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第189話

犯人の動機。

それは俺の聞く限り、あまりにも身勝手な物だった。

端的に言ってしまえば、俺の様に孤児として育ち、幼少期から家族というものへの強いあこがれを持ったまま育ったその男は、名を高村康邦という。


橘一家を惨殺した当時、二十八歳だったその男は会社員として勤めていた。

家庭の事情から大学進学は出来なかったが、高校卒業後にそこそこの会社に就職することが出来た高村は一時、家族への憧れなどを忘れたかの様に仕事に打ち込み、何人かの女性とも交際をしてきた経緯もある。

その何人目かの女性との別れを経験してすぐのこと、彼は仕事帰りに橘家の近くを歩いていた。


そう、彼の暮らしていたアパートと橘家はすぐ目の前と言えるほどの距離。

そしてその日、橘家はとある祝い事の為に長女の葵を玄関先で待ち構えていた。


「私の誕生日だったんですよね」

「…………」


葵の誕生日を祝うべく、家族は門の外に出てクラッカーを持ち、娘の帰りを待ちわびる。

毎年の恒例行事で、葵だけではなくもちろん他の家族の誕生日にも同じことをしていた、と彼女は話す。

人影が橘家から見え、タイミング的に葵であろうと父は言い、妹と母も頷き中腰の姿勢を取る。


しかしその日葵は学校の委員会の用事で少しだけ普段よりも遅れて帰宅した。

通りがかったのは高村で、それに気づかず飛び出した妹が鳴らしたクラッカーの音に高村は仰天して尻もちをついた。

そしてその姿を見て人違いをしてしまった、とすぐに気づいた家族は揃って高村へ謝罪をした。


交際していた女性と別れたばかりであること、そして自分にはないものを持っている家族への嫉妬心。

いつからか封じ込めていた高村の気持ちは、ここへきて爆発したのだろうと彼女は言った。


「その男は激昂して、妹に殴りかかったんだそうです。もちろん父と母が慌てて止めに入って、妹は家の中に逃げる様に言われて逃げたんですが……」

「…………」


高村はふざけるな、と叫びながら父親を殴りつけ、母へと被害が及ぶことを恐れた父親は母も家の中に避難させた。

近所の人間は特に誰も見ていなかったのか、と思ったが見ていたらきっとこうはなっていなかったのか、と思い直す。

母が避難したのを見届けた父親が高村を押しのけて家の中に逃げようとしたとき、高村もまた父親に追いついていた。


「最初に殺されたのは、父ではなく母だったみたいです。居間まで避難した父が殴られていたのをを助けようとして、包丁を持った母が逆にその包丁で刺された、と言っていました。そしてそのまま父も刺されて、最後に妹……まぁ本当に最後だったのは私でしたけど」

「そこまでの目に遭って、お前何で平気でいられるんだよ。……滅多刺しにされてたって聞いたぞ」

「そうですね。でももう、その時には私はこと切れてましたから。動機を聞く限り、こちらにも非はあったみたいですし……とは言っても殺すまでやっていいかって言われると、確かに微妙なんですけど」

「結果として殺したってことに変わりはないだろ……。睦月がどう言うかはわからないけど、俺は神って言っても元々は人間として育ってるんだ。その高村?の家族に関しては申し訳ないけど……真っ当な裁きを受けさせるべきだと思う」

「それは、高村の家族を目の前で奪って、高村に同じ様な絶望をさせるって意味ですか?それとも単に刑事罰に問われるべきだと?」


これまた難しい問題がきたものだ。

正直なことを言えば、高村の現在の妻、子どもに罪はない。

それらを奪う……つまり何らかの方法で殺すなり失踪させるなりする、ということになるのだろうか。


この国に関してだけ言えば、明治の時代に敵討ちというものそのものが法令で禁じられた。

これが被害者を泣き寝入りさせる法律になっている、と考える人間もいると思うし、俺もそういう側面を持った法律だと思っている。

とは言え、同じ目に遭わせる、というのは……。


「宇堂くんは、私に何を望みますか?霊なんだから早く成仏しろ?それとも、消えるな、ですか?」

「……お前は、どうしたいんだよ。一番大事なのは本人の意志なんじゃないのか?」


俺だってできれば、彼女に死んでまでそんな風に手を汚して後悔してほしくなんかない。

だけどそれをしなければどうなるのか。

仮に止める方法があるとして、それによって彼女はどうなるのか。


そう考えると、俺にはますます答えが出なかった。

だから卑怯な逃げに回った。


「私は……私は、正直宇堂くんと一緒に過ごせる人生があったら良かったな、って思ってます。皆さんといつも楽しそうにしている宇堂くんは、とても輝いていましたから。私もあの輪の中に入れたらな、って思いながら見てましたから」

「だけどそれは……」

「ええ、叶いません。ですので、別に無念を晴らしたいとも仇を討ちたいとも思ってはいません。ですが、私の意志に反して、呪いは既に発動しているんですよ」

「呪い……?」


橘さんがいつものニコニコ顔に戻った、と思った瞬間に黒い靄の様なものにその身が包まれていく。


「どういう経緯があれ、殺された人間にはそれ相応の恨みを晴らす手段が用意されているらしいんですね。どういう仕組みなのかはわからないんですけど」

「だ、だけど……お前の家族は何もしないで昇華したって……」

「それは、この世への未練を完全に断ち切れたからなんだと思います。私はその辺みんなと違ったみたいでして」

「未練って?」

「……やっぱり、生きてる間に一回くらいは恋愛して……出来れば女として生まれた喜びとか知りたかったなって。有体に言えば、一回くらいエッチなこともしたかったですし。まぁ、一人でなら何度も……」

「そ、それはもういいから。それがお前を現世に留まらせている原因の一つだ、って言うのか?」

「そうなりますかね。宇堂くんを発見してしまって、私は抑えられなかった。迷惑にしかならないかもしれないのに、って思っても止められなかった」


殺されたことそのものよりも、恋愛ができなかったとか、そう言ったことへの未練。

それが橘葵をこの世に留まらせていた。

しかし、霊体である彼女はもう既に、実体を持つことは出来ないと言う。


それだけの力を、使ってしまったのだと。


「やはり宇堂くんの様に優しい人にこんな問いの答えを求めるのは、酷というものでしたね。ごめんなさい」

「……諦めるのかよ」

「はい?」

「罰を与えることを回避して、この世への未練を成就させる。それが出来れば、少なくとも橘さんの手を汚させることなく全て円満に終わる。そういうことなんだよな?」

「そんなことが、可能だと?」

「……こっちにゃ神が三人もいるんだぞ。いや、神界行けば、もっと……だから、辛いかもしれないし大変なことかもしれない。だけど、耐えて抗ってくれ。必ず橘さんの望む通りの結果になる様にするから!」


俺がそう言うと、橘さんは軽く微笑んでその姿を消した。

了承してくれたのだろうか。

しかしこれが今生の別れとなることはないはずだ。


俺の中に形のない確信が生まれた時、玄関からドアが開く音がした。


「あ、大輝くんいるわね。何か作ってたのかしら」


明日香の声がして、複数人の足音と女の子の匂いがする。

もはや嗅ぎなれた匂いでもあるそれは、俺が意識的に嗅ごうとすると大抵は汗かいてるからやめて、と頭を抑え込まれるのだが、今日ばかりは何故かその匂いに安堵する気持ちさえ覚えた。


「どうしたの、大輝……その顔、何かあった?」

「さっきまで、ここに橘さんがいた。どうせお前らもある程度の答えに辿り着いてるんだと思うけど」

「まぁね。収穫はあったよ。ご飯作ってたの?続き私やろうか?何か疲れてるみたいに見えるよ、大輝」


そう言って睦月は俺に座っている様言って、台所に立つ。

桜子も手伝う、なんて言いながら横でちょいちょいあれこれしている様だ。


「……お前は行かないのか?」

「さすがに桜子も行ってるんだったら、私は必要ないわ。今日はありがたくご飯をご馳走になるわ」

「そうか……」


こうして二人が仲良く料理しているのを見ていると、さっきまで聞いていた話が嘘だったんじゃないか、なんて思えてきてしまう。

しかしあいつは確かに存在した。

実体ではなかったのかもしれないが、それでも俺に事件のことを話し、これからどうするのかを尋ねてきたのだ。


俺も聞いたままの情報をこいつらに話さなくてはならない。

そして最善の結果へ導けるだけの回答を……たとえそれには至らなかったとしても、ヒントを掴まなければ。


「さ、出来たよ。途中までやってくれてたから、簡単だったね、桜子」

「そうだね。大輝くんも女子力上がってきて何よりだよ」

「……まぁ、俺だけ食うなんて、ちょっと感じ悪いし。それより」

「そうだね、じゃあ答え合わせと行こう。食べながらでいいでしょ?」


こいつらが何処へ行って何をしてきたのか。

そして状況は俺が思っていたよりもややひっ迫しているということを、この答え合わせによって思い知ることとなる。

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