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第200話

教室に入ると、早くも騒ぎになっていたのは言うまでもないことだがその原因はベッドにあった様だ。

何処からか噂を嗅ぎつけた客がこんな朝っぱらから事に及ぼうと考えたのか、それともサクラなのかはわからないが、一番目の客で早くも問題が起きた。

女と一緒にベッドに座ろうとしたら、そのベッドが座った瞬間に崩れて粉々になったのだ。

 

割と全体重かけて座ったもんだから、その勢いたるや想像に容易いだろう。

言うなれば床に全力でヒップアタックを決めたカップルは、尻を抑えてのたうち回る。

たこ焼き屋を屋内でやっていたことにも驚きだが、その裏にカーテンでお粗末な仕切りをして配置されたベッド。


そしてそのベッドは睦月が事前に、発泡スチロールより脆いという素材に変えておいたということで、こんな惨状が生まれた様だ。

すぐさま駆け付けた教師が、こんなものを配置したのは誰だ!と喚いているのが聞こえ、語るに落ちるというやつで、生徒の一人が俺はこんな脆いもん用意してない、なんて言ったものだから大変だ。


「こんな脆いものは、ということは何だ。ここは物置ではなくベッドを配置した、ということに間違いはないんだな?」


目を光らせた体育教師が問い詰めると、首謀者以外の人間が次々に口を割り、残るは首謀者だけになった。

中にはいい大学とかスポーツで大学に行きたい、と考えている者もいるのだろう。

見逃してくれ、という様な懇願をしているものが目立つ。


「笹山がやろうって言いだしたんですよ!実入りがいいからって!」

「て、テメェ!!」


呆気なく口を割って降参した生徒の一人が、とうとう首謀者の名を口にする。

ここからは乱闘になってもおかしくない雰囲気ぷんぷんだったが、考えてみたらこの笹山だってただ進学校だったら偉そうにしてられる、くらいに考える小者でその取り巻きだっておこぼれに与っているだけの小悪党だ。


「話は場所を変えて聞こうか。抵抗するなら容赦しないぞ」


そう言った体育教師を見て、笹山を始めとする一味が戦慄する。

しかし笹山だけは意地があるのか怯むことなくその体育教師に向かっていく姿勢を見せていた。

今の時代にこんなに熱血なやつらがいるなんて、さすがに想定外だった。


そしてその熱血のうちの片方は、すぐに沈められることになったわけだが。


「……っあふん」

「!?」


突如何かが笹山の頭に直撃したらしく、頭が軽く揺れて笹山の目が虚ろになる。

体育教師はその隙を突いて、笹山を警察の御用よろしく取り押さえた。


「お前たちもついてこい。逃げる意志など見せるなよ?」


そのまま笹山を引きずり、教室を出る体育教師と笹山の取り巻き。

そしていつの間にやら身構えていた明日香は、その手のやり場を失って唖然としていた。


「……睦月ね。甘いわよ、あんなの」

「お前、何したんだ?」

「指弾って知ってる?空気を指で弾いて飛ばすんだけど」

「…………」


そんな化け物みたいなことが出来る人間とか知り合いにいないし、それどころかそんな発想すら出てこなかったよ。

しかもそれが人の意識を奪うほどの威力で射出されるとか、誰が想像できるのか。


「お嬢、怪我はないですか?」

「大丈夫よ、私は何もしてないもの。でも私、ああいう手合いは許せないのよ」

「気持ちはわかるし、そう言うだろうと思ったから橘さんもこないだお前の体使って俺たちに教えてくれたんだろうけどな。とにかくこれで一件落着か?」

「多分ね。片づけあるみたいだから私は手伝ってから合流するわ。望月、食べ過ぎるんじゃないわよ?」

「え、ええ……終わったらご連絡ください。行こう、みんな」


不完全燃焼感からかやや不満顔の明日香は片づけに加わったので、俺たちは先に校内を散策することにした。

まぁ明日香に何もなくてよかったと思うし、和歌さんとかが出てったらシャレで済まないだろうし、消去法で行くと俺か睦月が手を出すのが手っ取り早くて安全だろう。


「大輝、頼みがあるんだが」

「何でしょう?」

「お嬢が合流する前に、迎えに行ってやってくれないか?」


どういうことだろう、と思って和歌さんを見ると、和歌さんはいつになく真剣な顔をしている。

小さい頃から明日香を見てきた和歌さんにしかわからないこともあるのかもしれない。


「お嬢はきっと、今回の件を睦月たちの手を煩わせることなく完結させたかったんじゃないかと思う。夜な夜な久しぶりに稽古の様なこともしていたしな。だから……」

「俺は別に構わないですけど……朋美とか睦月は?それでいいか?」

「後で桜子拾っていこうと思ってたし、私は別に構わないよ」

「手を汚させないためって言っても、やる気を削がれた女の子のケアはちゃんとしないとだもん。大輝、ちゃんとエスコートしてあげなさいよ」


二人にそう言われてしまったら、さすがに俺も知りませんとは言えない。

言ったらボコボコに殴られる予感がするし、和歌さんなんか俺にコンクリ抱かせたりしそうでおっかない。

もちろん明日香がそれを望んでいるかはわからないが、みんなの意志である、ということなら俺も異論はない。


「わかった、ちょっと明日香のストーカーみたいなことしてくるわ」

「あんまり刺激しないでくれよ?任せたからな」


そんなわけで俺はみんなと別れ、明日香を待ち伏せることにした。



「よう」

「……みんなと一緒じゃなかったの?」

「一緒だったよ。まぁ何だ、俺の我儘でお前を迎えに行きたいって言ったらみんな同意してくれたっていうか」

「…………」


憮然とした明日香は俺の顔を見ないで、まだどこかに不機嫌さを隠し持っているかの様に見えた。


「俺も和歌さんも……他のメンバーにしてもそうだと思うけど、お前に何もなくて安心してるんだぞ?結果に不満か?」

「……そうじゃないの。それは何となくわかっているし、大輝くんが望月に言われてここにいるんだろうってこともね。私は……仮に今の群れから離れたりした場合に、どれだけのことが出来るのか。それが気になってたの。それを試す為の、いい機会だと思ったわ」

「随分危険な賭けしたがるんだな。こんなこと言うと、臭いとか思われるかもしれんけど……お前だって俺だって、もう一人じゃないんだ。一人で何かしなけりゃならないことなんて、そうそうないんじゃないのか?」

「本当に、そうかしら」

「え……?」


そう言った明日香の顔は何かを感じ取っている様な、姿の見えない何かに怯える様な翳りを見せていた。

以前俺が試練のせいで明日香を連れ出すことになった時とは違う、確信めいた何かを掴んでいる様な表情。


「お前、何か感じてるのか?」

「わからない。だけど、最近同じ夢を何度も見るの。これって変だと思わない?私の記憶じゃ、何日も続けて同じ夢を見た、なんて経験はしたことがないし、多分見たとしてもそう覚えてるものでもないわ。なのに私はその内容をはっきりと覚えてるんだから」

「どういうことだ?」


明日香の言う通り、俺だって睡眠時に夢を見ることはあっても、それが毎日同じなんてことはなかった様に思う。

しかし明日香はここ最近同じ夢を見ると言う。

そしてこんな顔をしながら語るのは、やはりいい夢ではないのだろうということが推測される。


「私が人間でない何かになってしまって、みんなから認識されなくなるの」

「認識されなくなるって……死ぬってことか?」

「……違うわね。橘さんの様な前例があるし、私もきっと、死んだら未練が残るから何らかの形でこの世に残ることになると思う。橘さんとは違って、実体もあるし感覚もちゃんとある。だけど、今の私の姿ではないの」


ますますわからない。

人間が、別の何か……たとえば他の生物になったりするってことなんだろうか。

おとぎ話とかでそんな話を聞いたことがある気がするが、それはあくまで架空の話だ。


しかし、絶対にありえないと断ずるには、俺たちは不思議な力を持ちすぎていると言える。

つまり、可能性の話だけをするなら明日香の話は現実になりえることだし、明日香だけがそうなるとは限らないということにもなるのだ。


「……変な話をしてごめんなさい。でも、もう二週間近く同じ夢を見ているとね、私も只事じゃないって思う様になったの。わかってくれる?」

「……まぁ、俺も多分明日香と同じ様なことになったら、怖いと思うんだろうな。でも何で、黙ってたんだよ?」

「睦月は既に気づいているからよ。そして私に気づかれないうちに片付けようとしてくれている。私が気づいているということに睦月が気づいているかは別にして、私が笹山くんをどうこうする前に動いたのも、それが関連してるんじゃないかしら」


あいつは本当、とんでもないな。

もっとも俺が先に打ち明けられていたら、おそらくは普段の様に振舞うことは叶わなかっただろうし、そう考えると睦月の判断は正しかったのだろうか。


「まぁ、何にしても……文化祭が終わったら、その辺の追及は必要になるな。俺も知っちゃったらさすがに知らん顔は出来ない」

「別にほっといてくれてもいいのよ。人間じゃない彼女が一人増えるだけかもしれないし」

「俺はお前がお前だから付き合ってんだ。二度とそれ、言うなよ。次はさすがに怒るからな」


俺がそう言うと、バカね、とか言いながら明日香は涙目ではにかむ。

こうなったらバカはお互い様だし、とことん付き合ってやる。

そう思った時、校舎の方が騒がしくなるのを感じ、中から人が次々に出てくるのが見えた。

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