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第2話

背中に羽の生えた姫沢似の女の子が、笑っている。

俺もつられる様にして笑っていた。

カラオケみたいに声が反響して聞こえる。


何だか腰辺りがむずむずして、これが俺を笑わせてるんだと理解した。


「見て、大きい大根!!」


その女の子が指さした頭から大根が生えているのを確認する。


「……おお!人参みてぇ!!」


……人参?


「あっはっは!そんなこと言うから私の足も大根になっちゃったじゃん!」


足の話はしていなかったはずだが、女の子の足が大根になっていた。

夢だし何でもありだよな、うん。


「大根足ってか!やかましいわ!!」


足に大根と言えばこれだ。

全力で入れたツッコミに頭の大根が砕けて、女の子は勢いよく飛んでいく。


女の子が雄たけびに近い悲鳴を上げながら飛んでいく。

その表情は笑顔。


「俺のしょんべんぶっかけて沢庵にしてやる!」


よくわからないまま、俺はズボンを下ろそうと手をかける。


しかし、そんな俺の奇行は俺の左頬に走った鋭い衝撃によって、強制的に中断させられた。


「ちょっと!!起きなさいってば!!」


甲高い叫びに目の前がちかちかして、頬が熱を帯びるのを感じる。

一瞬何が起きたのか理解できずにいて、思わず周りを見回した。


「お、おお?」

「あ、目が覚めた!館長!」


姫沢春海が、俺の肩を掴んでいた。

てか近い。ドキドキしちゃうから、離れてください。


「まだぼーっとしてるみたいだが、心配はなさそうだな」


そんな俺と姫沢の様子を見て館長がほっと息をついている。

さっきまで遊んでたはずの女の子は……などとまだ寝ぼけているのか、そんなことを考えた。


「あれ、大根の女の子は……?」


この時、俺はもっと言葉を選ぶべきだったのかもしれない。

選ぶのは見る場所だったか?

いや、選んでいたらああはならなかったのかな。

さっきのセリフを、俺は何故か姫沢の足を見ながら言ってしまっていた。


「……は?あんた、私のこと大根足とか言いたいわけ?」


急速に、道場の中の空気が冷えた様な錯覚を覚える。

目が据わった女って、年齢関係なく怖い。

先生を怒らせた時も恐怖を覚えたのを思い出した。


だけど、今回は決定的に何かが違う。

こいつが美人だからか?

確かに怒った美人は迫力が違う。


俺はそのことをその日、学習した。


「あ、ああ、いやそうじゃないんだ!夢だよ夢!」


恐怖に引きつった顔で、慌てて前言撤回する。

だからって、君の足はゴボウみたいに細いね!なんて言ったらそれはそれで死刑執行な流れになるんだろうが。

理不尽な世の中だ。


姫沢によれば、結果として俺は負けたのだという。

まぁ、わかってた。

無様に、華麗に、俺は負けた。


姫沢は始めのうち、俺の手の内を探る感じで手加減してくれていて、もうこの時点で俺が勝てる要素なんかない気がする。

途中から段々と姫沢に追い詰められた俺は、練習途中かつ決め手にもならない大技を使うことにした。

そこまでは確かにおぼろげながら覚えている。


「浴びせ蹴りみたいな大技、あんなところで使ってくるとはね」


姫沢はため息をついて、やれやれと言わんばかりの顔をした。

俺にとっては一勝負、というくらいの覚悟で放ったはずの浴びせ蹴りは姫沢の左手一つで軽くいなされて、空中でバランスを失った俺は無様に落下して気絶、というのが今回の結末だった。


ちくしょう、あんなやれやれって顔してるけどその顔も可愛いなんて、世の中何か間違ってる気がする。

このまま負けっぱなしでいいのか、俺!


「くっ……お前本当に女かよ……ゴリラかっつーの……」


そんなことを考えた挙句、出てくる言葉がこれって、俺の語彙の少なさにため息が出そうだ。

ゴリラなんて見た目してないし、それを聞いた姫沢の様子は怒りにオーラを迸らせている様にさえ見えた。

今度は絶望で涙が出そうだ。


「女の子にゴリラ……?言って良いことと悪いことがあるって、教わってないのかな……?」


冷気再び。

前髪に隠れた目がその奥で光っている様に見えて、妖怪か何かの類なんじゃないか、とか考えてしまう。


「いや……その……」


さっきみたいな陳腐なセリフさえ出てこない。

薄く笑った姫沢が、拳を振り上げるのが見えて、咄嗟に目を閉じてしまった。

これは、命に関わるパンチをされる予感!


――来る……!!


覚悟を決めて歯を食いしばったものの、一向に衝撃はこない。

代わりにきたのは、顎へのふわっとした暖かいものと、唇への柔らかく湿っぽい、滑らかな感覚だった。


その瞬間、思わず目を開けてしまったが、目の前に姫沢の顔がある。

それが何を意味するのか、理解するのに相当な時間を要した。


周囲が先ほどまでよりも更にざわついて、冷やかし混じりの歓声の様な声が聞こえる。

傍観していたと思われる館長が駆け寄ってきて、俺と姫沢を引きはがした。


「あー……何だ、ここはデートスポットじゃないからな。続きは帰ってからにしろ。あと宇堂、明日になっても頭が痛む様なら病院行け。以上、今日はこれで解散!」


神聖な道場で何してくれてんだこのませガキ、と館長の顔が言っている。

最後のは多分周りにも言ったことなんだろうけど。

しかし、俺は少しして自分がされたことを理解して、急激に恥ずかしくなってくるのを感じた。


着替えもしないで俺は、そのまま一目散に道場から逃げ帰ってしまった。



「あの女……」


帰ってきて、普段なら真っ先に食事に向かっているはずの俺は、まだ自室で動けずにいた。

先ほどの出来事があまりに衝撃的すぎて、頭が上手く回らない。

いや、普段だってそこまで頭が回ってるわけじゃないんだけど。


ていうか俺みたいな、肉親とか家族のいない孤児相手に……いや、そんなこと姫沢が知ってるわけないか。

――そう、俺は孤児だ。

まぁ、さらっと言ってしまえば俺は生まれてすぐにこの施設の前に捨てられていたらしくて、先生が拾って育ててくれている。


部屋も相部屋だけど与えてもらって、風呂もトイレもちゃんと使える。

フカフカではないけど、二段ベッドで布団で寝られているし、食事だって毎日与えてもらえている。

可哀想、なんて言う人もいたけど、俺は生まれてからずっとこの環境だったから何が可哀想なのか理解できない。


名前の由来は、先生曰く捨てられていた赤ん坊だった俺の姿が、大きく輝く様に見えたことから。

安直なネーミングだが、俺はこの名前が割と気に入っている。


「だけど、見間違いだったかもね。テストの点数も悪いし、よく怒られてるし」


最近先生がこんなことを言っていた。

輝いている様に見えた、なんてのはきっと天気がよかったとかそんなことだろ。


あと俺の他に八人、ここには俺と似た境遇の人間がいる。

親に暴力を振るわれたり、捨てられたりとそれぞれ事情は違うが、助け合って暮らしている。

先生を含めたら丁度十人だ。


しかし部屋が六部屋しかないし、決してこの施設自体も大きいとは言えない。

だけど、雨風凌げてそれなりの生活はできているのだから、俺はその生活に不満などなかった。


親がいないという現実については、正直親の顔を見たことがなかったからほとんど先生は良くしてくれているので感謝こそしているが、周りの親子を見ていると時折、自分にはないものがそこにある様な気分になることはある。

友達の親を見て羨ましいなんて思うこともあったが、友達の親然り、館長然り、親の様に接してくれている人が沢山いるから妬んだりってことはなかったが、それでも俺ってやっぱり孤児なんだなって思うことはよくあった。


――なんていう現実逃避をして忘れようとしていたのに、また姫沢の唇の感触を思い出してしまって、脳内で勝手に反芻されてしまう。

あれがどういう現象なのか、と考えてみる。

あれは、漫画とかでよく見る、所謂キスというやつですねぇ……。


しかも、海外の挨拶なんかでよくあるほっぺにチューとかそんなんじゃなくて、ガチのやつだ。

初めて会った相手に、しかも美少女に。

いきなり。


不意を突かれて……俺はファーストキスとかいうのを奪われた。

いや、言い方悪いか。

俺は別に乙女じゃないからキスに夢とか理想は持ってないし……だけど、やっぱり衝撃はでかかった。


あんなことをあんなにも自然にやってくるあたり、あいつはああいうの慣れてるんだろうか。

帰国子女だったりとか?


そんなことを考えて悶々とする。

胸の辺りがむずむずして、顔が自然と熱くなってくるのを感じた。


「どうしたんだよ、飯も食わずに。それに、何で道着のままなわけ?」

「あひゃひょわー!!!」


背後から突然声がかかって、そんな思考は強制的に中断された。

正直死ぬかと思うくらい驚いた。

俺と同室の男子の、田所良平たどころりょうへいだ。


「あ、り、良平!?……なんでもねーよ!めめ、飯は今から食いに行くんだ!」


俺と同い年なのに俺よりも身長が十センチくらい高い良平は、顔も世間的に言うイケメンだ。

俺なんかと比べて、だいぶ大人びて見える。

まぁ、実際には年相応な部分もちゃんとあるし、ヒーローもののテレビなんかも見たりするんだが、何故か悪役が好きという変わり者だ。


それに、ちゃんと気遣いなんかもできて、俺にはない部分てんこ盛りで妬ましい。


「早く行かないと、おかずなくなっちゃうぞ。今日は珍しく肉だからな。白米オンリーでいいわけ?」

「バカ、お前それを早く言えよ!!」



経済的な事情から、肉なんて週に一度か二度食べられればいい方だ。

もちろん、栄養が偏らない様にって作ってくれてるし、美味しいから野菜まみれでも俺は一応食べてるんだけど。

急いでリビング兼食堂に向かうとまだ肉は残っていて、俺はほっと胸を撫で下ろした。


もう今日はとっとと食って風呂入って寝てしまおう。

きっと姫沢に会うことなんかもうないだろうし。


この時は無理やりにでもそう思い込もうとしていた。


そう、俺はまだ知ることがなかったのだ。

この出会いが今後俺の運命を変える様な、決して忘れることのできない、かけがえのないものになるということを。


しかしそんなことを知らない当時の俺は、呑気に過ごしていたのだった。

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