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第190話

時間は少しだけ遡る。

桜子と明日香と私は神界へやってきていた。

大輝を今回はずしたのには理由があって……考えるだけで少し気分が悪くなりそうだが、これから相談に行く相手が影響していると言っていいだろう。


そしてその事情については明日香も桜子も当然知っている。

あのヴァルハラの大掃除の日、私たちは見なくてもいいもの……いや、見ない方が良かったものを見てしまっている。

そう、ノルンの闇。


その闇は思ったよりも深く、そして私たちがそれを覗けば向こうもまた覗いているかもしれない。

というわけで、大輝は今回外そうと一瞬で意思の疎通を見た。

仲間外れにするみたいでちょっと気が引けたし、正直大輝が一人で出来ることなんてそう多くはないだろうけど、その分こちらで得られる情報は大きいはず、ということで心を鬼にして私たちは大輝を置いてきたのだ。


「ねぇ、他に方法ないの?何かノルンさん、可哀想な気がするよ」

「あるんだったらその方法を是非取りたいんだけどね、私としても。人身御供な感じで大輝を差し出して情報得ても仕方ないし、ここは知らないフリしていくしかないんだよ」

「桜子、覚悟を決めなさい。私は決めたわ」


幸い戦闘タイプの神ではないし、仮に怒りに触れたところで私一人でも鎮圧は可能だろう。

明日香と桜子に関してもイヴからもらったリングがあるし、自分の身を守るくらいは出来るはずだ。

それに私たちは前提から間違っているが、戦いにきたわけではない。


「あれ、スルーズどうしたの?明日香と桜子も一緒なんだ?なんか中途半端なメンバーだね」

「…………」

「…………」

「いや、ちょっと調べてほしいことがあってね。頼めるかな」


中途半端とはまたひどい言われようだが、大輝がいないことに内心でがっかりしてるが故のものなのだろうと私は二人に落ち着く様目配せをする。

明日香なんかは頬が引きつっているが、何とかもめごとには発展しなくて済みそうだ。


「ふむ……十年前か。それってあれかな、一家纏めて惨殺されたっていう」

「ああ、そうそれ。良く知ってるね」

「うん、丁度スルーズが大輝を追いかけ始めた頃に起きた事件だからね。私もちょっと気になってはいたんだ。人間にしては上手いこと逃げ果せたみたいだね」


掴まってない、というのは調べてわかっていたが、今ではおそらくその犯人であるという面影すら残っていないかもしれない。

人間にとっての十年は、人を変えるには十分すぎる。


「ほら、これだね犯人。今は一男一女の父親かぁ。奥さんも健在。何だか不公平な話」

「…………」

「…………」



それはあれか、私も子作りがしたいです的な話なんだろうか。

それとも橘さんは家族ごと殺されたのに、っていう話なんだろうか。

いずれにしてもノルンはあまりいい気分ではない様に見える。


「案外近くに住んでいる様ね。事件のちょっと後で当時勤めていた会社を辞めた、と」

「動機が何か身勝手な感じするね。しかもそのあとちゃっかり自分だけ幸せになってるなんて」


ノルンが見せてくれている情報から、犯人の粗方の情報はつかめた。

しかし、肝心なことがわかっていない。


「その橘葵?は十年も人間界に留まってるけど……やっぱり未練に思うことがあるのかな」

「っていうと?」

「いやね、家族はもう何年も前に魂が昇華されてるんだよ。だけど葵だけはまだ現世で漂ってる……まぁ、ただただ漂ってるって言うのとは少し違うみたいだけど。何が目的だったのかな」


先に殺された家族は、既に昇華している。

それはこの世への未練を断ち切れたから、という他ないだろう。

そしてノルンの言う様に、橘さんが未練を残している何かが現世にある。


となれば……考えられるのはやっぱり。


「恋愛がしてみたかった、とか?」

「やっぱりそこに行きつくわよね。私も似た様なことを考えていたわ。年頃的にあり得ない話じゃない……というより、そうあって然るべきと言うのかしら。容姿だって悪いわけではないし、あの通り物凄い下ネタを連発するくらいだったし……」


明日香は橘さんをそんな感じに見ていたのか。

まぁ、間違った意見ではないとは思うけども。

ただ下ネタ連発する人に限って、実戦になると大したことないとか消極的って話はよく聞くんだけど……橘さんはそういう心配ない感じなのかな。


「恋愛がしてみたかった、か。そうだね、わかるよ、うんうん」

「…………」

「…………」

「…………」


ノルンのとてつもなく重い一言が、私たちを容赦なく襲う。

本人に一切の悪気はないんだと思うし、私たちがアレを見たことには多分気づいていないはずだが、何となくの罪悪感は拭えない。


「まぁ持たざる者の悩みってやつだったのかもね。その葵って子、私と気が合うかもしれない」

「そ、そうか。まぁそれはいずれ何とかなるかもしれないから、頑張れノルン」

「ちょっと睦月!?」

「それより、もし橘さんが意志に関わらず復讐に乗り出すかもしれないとして……時間はどれくらい残ってるんだ?」

「ああ、そうだったよね。本人の頑張り次第ではあるし、本人は復讐を望んでいるわけじゃないみたいだから……とは言っても頑張っても三日持てばいい方じゃないかな。この件に関しては、葵が復習を遂げたら一応の決着にはなるっぽいけど。ただ、その場合強制的に魂は昇華させられるんだろうね」


三日……思ってたよりも時間がないな。

いや、このまま復讐させてやる方が、あれこれ考えることもなくなってある意味で橘さんは楽になれるのかもしれないが……。大輝は絶対納得しないんだろうな。

それが後々尾を引いて、なんてのはさすがにごめんだ。


「ある意味でそれってバッドエンドだよね。誰も救われなくない?」


桜子の言う通り、最悪のシナリオだと思う。

望まぬ復讐を遂げて消える一家。

そして橘さんは本懐を遂げることもなく昇華させられて、なんて。


「まぁ、あれだけのことをしたのであれば、正直罰は受けて然るべきだけどね。のうのうと自分だけが家族を作って幸せです、なんて神から見てもちょっと腹立たしいもん」

「その辺は私も同意見だけどな。だからってそれを橘さんが壊すことを望んでるわけじゃないんだったら……うーん」


あちらを立てればこちらが立たず、とはよく言ったものだ。

そして橘さんの思いを達成させてあげるという部分に関しては、正直ノルンの思いを遂げさせるよりも難易度高いんじゃないだろうか。


「仮に復讐を遂げることなく、思いだけが達成できたという結果になった場合、どうなるのかしら」

「え?」

「たとえばそうね……極端な話、睦月がその男を何とかしちゃって、って言う場合。橘さんは復讐をする必要がなくなる。となると、あとは恋愛面に関してだけの話になってくると思うのだけど」


復讐させない、という方向にばっかり頭が行って、私たちで何とかしちゃえばいい、という発想。

私にはそこまでの考えが及ばなかった。


「えっとね……スルーズがその男を何とかしちゃう、ってのは非常にいい案だと思う。たとえばそうだね……離婚とかになって、って結果が出来れば、事実上の家庭崩壊ではあるんだし。過程よりも結果が重視される内容だよね」

「だけど、それってその高村って人が葵ちゃんを殺した、葵ちゃんの家族を殺したってことに関しての反省にはならない様な気がするんだよね。もちろん未だに何とも思ってない様なクズだったら、私は殺してもいいんじゃないかなって思うけど」

「桜子……気持ちはわかるけど、復讐はやっぱりいい結果を生まないと思うわ。けど、橘さんの件を再認識させて反省に導くっていう結果は必要だと私も思う」


そうなってくると、話は大分固まってきた様に思える。

高村の件に関しては正直、私の専門分野と言ってもいいかもしれない。

そうなるとやっぱり橘さんに関しては大輝に頼るほかなくなるのか。


「大輝には、橘さんの思いを出来る限り叶えてあげる様に動いてもらうしかないね。あの子に高村を何とかして、って言ったら多分、感情に任せておかしなことすると思うから」

「何となく想像できるわね……。きっと目も当てられない結果になるし、後々大輝くんはきっと、そのことを引きずるんじゃないかしら」

「適材適所って言うからね。だから高村に関しては私が何とかする。手荒なことはしないつもりだけど、まぁ橘さんにとっていい結果になる様にするよ。だから、二人には大輝のサポートを頼みたいんだけど……いいかな?」


私の言葉を受けて、二人が力強く頷く。

ノルンの視線がやや羨ましい、と言った感じに見えるのは気のせいだと思うことにしよう。

ともあれノルンのおかげで情報は沢山仕入れられたし、方針も固まった。


なので私たちはノルンに礼をいい、神界を出た。

大輝はもう帰ってきている頃だろうか。

そう考えて三人でマンションへ向かうと、部屋の前で何やら香ばしい匂いがして、桜子が腹を鳴らすのを聞いて私たちは笑いながら玄関のドアを開けた。

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