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第201話

「何だ?」

「校舎内の様だけど……」


行ってみようということになり、俺と明日香は連れ立って校舎内に向かう。

中には睦月、イヴ、それにあいにロヴンさんとまず危険があっても余裕で対処できるだけのメンバーがいるはずだが、そういうのとは別方向の嫌な予感がする。

そう、睦月がまた何かとんでもないことをしていないか。


もしくはイヴ辺りが騒ぎを……なんてことも考えられる。

ロヴンさんは十万も持って歩いている上に愛美さんがついているのであれば、問題が起きる可能性は低いと考えていいだろう。

となれば消去法であの三人のいずれか、ということになる。


「やっぱり睦月かしら」

「……多分な。まぁ、行ってみるまでわからん。あい辺りも最近割と過激なことするからな」


先日のあいの活躍については聞いている。

俺からすると睦月が二人になった様な気分でちょっとおっかないが、それよりも心配なのは玲央だ。

あれがいくら俺とあいの子どもだとは言ってもまだ何もわからない子どもだし、騒動に巻き込むのはさすがにどうかと思う。


イヴが問題を起こした場合、睦月と一緒だからすぐに騒動そのものは沈静化出来る気がするが……もちろん全く別の要因で、ということもあり得るから決めつけは良くないよな。


「ちょっと、あそこ……」

「えっ……?」


明日香の指さした方向を見ると、そこはもう血の惨劇……のはずなんだけど、奇妙な光景が広がっていた。

具体的にどのあたりが、ってなるとこれはもう、被害者がおかしいとしか言い様がないかもしれない。

笹山が暴れて、体育教師をカッターで刺し、斬りつけ、とそのどれもが致命傷っぽいのに、傷を受けた端からその傷が塞がり、体育教師が覚醒するという現実離れした光景。


周りは刺されたりする度に顔を背けたりしてるのに、もう一度見直すと教師がピンピンしてるという光景を目の当たりにして、疲れてるのかな、と言った声がそこかしこから聞こえてくる。


「睦月ね」

「そうだろうな……笹山の戦意喪失でも狙ってるのかね。それとも体育教師に見せ場作ったか?」


一瞬飛び散った血が、体に戻っていくことはない。

しかし恐らくではあるが、傷が塞がるのと同時に物凄い勢いで治癒して増血してるんだろう、という推測が立つ。

そうでなければ、あの傷を受けて直後に治っているとは言っても、あれだけ動いたりしてるのはおかしいだろう。


「お前にはもう、逃げ場はないぞ。俺はこの通り何ともないが、俺を刺したという事実は周りが見ているからな」

「うるせぇ!!何なんだお前!!化け物かよ!!」


教師の説得にやや半狂乱気味の笹山は、その顔に恐怖の色をにじませながら後ずさる。

それでもカッターは手にしたまま、教師が何かしてくればまた危害を加えようという意志は失っていない様だ。

このままだと、笹山は戻ってこられなくなるかもしれない。


「あっ、おい明日香!?」


そんなことを考えている間に明日香は笹山の背後に回り込み、カッターを持った方の手をひねり上げる。

痛みに呻きながらもカッターを取り落とした笹山が、背後を確かめようとするが体をいくらよじっても明日香を見ることは出来ない様だ。


「な、何だよいて……離せ……」

「あなたは自分のしでかしたことが、どれだけ愚かなのか……噛みしめて反省する必要があるわ」

「何言ってんだお前……」

「あなたのせいで暮らす全体が連帯責任、なんてことになったら迷惑よ。消えてなくなりなさい、って言ってるの」


そう言って明日香は腕をひねる手に力を更に込める。

笹山の悲鳴が大きくなり、教師がもういい、と言いながら明日香から笹山の手を取った。


「宮本が言った通り、お前のしたことは許されない。傷害についても追及されるだろうし、お前は退学を免れないだろうな。しかしお前だけの問題で済む話になると思ってるんだったら、大間違いだ」


意味が分からないと言った様子の笹山。

そして明日香が憎悪に満ちた目を向け、笹山は明日香から目を逸らした。


「宮本、あとはこっちでやる。気持ちはわかるが、これ以上手を出したらお前も同じく罰することになるからな」

「…………」


教師が俺を見て、明日香を頼むと目で告げたので、俺も明日香を笹山から引き離して手をつなぐ。

少しだけ、震えているのが伝わってくる。


「お前、よくやったと思うぞ。必要なかった、って言っちゃえばそれまでかもしれないけど……それでもお前はお前のやることをやったよ」


教師が笹山を連れて姿を消したのを見届けて、明日香に囁くと明日香は大きくため息をつく。

満足していない、という様子は相変わらずだが、先ほどまでの鬼気迫る様な雰囲気はもうない。

そもそも俺たちがいればそこまで頑張らなくても、なんて思ってしまうのは俺が甘いからなんだろうし、人間は日々成長していく生き物であることも理解はしている。


ただ、その成長の方向が周り……たとえば和歌さんとかそういった近しい人間を心配させてしまうとしたら、それは少し考え直してもらったりということは必要なのだろうと思う。


「私だって、いつまでも子どもじゃいられないし……それはみんなも同じだと思う。だけどそれでも力及ばなかったら、大輝くんは私を助けてくれる?」


珍しく弱気な明日香は何となく新鮮なのだが、これが打算的な感じではなく本心から言っている様に思えて、ひゃっほーい、みたいな浮かれた心境にはなれなかった。

もちろん、俺としてもそんなのは当たり前だと告げてみんなと合流するか?と聞いてみると、もう少しだけ一緒に回りたい、と言うので俺も逆らったりはしない。

正直明日香が何を恐れているのか、想像が出来ない部分が多すぎて実感はわかないが、それでも本人がこれだけらしくない状態になるのであれば、と俺も多少気を付けてやらねばと思った。



「やっぱり学生の作る食事ってこんな感じよね」

「まぁ……素人の作ったもんだしな。前にも言ったけど、こういうのって雰囲気を楽しむもんだから」


焼きそばが売っていたのでとりあえず二人分買って、二人で中庭に出て食べていると、明日香の顔が少しだけ元に戻ってくるのを感じる。

言うことは辛辣だが、味で言ったら確かにそこまで旨いというものでもないし、概ね明日香の言うことに間違いはない。

周りは友達同士で来ていたり、カップルで来ていたり、おそらくは生徒の家族か、という親子連れだったりとかなりの賑わいを見せている。


この賑わっている人間に被害を出さずに済んだんだから、御の字というものだろう。


「私ね、時々思うことがあるの」

「ん?何を?」

「私はちゃんと、大輝くんの役に立てているのかしら、って」

「そりゃどういう意味で?人それぞれ出来ることって違うんだし、役割も変わってくるんだからさ。睦月みたいに出来る人間とか稀というか……いないと思っていいレベルなんじゃないか?」


割と無神経なことを言った気がするんだが、それでも明日香は怒っている様子ではない。

明日香の物言いだと、神になりたい、くらいのことを言っている気がしたからだ。

太陽に近づきすぎたイカロスは……あれ?


神に近づきすぎたんだっけ?

よくわからないが、未知の力に近づきすぎるのは、とか求めすぎるのは良くない、みたいなやつだよな。

まぁ、近づきすぎって意味ではみんなが手遅れだとは思うが。


「それもそうよね……」

「けどお前とか人間メンバーはイヴからもらった指輪があるだろ?あれだってかなりの超常現象を起こせるもんだし、近いものだと思うんだよ」


気休めにもならないことはわかってるが、親が手持ちのカードで我慢しろ、って子どもに言い聞かせるときの気持ちが少しだけわかる。

所謂ないものねだりであることは、おそらく明日香も理解している。

だから俺に助けを求めるなんていう、らしくないことしてるんだろうな。


「行きましょうか、そろそろ。あんまり大輝くんを独占してると、朋美辺りがまた不機嫌になっちゃうかもしれないから」


そんなのは別に気にしなくていいのに、とは思ったが、言われて朋美のことを連想してしまった俺はやっぱり怖いし、と先を歩く明日香について行く。

今日はもう、平和に終了してくれたらいいんだが。

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