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第195話

「そんな簡単な方法があったなら、何で先に言わないのよ」


怒りをにじませてそう言ったのは、明日香だ。

誰に対してかと言えば、それはもちろん橘さん。

一体何故こんなことになっているのかと言うと、橘さんが再び俺たちの前に姿を現した時、既に消えかけの状態だったことに起因する。


復讐が果たされようとしていることは睦月の情報からわかっていたが、まさかここまで顕著にその影響が出るなんて、俺は思っていなかった。

このままじゃ橘さんの望みは叶えられない。

そう考えてどうにかならないのか、と尋ねたところ……一つだけ思いつく方法がある、とのことだった。


「野口さん、ごめんなさい」

「え?」


橘さんが桜子に飛び掛かった様に見え、その直後に桜子がぐったりとなり、俺も明日香も面食らった。

しかし、その直後。


「ふぅ。これである程度充電できると思います」

「…………」

「…………」

「どうしました?消えちゃったかと思いました?」


つまりは誰かに乗り移ることで、橘さんはこの世にその姿を残す力を蓄えることが出来る、ということだった。

そして明日香の冒頭のセリフに至る。

俺に関わってきていた橘さんは、力を余分に使ってその姿を橘さんのものとして認識させていたらしいが、実際に使っていたのは全く別の女子生徒のもので、あのホテルで消えた時に至っては完全に霊体として実体を表す為に力を使ってしまっていたのだと言う。


「ややこしい話だな……というか桜子に敬語で話されてると思うと、何かショックなんだが」

「まぁ、普段あの子はっちゃけてるから……でも今は橘さんの意識なのよね?」

「そうなりますね。もっとも野口さんも寝ちゃってるわけじゃないですし、その気になれば私を押しのけて出てくることは可能ですよ」

「二重人格者みたい、と言いたいところだが二人とも似た感じだから、話し方以外違和感ないかもしれない」

「ひどいですね、何気に」

「だってお前ら二人とも……いや、何でもないわ」


危うく二人とも貧乳じゃん、とか口走りそうになって、慌てて口を噤む。

明日香も橘さんも多分言いたいことはわかったんだろうが、何も追及はしてこなかった。


「それで……橘さんはどうしたら満足なんだ?恋愛がしてみたかった、って言ってたけど」

「早速本題ですね。でも、椎名さんたちが動いてくれているのであれば当然と言えば当然ですよね。どうしたら満足、って言うのは正直私もわからないんですけどね。それと、一個だけ黙っていたことがありまして」

「何だよ、いい予感がしないんだけど」

「同感ね。でも一応聞いておきましょうか」


こほん、と咳払いをして橘さんは俺たちに向き直る。


「実はですね、私のもつ霊的エネルギーっていうのは、行動を起こす為に消費するものなんです」

「ほう。人間で言う体力みたいなもんか。それで?」

「通常、殺されて霊体になった人間はその復讐の為のエネルギーしか与えられてないんですね」

「何だか理不尽な話ね。殺された、つまり被害者の側なのに」

「ただ、それを復讐に使うかっていうのは私個人に、基本的にはゆだねられているんです」

「まぁ、そうなんだろうな」


だからあんな風に勝手なことをしてこられたということでもあるんだろうし。


「ただ、そのエネルギーが底をつきかけた場合……強制的に復讐に乗り出す、というのがシステムみたいなんですね」

「……それってあれか、自分がやらないといけないことを放置して、やりたいことばっかやってたからって」

「まぁ、そういう感じですね。ただ、霊的エネルギーはこの通り充電することが可能でして……しかし安易に充電をすることで、有無を言わせず私に復讐を遂げさせるという結果も伴う。そういった危険があったので、私も控える様にしてたんです」

「それって、誰かから明確な説明があったのかしら」

「いえ、死んだときに瞬間的に理解していた、って言った方がわかりやすいですかね。実際に私はこの十年、現実の人間に会うことはありませんでしたから。家族とは別れの挨拶をしましたけどね」

「…………」


何とも重い話ではある。

しかし、逆に考えると充電できる環境さえあれば、橘さんはこれから先もこの世にいられる、ということにならないだろうか。

それこそホムンクルスとか作っちゃったりってのは……。


「大輝くん?何を考えているの?」

「うっ……ナチュラルに俺の思考を読むのやめろよ。考えはしたけど、さすがにそんな禁忌犯したりできないっつの」

「まぁ、理論上はそれでこの世に居続けることはできますね。ただし憑依する相手を間違えると、その相手の体調やらに変調をきたしたりすることもあるみたいですが」


そうなると、正直乱発は出来ない、ということか。

だけど……。


「こっちには何人女がいると思ってるの?それこそ日替わりで体貸してあげたっていいくらいだと思うんだけど」

「やっぱそういう結論に至るよな。ていうか明日香はそれでいいのか?」

「私は別に構わないわ。心霊体質とかではないかもしれないから、毎日だと危ないかもしれないけど」

「桜子は……普通にいいって言いそうだからいいとして」

「ひどくない?一応そこは聞いてよ」

「お前、いつから……」

「とまぁこの通りでして」


なるほど。

多少の戸惑いはありそうだが、これなら橘さんとこれからも一緒にいることは出来るかもしれない。

でも橘さん、でかい胸に憧れてたみたいだから……それこそ愛美さんとか和歌さんとか朋美とかの体使うこと多そうなんだけど、大丈夫かな。


「大輝くん、あいから連絡よ。出番みたい」

「お、そうか……って、充電ってそんな早く出来るのか?向こうに行ったら即充電切れ、なんてことは……」

「おそらく大丈夫でしょう。私にかかる力が少しずつ弱まってきている様ですから。先に行っていますね」


そう言って、橘さんは一瞬桜子から抜けて高村の暮らすマンションへと移動した。

そして俺も桜子と明日香に待っている様言い、用事を済ませて戻ってくる。


あんな手荒なことをする羽目になるとは思わなかったが、あれだけ痛めつければ高村へのエネルギーももう必要なくなるだろう。


「早かったわね。もう済んだの?」

「おかえり、大輝くん。その手……」

「ああ、ちょっとな」


神力を出来る限り抑えて生身で思い切りぶん殴ったからか、手がやや赤い。

多少の痛みはあるが、怒りもあってそれが抑えられている様だ。

いつも通り神力を充電する様にすればすぐ治るだろうけど。


「野口さん、またお体お借りしても……?」

「今度は私、いいわよ。どういう感覚なのかも知っておきたいし」

「ありがとうございます、宮本さん」


そう言って消えかけの橘さんは明日香に憑依する。

にこやかに話す明日香とかもう、違和感しかないんだが……いや、これはこれで新鮮かもしれない。


「じゃあ今は睦月ちゃんたちが?」

「ああ。多分そこまで時間かかんないだろうな。あの様子なら、割と穏便に済ませられそうだ」

「睦月ちゃんが行った時点で、穏便かどうかはちょっと疑わしいけどね……」


それな……つってもあいとかもいたけど、何でまた?

更に滅茶苦茶なことしてる予感しかないんだが。


「何にしても、あの様子じゃ夫婦の関係修復はもう難しいでしょう。椎名さんが警察呼ぶでしょうし、高村もこれで捕まります。子どもたちに関してはどうするかやや不安がありますけど……」

「そうだな。睦月も逃がす様なヘマはしないだろうから、高村に関しては心配ないだろうな。奥さんとかもどうするんだろうな。結局今回って高村が悪いんだろ?」

「…………」

「何だよその顔」

「……知らぬが仏って言いますしね、宇堂くんが知らないならまぁ、そのままでもいいかなと」

「は?何だよ俺が知らないことって。んな気になる言い方するなよ」


この時どれだけ聞いても、奥さんについては教えてもらえなかった。

この奥さんがどういう人間か、というのを聞かされるのは数日経ってからの話で、子どもたちの処遇に関しても俺が知ることになるのは翌日のこと。


「でも、これで橘さんの復讐は終わりって考えて大丈夫かな。家庭崩壊して、高村も警察に捕まった、となるんだったら」

「そういえば、高村に引き寄せられる様な力、まだあるのか?」

「いえ、もうすっかりと。こんなにも体が軽いと感じたのは死ぬ前くらいですかね」

「…………」


笑えないジョークだ。

とは言っても死んでしまったものはどうしようもないし、彼女にしてみたらこれからどうするかという話なんだろう。

明日香とか桜子の体使って悪さしたりしなければ、俺としては何も言うことはない。


ただ少し騒がしくなったりするんじゃないか、ってそれだけが心配の種ではあるけどな。

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