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第24話

年越し、新年のご挨拶と三人で過ごした俺たちだったが、とうとう迎えてしまった高校受験の合格発表日。

死力を尽くしてやれることはやった。

朋美も遠方の高校に行くというのに俺に協力してくれたりして、出来ることはもうない、というところまでやったはずだった。


その朋美は向こうの受験等々で忙しくなってしまい、学校を欠席する日も目立っていた。

朋美との別れに俺の受験結果と言うダブルパンチに参りそうな俺だったが、何とか意識を保っている。

ちなみに春海は推薦で既に受かっていたので、高みの見物というやつだ。


あの二人が懸命に教えてくれたんだから、絶対大丈夫なはずだ。

そう思いながら自身の番号を探す。

鼓動が非常にやかましく鳴って、目まいがしそうになるがそれでも探した。

一緒にいる春海も、俺の番号を探してくれている様だった。


「大輝、あれ」

「え?」


春海が指さした先にあったのは、探し求めた俺の番号。

俺はそれを三回くらい見直して、受かったことを実感できた。

膝から力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになったところを、春海が支えてくれた。


「合格おめでとう。胴上げでもする?」


春海ならやりかねないと思ったので、それは辞退させてもらった。

それはさておいて、春から春海と一緒の高校なんだと思うと何となく湧き上がるものがある。


「ねね、大輝は合格したのに泣かないの?」

「いや……合格できるんじゃないかって気はしてたからな。俺なりにも頑張ったし。それに、男が泣くときは親が死んだ時だけ、とか言うだろ?そして俺に親はいない。となったら、泣くときなんてのはお前や朋美がおっかない時だけ、ってことになる」

「へぇ……じゃあやっぱり今すぐ泣かすことにするわ」

「すみませんそれは勘弁してください」


受かったこと以外で泣かされるとか不本意すぎるだろ……。


「それはいいとして、タコ坊主からもらったメモ、ちゃんと取ってあるよね?」

「……ああ、当たり前だろ。携帯にもデータ入れてあるし紙は机にしまってあるよ」

「それなら良かった。絶対なくしたらダメだよ?」


春海なりの悪ふざけなんだろうけど、割と目が据わっているのよね……。

でもちゃんと朋美のことも考えてるんだなと感心した。

受験に向けて勉強を始めた頃からじゃ考えられない変化だよな。



そして、ついにその日はやってきた。

朋美の出発の日の早朝。中学の卒業式の翌日だ。

朋美から事前に早朝に出るとは聞いていたので、この時間だろうと当たりを付けて俺と春海、野口に井原、良平は集まっていた。

世に言うサプライズってやつかな。


「え、み、みんな……?」


声がした方を見ると、そこには朋美を始めとする桜井家が勢ぞろい……とは言っても父母娘と三人しかいないけど。


「朋美……」


誰からともなく声を上げ、朋美に駆け寄る。

さすがの朋美もこれは予想していなかったのか、驚き顔で狼狽している様だった。


「な、何でここにいるの……?」


ちょっと大きめの荷物を持った朋美がそれをおろして、俺たちを見る。


「へっ……こないわけあるかよ」


ちょっとカッコつけてサムズアップなど決めてウィンクしたのに、さらっと流されて朋美は井原や野口のところへ行ってしまった。

あんまりだと思うの。


「朋美の見送りにきてくれたのか」


声を掛けてきたタコ坊主は相変わらずのごつさだった。

こんなゴリラみたいなやつとやりあってたのかと思うと、今頃になって寒気がしてくる。


「皆さん、娘の為にありがとう。いいお友達を持ったのね……」


朋美のお母さんが感謝の言葉に俺は頭を下げる。

それを見てタコ坊主がニヤリと微笑んだ。


「お前……俺との約束忘れてないだろうな」

「当たり前だろ。死んでも行くよ」


なら大丈夫か、という顔で俺を見て、タコ坊主が拳を突き出してくる。

ここはふざけてじゃんけんとかしてる場合じゃなさそうなので、俺もタコ坊主の拳に俺の拳を突き合せた。


「圭織、桜子……」


抱き合う三人の女子。

この光景もきっともう、見納めなんだなと思うと少し寂しい気持ちが湧いてくる。

そう思っていると、春海が俺の肩を叩いて朋美のところへ行く様に目で促した。


「よっ、朋美」

「大輝……」


朋美の前で右手を差し出すと、朋美は俺の手を見て微笑む。

何だ、手小さいな、とか思ってるんだろ。

確かに俺の手は朋美よりも春海よりも小さいよ、悪かったな。

しかし、そのあとすぐに俺の手を握り返してきて、更に微笑んだ。


「朋美、俺は必ずお前を迎えに行くから。だから、待っててくれ」


空いていた左手も添えて、両手で朋美の手を包み込む。

朋美の手は少しひんやりしていて、平熱が高めの俺にはやや心地よかった。


「俺……絶対行くから。死んでも……それこそ這いずってでも」

「死んだらさすがに困る……」


そう言って朋美が左手も添えて俺の手を包む。


「お前ら、親の前で……」


俺たち二人だけの空間だったのにタコ坊主が力技でその空間をこじ開けやがった。


「まぁまぁお父さん……」


今にも飛びかからんばかりの勢いのタコ坊主をお母さんが宥める。

本当に猛獣使いみたいだな、このお母さん。


「やだな……泣くつもりじゃなかったのに」


そう言った朋美を見ると、その顔は涙に濡れている。

まだ人気のない駅の改札前に朋美のすすり泣く声が響いた気がした。


「大輝……目を瞑って」

「え?」


まさかとは思うけど……親の前でするんですか?


「いいから!」


朋美が目を閉じる前の俺に組み付いて、無理やりキスしようとしてくる。

そして俺はタコ坊主に殺されてはたまらないと、すかさずそれを避けた。


「何で避けるのよ!!」

「い、いや……だって……」


おそるおそるタコ坊主を見ると、もう既に茹でダコ状態だ。

これはやばいかもしれない。


「おい大輝……次避けたら殺す」

「ええ……」


何とタコ坊主はここにきて朋美の味方の様だ。

一体どういうことなの……。


「早く目、閉じなさいよ……」


いいのかよ、目の前で娘がこんなことしようとしてんのに……。

とは言ってもここで避けて殺されたら本末転倒だ。

覚悟を決めて、俺は目を閉じる。


周りが息を呑むのがわかった気がする。

唇に暖かいものが触れて、涙の味がした。

つられて泣きそうになるのを、俺は懸命に堪える。


そして俺から離れた朋美は春海にもキスをした。

親としては複雑だろうな、と思う。

電車の中でいじられたりしないかと、ちょっと心配になった。


「朋美、そろそろ時間だわ。行かないと……」

「あっ……うん……」


とうとうその時が来てしまった。

我慢していたのに、零れそうになる。

思いが、涙が、感情が。


「大輝、私待ってるから」

「あ、ああ……わかった……ぐ……ま、待っているが良い」


我慢のしすぎでおかしな言葉遣いになってしまって、それが周りの笑いを誘う。

俺もつられて涙目で笑った。


「大輝、春海……桜子に圭織に田所くん」


荷物を拾い上げて、朋美が全員を見る。

それに応える様に全員が右手の親指を立てた。


「またね!!」


朋美の声が響き、そして桜井一家は地下鉄のホームへと消えて行った。

まだひんやりと冷たい早朝の空気が、火照った顔を少しずつ冷やしてくれる。



「お前ら、眠くねぇの?よくこんな時間に来れたな」


泣き顔を誤魔化す為に俺は質問を投げかける。

いや、本当俺も眠いし。

朋美のことがなかったらまず午前中眠りこけてた自信がある。

俺があくびをしながら言うと、井原が俺を睨んだ。


「あんただって、よく来れたじゃない。大体、春海ちゃんもあんたも来てるのに私がこないわけないでしょ」


軽く睨みながら井原がため息をつく。

そう、こいつは以前から俺たち三人の関係に気づいていたという。

確信はなくともこいつらデキてんな、くらいには思っていたらしい。


「まぁ……そうだな。お前の言う通りだからもう少し視線和らげてもらってもいいですか」


だが井原は特に怒っているという様子ではない。

気のせいかもしれないが。


春海や野口は笑いながらその様子を見ていて、良平も眠そうな目を擦りながら井原の隣にいた。


「お前はよく来れたな、良平。眠そうだけど」

「いや、ぶっちゃけ眠いけどな。だって、昨夜圭織が寝かせてくれなくて……」

「ちょっと良平!?」


いきなり暴露されて慌てる井原だったが、こいつらがこうなるのは何となくわかっていたし、きっと春海だってわかっていたんじゃないかと思う。

正直お似合いだと思うし、普段女にだらしなさそうな良平だけど、こう見えて井原を大事にしているんだということは何となくわかる。


「だ、大体宇堂の方がそういうことは沢山してるんじゃないの?ウサギって繁殖力高いんだっけ?可愛い動物ってみんな性欲強いって言うし」

「ぶっ……」


春海がたまらず吹き出して、それを見た良平もつられて吹き出す。

まぁ、こういう場面でくらいネタにされるのは男の役目ってことでいいか。


「まぁ、私としては宇堂くんと田所くんがくっついてくれる方が楽しいんだけどね、趣味的に」

「…………」


野口……こいつ本当、何言ってるの?

確かに昨日の卒業式の後に、こいつが腐女子であることは知らされたけどさ……マジで俺で想像するのとかやめてもらいたい。

どう見ても俺とか、女コマすことはあっても男とオウオウ言ったりする感じに見えないだろ。


……自分で言ってて何となく悲しくなってきた。

そして高校行ってもこいつと一緒とか、もう毎日が波乱の予感しかない。

これも昨日知らされたことだが、何と野口は俺や春海と同じ高校に通うことになっている。


受験会場にいたのを見た覚えがなかったから、てっきり他の高校だろうと思って安心していたのに。


「女二人抱えてしかも幼馴染の男とホモの関係とか笑えな過ぎるわ」

「彼女といないときとか、そういう気分にならなかったの?」

「ざ、残念ながら俺は春海と朋美で手一杯でな……」

「まぁ、俺も……。昨夜だって圭織で充分……」

「ちなみに昨夜はどんなプレイしてたの!?ちょっと詳しく聞かせて!後学の為に!!」


あーあ、良平が変なこと言うから野口に火がついちまったじゃねぇか……。


「もちろん俺はノーコメント。良平と井原にでも聞いてくれよ」


もう眠いし、正直構ってられるか、と思ってぶっきらぼうに返す。

普段ならこれで退散してくれるはずなんだが。


「昨夜はね、大輝割と元気だったから後ろから……」

「おいぃ春海いいぃぃ!!何で勝手に答えようとすんの!!収拾つかなくなるからやめて!!」


今度は人気のない地下鉄に俺の声が響き渡る。

……まぁ、それはいいとして、これからは新しい生活の始まりだ。

騒がしいし中学の時からあんまり変わらずいじられる様な予感しかしないが、それなりに楽しくやっていけるだろう。


この時、俺は疑いもせずそう信じこんでいた。

それがいかに呑気で平和な考えであったかということを、割とすぐに思い知ることになるのだ。

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