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第211話

睦月が一人で神界へ行く間。

俺は俺で、独自に色々と出来れば、なんて考えてみたがよくよく考えてみたら出来ることなんてそうあるもんでもなかったということに気付く。

だって、今までだってあいつ主導で動いてきて俺たちはその手足みたいな……物凄い言い方悪いけど、補佐する様な感じで、たまに矢面に立つこともあったけど、あいつの考えに反することをしてきたつもりはない。


つまり俺たちの脳とも言える睦月が不在の今、大して指示もないままで動くことができるほど俺は万能ではなかった、というわけだ。


「何が起こるかわからないんだから、一旦施設に戻っておいたら?」


そんなあいの一言もあって、俺は単身施設へ戻ることに決めた。

あい一人に玲央のことを任せるのは、と思わないでもないがあいつこそ俺よりも何でもできると思うし、それに先日預けた子どもたちのことも気になる。

良平がやたら懐かれていた様だし、その辺は心配なさそうではあるが、井原と会ったりすることだってあるんだろうし、任せっきりになってしまうのも申し訳ない。


今更そんなことを考えるなんて、と思わないでもないが先生だって別に何か文句を言ってくるわけでもないし、週に一度二度は帰っていることではある。

卒業までの間は、俺はまだあそこの子どもの一員なのだから。


「何か土産でも買ってってやるか」


ふと思いついて、地元の駅近くにある和菓子屋で人数分程度の菓子を買い、再び足を動かす。

ワープしてもいいんだが、何となく街並みを見ながら歩きたい心境だった、とでも言おうか。

それが俺の試練を、僅かな間とは言え止まっていた時間を動かす結果に繋がるということに、この時はまだ気づいていなかった。


まだ少し暑さの残るこの時期。

俺も道行く人も大半がまだ半そでといういで立ちなのにも関わらず、そこにいた人物は異様な佇まいをしていた。

頭からフードをかぶり、マントの様なものを羽織っている。


なのに周りはその人物が気にならない様だった。

俺みたいな鈍いのが見ても、一見しておかしいとわかる雰囲気。

周りが気づかない、なんてことがあるだろうか。


「成長したな」


ぼそりと呟くその声。

女……にしてはやや低い気がするが、男にしては高い。

そしてその声が俺に向けられているものであることは、明白だった。


何しろ道行く人の誰もが、その声に気づいておらず、反応していない。

そしてフード越しなのにその視線は明らかに俺を捉えている。


「宇堂大輝。もう少しだ。もう少しで、時が動く。そして私の悲願はその時に為るのだ」

「……は?あんた、どっかで会ったことあるか?」


かろうじて、そう答えたが何というか不気味さが際立ってしまって、冷静な思考が出来ない。

一体こいつが何者なのか、そして何で俺を知っているのか。


「知っているとも。妾はお前を、ずっと見てきたのだから。この何万年もの間、ずっと、な」

「…………」


何万年……こいつは、どっちだ?

睦月の様に、やり直してきた?

それとも……。


「ソールは漸く息子に会えて、喜んでいただろう?」

「……母を、知ってるのか」

「ああ、知っているとも。何しろ……お前を封じたのはこの妾なのだから」


やっぱりそうなのか。

睦月たちから聞いた、ロキに聞かされたという俺の出生。

俺自身もある程度はロキから聞いていたが、俺という人物をこの時代に送り込んだ張本人。


名前までは明かされず、母も明言はしてこなかったが、その人物が今まさに目の前にいる。


「時が動く、っていうのはどういう意味だ?あんた、何者だ?一体何をしようとしているんだ?」

「質問の多いことよ。そなたの様な若い者であれば、致し方ない事やも知れぬが……与えられてばかりでは、真の成長は望めぬ。宇堂大輝、自らの力で妾に辿り着いて見せよ。その時こそが、そなたの真の試練の終わりと言える」

「言っている意味がわからないな。あんたが何者で何をしようとしてるのか……それによっては、俺も大人しくしてるわけにはいかないんでな」


睦月や他のみんな。

あいつらに何か害を及ぼすつもりなら、ここで排除してしまわなければ。


「安心せい。妾が観察しておるのは、そなたとスルーズ……そしてソールのみよ。小虫に用事はない」

「何だと……?」

「そう頭に血をのぼせるでないわ。それに……この様に人の多い場所で、妾をどうこうするつもりか?さて、どれほどの被害が出るかのう」

「…………」


狡猾、というのだろうか。

戦術、そして人の心理を心得ている。


「ここで事を構えるつもりはない。そして一つ勘違いしておる様だから訂正しておくが……妾はそなたの敵に回るつもりもない。敵であれば、そなたをいつでも殺すことは出来た。そうだろう?」

「…………」


確かに言われてみればその通りだ。

もちろん真意は定かではないが、そのつもりで接触していたのであれば、俺は神になる前に葬られていたかもしれない、ということだろう。


「今日そなたの前に姿を現したのは、これから始まる物語の前挨拶の様なものじゃ」

「そう言ってくるってことは、あんたもその物語とやらに参加してくる、って考えていいんだな?」

「そうじゃの。妾もそなたが試練を無事終えて……真の力に目覚める日を楽しみにしておる。がっかりさせてくれるなよ?」


がっかりって……勝手に期待して、と思ったが俺だって失敗してしまうわけにはいかない。

そんなのは大前提。

恐らくはその先のことを言っているのだろう、と俺は思った。


そしてそう思った瞬間、フードの人物は姿を消していた。


「今のって……」

「あい、何でお前……」


行ってこい、って言った張本人であるあいが、玲央を抱いてこちらに向かって歩いてくる。

そして普段の様な飄々とした感じではなく、その表情は険しい。


「大輝、知り合いなの?」

「いや……向こうは俺を知ってる様だったけど」

「さっきの、多分だけど……ヴァールだよ」

「ヴァール?」


聞いたことがある様な……いや、ないか?

名前の感じからして神なんだろうという推測は立つが……。


「ノルンよりも更に先の運命を知ることが出来て、万物を司るとさえ言われてる……オーディンもちょっと怖がってる神。基本的には人畜無害だけど、怒りに触れると神でも塵も残らない、なんて言われてる」

「…………」


何それ、怖い。

というか何で俺、そんなやつから目をつけられてるの?


「今まで感じなかった気配が、一瞬だけだけど感じられたから来てみたんだけど……大輝、一体何やったの?」

「いや待てよ。俺が何かした、みたいな前提で話をしないでくれ。俺を封じた、って言ってたから……俺が生まれてすぐから俺のこと知ってるみたいだったけど。でも、物心ついてから会ったって記憶は全くない」

「…………」


実際に覚えはない。

しかし、あの恰好……ロキや睦月の話していた俺の出生の秘密に出てきた人物のイメージと合致する部分は多い。

そしてあの発言。


あの事実を知る神は神界にほとんどいないはず。

もちろんロキあたりが喋ってなければ、というものではあるが。

いずれにしても、この事実は睦月たちとも共有しておくべきだろう。


とは言ってもまだ用事は済んでいない、ということもあって俺はあいと玲央も連れて施設へ行くことにした。

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