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第188話

「粗茶ですが」

「あ、はぁ……お構いなく」


この日竹内家の父は不在だった様だが、母親は在宅していたらしく、超ニヤニヤした顔で俺は母親からそれこそ体中を眺めまわされた。

言い方が悪いとは思っているし、実際にエロいことをされたとかそんな事実はないんだけども物凄く品定めされている様な気分だったのは否めない。


「お母さん、大体考えてることはわかるけど、そういうんじゃないから」

「あら、そうなの?」

「え、ええ……在校生とOGって言うだけでして。今日はその……竹内さん本人への用事ではないんです、申し訳ないんですけど」


あらあら、とか言いながら母親は残念そうな顔をして、何故か茶菓子を追加で持ってくる。

ここで食べちゃうと、夕飯入らなくなりそうな気がする。

なのでありがとうございます、とだけ言って目線だけ移しておいて、手は出さずにおいた。


「葵ちゃんの件、だったよね」

「ええ。橘葵さんのことです。ご存知のことがあれば、是非」

「どういう関係なの?葵ちゃんが生きてた当時って、君はまだ十歳にもなってないよね」


やはりその質問きたか。

どう答えるのがいいんだろうか。

ここで力使って、俺への好感度とか信頼性を上げるというのは……さっきの失敗が尾を引いているからか正直憚られる。


まぁ、今日限り会うこともそうそうないかもしれないし、そう考えて俺はあったことを正直に話すことにした。

話している内、母親は何とも言えない顔をして、竹内さんはふむ、と唸る。


「……ってことがありまして」

「そ、そう……まぁその話を信じるとしての話ではあるけど」


竹内さんは思うところがあるのか、俺を正面から見る。

何かを確信したかの様なその顔に、多少の期待が持てる気がした。


「君、橘さんと致すつもりだったんだね」

「…………」


期待した俺がバカだった。

まぁ、最期の方確かに諦めていたっていうのは否定できないから、事実としてそうなるんだろう。


「否定はしませんけど、大事なのはそこじゃなくてですね……」

「ふむふむ……助けて、の方だよね。でもそこまで切羽詰まった感じには見えなかった、っていう」

「日菜子、葵ちゃんってあんたが仲良くしてたあの子よね?」

「そうだけど」

「犯人はまだ捕まってないって聞いたけど」

「その様ですね。俺も最近知ったばっかりのことですけど」


今度は母が何か思いついた様だ。

とは言ってもこの親子だしな……娘があんな訳わからんこと言うくらいだし。

なので俺はあまり期待せずに言葉を待つことにした。


「敵討ち、とか」

「…………」


敵討ち。

それは自分の恨みを晴らすため?

それとも家族の無念を晴らすため?


どちらにせよ少なくとも、俺の知る限りの橘さんはそんなことをしたりも考えたりもしない人物な気がする。

ただそれは生きていたら、という、そして俺の知る限りの話ではある。

つまり、可能性としてあり得ないと断ずるには少々根拠に欠ける話ではあるのだ。


「葵ちゃん、そんな物騒なこと考える子じゃなかった気がするけど……」

「まぁ、俺もその点は概ね同意見なんですけど……ただ俺が知ってる彼女の情報なんてたかが知れてますからね。十年経ってどう変わったのか、とかわからないことだらけだし、そもそもあれが橘さんの本性だったのかどうかだって……」


仮に橘さんがこれからその犯人へ意趣返しを行おうと考えているのだとする。

生前、一瞬とは言え犯人と対面しその顔を見ているであろう橘さんは、その相手を覚えていることだろう。

だとすると……。


「もし、ですけど。その犯人への意趣返しが目的なんだとしたら……理由はやっぱり、家族の無念をとか自分にも訪れるかもしれなかった青春が、とか……そんな感じになるんですかね」

「自分の意志に関係なく、そうしてしまう懸念がある、なんていうのは?」


それは考えもしなかった。

無念を晴らしたくてこの世に顕現したのだとしたら、意志が伴っているかもしれないが……仮に別の目的があっての場合。

目的とは関係なく、つまり竹内さんが言った様に無自覚で相手に意趣返しをしてしまう、ということ。


そうなってくると、時間が足りないのではないか、という焦りが生まれてくるのを感じる。

睦月たちは心当たりとやらと上手くやってるんだろうか。


「もし、葵ちゃんがその犯人をどうにかしようって考えてるんだとしたら……止めてあげてほしいかな。もちろん現実的な話じゃないし、本当にそうなのかもわからない段階ではあるけど」

「その辺の事情に詳しい知人がいるので、一応聞いてみますよ。それなら手の打ちようがあるかもしれないですし」

「あら、知人ってそのハーレムの?」


母親がニヤニヤした顔に戻って、俺を見る。

俺は余計なことまで言ってしまった気がするが、覆水盆に返らずとも言うし……これからは少し言動に気を付けよう。

そう考えて俺は竹内家を後にした。



「…………」


睦月のマンションにもあいの家にもみんなは戻っていないらしく、連絡もつかない。

仕方なく俺は一人睦月のマンションで適当に夕飯を作りながら考える。


「橘さん、一体どこにいるんだろな……」


当然答える者などいるはずもなく、俺は台所であいつらも帰ってきたら食べるかな、なんて考えて冷蔵庫を覗き込んだ。

すると。


「呼びました?」

「……うっわああああぁぁぁ!?な、何だお前!!なんつーとこから顔出しやがる!!」


冷蔵庫の扉を開けると、そこから橘さんの顔がにゅっと出てきて俺を覗き込み、バッチリ目が合った。

そして予期せぬ橘さんの出現に、俺は思わず飛び上がってしまった。


「いやぁ、想定外の驚き様で、私としては満足な結果なんですけど。それより……私のこと、あんなにも熱心に調べてくれてて、私ちょっと嬉しいです」

「……何で黙ってたんだよ。俺が信じないとでも思ったのか?」

「いいえ、宇堂くん怖いの苦手って言ってたので。言えば怖がりながらも信じてくれるとは思ってました。ですけど、時間は有限なもので間もなく知られてしまう、と思ったんです。だから私は私のしたいことをしようと考えてました」


何だよしたいことって……。

それがあれらの数々だったってのか?

逆にしたくないことをする用事があって、こっちにいる、ってことになるんだろうか。


「私のことは大体わかっている様ですし、日菜子ちゃんにも会ったみたいだから隠しても仕方ないかもですけど……私はこの十年、逃げ続けてきたんですよ。私と家族を殺したあの男への罰を与える、という仕事から。日菜子ちゃんや日菜子ちゃんのお母さんはもしかしたらあてずっぽうで言っていたかもしれませんが、言い当てられて少しだけ驚きました」

「…………」

「罰を与える、っていうのもただ不幸な目に遭わせればいいってものでもないみたいで……最悪の場合は死ぬこともあるみたいですし、死なないまでも死んだ方がマシだ、って思わせる様なことになるんだそうです。確かに家族の死体を発見した時の言い現わしようのない感情とか、今でも覚えているんですけどね。ただ……今あの男は家庭を築いて幸せに暮らしているんだそうです。当然家族はその男が一家惨殺事件の犯人だなんて知りません」


十年。

確かに長い時間だと思う。

俺が睦月に……スルーズと知り合った頃にあった、凄惨な事件。


その頃の俺は、恐らくまだあいつに翻弄され始めたばかりでもあって、そんなニュースも怖いな、なんて思って適当に流し見していたんだろうと思う。


「宇堂くん、あなたはあの頃まだ小さな子どもでしたから。気に病んでもらう必要は全くないと思います。何ができたのか、って……もしかしたら椎名さんだったら何とか出来ていたかもしれませんが、起きてしまったことはもう、どうにもならないんです。そして私が言いたいのはそういうことでもありません」

「…………」

「今の彼に罰を与えることが、私には正しいのかどうかの判断がつかない、というのが正直なところでもあります。だから私は、宇堂くんに助けを求めました。性善説や性悪説なんてものがありますが、それぞれに正義があると思うので、私個人としてはもう十年も昔のことを、って思う気持ちが生まれ始めている部分もあるんですよ」

「いや、だけどそれは……」

「もちろん、残された親族は悲しんでいたと聞いていますし、これからもその記憶が消えることはないんでしょう。しかし、あの男の築いた家族には何の罪もありません。宇堂くんは、どうするのが正解だと思いますか?」


普段……少なくとも消えてしまうまでの、ニコニコしていた橘さんの顔とはかけ離れた、真面目な表情。

こいつ、こんな顔も出来るのか。

しかしこの問題に正解などあるのだろうか。


少なくとも俺は答えを持たない。

言ってしまえば、人間社会の法に照らし合わせる場合にはもちろん、その男が裁きを受けるのは当然と言えるだろう。

しかし彼女は既に人間社会からは切り離された存在。


そして霊体……と言っていいのかわからないが、その彼女が背負った宿命はまた別の常識の出処から来ているものだ。

人間社会の法など、あってない様なものだろう。


「橘さんは……どうしたいんだ?そいつをどうこうして、裁きが終わるって思うか?」

「どうなんでしょうね。家族は皆、もう既に魂が昇華してしまっていますから。無念であったことに変わりはなかった様ですけどね。不幸中の幸いだったのは、みんなほとんど苦しむことなく死ねた、ということだったみたいです」

「……幸いなんて、そんな言葉当てはまらないだろ。本人がもういいって言ってるんだったら、それでいいのかもしれないけど……」

「犯人の動機とかについては、調べました?」

「いや……」


そういえばまだその辺に触れていなかったし、橘さんはきっと知っているんだろう。

それを話すつもりでいるんだろうし、俺としても聞いておいた方が判断材料として活用できるかもしれない。

橘さんが助けてほしいと言ったのが本心からくるものなのであれば、俺にはそれを聞いたうえで出来ることを模索する方がいい。


聞かせてもらえる様、俺は橘さんに犯人の動機を聞くことにした。

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