんに電話してくるけど……眠くなったらそのまま寝ちゃえよ?」

「うん、ありがと……」


いつになく弱弱しくて、いつかみたいにしおらしいとかそういうレベルじゃない春海。

正直気持ち悪いとかそんな感情よりも、少しずつ心配になってくる様な気がする。

さすがに熱くらいで死んだりはしないと思うが、風邪で死ぬ人だって世の中には一定数いることは知っているし、油断はできないのだ。



結局放課後になっても春海の熱は下がらず、秀美さんに電話をしても用事ですぐには迎えに来られないということがわかり、俺が春海を病院まで連れて行くことになった。


「宇堂くん、お願いね。気を付けて」


先生も声をかけてきて、首肯のみで応えて保健室を出る。

そして、出たところで忘れものを思い出した。


「あ……春海のカバン、持ってくるの忘れた」


何やってんだ、この非常時に俺は……慌てすぎだろ……。

こういう時こそ落ち着いて行動しないと、逆に春海が危ないってこともありえるってのに。

仕方ない、時間はないが取りに戻るか。


「春海、ちょっと保健室で待っててもらっていいか?お前のカバン取ってくるから」

「その必要はないわよ」


春海を保健室に戻そうと思ったところで、聞き慣れない女子の声がした。

この子は確か……春海のクラスメートだったよな。

ツインテールが特徴的で、可愛い系の顔の女の子だ。


俺よりも少し背が高い女の子。

名前は……何だっけ。


「宮本さん……」


そうだ、宮本だ。

その宮本が、手に春海のカバンを握っていた。


「宇堂くんが走っていくのが見えたから。ならここだろうと思って。ほら、カバンよ」

「悪いな、持ってきてくれたのか、助かるよ」


素直にお礼を言うと、宮本は何故か顔を赤くして俺から目を逸らす。

俺、変なこと言ったか?

あ、もしかして何?恋の予感?


悪いな、今の俺は春海専用なんだ。


「そ、それより姫沢さん、思っていたよりも良くなさそうに見えるわ。病院に行くのよね?」

「何でそのこと……あ、野口から?」


俺と野口のさっきのやり取りを見ていたのかもしれない。

それで野口から事情を聞いたってところか。

しかし俺は、宮本と数回しか顔を合わせたことがないし、失礼な話名前も覚えていなかった。


それなのに宮本は俺のことを覚えていた様だ。

記憶力いい子なんだな。


「おっと、話はまた今度だな。悪い、宮本が言った通り、病院連れてくんだ。でも、恩に着る。今度何か奢るからな」

「そんなのいいわよ……姫沢さん、お大事にね」


春海と二人で宮本に礼を言って、俺は春海に肩を貸して校外へ。

通りに面したところにあるうちの高校は、こういう時便利だ。

何故ならタクシーをすぐ停められるから。


普段ならそんな贅沢な移動手段を使ったりはしないのだが、そんなことも言っていられない。


タクシーを停めて春海を押し込む形で俺も乗り込んで、行先を告げる。

先生から前もってここから一番近い病院の場所は聞いてある。

何でもでかい総合病院らしく、まだ午後の診療には間に合うだろうとのことだった。


「春海、大丈夫か?辛かったらすぐ言えよ?」

「大丈夫だって……大げさなんだから……」


今日何度大丈夫か、ってセリフを言ったかわからない。

そして春海もその度に大丈夫と返してくる。

だけど全然大丈夫そうに見えない。


「お姉さん、具合悪いの?」


そんな俺たちのやり取りを見たタクシーの運ちゃんが声をかけてくる。

割と気さくそうな人だ。


「ええ、実は熱があるんです」

「そうか、じゃあ安全運転で急ぐとしますか」


そう言ってバックミラーから目を離した運ちゃんが前を見る。

何だか頼もしい。

考えてみると、今日は知ってる人知らない人の区別なく、助けてもらっている気がする。


人と人は繋がって助け合って生きているんだな、なんて普段考えもしない様なことを考えていると、大きな建物が見えてきた。


「あれがその病院だ。もうあと数分で着くからな」



優しい運ちゃんのおかげで、予想していたよりも早く病院には到着できた。

俺は運ちゃんに頭を下げてお礼を言いながら料金を支払い、車外へ出る。

そして春海の手を取り、お嬢様を車外に連れ出す時の様な仕草で春海にも降りてもらって、俺たちは病院の中に入ることにした。


午後の診療には無事間に合った様で、春海に保険証を出してもらって、待合室で春海を椅子に座らせる。

少しして受付のお姉さんが問診票を持ってきたので、春海に書けるか聞いたところ、それくらいは大丈夫とのことだったし、春海に任せることにした。

ちなみに保険証は秀美さんが常に春海の財布に入れてくれていたらしい。


「診察……時間かかるのかな……」

「どうだろうな……でも、割と混んでる様に見えるからな……」

「デートの予定だったのに、ごめんね……」

「バカだな、そんなの元気になったらいつでもできるんだからさ。今は良くなることだけ考えてればいいんだよ」


こんな時までデートのことなんか考えてるなんて、正直春海の頭の中は俺のことばっかりで困ってしまう。

もちろん嬉しくはあるけど、自分が万全じゃなかったら、って言ったのは春海なんだぞ?

しかし、早いところ診察が始まってくれればいいと思っているのは俺も同じなので、周りを見回していると院内放送がかかる。


「姫沢さん、二番へどうぞ」


どうやら春海の番がきた様だ。

看護師さんが迎えに出てくれて、春海はその肩を借りて診察室へ入って行く。

俺も立ち上がると、看護師さんにやんわりと止められた。


何?彼氏がいるのがそんなに妬ましい?

そこをどけ……今の俺を止めることなど、誰にもできはしないのだ。


「あ、彼氏さんはすみませんがこちらでお待ちください」


まぁ、普通に考えて結婚してるわけでもないし、一緒には入れないわな。

男性の医者だったら、なんて考えてチラリと見えた診察室にいたのは女医さんで、俺は胸を撫で下ろした。


当然ながらこの病院に春海のこと以外で用事などあるはずもなく、俺は急に手持無沙汰になってしまった。

どうしよう、本とかないかな、と思って辺りを見たところで携帯にメールの着信があって、野口からのものだとわかった。


『春海ちゃん、どう?大丈夫そう?』

『ついさっき診察室に呼ばれて入って行ったよ』

『そうなんだ?エロい先生とかに当たっちゃったらピンチ!』

『さっきチラっと見た限り女医さんだったよ、残念だったな。でもお前がいつも通りで少し安心できた。ありがとうな』

『宇堂くん、落ち着いてね?今春海ちゃんが頼れるのは宇堂くんだけなんだから』

『ああ、わかってる。ありがとう、本当。お前にも今日はたくさん助けられてる気がするよ』


宮本にしても野口にしても、本当にいいやつだ。

俺も春海も、この高校で友達に恵まれたんだなって改めて思う。


「姫沢さんの彼氏さん、今大丈夫ですか?もし大丈夫ならちょっとお話があるのですが」


メールが終わって携帯をしまっていると、看護師から声がかかった。

話って何だろう。

まさか……妊娠とかじゃ……。


「な、何でしょう……」


正直そう考えると、気が気でない。

確かに妊娠の初期症状で熱出たりって、聞いたことある様な気がしてくる。

いやいや、さすがにそれは……だけど、変な病気だったりっていうよりはマシなのか……?


「もし、お時間ある様でしたらこのまま詳細な検査に移りたいと思います。その間で、ご両親に連絡を取っていただく様お願いできますか?」

「時間は大丈夫ですけど、ご両親が用事って言ってたので、確約はできませんが……とりあえず電話してみて、ダメそうならメール入れておきます」

「ありがとうございます。では、これから一、二時間ほど詳細な検査をします。着替え等もありますので、申し訳ありませんが待合室でお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


そう言われて頭を下げる。

正直、俺の中では多少の意識の変化が生まれていた。

春海が大変な時に、俺は何を呑気なことを考えていたのかと。


どうも悪い予感がしてくる。

自然と手が震えてくるのを感じて、深呼吸をする。

まずは連絡を入れないと。


秀美さんに連絡を入れると、秀美さんは少し取り乱して途中から春喜さんが電話を替わり、俺の用件を聞いてくれた。

春喜さんは努めて冷静でいてくれたみたいだが、俺のことを気遣ってくれていたのかもしれない。

三十分ほどでこっちに来れるという話だったので、俺としても少しだけ安心できた部分がある気がした。


まだそれなりの人数の患者がいるはずなのだが、ふと俺以外の人間が一人もいない世界に迷いこんだ様な心細さを覚える。

しかしおそらく春海は俺なんかよりも、もっと心細く感じているに違いない。

一人で検査を受けて、苦しく重い熱と戦っているんだから。


そんなことを考えながら待合室で春喜さんと秀美さんを待つのだが、三十分という時間は今の俺にとって無限に感じるほど長かった。



「大輝くん、大丈夫かい?」


落ち着いた声と、肩を軽くトントンと叩かれる感覚で、俺は目を覚ました。

どうやら待っている間で寝てしまっていた様だ。

時間にして十分程度の様だが、こんな時に俺は……。


「大分疲れてるみたいだけど、平気かい?」


春喜さんはそんな俺を責めることなく、俺の肩に手を置いて話しかけてくる。


「大輝くん、春海はまだ検査中なの?」


秀美さんも春喜さんの後ろから声をかけてきた。

少し目が赤い。

やはり、さっきの電話で……。


「まだ戻っていない様です。俺がついていたのにこんなことになって、すみません……」


正直な話、俺なんかがついていたところで出来ることなんて高が知れている。

だけど秀美さんが泣いていたという事実を知って、俺はそう言わずにいられなかった。


「何言ってるんだ、大輝くんは今日一番頑張ってくれたじゃないか。一人で春海をここまで連れてきてくれたから、春海はちゃんと検査を受けているんだろう?」

「そうよ、あの子いつも無理ばっかりするから……大輝くんがいなかったらどうなっていたかわからないわ。本当に、感謝してるんだから」

「いえ……俺一人の力じゃないですし……今日は本当、いろんな人に助けてもらったって言うか……」


実際野口に宮本、保健室の先生にタクシーの運ちゃんと、色々な人が俺を助けてくれた。

そうじゃなかったらただただ慌てていたかもしれないし、そうなったらもっとひどいことになっていた、ということもあり得るのだ。


「それにしても、あの子が熱か……何年ぶりだったっけ?」


春喜さんと秀美さんも俺の隣に腰かける。

さっきまでよりも、患者の数が減っている様だ。


「小学校に入ってすぐの、あの時以来じゃないかしら。軽い風邪をひいたりっていうのは何年かに一回くらいあったけど……熱を出したのは本当、久しぶりだわ」


本当に元気だったんだな、と思う。

そんな春海が、今熱に苦しんでいるという事実が俺の中でまだ消化しきれていない気がする。

ただ単に熱を出した経験が少なくて免疫が、とかそんな程度の話なら希望は持てる。


春海の検査を待つ間で、どんどんと患者の数が減って行って、俺たち三人と他は片手の指で数えられる程度になっていた。

重い沈黙が、待合室を支配している。

エレベーターの上にかかっている壁掛け時計の、秒針を刻む音がやけに大きく感じる。


さっきまではそんなの、全然気にならなかったのに。

そんなことを考えていたら、こちらに向かってくる人影を確認することができた。

看護師さんの様で、俺の顔と春海の両親の顔を見て頭を下げた。


心臓の音が、いつもより大きく感じられてうるさかった。

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